(53)
澤田紅葉こと、もっちゃんが執事喫茶に現れた。
ミニスカサンタの格好をしている私は、寒いのでとりあえずもっちゃんを店の中に案内。
拓也は引き続き外で客寄せさせつつ、もっちゃんを適当に隅っこの方の席へと追いやり、注文を聞く。
「注文は? もっちゃん」
「あらあら、晶ちゃんったら……ちゃんと接客しなきゃダメよ?」
伝票を握りしめブルブル震えながら、適当にホットココアと打ち込みその場を去ろうとする私。
「ちょっと晶ちゃん……私まだ何も注文してない……」
「何を言う。テレパシーでホットココアが飲みたいって言ってたじゃないか。あとトンコツラーメンが食べたいって」
何気に、この執事喫茶にはラーメンがある。
隠しメニューに丼系の料理も……
「そんな後付け設定いいからっ、ホットココアよりもコーヒーのほうが……」
「文句いうな、もっちゃん。もう伝票に打ち込んじゃったんだから」
なんで! というツッコミを流しつつ、ドリンクバーに行きマグカップにホットココアを用意。
ついでに敏郎さんにトンコツラーメンを注文。
「こんな日に? この店で? 愉快な客が居るな」
愉快……まあ、確かにある意味愉快だ。
男でありながら、完璧に女に擬態できる能力を持つチャラ男。
その秘密はヤツの自己暗示にある。
もっちゃんの元に戻りホットココアを持っていくと、「注文してないのに……」とブツブツ言いながらも口をつけるもっちゃん。こんな日は甘すぎる飲み物の方がいいじゃないか。
「こんな日って……今日クリスマス・イヴだよ、晶ちゃん。そういえばデートとか行かないの? 拓也君と」
デートだと。
今してるじゃないか!
「バイトでしょ? デートと仕事はちゃんと分けないと……オトコノコは寂しがりやなんだから」
「そういうもっちゃんこそ……彼女居ないの? イヴで土曜日なのに……」
ココアを少しずつ飲みながら、もっちゃんは小さく溜息。
「あのねぇ、晶ちゃん。私は普段、激務な仕事で疲れてるの。たまの休日くらい……一人でゆっくりしたいのよ」
成程……オトコノコは寂しがりやというのは実経験からか……。
「ウフフ、晶ちゃんったら……人の事言えるの? どうせ明日もバイト入れてるんでしょ?」
「いや、明日は友達の家でクリスマスパーティーだ。ちなみに兄貴と琴音さんも来るゾ」
ピタっともっちゃんの動きが止まる。
笑顔のまま、そっとウィッグを取った。
「どういうこったぃ、なんで俺呼ばれてねえの」
途端に男バージョンへ変貌するもっちゃん。
そう、これこそがもっちゃんを女たらしめる自己暗示。
ウィッグの脱着で人格を切り替えているらしく、まるで多重人格と疑いたくなる程の変貌ぶり。
「呼ぶわけ無いだろ。もっちゃんは私の友達と知り合いでも何でもないんだから。もしかして行きたいのか? 行きたいなら招待してやらんでもないが……」
「偉そうに言ってんなぁ、オイ。まあ、別に俺は行きたいわけじゃ……」
その時、来客を知らせるカウベルが鳴り響いた。
もっちゃんは瞬時にウィッグを戻し、私は接客に向かう。
「おかえりなさいませ、お嬢様ー……って、なんだ、里桜か」
「なんだとは何よ。っていうか何その格好……このクソ寒いのにミニスカサンタって……」
良いでは無いか。
「というか拓也君一人で店の前で突っ立ってたけど……なにあれ、お仕置き中?」
そんなわけないだろう、さっさと指定の席につきたまえ。
里桜はそのまま自分の指定席へと腰を下ろし、私にアイスコーヒーを注文してくる。
このクソ寒いのに……アイスコーヒーですか。
「だって喉乾いたんだもん。ぁ、それでさ、明日のパーティーだけど……結構いい人集まるわよ。どこぞの御曹司とか……あんた行っとく?」
「行くわけないだろ。金持ちのボンボンとか、どうせ親の金で生活してる甘ちゃんに違いない」
そう言っといて、私は兄貴の金で生活しているが。
ま、まあ私だって苦労はしてるし! なんでもかんでもメイドさんにやらせているような奴らとは違う!
「何漫画みたいな事いってんの……。はぁ……どっかにいい男落ちてないかなぁ……」
「君こそ何漫画みたいな事いってんの。注文アイスコーヒーだけ? ケーキとか食わんの?」
「ぁ、じゃあ……《執事の甘いロマンのマロングラッセ》 これ持ち帰り用もヨロシク。涼は今日来れないからさ」
ふむ。持ち帰り用も注文頂きましたー……って、涼ちゃんに何かあったのか。
「んー? 高校でクリスマス会やるんだって。涼は可愛いからねぇ……サンタ役に抜擢されたらしくて……」
た、たしかに……あの妖精さんのような涼ちゃんがサンタに……私だったらプレゼントは涼ちゃんをくれとか言いそうだっ!
