表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/73

(63)

 一月一日。

本日が何の日か、分からない人はそうそう居ないだろう。

そう、今日はお正月。究極の怠けを研究する日である。


「そんなわけあるかいな、昌手伝いな」


「うへぇ……コタツから出れないでござる……」


そんな私は今実家に帰っている。

母親に睨まれつつ、渋々コタツから出て台所に行き、お雑煮の準備を。

大きな鍋の中には、メイドイン母のお雑煮が既に出来上がっている。私は何をすれば……と鍋の蓋を開けてクンクンと香りを嗅いでみる。


ふむぅ、なんとも食欲をそそられる。


 そういえば、突然だけどウチのお雑煮って関東風なんだな。


「母よ。岐阜県の人って皆関東風なの?」


「さあ? 私はオカンに教わったのがコレだったから」


そうなのか。

ちなみに関東風とは、しょうゆ仕立てのすまし汁。

んで、関西風が確か……白みそだっけ?


他にも違いはあるだろうが、作者の知識ではこの程度が限度だ。


「何、アンタ関西風が良かったん?」


「いや、別にそういうわけじゃ……ただそうなんだなーって思っただけ」


さて。とりあえず私は何をすればいいんだ?

母は味見しつつ味を調えているが……もう既にお雑煮出来上がってるも同然ではないか。


「昌、お餅焼いといて。大地は五個やって」


「五個?! 兄貴そんなに食うのか……私は二個でいいや……お母さんは?」


「私は一個」


ふむぅ、じゃあ計九個か。

じゃあこれをレンジに……


「あんた、なにしとるん」


「え? だから餅をレンジで熱するんでしょ?」


「普通トースターやろ。あんた餅をレンジにかけてどうするん」


え?! 餅ってレンジじゃない?!

トースターって……パン焼く奴でしょ?!


【注意:別にどっちでも焼けますヨ】


ふむぅ、餅なんぞ正月でしか焼かぬからな……良く分からん。

じゃあコレをトースターの中に放り込んで……


「あんた、なにしとるん」


「え? また?! 私何かしでかした?」


「しでかしとるわ。網温めんと、餅くっついてしまうやろ」


そ、そうなの?

何そのテクニック。そんなの知らぬ!


「知っとけや、そんくらい。網あっためとったら、餅のその部分先に固まるやろ? だからくっつかん」


「ほほぅ、そうなん……」


母の指導を受けつつ餅を焼く私。

そういえばウチのマンション……レンジ自体無かったな。

前に春日さんが「レンジないじゃん! お兄さんに買ってもらいなさい!」とか言ってたけど。


「そいえば昌、大地のお嫁さん候補どうなったん?」


「あぁ……それって琴音さんの事?」


兄貴は母には秘密にしておいて、と言われたが……私はあまりにしつこい母に喋ってしまった。

ちなみに母には「喋ったこと、兄貴には秘密にしておいて」と口止めしてある。


何せ、兄貴は今非常にデリケートな時期だ。

琴音さんの事が気になって気になって仕方ないみたいだけど、クリスマス以来会ってないみたいだし……。


今日だって、元旦だと言うのに「じっとしていられない!」と外で雪かきしているのだ。別に屋根の雪を落とさねば潰れてしまう! という程には積もっていないし、道も車で通れば溶けてしまうレベルなんだが。


「餅、どう?」


「んー? ちょっと膨らんできた」


「じゃあ大地呼んできて。正月から無駄に体力使うなて」


了解ッス、と玄関を開けて外へ。

うおおぉぉ! 寒い! ものすごく寒い!


ぁ、でも空は真っ青だ。凄い天気いいな。

なんだか雪で日光が反射して……いつもより心なしか世界が光り輝いて見える。


「お、昌……お前もするか? 雪かき」


と、兄貴は息を切らしながら雪だるまを作っていた。


お前なにしてん。


「兄ちゃん、満足した? お雑煮食べるから来いって母上が仰られておる」


「オス……あー……琴音さんに会いたい……」


何言ってんだコイツ。


「会いに行けばいいじゃない。家も教えたじゃん」


「い、行けるわけないだろ! 何も用事ないのに!」


用事って……別に適当に作ればいいじゃないか。

というか今日は元旦だ。用事なら丁度いいのがあるぞ、兄上。


「え、何? 何かいい作戦でも……」


「作戦って程でもないけど……初詣に誘ってみては如何かと」


途端に兄貴はブンブン両手を振りながら拒否!


「無理……無理ぃ! そ、そんな……そんな大それた事出来ない!」


ホント何いってんだ、コイツ。

仕方ないな。


「じゃあ私が誘って……」


と、携帯をポケットから出すと一瞬で兄貴に奪われた!

え! 何で?!


