(60)
楽しい時ほど、早く過ぎ去ってしまう物。
そして例えばだが、中学や高校の入学初日……クラスの中で自己紹介をする時、自分の番が近づくにつれてお腹が痛くなってくる事は無いだろうか。ちなみに私は何を言おうか考えすぎて、無難に終わらせてしまったタイプの人間だ。
(あー……私の高校デビューは何の問題も無く……)
「昌ちゃん、ほら、出番だよー」
春日さんの声で現実へと引き戻される。
幻想的、かつ華麗なダンスを披露した上月兄妹。
周りからは「ブラボー!」と万雷の拍手喝采。
(ぁ、当然だけど負けたわ……ごめんよ拓也……)
「諦めるのはまだ早いよ! というわけでいくよー」
春日さんに手を引かれ、上月兄妹と交代する。
ひぃぃぃ! まって! マジで私ダンスの”ダ”の字も知らないから!
「大丈夫大丈夫。こういうのは楽しんだ方が勝ちなんだよー?」
そんな事を言われましても!
うぅぅぅ、会場の皆さまが私に注目してる……!
ヤヴァイ、まだ”紗弥”を演じてる時の方がマシだった。
あっちはちゃんとしたキャラの設定があったし……。
「昌ちゃん、私の腰に手を添えて……そうそう。そのままゆっくり、音楽に合わせて……」
お、音楽に合わせて……?
「サイドステップだっ!」
思わず、高校の時バスケ部だった私は言われた通りサイドステップ!
いや、違うだろ! ダンスのステップとバスケのステップは!
「あはは、いいよいいよ~、私の動きに合わせてステップ踏んで~」
「いや、あの……」
言われた通り、春日さんの動きに合わせてゆっくり目に回るように……さざなみを体で表現するように……って、ヤヴァイ、なんか楽しくなってきた。
「よし……そろそろかな……」
ん? 何が?
と、その時……春日さんはギラっと見物人に向かってアイコンタクト。
すると一組の男女が楽し気に手を繋いで中央へ!
むむ、あの男の子は漣君か。女の子の方は里桜の妹、涼ちゃんだ。
涼ちゃんは漣君をエスコートしつつ、楽しそうにダンスを始めた!
おおぅ、かなり仲良さげだな。そういえば……漣君って央昌さんにソックリだから、涼ちゃんのお気に入りだったな……。
すると今度は里桜がパパさんを引っ張ってくる!
おおう、あっちも仲良さげだ。パパさんは非常に嬉しそうにしている。普段から里桜の態度……ちょっと冷たいから余計に……。
「ふふっ、昌ちゃん……見ててごらん」
えっ、何を……と思った時、次々と男女のカップルがダンスを始めた!
成程……これは集団心理という奴か。
「まあ、皆で楽しくダンスすれば……勝敗なんて関係ないでしょ? 今日は楽しむ日なんだから」
「そ、そうですね……」
しかし春日さんは私から手を放し、今だ見物していた拓也を「おいでおいで」と呼び寄せた。
拓也は控え目に私の前まで来ると、そっと手を差し出してくる。
「昌さん……その……」
「あぁ、踊ろう、拓也」
私はそのまま拓也の手を取り、拓也の腰へ手を添えて……って、前々から思ってたけど細いなこの子! もっと飯を食え!
「が、がんばります……」
「私よりいいクビレあるんじゃないか?」
拓也と手を取り合い……私達は見様見真似でステップを踏み出す。
多少ロボットのような動きだが気にしない。あぁ、そういえば昔……社交ダンスの映画があったな。あれは面白かった……またテレビで再放送しないかな……。
「昌さん、楽しいですか?」
「あぁ、楽しいぞっ」
私は拓也の腰を支えつつ、その可愛い顔を見つめながら体を揺らす。
ダンスなんて初めてだけど……私にとっては非日常そのものだ。
誰かと一緒にそれを共有できるのが……こんなに楽しいなんて……。
しかもその誰かが、私にとって特別な人だったら……。
「拓也……可愛いな……」
「……ぁ、ハイ、ど、どうも……」
なんだろう、なんか……胸が熱い。
もうずっとこうしていたい。
ドラマじゃないけど……このまま時間が止まってしまえば……
「ぁ、満月……」
ふと、拓也の言葉で天窓を見上げる。
そこには凄まじく輝く満月が。
「昌さん……ちょっと……逃げちゃいましょう」
「ん? え?」
拓也は私の手を引いてパーティー会場から抜け出した。
な、なんだ、いつにもまして積極的だ。どうしたというんだ。
ぁ、拓也……力強いな。やっぱり……男なんだな。
※
パーティー会場から直接外へ出られる扉があった。
そこから庭園らしき場所へ出られるようになっており、私と拓也は手を繋いだままベンチへと。
軽く積もった雪を払いつつ、二人でベンチに座って月を見上げる。
綺麗な月だ。なんかお団子が食べたくなってくる。
「十五夜じゃないんですから……昌さんって食いしん坊ですね……」
「あぁ……甘い物ならいつでもどこでも食べれる……」
そっと拓也の肩を抱き寄せる。
寒いのもあるが、なんか雰囲気的にそうしたかっただけだ。
「完全に男女逆転してますよね……僕達……」
「まあ……お互いに異性に憧れてるからな……」
私は男で……拓也は女に憧れた。
私達は似ているようで、まったく真逆だ。
「でも僕は……男に生まれてよかったと思ってますよ……だって……」
「……ん? そうなの? 私はてっきり拓也は性転換したがってると……」
「……僕は……」
急に立ち上がる拓也。
あぁ、くっついてないと寒いじゃないかっ。
ちこう寄れ!
