(56)
飛燕家の長女として挨拶をしてしまった私。
そんな私の設定は以下の通りである。
・氏名 飛燕 紗弥
・年齢 二十一歳
・職業 大学生
・趣味 オセロ
・休日の過ごし方 ひたすらオセロ
まあぶっちゃけ、名前と趣味、そして休日の過ごし方以外は真田 晶と同じだ。
というか、オセロって何よ。中学生以来やってないわ。
そんなこんなで、現在は超ご機嫌な父上と挨拶周りをしている。
パーティー会場には約百人程が集っており、その内三十人くらいが子供のようだ。
勿論、私の友人以外の人間は皆金持ち。
「あぁーっ、どうもどうも、俊明さんーっ!」
「あぁー、上坂さん、来てくれてありがとうーっ!」
ちなみに俊明というのは里桜の父の名前だ。
上坂さんと呼ばれたおじさんは見るからに金持ちで、ダンディーで紳士的。左手に光る腕時計はロレックスか? なんか金色でダイヤのような物がついて……
「いやぁー、驚きましたよー、こんなお美しいお嬢様が居られたなんて。どうも、上坂ともうします。今後ともよろしくお願いします」
うっ! 私に話を振ってきた!
今、里桜と涼ちゃんは傍には居ない。二人とも子供の相手をするとかで、どっかに行ってしまった。
里桜は「あんたが居るから問題ないっしょー」とか言いやがったが、全然問題あるわ! 私は娘でも何でもないんだから!
「よ、よろしくおねがいします、さな……飛燕 紗弥と申します……」
あぶねえ、真田って言いそうになった……。
というか、この演技いつまで続けるんだ。私としてはさっさと兄貴や拓也と合流して美味しいご飯食べたいんだが。
「いやー、本当にお美しい。ご結婚はまだ? 良かったら家の息子と……」
ああん?!
ご結婚だとぅ! だが断る!
「え、えーっと……」
助けを求めるように父上へと目配せする私。
父上はニコニコしながら
「いやいや、上坂さんの息子さんに家の娘は勿体ないですなーっ!」
って、うおおおおい!
そこは逆だろ! 普通は「家の娘に息子さんは勿体ないですなー」だろ!
しかし上坂さんと父上は大笑いしながら「まったくまったく!」と凄い楽しそうだ!
な、なんだ、これが金持ちのノリなのか?
「ではまた後程……紗弥、次いくぞー?」
「は、はい、お父様……」
まだ続くのか、コレ。
というかいつカミングアウトするん?
まさかとは思うが、これからずっと飛燕家の娘として振る舞うのか?
いや、それは流石に無いだろ。私は真田家の娘だし……
「飛燕さーんっ」
その時、お父上へと急接近してくる若い女性が!
若いと言っても私よりも年上だろうが、これまた金持ちオーラが滲み出ている!
このクソ寒いのにチャイナドレス、首にはクレオパトラが付けてそうな派手なネックレス、そして極め付けに……
「おぉ、藤堂さん。今日もお美しい。新しい髪型ですな」
そう、この藤堂さんの髪型……まるでデコレーションケーキを髪の毛で作りましたというくらいに、盛りに盛っている。なんか首が鍛えられそうなくらいだ。
「ウフフ、私の事はいいからー。そちらの新しい娘さんは? 養子に取られたのでしょ?」
そうか、そういう事になるよな。
去年だってこのクリスマスパーティーは開催されている筈だし……。今年からポっと出の長女が居たら当然養子だと思うだろう。というかそれしかない。
「えぇ、つい先日家族になりました。ほら、紗弥、ご挨拶を。こちら大手化粧品メーカーの……」
むむ、まさか社長とか?
どうりで凄い金持ちオーラが……
「社員さんだ」
思わずズッコケそうになる私。
大手化粧品メーカーの社員! 普通じゃん! そこわざわざ言う所か?!
