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 澤田紅葉こと、もっちゃんが執事喫茶に現れた。

ミニスカサンタの格好をしている私は、寒いのでとりあえずもっちゃんを店の中に案内。

拓也は引き続き外で客寄せさせつつ、もっちゃんを適当に隅っこの方の席へと追いやり、注文を聞く。


「注文は? もっちゃん」


「あらあら、晶ちゃんったら……ちゃんと接客しなきゃダメよ?」


伝票を握りしめブルブル震えながら、適当にホットココアと打ち込みその場を去ろうとする私。


「ちょっと晶ちゃん……私まだ何も注文してない……」


「何を言う。テレパシーでホットココアが飲みたいって言ってたじゃないか。あとトンコツラーメンが食べたいって」


何気に、この執事喫茶にはラーメンがある。

隠しメニューに丼系の料理も……


「そんな後付け設定いいからっ、ホットココアよりもコーヒーのほうが……」


「文句いうな、もっちゃん。もう伝票に打ち込んじゃったんだから」


なんで! というツッコミを流しつつ、ドリンクバーに行きマグカップにホットココアを用意。

ついでに敏郎さんにトンコツラーメンを注文。


「こんな日に? この店で? 愉快な客が居るな」


愉快……まあ、確かにある意味愉快だ。

男でありながら、完璧に女に擬態できる能力を持つチャラ男。

その秘密はヤツの自己暗示にある。


 もっちゃんの元に戻りホットココアを持っていくと、「注文してないのに……」とブツブツ言いながらも口をつけるもっちゃん。こんな日は甘すぎる飲み物の方がいいじゃないか。


「こんな日って……今日クリスマス・イヴだよ、晶ちゃん。そういえばデートとか行かないの? 拓也君と」


デートだと。

今してるじゃないか!


「バイトでしょ? デートと仕事はちゃんと分けないと……オトコノコは寂しがりやなんだから」


「そういうもっちゃんこそ……彼女居ないの? イヴで土曜日なのに……」


ココアを少しずつ飲みながら、もっちゃんは小さく溜息。


「あのねぇ、晶ちゃん。私は普段、激務な仕事で疲れてるの。たまの休日くらい……一人でゆっくりしたいのよ」


成程……オトコノコは寂しがりやというのは実経験からか……。


「ウフフ、晶ちゃんったら……人の事言えるの? どうせ明日もバイト入れてるんでしょ?」


「いや、明日は友達の家でクリスマスパーティーだ。ちなみに兄貴と琴音さんも来るゾ」


ピタっともっちゃんの動きが止まる。

笑顔のまま、そっとウィッグを取った。


「どういうこったぃ、なんで俺呼ばれてねえの」


途端に男バージョンへ変貌するもっちゃん。

そう、これこそがもっちゃんを女たらしめる自己暗示。

ウィッグの脱着で人格を切り替えているらしく、まるで多重人格と疑いたくなる程の変貌ぶり。


「呼ぶわけ無いだろ。もっちゃんは私の友達と知り合いでも何でもないんだから。もしかして行きたいのか? 行きたいなら招待してやらんでもないが……」


「偉そうに言ってんなぁ、オイ。まあ、別に俺は行きたいわけじゃ……」


その時、来客を知らせるカウベルが鳴り響いた。

もっちゃんは瞬時にウィッグを戻し、私は接客に向かう。


「おかえりなさいませ、お嬢様ー……って、なんだ、里桜か」


「なんだとは何よ。っていうか何その格好……このクソ寒いのにミニスカサンタって……」


良いでは無いか。


「というか拓也君一人で店の前で突っ立ってたけど……なにあれ、お仕置き中?」


そんなわけないだろう、さっさと指定の席につきたまえ。

里桜はそのまま自分の指定席へと腰を下ろし、私にアイスコーヒーを注文してくる。

このクソ寒いのに……アイスコーヒーですか。


「だって喉乾いたんだもん。ぁ、それでさ、明日のパーティーだけど……結構いい人集まるわよ。どこぞの御曹司とか……あんた行っとく?」


「行くわけないだろ。金持ちのボンボンとか、どうせ親の金で生活してる甘ちゃんに違いない」


そう言っといて、私は兄貴の金で生活しているが。

ま、まあ私だって苦労はしてるし! なんでもかんでもメイドさんにやらせているような奴らとは違う!


「何漫画みたいな事いってんの……。はぁ……どっかにいい男落ちてないかなぁ……」


「君こそ何漫画みたいな事いってんの。注文アイスコーヒーだけ? ケーキとか食わんの?」


「ぁ、じゃあ……《執事の甘いロマンのマロングラッセ》 これ持ち帰り用もヨロシク。涼は今日来れないからさ」


ふむ。持ち帰り用も注文頂きましたー……って、涼ちゃんに何かあったのか。


「んー? 高校でクリスマス会やるんだって。涼は可愛いからねぇ……サンタ役に抜擢されたらしくて……」


た、たしかに……あの妖精さんのような涼ちゃんがサンタに……私だったらプレゼントは涼ちゃんをくれとか言いそうだっ!