「やめてもらっていい? 早くアイスコーヒー持ってきて」
はい……。
大人しくサーバーへとアイスコーヒーを作りに……いや、作るって程でもないが。
「晶ちゃんー、トンコツらーめんお待ちー」
「はーい。ぁ、敏郎さん、《執事の甘いロマンのマロングラッセ》を一つ。あとお持ち帰り用もお願いします」
敏郎さんにオーダーをしつつ、トンコツらーめんとアイスコーヒーを持ってフロアに。
フロアに漂うトンコツスープの香り。なんとも言えない雰囲気が醸し出されている。
里桜はあからさまに「それ何?!」という顔をしている。そしてもっちゃんは……ぁ、凄い笑顔だ。たぶんあれムッチャ怒ってるわ。
里桜にアイスコーヒーを運びつつ、もっちゃんの元へトンコツらーめん。
うわぁー、美味しそうーっ
「ちょっと晶ちゃん……これなんの嫌がらせ?」
「え? 要らないなら置いといて。そしてあそこに居る客がクリスマスパーティーを開催するお家のお嬢様だ。彼女は面白い人間が大好きだ、分かるな?」
分からんわ、と言いつつも敏郎さんの作ったトンコツらーめんの魅惑の香りに負けたのか、もっちゃんはレンゲを持ちスープを一口。
「……なにこれ、下手ならーめん店より美味しいんだけど……」
当たり前だ! 敏郎さん舐めんな! どっかのレストランから天下りしてきた超コックだ!
さてさて、時刻は午後六時過ぎ。そろそろカップルが何処で飯を食うか……と悩みだす時間の筈だ。
外の拓也はちゃんと客引きしてるのかしら……。
そっと窓から様子を伺う私。
むむ、相変わらず突っ立ってるだけ……って、ん?! むっちゃ雪降ってる!
いつのまに……やばい、このままでは拓也が凍死してしま……
「ワン!」
その時、私の耳に届く犬の鳴き声。
忘れてる人も多いと思うが、琴音さんの命の恩人……いや、恩犬のベル様だ。
今は執事喫茶の看板犬として活動している。子犬だったベル様はスクスク育ち、今では立派な成犬に……
「ふぁ! い、いぬぅ!」
ぁ、ベル様がもっちゃんに絡んでる。
トンコツらーめんの香りに誘われたか……というかもっちゃん、なんか凄い怯えてるな。
もしかして犬苦手なのか。
「ベル様、イタズラしちゃダメだよ」
「……フンッ」
私が注意してもベル様は「うるせえ、このミニスカサンタ」と言いたげな態度でもっちゃんから離れない!
ベル様は私の言う事は全く聞いてくれない。しかし拓也と央昌さんには忠実で、コロっと態度を変えて来る。
「うわわわわわっ! 晶ちゃん! この犬何?! なんとかして!」
「仕方ないな……ちょっと耐えててくれ。拓也連れて来る」
「は、早く!」
ヘイヘイ、と空返事しながら外に拓也を呼びに行く私。
しかし「拓也」と声を掛けても全く反応が無い。もしかして……既に寒すぎて意識が?!
「拓也……? おい、拓也!」
「うほぅ! ぁ、晶さん……すみません、なんか眠くなってきて……」
やばい! これマジでヤバイ奴だ! というか寒かったら中に入ればいいのに!
拓也の手を引いて店の中へと。
相変わらずベル様はもっちゃんに絡んでいた。もっちゃんの膝へと手を掛けながら、トンコツらーめんを必死に見つめている。
「拓也、ベル様をなんとかしてくれ。もっちゃん犬苦手らしい」
「あぁ、はい……でもすみません……僕……なんかもう眠くて……」
おいしっかりしろ!
仕方ない……っ、こうなったら……
「拓也……明日のクリスマスパーティー……可愛いドレス着れるぞ……」
途端に目を輝かせ、生き返る拓也。
ベル様へと駆け寄り宥めながら奥へと引っ込ませていく。
フフゥ、まいったぜ……。
「まいったのはコッチだよ! なんで喫茶店で犬なんて……」
「まあまあ、もっちゃん……色々と事情があるのだよ。実は……ホニャラララ」
私はもっちゃんへと、ベル様を飼う事になった経緯を説明する。
琴音さんが事故に遭った時、ベル様のおかげで大事に至らずに済んだ事を。
「そうなんだ……あの犬が……いや、でも私ホントに犬苦手だから……」
そんなトンコツらーめん食べてるからだ。
とか言ったら、もっちゃんキレるかもしれんので言わんでおく。
しかし……成り行きとは言え、明日のクリスマスパーティーで拓也にドレス着せる事を確定させてしまった。しかも……これまた忘れられてるとは思うが、里桜の家の超美人メイド、真澄さんに化粧までされて大変身する可能性が高い。もしそうなったら……私の拓也が変な男に絡まれてしまう!
いや、待てよ……目の前に居るじゃ無いか。いいデコイになりそうな奴が……
【注意:デコイ、とは狩猟などで使われる囮の鳥型模型の事です。兵器にもありますが、要するに囮です】
「なあ、もっちゃん。明日のクリスマスパーティー……来る?」
「……何、いきなり……」
「いや、たった今迷惑掛けちゃったし……それにさ、拓也も女装してパーティー出るから。もっちゃん居た方が心強いかなーと……」
もっちゃんはトンコツラーメンを啜りつつ、私をジーっと見つめてくる。
何か企んでいるのでは、と疑っているのだろうか。
「もっちゃんお願い! 拓也を守って欲しいんだけなんだ! だ、ダメ?」
トンコツスープを飲み干し、完食したもっちゃんは小さく溜息を吐きつつ
「最初からそう言ってよ。分かったから、トンコツらーめんのお代は晶ちゃん持ちね」
貴様!
そのトンコツラーメン、980円もするんだぞ!
普通のラーメン店ならチャーハンとセットで頼んでもお釣りがくる……まあいい。
もっちゃんは顔だけなら、その辺の女よりよほど美人だ。
これでドレスでも着せれば……拓也に負けず劣らずの美少女デコイになる筈だ。
そんなこんなでついに明日……里桜の家でクリスマスパーティーが開催される。
波乱に満ちた聖夜が……幕を上げた……かもしれない。




