(55)
クリスマスパーティー、と聞いて皆様は何を想像するだろうか。
私は第一にケンタッ○ーフライドチキン。これさえあればクリスマスパーティーと名乗っても問題は無い。
あとは適当に部屋を飾りつけ、子供達に贈るプレゼントさえあれば、それは立派なクリスマスパーティーだ。
そう、そんなものを私は想像していた。
いくら里桜の家が金持ちとは言え、その拡張版程度だと考えていたのだが……。
「……なんだコレ……」
まだ貸し切り状態のパーティー会場を見て絶句する私。
結婚式の披露宴会場のように、無数のテーブルの上にはグラスが綺麗に並べられ、中央の長ーい机の上には既に料理が用意されている。
ちなみにどのくらい長いのかと言うと、三両編成の列車並みだ。三両編成の列車が何メートルなのか知らんけども。
そして会場全体はクリスマス風に飾り付けられており、巨大なツリーまでも運び込まれていた。
更にそして、そのツリーの根本には大量のラッピングされた箱が……あれって子供達にあげるプレゼントか何かだろうか。
というか、この会場なんなんだ。里桜の家は市民会館か何かか?
「んなわけないでしょ。ここは普段、社員がレクリエーションに使っている所よ」
社員って何?! ここお前の家の個人宅じゃないの?!
「ほら、家政婦さんとかいるでしょ。それにタクシーみたいな商売もしてるし。完全会員制だけど」
マジか。
改めて堺家って金持ちなんだな……。
「ぁ、堺っていうのは母方の名字だから。本来は飛燕ね。飛燕家。間違えるんじゃないわよ」
そういえばそういう設定だったな。
むむ、というか天井が高いな。なんか一部ガラス張り? になってる。
「あぁ、あそこから星空も見れるのよ。心配しなくても強化ガラスよ。その辺の壁より頑丈だから。割れたりしないわ」
すげえ……前から知ってたけど、里桜の家って本当に凄いな。
一人でこの屋敷に放り出されたら確実に迷子になる。
「大丈夫よ。携帯で私に連絡すれば迎えにいくから。さてさて……晶。約束どおり、あんたには今日……お嬢様をしてもらうわ!」
「ぁ、その事で相談なんだが……拓也を私の身代わり……いや、代わりにしてみてはどうか」
「今サラっと身代わりって言ったわね。いいわ、話してごらんなさい」
私はゴニョゴニョと里桜へと説明。
以前、里桜には拓也はドレスなど恥ずかしくて着れない! と説明したが……
【注意:(41)話です】
「実は、あれは真っ赤な噓だ。拓也はドレスを着たいって言ってたから……是非、拓也きゅんを可愛いお嬢様風にして頂きたい!」
「あらそう。ならそうするわ。とりあえずアンタは強制ドレスだけどね。真澄さん! お願い!」
ガシっと背後から羽交い絞めにされる私。
ってー! 真澄さん?! ちょ、力強え! 逃げられん!
「拓也君はお望み通りドレス姿にしてあげるから……あんたもドレスよ。しかも親父殿の強い要望で……私達、飛燕家の三姉妹の一人にする事となったわ」
「三姉妹って……顔でバレバレだろ! 全く似て無いんだから!」
ジタバタしながら真澄さんに個室へと連れ込まれ、丸椅子へと座らされる。
な、なんだ、周りを鏡で囲みだしたぞ! 一体何が始まるんだ! もしかして異世界召喚……
「違う違う。お着換えの時間よ。真澄さん、コイツ……もう思いっきりやっちゃって。三姉妹の長女って事にするから」
「は……? はぁぁあぁ?! なんで私が長女よ! 涼ちゃんの妹がいい!」
「無茶言うなや。アンタの身長、178cmもあるのよ。その辺の男より高いんだから……そうねぇ……真澄さん、私のメイクもフルに使っていいから。晶をビフォーアフターみたいにしちゃって」
ビフォーアフターって……一昔前に流行ったテレビ番組の事だな……。
いや、でも! 皆にからかわれて笑われるに決まってる……!
第一話読め! オシャレした小学生の私がどうなったか思いだせ!