「やめてもらっていい? 早くアイスコーヒー持ってきて」


はい……。

大人しくサーバーへとアイスコーヒーを作りに……いや、作るって程でもないが。


「晶ちゃんー、トンコツらーめんお待ちー」


「はーい。ぁ、敏郎さん、《執事の甘いロマンのマロングラッセ》を一つ。あとお持ち帰り用もお願いします」


 敏郎さんにオーダーをしつつ、トンコツらーめんとアイスコーヒーを持ってフロアに。

フロアに漂うトンコツスープの香り。なんとも言えない雰囲気が醸し出されている。

里桜はあからさまに「それ何?!」という顔をしている。そしてもっちゃんは……ぁ、凄い笑顔だ。たぶんあれムッチャ怒ってるわ。


 里桜にアイスコーヒーを運びつつ、もっちゃんの元へトンコツらーめん。

うわぁー、美味しそうーっ


「ちょっと晶ちゃん……これなんの嫌がらせ?」


「え? 要らないなら置いといて。そしてあそこに居る客がクリスマスパーティーを開催するお家のお嬢様だ。彼女は面白い人間が大好きだ、分かるな?」


分からんわ、と言いつつも敏郎さんの作ったトンコツらーめんの魅惑の香りに負けたのか、もっちゃんはレンゲを持ちスープを一口。


「……なにこれ、下手ならーめん店より美味しいんだけど……」


当たり前だ! 敏郎さん舐めんな! どっかのレストランから天下りしてきた(スーパー)コックだ!


 さてさて、時刻は午後六時過ぎ。そろそろカップルが何処で飯を食うか……と悩みだす時間の筈だ。

外の拓也はちゃんと客引きしてるのかしら……。


 そっと窓から様子を伺う私。

むむ、相変わらず突っ立ってるだけ……って、ん?! むっちゃ雪降ってる!

いつのまに……やばい、このままでは拓也が凍死してしま……


「ワン!」


その時、私の耳に届く犬の鳴き声。

忘れてる人も多いと思うが、琴音さんの命の恩人……いや、恩犬のベル様だ。

今は執事喫茶の看板犬として活動している。子犬だったベル様はスクスク育ち、今では立派な成犬に……


「ふぁ! い、いぬぅ!」


ぁ、ベル様がもっちゃんに絡んでる。

トンコツらーめんの香りに誘われたか……というかもっちゃん、なんか凄い怯えてるな。

もしかして犬苦手なのか。


「ベル様、イタズラしちゃダメだよ」


「……フンッ」


私が注意してもベル様は「うるせえ、このミニスカサンタ」と言いたげな態度でもっちゃんから離れない!

ベル様は私の言う事は全く聞いてくれない。しかし拓也と央昌さんには忠実で、コロっと態度を変えて来る。


「うわわわわわっ! 晶ちゃん! この犬何?! なんとかして!」


「仕方ないな……ちょっと耐えててくれ。拓也連れて来る」


「は、早く!」


ヘイヘイ、と空返事しながら外に拓也を呼びに行く私。

しかし「拓也」と声を掛けても全く反応が無い。もしかして……既に寒すぎて意識が?!


「拓也……? おい、拓也!」


「うほぅ! ぁ、晶さん……すみません、なんか眠くなってきて……」


やばい! これマジでヤバイ奴だ! というか寒かったら中に入ればいいのに!

 拓也の手を引いて店の中へと。

相変わらずベル様はもっちゃんに絡んでいた。もっちゃんの膝へと手を掛けながら、トンコツらーめんを必死に見つめている。


「拓也、ベル様をなんとかしてくれ。もっちゃん犬苦手らしい」


「あぁ、はい……でもすみません……僕……なんかもう眠くて……」


おいしっかりしろ!

仕方ない……っ、こうなったら……


「拓也……明日のクリスマスパーティー……可愛いドレス着れるぞ……」


途端に目を輝かせ、生き返る拓也。

ベル様へと駆け寄り宥めながら奥へと引っ込ませていく。


フフゥ、まいったぜ……。


「まいったのはコッチだよ! なんで喫茶店で犬なんて……」


「まあまあ、もっちゃん……色々と事情があるのだよ。実は……ホニャラララ」


私はもっちゃんへと、ベル様を飼う事になった経緯を説明する。

琴音さんが事故に遭った時、ベル様のおかげで大事に至らずに済んだ事を。


「そうなんだ……あの犬が……いや、でも私ホントに犬苦手だから……」


そんなトンコツらーめん食べてるからだ。

とか言ったら、もっちゃんキレるかもしれんので言わんでおく。

しかし……成り行きとは言え、明日のクリスマスパーティーで拓也にドレス着せる事を確定させてしまった。しかも……これまた忘れられてるとは思うが、里桜の家の(スーパー)美人メイド、真澄さんに化粧までされて大変身する可能性が高い。もしそうなったら……私の拓也が変な男に絡まれてしまう!


いや、待てよ……目の前に居るじゃ無いか。いいデコイになりそうな奴が……


【注意:デコイ、とは狩猟などで使われる囮の鳥型模型の事です。兵器にもありますが、要するに囮です】


「なあ、もっちゃん。明日のクリスマスパーティー……来る?」


「……何、いきなり……」


「いや、たった今迷惑掛けちゃったし……それにさ、拓也も女装してパーティー出るから。もっちゃん居た方が心強いかなーと……」


もっちゃんはトンコツラーメンを啜りつつ、私をジーっと見つめてくる。

何か企んでいるのでは、と疑っているのだろうか。


「もっちゃんお願い! 拓也を守って欲しいんだけなんだ! だ、ダメ?」


トンコツスープを飲み干し、完食したもっちゃんは小さく溜息を吐きつつ


「最初からそう言ってよ。分かったから、トンコツらーめんのお代は晶ちゃん持ちね」


貴様!

そのトンコツラーメン、980円もするんだぞ!

普通のラーメン店ならチャーハンとセットで頼んでもお釣りがくる……まあいい。


もっちゃんは顔だけなら、その辺の女よりよほど美人だ。

これでドレスでも着せれば……拓也に負けず劣らずの美少女デコイになる筈だ。


 そんなこんなでついに明日……里桜の家でクリスマスパーティーが開催される。


波乱に満ちた聖夜が……幕を上げた……かもしれない。


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