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 飛燕家の豪邸内に建造されている巨大なホール。

ここは公民館か何かか? と思われそうな建物の中で行われるクリスマスパーティー。

 このクリスマスパーティーで、私は飛燕家の長女という立場を演じる事になったわけだが……


「昌ちゃん……ごめん、ホントに家の娘になってくれない?」


そんな事を飛燕家のご当主様である、里桜のパパさんから言われてしまった。


「いや、あの……私は真田家の長女なんですが……」


真田家といっても大した家柄ではないが、私はそんな意味の分からん出家をするわけには行かぬ。嫁に行くならまだしも……。


 パパさんは、非常に申し訳なさそうな顔をして私に頭を下げてくる。


「ごめんよ……ちょっと調子に乗りすぎて……実はもう会う人会う人……昌ちゃんの話ばかりで、中には自分の所の事業を全て飛燕家に渡すから昌ちゃん”だけ”くれっていう所も……」


いや、怖いわ。

事業を全て渡してまで私を欲する理由はなんだ。


「だから……逢沢さんの言う通り、昌ちゃんは今後も飛燕家の盾で守ってた方がいいと思うんだ……っていうか完全に僕の責任だし……」


まあ……そうだな。

全て貴方の責任よ! と言うのは簡単だが、パパさんだって父親の顔を知らない私のためにしてくれた事だ。そんな責める気にはなれない。


「ま、まあそんなに気張る必要はないから。もし縁談の話されたら、適当に愛想笑いしながら逃げてくれれば……」


まあ逃げるのは得意だ。任せよ!


「そう言ってくれると助かるよ……本当にごめんよ。これはせめてものお詫びの気持ちだよ」


そういいながらパパさんが差し出してきたのは、トリプルリーチがかかっているビンゴカード……


ってー! おい、こんなもの渡されても!

子供達の痛い目線を浴びながらステージに上がれというのか?! 無理でござる!


「ま、まあまあ、大人でもやってる人いるよ? さすがにオモチャはあげてないけど……」


「まあ……じゃあ貰っときます……」


トリプルリーチ中のビンゴカード。

ぶっちゃけ、今も数字を聞き逃してる状態だ。もう既に上がってるのでは? と思ってしまう。


いや、何をガチになってるんだ。

別にビンゴなんぞ小学生の頃に卒業してる。さっきはゲーム機ちょっと欲しくて心が揺れたが……今はそんな事は……


『はーい! ではではー……次の商品は何と、レトロゲーム機と懐かしゲームソフト三十本セット! ちなみにゲーム機はセ〇サターンだー!』


……にゃ、にゃんだとう!!

欲しい! マジで欲しい! 今はもうどこの店言ってもジャンク品しか売ってないし!


 自然と足がビンゴゲームを楽しむ子供たちの群れへと向かってしまう。

子供たちはステージの前でワイワイキャッキャっと楽しんでいて、私はそっとその後方に……。


グフフ、すまんな子供達……

私はトリプルリーチ中のビンゴカードをもっているのだ! セ〇サターンは私の物よ!


『えーっと……じゃあ……』


ステージ上の里桜と涼ちゃんも楽し気にビンゴの抽選機を操作している。

すると、里桜が私に気づいて……痛い目線を送ってきた。


『…………えーっと、紗弥お姉さま? 何してんの。まさかセ〇サターンに釣られたんじゃねえだろうな』


お前なにしてんの、みたいな態度の里桜たん!

ひぃ! 見つかった!


『まあいいや……じゃあ回すよー』


若干里桜のテンションが下がってる……ような気がする。

まずい、あとで怒られないかしら……。


『……五十八番! ビンゴの人居るかなー?』


五十八……五十八……うお! あった!

しかもビンゴじゃないか! これでサターンは私の物だぁ……って、名乗り出れるわけねえ!