「いや、どうもなってないじゃない。大丈夫よ、真澄さんのテクを信じなさい。笑う所か……晶、引っ張りだこにされるかも……じゃあお願い、真澄さん」
「はい、お任せください、里桜お嬢様」
そのまま里桜は出ていってしまう。
うぅ……どうなってしまうんや……一体私は……どうなってしまうんや!
「はいはい、大人しくしましょうね。以前、メイドに成りすまして私を騙してた事、忘れてませんよ?」
ひ、ひぃ!
なんか黒いオーラが……いや、でも……あの時真澄さん、逆に謝ってくれたじゃない!
「あれは里桜様の手前、致し方なく……ですよ。本当は手が震えて止まらない程に恨んでます」
「ひ、ひぃぃぃ! ごめんなさい! 許してください!」
「勿論冗談です。里桜お嬢様も……友人として貴方の事を心配してるだけですよ」
し、心配? 何を?
「生まれ持った素質だけで綺麗な女性などそうそう居ません。でも貴方はノーメイクでそれでしょう? 正直嫉妬してしまいます。なのに貴方ときたら……無防備にも程がありますよ」
む、無防備?! いや、そんな事ないでござる!
私は結構、こう見えても色々と防犯設備には拘る方で……
「そういう意味ではありません。女性のお化粧は身を守る為の物でもあるんですよ」
え、ど、どういう意味……って、ふぉあ!
真澄さんが私の顔を……マッサージしてる!
あぁ、そんな……眉毛の所を親指でクリクリしないで! なんか気持ちい……
ふぁ! こめかみまで……ヤバイ、真澄さんの指が……気持ち……いぃ……
「ふふ……眠ってしまわれましたね……さてさて、時間もありませんし……超特急で変身させてしまいますか」
※
『晶、ほら……お母さんが服買ってあげるから……』
『いい……お金勿体ないもん』
『そんな事ないわよ。お母さん、結構お金持ちなのよ?』
『……お母さん……昨日何も食べて無かった……』
『…………晶、そんな事ないから。ほら、もっと女の子らしく……』
『いい。私、お兄ちゃんの服がいいから』
悲しそうな母の顔を今でも覚えている。
幼い頃から私は男に生まれたかったとか考えてて、兄の服ばかり着ていた。
唯一買ってもらった衣服と言えば、スカートにブラウス、それに下着類。
家にはお金が無い、ただでさえ学校の備品などで家計は圧迫されている。
私はそう母に言い訳して、兄の服を着続けた。
本心では男になりたかったからだ。
でも母は……本当に私が家系を心配して遠慮していると思っていたのだろう。
だからあんな……悲しそうな顔をしたんだ。
あぁ、悪い事したな……。
素直に言ってやれば良かった。男の子の格好がしたいって……。
スニーカーに短パン、それにTシャツに野球帽。
それさえあれば、私は”少年”になれると思っていた。
それさえあれば……兄の服さえあれば……
「晶、晶……!」
……ほえ?
「ほえ? じゃなくて……目覚ましな。もうパーティー始まるわよ」
目の前にはドレス姿の里桜たんに涼ちゃん。
うお、二人ともかわゆい! 涼ちゃんは薄いピンクのフリルたっぷりのドレス……里桜は少し大人っぽい赤いドレス。ん? なんか……鏡に知らない人が写ってる。誰だ、この黒いドレスを着た女は……。
「ほら、私達三姉妹はステージで挨拶するんだから。立った立った」
え、えぇ?! ステージで挨拶?!
いや、そんなの無理でござるよ……。
里桜に手を引かれ立ち上がると、鏡に映った知らない女も立ち上がる。
って、ん? これ……鏡だよな。なんか……私と同じ動きしてない?
「何初めて鏡見たコネコみたいになってんのよ。それアンタよ」
「……は? え? えぇ?!」
鏡の中に移っている女性。
何やら髪の毛の色が違う。っていうか……これエクステ?
なんかベージュ系の茶髪でミディアムにされてる……。
それに……私こんな目デカかったっけ?
なんか顔も小さく見えるっていうか……
「はぁ……アンタ、今まで化粧サボってたからそうなるのよ。堂々としてなさい。ちょっと内気な姉って設定にしておいてあげるから」
な、なんじゃと。
ホントに私……里桜と涼ちゃんの姉設定で行くのか?!