「どうもどうもー。ウフフ、綺麗な娘さんねー? いいお相手は居るのかしら?」
絶対聞かれるな、コレ。
あれか、みんな飛燕家との関わりを持ちたいが為に狙ってるって事か。
里桜と涼ちゃんが颯爽と逃げるのも分かる気がする。
だからって私を身代わりにするなよ! あとで里桜しばいてやる……。
とりあえず適当に答えておくか。
「いえ……私はまだ……」
「あらーっ! そうなの! 勿体ないわー。こんなに綺麗な子なのに! 世の中の男は無能ばかりね!」
うへぇ……私この人ちょっと苦手かも……。
なんか香水もきついし……。
「あぁ、紗弥。ちょっと適当にブラブラしてきなさい。声を掛けられたら、適当にハイハイ言っておけばいいから」
なんてこと言うんだ、この父上。
適当にハイハイ言っておけばいいって……。
まあ、お言葉に甘えて適当にブラブラするか。というか、もしかして助け船だしてくれたんだろうか、父上。
「はい、では失礼します……」
そのまま何とか挨拶周りから解放され、とりあえず兄貴達を探そうとブラブラしだす私。
さてさて、兄貴は何処かなー……むむっ! なんか凄い美味しそうなハンバーグがある!
た、たべていいのかな……でもドレス汚したら……
「どこ見てんだぁ?! ああん!?」
と、その時……クリスマスパーティーらしからぬ怒号が聞こえてきた。
思わず声がした方を見ると、いかにも金持ちのボンボン……良い所の坊ちゃまみたいな奴が女の子に絡んでいた。高そうなスーツにはデミグラスソースのような物がこべりついている。
「す、すみません、すみません……っ」
必至に謝っているのは可愛らしい女の子……って、あの子、拓也じゃないか?
すげえ、めっちゃ可愛い。涼ちゃんみたいな桜色のドレスにお人形さんのような真っ黒な長い髪。
もちろんストレート。清楚などこぞのお嬢様のようだ! やべえ、ヨダレが……流石真澄さんやでぇ、分かってるぅ。
「すみませんで済んだらクリーニング屋は要らねえんだよ! どうしてくれんだ! 折角この日の為に新調したのによぉ」
うわー、嫌だわー、なんだあの自分からチンピラですってアピールするような言い草は。
というか今どきあんな事言う奴居たのか。久しぶりに聞いたわ。
「ウチは大手ヌイグルミメーカーやぞゴルァ。わかっとるのかゴルァ」
大手ヌイグルミメーカー……いや、そんなことより拓也がピンチだ。
ここは飛燕家の長女としての立場を利用させてもらうか。
あとで不味い事になったら里桜に全て丸投げして逃げる。
「どうされました?」
周りがドン引きして見て見ぬフリする中、拓也とボンボン坊ちゃまに声を掛ける。
拓也は今にも泣きそうな顔をしており、ボンボン坊ちゃまは……フフ、ビビってるな!
お前が家を盾にして威張るなら、こっちも存分に飛燕家を盾にしてやるわぁ!
「な、なん……なんでも構わんでしょうが! あんた……あなたには関係のないことですわよ!」
おい、言葉使いグチャグチャだぞ、坊ちゃま。
緊張しすぎだ、もっと肩の力を抜きたまえ。
「この子は私の大切な友人です。スーツは申し訳ありませんでした、すぐに替えを……」
「あ、あぁん!? 大切な友人って……飛燕家の大切な友人?! こ、このガキが?!」
ガキって……まあ、確かに拓也が女装すると幼く見えるよな。
中学生くらいに……いや、普通に男バージョンでも中学生に間違えられそうだが。
「じょ、冗談はよしこさん! 俺がそんな事でビビると思ってんのかゴルァ!」
えぇ?!
いや、何喧嘩売ってきてんだ!
