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12月24日 (土) クリスマス・イヴ
岐阜駅南口付近の通り、歩道の脇に立つ何でもない木がクリスマス仕様にされていた。
フッワフワの綿を枝に乗せ、丸いオーナメントで飾り付けされた何でもない木。
もうこんな季節なのだ。ついこの間、正月番組で爆笑していたと思ったのに。
「早いもんだ……クリスマスか……」
気が付くと、岐阜駅南口の通りにはカップルがチラホラと出現していた。
なんてこった。後ろから硬い物で襲いたい。
だが日本は法治国家。そんな事をすれば逮捕されてしまう。法律という物があって本当に良かった。
「命拾いしたな……法に感謝しろよ、バカップルども……」
捨てセリフを吐きつつ、コートの襟を顎まで上げて顔を隠すように歩く。
向かう先は私のバイト先である執事喫茶、レインセル。
「今日は忙しいかな……」
なにせクリスマスイヴだ。先程のようなカップルが仰山来ると思うと怖気が走る。
もういっそのこと、前に着たパンダの着ぐるみで過ごした方が……。
そんなこんなで執事喫茶に到着。
店前のイーゼルには『本日クリスマス前夜祭! 特別限定ランチにはプレゼント付き!』と書いてある。
まあプレゼントと言っても、適当に買ってきたマフラーや手袋なんだが。
「そういえば……今日はサンタコスだったな……」
なにせクリスマスだ。サンタは外せまい。
もしかしたら白い付け髭も付けさせられるのだろうか、と思いつつ執事喫茶の裏口へと向かう。
さて、今日も元気に出勤するか……と裏口のドアから中に。
「ぁ、晶さん……」
「ん……? 誰……」
目の前に現れたサンタ。
赤い服に顔を覆い隠す程のモッコモコの髭。
一瞬誰かと思ったが、声と身長からして拓也か。
「拓也……? す、すごい髭だな……」
「央昌さんが盛るぜー……って……」
別に髭を盛らんでも。というか接客できるのか、ソレ。
「ちょっとクシャミが常に出そうですけどガマンしてます」
何気に凄い事してないか。そんなの拷問じゃないか。
「おや、真田さん。こんにちは、真田さんの分もありますよ、サンタ服」
そこに央昌さんもやってきた!
げ、もしかして私も……拓也のようなモッコモコ髭を?!
やばい、今日はお腹が痛いので帰らせて頂こう。
「お待ちなさい。大丈夫ですよ、晶さんのは」
言いながら衣装の入った紙袋を手渡され、更衣室へと放り込まれた。
むむ、私のは大丈夫って……
ガサゴソと紙袋からサンタ服を出すと……あぁ、納得……。
私のは普通のミニスカサンタだ……って、ミニスカ?!
や、やばい……こんなの、次の展開が手に取る様に分かる。
「しかしこのクソ寒いのに……ぁ、タイツも着いてる」
しかもサイズ……私とピッタリじゃないか。もしかしてこれも央昌さんが用意したのか?
なんか央昌さんが怖くなってきた……いや、そういう人では無いと分かっているんだが。
「ミニスカか……久しぶりだな……」
赤いサンタのミニスカコスに身を包む私。
一応この執事喫茶では、普段私は”執事”だ。つまり男性としてお嬢様方から扱われているが、常連さんは皆知っている。私が女だと言う事に。それでも私を男として扱ってくれる事に関しては、ありがとうの一言に尽きる。
「そんな私がミニスカサンタか。さて……拓也がなんていうか……もう分かり切ってるんだけど」
サンタ帽子もかぶり、更衣室から出る。まずは央昌さんが私のミニスカ姿を見て、頷きながら拍手してきた。
「うんうん、やっぱりいいですね。目の保養にいいです。晶さんは脚綺麗なんですから。もっと見せてくれないと」
そんな要求には応じぬ。
さて……拓也はどこに居るんだ? もうフロアか?
