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クリスマスに歌う聖歌。
聖歌と言っても、私は正直讃美歌との違いが分からないが、これから歌うのは「あめのみつかいの」だそうだ。子供達は既にドレスやタキシードから聖歌隊の衣装に着替えていて、もうそれだけで頬が緩んでしまうが……。
「あー、いいよいいよ……子供達……」
ステージに上がる子供達を誉め称えながらヨダレを垂らしているのは里桜サン。
大丈夫か、アイツ。これで聖歌なんて聞いたらぶっ倒れるんじゃ……。
「あ、ビンゴのお姉さんだ」
その時、私の元に駆け寄ってくる一人の少女。
ビンゴ大会の際、私に話しかけてくれた子だ。この子も聖歌隊の衣装を着ている。
白い長袖のワンピース……みたいな服。
襟元には青いラインが入り、背中には天使の羽をモチーフにした刺繍が。
「おねーさんも歌うの? 聖歌」
ふむ。
私は眺めているだけでいいが……ここで歌わん! と言うほど空気が読めない私ではない!
しかし「あめのみつかいの」か。
子供の頃に習った事はあるが……全然覚えてねえ……。
「うん、まあ……皆を見送りながら歌おうかな……」
ちなみに聖歌隊は、このパーティー会場からすぐ近くの商店街まで歌いながら練り歩くらしい。
今日カメラを持ってこなかったのは最大の失敗だが……私には人類の英知たるスマホが……。
「ぁ、里桜ちゃんが呼んでる。じゃーね、おねーさん」
「ぁ、うん。頑張ってね」
手を振りながら里桜の元に駆けていく天使。
里桜の奴……子供に”ちゃん”付けで呼ばせてるのか……なんて図々しい。
「おっと……兄貴と琴音さんを迎えに行かねば」
※
そっとパーティー会場から抜け出し、廊下を抜けてホールへと。
そこには兄貴と琴音さんが楽しそうに談笑していた。二人の距離は少しでも縮まっただろうか。
(兄貴の記憶が戻った事……琴音さん知らないんだよな……もう喋っちゃえばいいのに)
しかし子供の頃の兄貴は、一つ年上の琴音さんに風呂までベッタリだったらしい。
兄貴はそこまでは憶えていないらしいが、チャラ男が言うにはいつも琴音さんの後をついて遊んでいたらしいし……。
(兄貴は甘えん坊だったんだな……年上の女の子にベッタリだったなんて……)
楽しそうに談笑している二人。
しかしもうタイムオーバーよ! 早く会場に戻らないと聖歌が始まってしまうので!
……しかしその前に……かるくイタズラをしよう。
兄貴は果たして、飛燕 紗弥になりすました私が分かるのか……。琴音さんなら問題なく分かりそうだが。
そっと談笑している二人に近づき、軽く会釈。
すると兄貴は……ん? なんか固まってるな。
ククク……予想した通りの反応……
「あ、あぁぁあー! ぁー! あな、貴方様さまサマSAMAは!」
兄貴はテンパっているようだ!
このテンパり方はちょっと予想外だったが。
「り、里桜ちゃんのお姉さん……! い、いかがお過ごし……いや、如何いたしました?!」
あぁ、兄貴は期待を裏切らないな。
さて……そろそろネタばらしを……
「こ、こんばんは! わ、わたくし……ひいらぎ ことねと申す者なり……ぁっ、申す者です……!」
ってー! なんか琴音さんもテンパってる?!
マジか、化粧してるだけでそんなに分からないもんなのか……化粧こええ……。
兄貴は足をプルプルと生まれたての子ヤギのように震えさせ、琴音さんは目を泳がせながら落ち着かない様子。なんかピッタリだな、このカップル……いや、まだカップルではないか。
よし、そろそろネタばらしを……
「と、ところてん!」
「は?!」
いきなり奇声を発するように兄貴が叫んだ!
なんだ、ところてん食べたいのか?
「と、ところで! ど、どうされました、えっと……紗弥さん……でしたよね……」
おぉ、名前覚えてたのか。
というか「ところてん!」は噛んだのか。なんて微妙な噛み方だ。
ま、まあとりあえず……そろそろネタばらしを……
「あの! お姉たん!」
「たん?!」
今度は琴音さんが私の事を呼んでくる!
たんって……。
「お、お姉さん……お、お綺麗ですね……でもどこかでお会いしたかのような気もしないでもない……」
ふむ。
流石琴音さんだ。
さ、さて、そろそろネタばらしを……
「あ、あの! それで……」
「あぁー! うざい! ネタばらしさせろや!」
いい加減引っ張らされるコッチの身にもなってみろ!