この空気の中、元気いっぱいに挙手しよう物なら……里桜と子供達から痛い目で見られる事は必至……諦めるしか……。


「おねーちゃん、見せて見せて」


その時、近くの女の子が私のドレスのスカートをクイクイ引っ張り、ビンゴカードを見せろと言ってきた。

私はそっとしゃがんで、その女の子に自分のカードを見せる。

たった今、ビンゴが成立したカードを……。


「……? お姉ちゃんビンゴになってるよ? なんで行かないの?」


その女の子の発言で回りの子供達も私の元に集まりだした。

私の持つビンゴカードを見るや「ぁ、マジだ」「スゲー」「ビンゴビンゴ!」と騒ぎ出す子供達。


ま、不味い……何が不味いって……


『……紗弥お姉さま? ビンゴなの? ならちゃんと言わないとぉ』


あ、あの里桜たん?

言葉と表情が合ってないないでござる!

怖い! 顔が凄い怖い! 「お前マジで何してんの?」みたいな顔で私を見ないで!


 渋々「ビ、ビンゴ……」と言いつつステージ上に。

子供たちは拍手で祝福してくれるが、なんだろう……この苦行……。

うぅ、パパさんなんて物を私に渡してくるんだ!


『で? プレゼント要る?』


「ぁ、イエ……スンマセン……」


とてもではないが「欲しい!」なんて言える空気ではない。

うぅ、欲しいけど……めっちゃセ〇サターン欲しいけど!


『仕方ないな……じゃあ紗弥お姉さまにはコレを進呈しよう。記念のマグカップだ! 柴犬の絵がプリントされてて可愛いぞ!』


「わ、わーい……」


可愛らしいマグカップを受け取る私。

柴犬の子犬がプリントされており、ローマ字で『PISUTATIO』と書かれている。

なんだ、ピスタチオって……もしかして子犬の名前か? ないわー。


『じゃあ次! ドンドンいくよー!』


私はそっとマグカップを持ってステージを降りる。

うぅ、酷い目にあった……


 その時、ドレスのポケットの中に入っていた携帯のバイブが着信を知らせてくる。

むむ、誰じゃ……って、兄貴か。


携帯の画面には『あにき』の文字が。

そっとステージから離れ、携帯を取る。


「はい、もしもし……」


『ぁ、昌? まだパーティーやってる?』


バリバリやってるぞよ。

お墓参りは終わったのか?


『今からそっち向かうから……ぁ、っていうか拓哉君どうしてる?』


どうしてるって……私は一度見ただけで一緒に行動してないしな……。

一応チャラ男を護衛に付けたから大丈夫だとは思うが。


『実は琴音さんが凄い心配してて……ほら、拓哉君メッチャ可愛くなっちゃったし……』


ま、まあ……大丈夫……たぶん。

そんなに心配なら兄貴が守ってやればいいだろう!

私は今、飛燕 紗弥っていうキャラ設定があるし……


「ぁ、あの……困ります……」


その時、聞き覚えのある声が……ぁ、この声は拓哉が女装してる時の女声……


「大丈夫大丈夫、僕がエスコートするから。ほら、僕に身を任せて……」


……ぁ?

拓哉は今、金髪の白スーツの男に腰を抱かれて会場の中央へ。

というか、あの男は……上月(こうづき)さんの所のお坊ちゃま!

逢沢さんは?! あの強面の頼れる人はどこ行った! いや、その前にチャラ男は何してんだ! 護衛しろって言ったのに!


「いや、僕……私は本当にダンスなんて……」


「大丈夫だって。僕に身を任せてくれればいいから……ほら、この綺麗な黒髪が舞う所を皆さんに見せてあげよう」


拓哉は今、黒髪ストレートのウィッグを付けている。

不味い、あのタイプのウィッグは結構重い。ちょっとやそっとの事で外れはしないだろうが、あんまり激しくダンスされると……遠心力で吹き飛ぶかもしれない。


もしここで拓哉のウィッグが外れたりすれば……

不味い、男だとバレれば拓哉は泣いてしまうかもしれない!

誰かがあの金持ちから拓哉を奪い取るしか……。


……兄貴、間に合うか?