「駄目だ昌……お、俺には心の準備が!」


「兄ちゃん……心の準備ばっかりしてたら琴音さん取られるよ。美人だし性格いいし……いや、ちょっと変な時もあるけど……」


「そこがいいんじゃないか! 琴音さんの天然っぽい所、俺大好き」


さようで。

とりあえず私の携帯返せ。


「うー……でも初詣かぁ……琴音さんの振袖姿とか見たい……」


それは難しくないか。

琴音さん、まだリハビリ中だし……。

むむ、そういえば……


「どうしたの、昌?」


「いや、確か……琴音さんのリハビリ担当してる人が……結構いい男だったなーって……」


その瞬間、兄貴が固まる。

まさに時間が止まったようだ。


「兄ちゃん? おーい……」


「ど、どどどどういう事よ! その男と琴音さん……いい感じなのか?!」


知らんわ。

でも……兄貴あんまり油断してると……取られるぞ。


「確か大学時代の後輩とか言ってっけ……名前は……確か明正(あきまさ)って言ってたな。既に名前で呼び合ってた」


「な、なんだって……」


いや、まあ、兄貴と琴音さんも名前で呼び合ってるじゃん。


「そ、それは……大抵拓也君と一緒にいるから……柊さんじゃどっちの事呼んでるか分からないからで……」


「まあそれは置いといて……あんまりうかうかしてると本当に琴音さん取られちゃうよ?」


というわけでそろそろ携帯返せ。

いつまで握ってるんだ。私の携帯を潰す気か。


「で、でも……その人とくっついた方が琴音さん……幸せになれるなら……俺は……」


何言ってんだ、コイツ。


「バーカ! 兄ちゃんのバーカ!」


「な、なんだとぅ!」


「恋は奪い合いなんだぞ、兄ちゃん。その男と決闘を繰り広げた末に琴音さんを手にするんだ!」


「な、なんでそんな熱血展開に……」


まあ、そもそも琴音さんと、その男が良い感じなのかどうかは知らんが。

しかし長い間リハビリを通して一緒に居るんだ。しかも……明正って人はなんとなく琴音さんの事気にしてたし……ありえない話でもない。


「うぅ、俺は……どうすればいいんだ!」


「どうするもこうするも……琴音さん誘って初詣に……」


と、次の瞬間私は背筋に寒気が。

な、なんだこの殺気は……背後から何物かが私を狙って……


「あんたら……いつまで外におるん! さっさと中入ってこんか! もうお雑煮出来とるんよ!?」


母に恫喝され、私と兄貴はヘコヘコしながら家の中に。


そしてそのまま、コタツの中に入りながら母お手製のお雑煮とおせち料理を頂いた。


ふむぅ、これぞお正月……。




 ※




 《柊家、拓也と琴音のお正月》


「姉さん、お餅何個食べる?」


弟の拓也にお餅の数を尋ねられ、私は二個と答えつつ……リビングで生まれたての小鹿のように足を震わせながら歩く訓練をしていた。ちなみに家の階段程度なら壁に張り付きながら立って上る事が出来る。降りる時はお尻を付きながらだが。


「拓也きゅん……ごめんよ、普通ならお姉ちゃんが作る物なのに!」


「別にいいから。じゃあ待っててね。おせち料理食べてていいよ」


「いや、一人で食べるなんて寂しい! 拓也きゅん待ってる!」


いいつつテレビを見ながら訓練を続ける私。拓也は出来た弟だ。バイト先のコックさんに教えてもらったと、お雑煮まで作ってくれる。ちなみにおせち料理はスーパーで予約した物。普段なら私が作っているが、今のこの状態では満足に台所に立つ事すら出来ない。


「早く歩けるようにならないと……」


頭の中に浮かぶ一人の男性。勿論大地さんの事だ。

昔、義龍村に住んでた頃は私の後ろを付いて歩いていた少年だったが、久しぶりに再会した大地()は大地さん(・・)になっていた。まあ、尤も……大地さんは昔の事など覚えていないようだが。


「はぁー……大地さんと初詣行きたい……でもこんな状態じゃ迷惑かけるだけ……」


と、その時私の携帯から着信音が。

光の速さで携帯を取り、画面を確認すると……


「……なんだ、明正か」


思い切り落胆しつつ電話を取る。

あけおめー、から何か用か、と対応。


『はいはい、あけおめ。ところで琴音、初詣とかどうよ』


「あん? 初詣?」


なんで明正から初詣の誘いがくるのだ。私は大地さんから誘って欲しいのに。


「あー、悪いけど……今弟の拓也きゅんがお雑煮作ってくれてるから。あんたと初詣行くくらいなら弟とラブラブするわ」


『危ない発言すんな。というかお雑煮か……いいな。これからそっち行ってもいいか?』


「え、(うち)来るの? まあ、別にいいけど……お土産買って来なさいよ。おせちはあるから……デザートヨロシク」


『了解。じゃあ一時間くらいにお邪魔するわ、先輩』


それで電話を切る明正。都合のいい時だけ先輩呼ばわりしおって。昔は結構勉強教えてあげたのに、明正は普段から私の事は基本呼び捨てだ。なんとも生意気な後輩だ。


「姉さん、誰か来るの?」


そこへ、お雑煮を持った拓也が。

なんとも美味しそうな香りが漂ってくる。何という事だ、しかも関西風だ。


「拓也きゅん……私より料理上手いんじゃ……」


「そんなわけないでしょ。はい、どうぞ」


ありがとうございます、と頭を下げつつソファーに……座ろうとしてバランスを崩した。


ぁ、やばっ……


「ちょ、姉さん……っ」


咄嗟に私の体を支えてくれる拓也。

そのまま静かにソファーに座らせてくれる。


「あんまり無茶しないで」


「おおぅ、ごめんよ。拓也きゅん……惚れてしまいそうだぜ」


冗談気味に言うと、拓也は私の頭にゆっくりチョップをかましてくる。


「そういう事言わないの。ところで誰が来るの? 大地さん?」


「だったら良いんだけどね……明正来るって。デザート買ってくるように言ったから」


「……あぁ、そうなんだ」


なんか拓也の顔が凄い残念そうに。

あぁ、ごめんね、明正で……。


「ねえ、姉さん……明正さんって……もしかして……」


「ん?」


「いや、なんでもない……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