素直にスーツ変えろよ! 別に喧嘩ふっかけてるわけじゃ……
「……おいおい、兄さん。こんな時くらい楽しくしましょうや」
その時、白いスーツにサングラス、茶髪のオールバックの男が割って入ってきた!
っていうか顔に凄い傷が……え、こ、この人……ヤっちゃん……?
「な、なんだお前……か、関係ないだろぅぅ……」
あからさまに小声になってるな、坊ちゃま。
いや、私もビビリまくってるが。
「関係ならありますわ。さっきから聞いてれば……年下の女の子相手に男がピーピーと喚いて……折角の酒と料理が不味くなるってもんですわ。なんでしたら……その喧嘩、私が買ってもいいんですがね」
「ひ、ひぃ! け、けっこうです……!」
おおう、脱兎のごとく逃げていった。
っていうかスーツは? 変えなくていいの?
「すいやせん、姉さん。余計な真似してしまいました」
ヤっちゃんは、私に向かって頭を下げて来る。
っていうか姉さんって……私の事だよな……?
「い、いえ、助かりました……あの、貴方は……」
「上月家のもんですわ。以後、お見知りおきを。アホに絡まれたら言ってください。では……」
上月家……いかにも名家って感じだな。ヤーさんでは無かったのか。
そのままヤっちゃんは颯爽と去り、私は怯える拓也へと振り向いた。
むむ、本当に怖かったんだろうか。ちょっと震えてる?
「大丈夫?」
「……え? は、はぃ……す、すみせん、あ、ありがとうございました……っ」
ってー! 拓也も逃げた!
あぁ! そうか、私今飛燕家の長女って設定だし……大変身してるから気づかなかったのか!
うぅ、拓也なら気づいてくれると思ったのだが……私そんなに見た目変わってるのかしら。
ぁ、そうだ。そういえば琴音さんと兄貴はどこじゃ?
拓也も気を利かせて二人きりにしたんだろうか。だとしたら兄貴が上手くやってるか心配だな……。
ん? それはそうと……あのチャラ男は何処行ったんだ。
拓也を守る為に呼んでやったと言うのに……護衛の任も忘れて何処をほっつき歩いて……
「あのー……」
「……? ぁ、はい」
声を掛けられ振り向くと、そこに居たのは……
「……何してんだ、チャラ男」
そう、目の前にはチャラ男こと澤田 紅葉。
っていうか女装はどうした! なんでお前普通に"男"としてきてるん!
「え? チャラ男って……いやぁ、そんな、俺そんなにチャラチャラしてな……」
「ちょっと来いゴルァ!」
先程のボンボン坊ちゃんのような声を上げながら、チャラ男のネクタイを引っ張って人気の無い場所まで連行する私。パーティー会場の端まで来ると、チャラ男を壁に押し付け尋問する。
「お前……拓也守れ言うたやろ! っていうか何で女装してないんだ!」
「……へ? そ、その声……もしかして晶ちゃん? へ、な、なんで……」
事情があるんだ、それよりもお前だ!
男の格好でなにしてん!
「いや……婚活?」
「なんでやねん! さっき拓也絡まれてたぞ! 何かあったらマジで怒るからな……今日のお前の任務は何だ、復唱せよ」
「は、はい……拓也君を守る事です……っていうか晶ちゃん怖い、マジで怖い、そんな美人さんな顔で睨まないで……わ、わかったから……」
よし、なら行け!
そのままチャラ男を解放し、溜息を吐く。
なんかイベント盛りだくさんだな……流石クリスマスパーティー……
「ちょっといい? 飛燕 紗弥さん」
ああん?! また私か!
私をご所望か! 今度は誰……
と、本日何度目か分からないが、声がした方へと振り向く私。
するとそこにいたのは、一人の美少年。
「どうも、上月と申します。以後お見知りおきを」
白いスーツに金髪。モデルのような体系に、透き通るような青い瞳。
凄まじく、まさに美しい少年……美少年がそこに居た。