いや、間に合った所で、兄貴が金持ちから拓哉を奪うなんて出来る筈が無い。


 ダンスはピンゴ大会が終わると同時に始められるようだ。

里桜が立つステージの上に、少しずつ音楽を担当する方々が楽器を持って準備を始めている。


……やるしかないのか。


私は咄嗟に、ピンゴ大会を楽しんでいる子供たちの後方から里桜に合図を送る。


(届け……! 私の想い! 親友の里桜ならわかる筈だ!)


体全体を使ってジェスチャーを里桜に。


(時間を稼げ! 里桜!)


『……え、えーっと……ぁー! ビンゴの抽選機壊れちゃったぁー! 今直すから待っててねー!』


どうやら通じたようだ!

流石我が親友、今度ケーキでも何でも奢ってやるからな!




 ※




 震えが止まらない。

僕は今、見知らぬ男性に腰を抱かれている。

別に男に腰を抱かれているのが怖いわけでは無い。女装をしていればナンパされる事もあったし、手をいきなり握られる事もあった。なんなら電車の中で痴漢された事も……。


あぁ、あの時は昌さんを痴漢と間違えて……


「震えてる? 大丈夫だって。僕が君を華麗に舞わせてあげるよ。フフッ、可愛いなぁ……まるでお人形さんのようだ……」


って、ひぃぃぃぃ! 顔が近い!

見るからに金持ちだと分かる男性。金髪で白スーツの男は、僕の体を抱き寄せて至近距離で話しかけてくる。


まずい、こんなに近いと……流石に気づかれてしまうかもしれない。

僕が男だという事に……。


 女装をしていれば、いつだって男だとバレるリスクはある。

僕は別にバレても構わない、堂々としていればいい、と思っていたが……流石に今ここでバレるのは不味い。今日、僕の女装を手伝ってくれたのは飛燕家のメイドさんなのだ。もしここでバレれば……迷惑をかけるかもしれない。


「あ、あの……やっぱり私は……」


「そんなに緊張しないで。大丈夫、大丈夫だから」


こ、この人押し強いな! というか人の話聞いて欲しい!


ダンスなんかしたらウィッグが吹き飛ぶ……いや、それ以前に体を密着させれば嫌でも分かる。僕が男だという事に。不味い、不味い、不味い……どうにかして逃げないと……。


 ダンスはピンゴ大会が終わると同時に始められると聞いた。

チラっとステージ上を確認する。もうプレゼントは残り少なく、ビンゴ大会はクライマックスを迎えている。もう時間がない。早く……逃げないと……。


「ねえ、君。見ない顔だけど……もしよかったら、この後一緒に……」


「え? え、いや……」


やばい、ヤヴァイ! このままではお持ち帰りされてしまう!

そんな事になれば……さすがに……


『はーい、ではこれでビンゴ大会終了ー! みんな、プレゼントは行きわたったかなー?』


その時聞こえてくる里桜さんのアナウンス。

もうビンゴ大会は終了してしまったようだ。


そして同時に……ステージ上からヴァイオリンの旋律が……。


「ほら、始まるよ。足を肩幅程度に開いて……」


も、もうダメだ……もう……


「おい、そこのお前。その子は俺の所有物だ。勝手に連れまわすな」


その時、僕を金髪白スーツから奪うように抱き寄せてくる人が……


って、あれ?


この匂い……香水……それに、この人の顔……まさか……


「なんだお前は……その子は俺が先に……」


動揺する白スーツの男。

僕は突如現れたタキシードの男性に抱き寄せられ、縮こまっている。


抱き寄せられて密着する体。

間違いない……この体の柔らかさ……それにこの声、この顔のライン……長い髪を後ろで結っただけの大雑把なヘアースタイル……。


「言っただろ、この子は俺の所有物だ。なあ? 貴子」


「……は、はい……」


やばい……


僕を奪ったその男性、いや、正確には女性はイケメンすぎる。


久しぶりに見るその姿。


僕が密かに想いをよせる、その人は……


「お前……誰だ」


白スーツの男に尋ねられ、僕を抱き寄せるその人は鼻で笑いながら答える。


「俺か? 俺は……真田 昌だ」



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