「昌さん……僕は……」
ん? どうしたのじゃ、拓也。
なんかいつもより……男らしい顔つきに……。
「え、えっと……その……今夜は、月が綺麗ですね?」
「ん? あぁ、そうだな?」
なんだ突然。
月の話ならさっき……と、拓也がなんか涙ぐんでる。
どうした! 何があった!
「あ、昌さん! もっと文学に興味持って下さい!」
「え、な、なにいきなり! 私は国語は勉強しなくても平均点以上取れたぞ!」
「そういうのじゃないですから! 昌さんのバカぁー!」
人を馬鹿呼ばわりしながら、拓也君は会場の方に再び逃げ……ようとしたけど、また戻ってきた。
まあ、上月家のお坊ちゃんに見つかったら、またメンドくさいしな。
「あ、昌さん……き、着替えましょう。っていうか、昌さん……最初からパーティー会場に居ました?」
「んー? 居たぞ。最初から……。一応拓也にも話しかけたんだけどな……気づかないんだもん」
ベンチから立ち上がり、再び月を見上げる。
拓也の言う通り、今夜は本当に月が綺麗だ。
「ぁ、そういえば……拓也はいいの? ご両親のお墓参り……」
「……あぁ、聞いたんですか……」
うむ、聞いたぞ。冬子先生からだけど。
それで?
なんで君はお墓参りに行かなかったんだい?!
「……まあ、僕にとって親は姉さんですから……両親の事はあまり覚えてなくて……」
「……そっか」
なんとなく……その感覚は分る。
私も亡くなった父の事など覚えていない。母のお腹の中に居たのだから当たり前だが。
そして兄貴が私にとって父代わりだった。今でもいろいろとお世話になってるし……。
だからというわけでは無いが……お墓参りに行くという気すら起きない。
うぅ、ごめんよ、我が父。今度ちゃんと行くからな……。
「拓也、今度一緒に行こうか。お墓参り」
「……はい」
そのまま私達は再び手を繋ぐ。
なんだか拓也の手も繋ぎ慣れてきたな。
こうしていれば……恋人同士にでも見えるのだろうか。
いやいや、これはあくまでロールプレイだ。
拓也だって高校に好きな人居るかもしれないし……変な妄想はやめよう。
私は私で……恋を見つけよう
※
その後、再び私は真澄さんの手によって、飛燕 紗弥のメイクに戻される。
どうやらパーティーの締めでも私はスピーチせねばならんようだ。オーディエンスが私を出せと五月蠅いらしい。フフ、人気者は辛いなぁ……
「昌―、準備できたー?」
むむ、廊下から里桜の声がする。
まさかもう出番か? いや、まだ兄貴と琴音さん見てない……
「子供達の聖歌隊が始まるから、早く来ないと天使逃すぞー」
にゃ、にゃんだって!
子供たちの聖歌隊……それはもしかして、あの上月あやめちゃんや漣君が出るのか?!
やべぇ……シャメ撮りたい……。
「昌さん? 顔が獲物を狙うシベリアトラになってますよ、もう終わりますから。はい、じっとして」
「は、はい……」
グイっと頬を手の平で包まれ、グニグニとマッサージ。
あぁ、相変わらず……真澄さんのフェイスマッサージヤヴァイ。また眠くなりそう……。
「起きて下さいね。寝ぼけた顔で皆さんの前に出すわけにはいかないんですから……」
「ふあい……」
思い切り欠伸しながら返事してしまう。
あかん、こんな事では……しゃきっとせねば!
ちゃんと飛燕家の長女して、ちゃんとした挨拶を……
と、その時携帯が着メロが。
むむ、誰じゃ?
真澄さんに化粧を続けてもらいつつ、携帯を取る私。
『もすもす。昌?』
むむ、この声は……
「兄ちゃん? 今どこよ、早くしないと終わっちゃうぞ」
『あぁ、今帰ってきたんだけど……中に入ったら合流しずらいかなーと思って……』
ふむ、一理ある。
兄貴にも一応説明しておいた方がいいだろうし。私が飛燕家の長女としてのカテゴリーを手に入れた事を……。
「はい、終わりましたよ。昌さん」
「ふぉぉ、真澄さん……すみません、何度もメイクさせちゃって……」
いえいえーとメイクの片づけを始める真澄さん。
私も兄貴と通話を続けつつ、真澄さんの手伝いを少々……。
「じゃあ兄ちゃん、ホールで待ってて。私行くから」
『了解』
そのまま兄貴との通話は切れる。
ん? 待てよ……
兄貴は最初、私が挨拶したとき……確かまだ会場に居たよな?
「これは……」
なんだかイタズラ心がもんもんと……
いや、兄妹だし……バレバレだよな?
流石に兄貴……妹の顔を間違えたりしないよな?




