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 真田 晶 二十歳にして初めて異性に胸を触って頂けました。

まあ、不可抗力だけども。

さてさて、そんな私は今何をしているのかと言うと……。


「あ、こんなのどう? ショッピングモールで着ぐるみバイト。今冬だから暖かそうで丁度良くない?」


「えー……うーん……」


そう、大学の昼休憩を利用してバイトを探していた。場所は中庭。

一緒に探してくれているのは、同じ大学の堺 里桜(さかい りお)

私の数少ない友人の一人である。ちなみに男装趣味までは知らない。


「時給もそこそこ貰えるよ? 着ぐるみも自分で選べるんだって。クマにパンダにティラノサウルス」


なんで恐竜が一体混じってるんだ。子供泣くぞ。


「流石にディフォルメされてるでしょ。あー、じゃあこれは? コスプレ喫茶」


えぇ、コスプレって……


「主に執事さんになるんだって。女性スタッフも募集中ってなってる……」


「何ぃ! 執事さんだとぅ!」


ガバ! っと里桜から雑誌を奪い取って詳細を読む私。

ふむふむ、執事喫茶。しかも家から結構近いし時給も悪くない。


そして……執事さんの格好が出来る! 素晴らしい! ここにしようかな……


「あんた……男に興味ないと思ってたけど……」


「あん? 無いよ。今私は恋愛とかしてるヒマないから」


「その店……イケメンパラダイスよ。もう女性スタッフの枠なんて埋まってるって」


何ぃ! そ、そうなのか……イケメンパラダイスはともかく……女性枠埋まっちゃってるのか……。

いや、私の男装スキルを利用すれば……!


って、ダメだ。バレたら怖い。最悪大学に報告されたりしたら……。


 私の通う白熊大学は、その名の通り(?)獣医系の大学だ。

別に動物が好きなわけでは無い。完全に成り行きだった。私は今だに自分の進路を確定していない。


「あー……もう、とりあえず着ぐるみでいいかー……」


雑誌を里桜に帰し、天井を仰ぎながら溜息を吐く。


「アンタ……どうして急にバイトなのよ、シスコン兄貴の仕送りでやっていけるんでしょ?」


いや、それが嫌なんだ。兄貴の事が嫌いなわけでは無いが……。

なんというか、いつまでも自立できない自分が嫌なの!


「あ、そう。そういえば今度合コンやるんだけどさ。アンタまた来てくんない?」


「えー……またぁ? やだよ、めんどくさい……」


すると里桜は何やら封筒を出し


「沖縄の水族館のチケット当たったんだけど……」


「行かせて頂きます! いつも幹事ご苦労様です、里桜様」


ガシっと里桜の手を握りしめる私!

沖縄の水族館だとう! それはまさか……美ら海水族館か!


「あんた水族館ホントに好きね……私興味ないし」


と、封筒を手渡してくる里桜様。

ふぉぉぉ、マジか! あざーっす!


むむ、チケット二枚?

一枚で十分でござるよ。


「あんた……一人で行くつもり? なんか凄い心配になってきた……」


「じゃあ里桜も行こーよ、一緒にマンタとか見ようぜ!」


「お金が溜まったらねー……お、新しい男からLUNE着てる」


また新しい男っすか。

とっかえひっかえ……私が知ってるだけで十人くらいと付き合ってるよな?


「もう何人目とか覚えてないわよ。でも今度のは当たりよ。なんかカブトムシ売ってる人なんだけど……その人、フェラーリ乗ってたのよ! カブトムシって儲かるのね!」


うわぁー、所詮世の中金か。コイツ……いつか絶対変な男に捕まりそう……なんか心配になってきた。


「じゃあしっかり合コン参加しなさいよ。変な男から私を守りなさい」


「へいへい……って、彼氏居るのに合コン行くの?! う、浮気だ!」


フっと鼻で笑う里桜。なんか怖い。


「何言ってんの。合コンなんて今だけなんだから。その内誰も相手にしてくれなくなるわよ」


え、えぇ……そうなの? いや、まあ私は別に結婚しなくてもいいもん……。


「そう言ってる奴に限って最初に結婚したりするのよねー……ぁ、そろそろ次の講義じゃない?」


むむ、そうだ。

広げていた弁当を片し、大学内に戻る私達。


しかしバイトか……大学終わったら着ぐるみバイト行ってみるか……ホントは執事さんがいいけど。




 そんな訳でやってきました。

場所は岐阜駅からバスで十分程走った柳津。比較的大き目のショッピングモールで着ぐるみ接客するのだ。よし、行くぞ。私は独り立ちするんだ!