「……? そ、その声……昌?」
流石に私の素の声を聴いて気づく兄貴。
琴音さんも、まるで幽霊を見てしまったかのような目で私をマジマジと見つめてくる。
「そう、私! 真田 昌! 実はかくかくしかじか……」
私は、兄貴と琴音さんに事の発端を説明。
里桜パパの好意で娘にされ、そのまま本当に娘としてのカテゴリーを手に入れたと。
まあ、別に戸籍を移動したわけではないが。
「な、なんだって……そんな面白い事に……」
いや、別に面白くはないわ。
「昌ちゃん……そんな可愛くなって……お姉ちゃんは嬉しい……」
と、その時琴音さんと兄貴が目を合わせて互いに顔を赤くする。
フフフ、成程。琴音さんが私の姉……ということは……
「そ、それより昌、そろそろ会場に移動しようぞ」
あ、兄貴話逸らしおった。
このヘタレめ!
「……まあ、そういうわけなんで。私の事は会場内では里桜の姉として扱ってくれ」
了解、と頷く二人。
さてさて、そろそろ会場内で子供達の聖歌が始まる。
それでこのパーティーも終了だ。
※
会場内に戻ると、里桜が駆け寄ってくる。
ん? なんか怖い顔してる……っぽい。
「ちょっと! お姉さまどこ行ってたの! お姉さまが挨拶しないと始まらないんだから!」
「ほええ?! ま、また?!」
里桜に手を引っ張られ、ステージの上へと拉致られる私。
ステージ上では子供達が既に整列しており、皆聖歌隊の衣装に身を包んでいる。
その中には上月家のあやめちゃん、そして漣君の姿も。
うへへ、なんか頬が緩んでしまう……。
「お姉さま、気持ちは分るけど早くしろコラ。皆待ってるんだから」
「は、はい……」
里桜に脅されつつ、再びステージ上でマイクを手に取り挨拶の言葉を述べる私。
最初にこのステージに立った時と同じく、出来るだけ声を作り……飛燕 紗弥として挨拶をする。
一通り言い終わった後、誰よりも拍手してくれる男が一人。
って、兄貴か!
なんか涙目になりつつ拍手してる!
おい、その顔やめろ!
「……ねえ、あの人誰?」
「さあ……もしかしてあの人も飛燕家の人?」
「いや、飛燕家に息子はいない筈だし……」
ガヤガヤとざわつく会場。
しかしその時、ここそと里桜がマイクを手に取り……
「じゃあこれより子供達に聖歌で締めくくって頂きますー、皆様、その男は飛燕家とは全く無関係でございますので……子供達に注目をお願いしますー」
いや、確かに兄貴は無関係だけども。
なんか兄貴項垂れてるし……。
その時、春日さんが子供達と同じ衣装でステージに。
そっとステージ上のグランドピアノへと。
むむ、春日さんピアノ弾けるのか。
っていうか……あの人、飛燕家の家庭教師だったな。
ちなみに指揮者は我が妹の涼ちゃん。
子供達の正面に立ち、指揮棒を振り始める。
涼ちゃんの指揮の元、春日さんのピアノから音が……
そして子供達による「あめのみつかいの」が。
優しい歌声で会場内が包まれる。
観客の中には泣き始める人も居た。
確かに泣きたくなるかもしれない。この歌は私も小学生の時に習った。
しかしそれ以来歌った事など一度たりとて無い。
自然に……あの頃の記憶がよみがえってくる。
「……いい曲でしょ」
そっと里桜が話しかけてきた。
私は無言で頷きながら、子供達の歌声に耳を傾ける。
「昌、そこに居る子供達、大半が施設の子よ」
「……えっ?」
な、なんだって。
皆金持ちの子どもじゃないのか?!
「上月家とか上坂家とかの子を除いてね。聴いてない? 春日さん、そこの教師もしてるのよ」
にゃんと……。
そういえば……春日さんも両親に虐待されてたって言ってたな……。
だからなのかは分からんが……なんかあの人凄いな……。
それから「あめのみつかいの」を歌い終わった後、ゆっくりとステージから降りていく子供達。
これから町を練り歩きながら聖歌を歌うそうだ。
なんかゴツイスーツ姿の男達の姿が……もしかして護衛か。
まあ、時間も結構いい時間だしな……。
私と里桜も、ステージから降りて子供達の後ろに。
「私達は玄関までよ。そこからは上月家の人がついてくれるから」
「上月家……?」
まさか……あのスーツ集団って皆上月家?
なんかヤーさんの集団みたいな……
「まあ上月家って柔道とか剣道とかの道場もやってるから……自然とゴツイの集まるんでしょうね。ちなみにアンタ、あやめちゃんと剣道やったら瞬殺されるわよ」
マジか……あやめちゃん可愛い上に剣道強いとか……なんか昔のアニメ思い出した……。
そのまま玄関まで見送る私と里桜。
そこから子供達は商店街へと向かって歩いて行く。
あれ、そういえば……あの坊ちゃん何処行った。
ダンス以降見かけてないな。
「帰ったんじゃない? あれ、そういえば……拓也君も見かけないわね」
……ん?!
そ、そういえば……拓也、何処行った?