いや、っていうか、飛燕家の娘が何人いるとか……周知の事実なのでは?!
「ところがどっこい。うちにはこんな可愛い義理の妹が居るのよ。今さら義理の姉が一人増えた所で驚く人なんて居ないわ」
いいながら涼ちゃんの肩を抱く里桜。
ん? というか涼ちゃん……なんか大人しいな。
前に私の事、泥だらけの雪だるまって言った時の元気はどうした。
「……晶……お姉様……っ」
……ふぉあぁ!
今なんて言った! 今なんて言った!
「綺麗です……! お姉様! 里桜姉より全然綺麗!」
「聞き捨てならんなぁ、晶ぁ?」
いや、言ったの涼ちゃんだし!
私を真っ黒な笑顔で見るな! 里桜姉!
「私はアンタの妹よ。里桜っていつも通りに呼び捨てでいいから。まあ、涼の事はちゃん付けでもいいけど……」
その時、個室の扉が開け放たれ真澄さんが入ってくる。
あぁ! 私を大変身させた張本人! これどういう事よ!
「観念してください。お友達も全員御着きになられてますよ。あぁ、拓也君という方も……可愛くしておきましたので。でも……貴方程じゃ……ないですけど……」
真澄さんも何か黒い笑顔を向けて来る。
な、なんなんだ、一体!
「それだけアンタが綺麗って事よ。正直嫉妬通り越して恨むわ。普段ガサツなクセして……」
ガサツって……否定は出来んけども……。
「行きましょう、晶お姉様っ」
ふぉぁ! 涼ちゃんが私の手を引いてくれる!
なんだこれ! 夢か?! 凄い……凄いぞ! なんか鼻血が出そう!
「落ちつきなさい。いい? あんたは適当に……内気っぽく挨拶してくれればいいから。間違っても変態発言するんじゃないわよ、今みたいに」
変態発言って……
わ、わかったでござるよ。恥ずかしがってればいいんだな。実際、人前で挨拶するなんて緊張であがってしまうし。
そのまま先程のドデカイ……パーティー会場の裏から入り、ステージの袖に……。
っていうかステージもあるのか。ここ本当に一個人の家か?!
「一個人じゃないわよ。さっきも言ったでしょ? 私達は皆合わせて家族なのよ」
……ふむ。
なんか羨ましいな……私も実家に帰ろうかな……。
それで、このドレス姿を母に見せてやったら……喜んでくれるかな……
『ではー! 我が三姉妹達よ! おいで!』
里桜のパパさんが拡声器で私達を呼んでいる。
涼ちゃんと里桜に手を引かれ、袖からステージへと出る私。
会場には既に大勢の人が集まっており、中にはカメラを持った人も……うぅ、なんか写真撮られてる……。
「……? 誰だ、あの黒いドレスの人」
「綺麗……あの人誰?」
「三姉妹って言ったよな……里桜さんの姉?」
「隠し子……?」
ザワザワと分かりやすいセリフを吐くモブ達。
も、もういい! 震えが止まらぬ! 逃げ出したいぃ……
「晶……親父殿の気持ち、受け取ってあげて」
そう耳元で囁く里桜。
そっと里桜の親父殿、パパさんの顔を見ると、笑顔なのにどこか悲しそうな目をしていた。
あぁ、この人……父が死んだのと同時に私が生まれてたって話聞いて……本当に悲しかったのか。
正直、私はそこまで父の事を想っているわけでは無い。
顔も知らないんだ。私には母と兄が居るからそれで十分だった。
でも……そうだな……父が居たら……こんな感じなんだろうか。
天国の父よ、見てるか?
嫉妬するなよ……
間違っても、里桜の父を呪ったりするなよ……
「お待たせしました……お父様……」
私は二人の妹に手を引かれ、父の隣へと立たされる。
父からマイクを受け取り……私は娘として挨拶をする。
天国の父よ、見てるか?
心配しなくても……私は貴方の娘だ
貴方と母が出会ってくれた御蔭で私が生まれたんだ
天国の父よ
ありがとう