 雑誌を見ながらモール館をウロウロ。

えーっと……店の名前は「アルバート」か。なんか洋画に出てきそうな名前だな。

何売ってる店なんだろ。

 十分程散策し、なんとか店を見つけた。

着ぐるみは居ない。まだバイトは見つかっていないようだ。


 よし、いくぞ!


「すみませーん……あの、バイトの募集見てきたんですけど……」


店員らしきお姉さんに話掛けてみる。

するとお姉さんは「あー、ハイハイ」と奥の事務室に案内してくれた。

そこに居たのは、凄い気弱そうな……人が良さそうな作業服のおじさん。


「あの、バイトの件で……」


「えっ、あぁ、ハイ……すみませんねぇ、わざわざ来ていただいて……じゃあ……早速だけど頼めるかな……お客さん来なくてねぇ……」


ふむ、要は客寄せパンダになれって事だな! 任せろ! 


「じゃあこの中から選んでね。シロクマにアナコンダに襟巻トカゲ」


……ナニコレ。


いや、シロクマの着ぐるみが一番マシなんだが……リアル過ぎないか。

てっきりリ○ックマみたいなのを想像してたんだが……まんま白熊の剥製を着ぐるみにしたような物だ。

アナコンダと襟巻トカゲなんてもっとヒドイ。っていうかパンダとティラノサウルス何処行った。


「あぁ、その二つは……実は昨日売れちゃって……」


「売ったのか?!」


「ひぃ! ごめんなさい……っ つ、つい……あまりにもお客さんが来なかったから……」


マジか。まあいい。私はシロクマで行く。


「ぁ、じゃあ着替えたら出てきてね。一人で着替えれる?」


「大丈夫ッス」


いいつつ、店長らしきオジサンが出て行ったのを確認して下着姿に。

ふむ、着ぐるみ着るの初めてだけど……まあ、なんとかなるだろ。


「あー、そうそう、言い忘れてたけど……」


「…………はい?」


思いっきり下着姿の時にノックも無しで事務室に入ってくる店長。

一瞬時が止まる。

その時、外に居たお姉さんが


「ちょ! 店長のスケベ! なにしてんの!」


「い、いやいや! ごめんなさい!!」


勢いよく閉じられる扉。その後、再びお姉さんが入ってきた。


「ご、ごめんね? 大丈夫だった?」


「ぁ、はい……なんとか……」


「手伝ってあげるから。あぁ、それと店長が辞めたくなったらいつでも言ってね、だって」


そんなんでいいのか?!

バイトいつまで経っても捕まらないんじゃ……。


「いいのよ。貴方まだ若いんだし……こんなバイト続けるくらいなら、ちゃんと働きな」


凄い重たい発言が……ま、まあ私まだ学生だし……社会人になるのは数年先だ!

まだダイジョブ!


そのままリアルな白熊姿で店先に出る私。


「ママー! くまさん!」


お、小さな女の子が釣れた。

手を振ってやると凄い喜んで抱き付いてきた!


おー、よちよち。


「くまさん、くまさん! だっこー」


何っ、抱っこだと。

仕方あるまい。抱っこしてやろう。

女の子の体を抱えて御姫様抱っこ。

母親も喜び、シャメをとりつつ……


「ありがとうございますー……この子クマが大好きで……」


ふむぅ、こんなリアルなクマでもいいのか。


「ここって何のお店なんですか?」


お、母親が興味を示した!

そこですかさず説明を始める店員お姉さん。

どうやらアウトドアな雑貨屋らしい。そういえばテントとか売ってるな。


「へー……また来ますね~」


あぁ! 折角釣ったのに!

くそう、逃げられた……。


「大丈夫大丈夫、じゃあクマさん、これ持って」


店員お姉さんに持たされたのは……ビート盤?

ナニコレ。プールなんてまだ時期じゃないでしょ。


「子供が興味持ってくれればいいのよ。ちょっと可愛く構えてみて」


ふむ。可愛く構える……。

ビート盤を脇に挟み、アキレス腱を伸ばす運動をする白熊。


「あはは、可愛い可愛い」


マジで?! こんなんでいいの?! と思っていると


「くまー! おいくま!」


ん? 何奴……むむ、小学生くらいの少年が駆け寄ってきた!


「それなにー?」


これか? これは……

あれだ、野球のホームベースに置いてある……と、ジェスチャーで伝える為にビート盤を床に置き、イチローのマネをする私。ない袖を捲るように……クイクイっと……。


「違う違う。それはビート盤って言って……プールで使う道具よ」


そこに店員お姉さんが説明しに現れた! いや、さっきから居るけど!


「プール? 俺、スイミングスクール通うんだー」


ほほぅ。私も通ってたな。ちょっとだけだけど。

すると母親らしき人が近づいてきた。何やらお探しのようだ。


「あのぅ……子供の水着ってありますか? 柄物だとダメなんですけど……」


「はいはい、ございますよ。シロクマ君。その子見ててね」


了解っす、と敬礼。

子供もマネして敬礼していた。うむ、いい姿勢だ。


「くまー! だっこー!」


な、なにぃ! この子も抱っこか。仕方あるまい、さっきの子より重たそうだが……

って重っ! やっぱ男の子だな!


「くまー、くまは中身おっさん?」


お、おっさん?! 違うけども……ま、まあオッサンでいいや。

コクン、と頷く私。男の子は残念そうに


「ケッ……つまんねー」


親の顔が見てみたいわ! いや、さっき見たか。


「じゃあさ、くまー、さっきの姉ちゃんとどんな関係?」


ど、どんな?! い、いや……今日会ったばかりのお姉さんだけども。

何故そんな事を気にするのだ、このクソガ……お子様は。


「さっきの姉ちゃん美人だよなー、でも……くまはオッサンなんだよな。俺どうせならあっちの姉ちゃんが良かったなー」


クソ生意気な……君みたいなお子様に……あのお姉さんは十年早い! 

もっと男を磨いてくるんだな、と心の中で思いつつ男の子を下ろす。

すると母親が店の中から出てきた。


「ありがとうございましたーっ」


どうやら目的の品は見つかった様だ、よかったよかった。


「ぁ、くまの背中にチャックついてる!」


むむっ! みつかってしまったか。

ささっと背中を隠す私。だが子供はしつこく背中に回り込んで来る!


「あはは、くまーくまー!」


うっ! なんだこのクソガキ!

人の周りをグルグルと回るでない! と、その時自分の足に足を引っかけて倒れてしまう私!


ぎゃーっ! やっちまった! う、しかも起き上がれぬ……!


「ちょ、大丈夫?!」


お姉さんが駆け寄ってきてくれた! うぅ、天使よ! 子供から私を守っておくれ!

その時、子供が背中に乗って来て


「くまー、中身みせろー!」


そのままチャックを下ろす子供。ちょ……いい加減に……


「いい加減にしろぉ! クソガキ……って……」


下ろされたチャックから姿を晒す私。

当然下着姿。


「……おっさん……じゃない……」


子供は泣きそうに後ずさりつつ……ってー! やっちまった!

いそいそと着ぐるみの中に戻り、チャックを閉めるお姉さん。

何事も無かったかのように立ち上がり、また来てねーっと手を振る。


「く、くま……俺、お前貰ってやってもいいんだぜ……」


なんつった、クソガキ。

十年早いわ。さっさとママのご飯食べて大きくなれ!


 そのまま謝る母親に手を引かれて去っていく子供。

むむぅ、初日からハプニングが……。


「大丈夫? 今日はもう上がって良いわよ」


「え、だ、大丈夫でクマ」


「その語尾で確信したわ。もう貴方来ない方がいいわ」


え、そ、それって……つまり……


「クビ」


な、なぜに! 語尾にクマってつけただけクマ!


「相当動揺してるでしょ。いい? 社会で大事なのは鋼の精神よ。貴方はもっとそれを鍛えなさい」



 そのまま追い返された私。

しかし給料は貰えた。一時間分……つまり860円。

ふむぅ、しかし働いた対価としてお金を貰えたのは初めてだ。

バイト……いいかも……。


 それから着た時と同じように岐阜駅へと戻る私。

さて……860円で何か食べようかな……。

ぁ、そういえば拓也が良い感じの喫茶店があるって言ってたな。

確か駅前の大通りにあるって言ってた筈だ。


 昨日降った雪はそこまで積もっていない。

脇道に少し残っているくらいだ。大通りの歩道を歩きつつ、拓也の言っていた店を探す私。


「いや……名前聞いてないじゃん……」


そうだ、店の名前すら分からないんじゃ探しようが無い。

仕方ない、適当な店に……と、その時良い感じの喫茶店らしき物を発見した。


 木造のペンションみたいな作り。

店の前のイーゼルにはオススメメニューが書かれていた。


「ふむ……お、ビーフシチュー……マジか」


私はビーフシチューが大好きだ。

値段もライスセットで560円。ふむ、ここにするか。


 そのまま店の中に入ろうとすると、中から執事さんが一人出てきた。

かなり長身の……って、この人は!


「か、央昌さん……っ」


私の携帯の救世主、そして胸を触って頂いた初めての異性。


「おや。誰かと思えば真田さんじゃないですか。偶然ですね」


ニッコリと微笑む央昌さん。


空は再び厚い雲で覆われ、今にも雪が降りだしそうだった。


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