「あぁ、拓也君は店の前で客引きしてもらっています。今日のメインターゲットはカップルですから」
ふむふむ、じゃあ私帰る。
「お待ちなさい。大丈夫ですよ、カップルは噛みません。安全な生き物です」
「いや、私の心が……砕かれるんですよ! 目の前でイチャコラしおって! 羨ましい!」
まあまあ、と宥めて来る央昌さん。
「大丈夫ですよ。真田さんには拓也君が居るじゃないですか。目の前でカップルにイチャコラされたら拓也君とイチャイチャすればいいんですよ。職場恋愛は出来るだけ避けてほしいですが」
いや、別に拓也とは恋人同士というわけでも無いんですが……
まあ母と兄には恋人だと言ってしまったが……。
「それでは今日もお仕事頑張りましょう。店のデコレーションは完了してるので……何処か不備が無いかチェックしてくださいね」
「了解ッス」
オーナーから指令を受け、クリスマス仕様にデコレーションされた店内を見て回る。
壁にはサンタのポスターや可愛いオーナメントが飾られ、普段花瓶が置いてある場所にはトナカイのヌイグルミが。その他にも、箸やシルバー類、それにグラスまでもクリスマス仕様と交換されていた。
ふむふむ、なんか本格的なツリーまで……私の身長より高いな。
「ん……? なんか短冊が……」
誰か七夕と勘違いしてる人が居る……と短冊をチラっとのぞき見。するとそこには……
『この世界から怖い女が居なくなりますように』
おい
コレ確実に洋介さんだろ……あの人確か女性恐怖症だったな。
まあ男装してる私に対しては別に普通だったけど……今はどうなんだろ。
知的好奇心に駆られた私は、ミニスカサンタコスでキッチンへと向かう。
そこには既に本格的に働く洋介さんと敏郎さんの姿が……。当たり前だけど二人はサンタコスしてないな。
「お疲れ様です、洋介さん、敏郎さん」
二人に挨拶しつつキッチンに入ると、敏郎さんは「おう」と簡単に挨拶してくる。一方洋介さんは……
「……ひ、ひぃぁぁぁぁぁ! な、なんなん! その格好! 怖い! 晶ちゃん怖い!」
なんかあからさまに怯えられた。
この人街歩けるのか。結構イケメンだから……女に逆ナンされる事もありそうだ。
そんな洋介さんに溜息をつく敏郎さん。
そっと怯える洋介さんの肩をポン、と叩き
「洋介……大丈夫だ。晶ちゃんは物理的に噛んだりしない」
いや、当たり前だ。
私にそんな性癖は無い。
「うぅ、うぅぅうっぅ! た、頼むから! その格好でキッチンに入ってこないでくれ……!」
「はいはい、分かりましたよ」
いいつつキッチンの外に出て再び店内のチェック。
十分程見回り、特に問題なしと央昌さんに報告。
さて、そろそろ拓也もカップルの一組や二組捕まえて……
「…………」
しかし全く音沙汰ない。
拓也君はちゃんと客引きしているんだろうか。
ちょっと様子見に行ってみるか……。
拓也は表のイーゼルの隣で看板を持ち、モッコモコの白髭サンタ姿で客引き中。
だが、ただ突っ立てるだけだった。一言も声を発しず、ただの置物と化している。
「拓也ー、そんなんじゃお客さん来ないよ。むしろ避けられる……」
と拓也に声を掛けると、こちらに振り返ってくる。
そして私のミニスカサンタ姿を目撃した拓也君は、目を見開きプルプル震えだした。
「……あ、晶さん……ずるぃぃぃぃぃ! 晶さんだけズルイ! いいな、いいな……そんな可愛い格好して!」
「ぁー、いや、予想通りの反応ありがとう」
いいつつ看板を取り上げ、ついでに拓也の顔を覆い隠している髭も引きちぎる。
「わ、わっ、晶さん……痛い……」
「こんなサンタじゃ誰も店に入れないでしょ。今日のメインターゲットはカップルだ。拓也、カップルが入りたい店はどんな店だ」
「えっ、わ、わかりません」
奇遇だな。私も分からん。
「いや、あの……なんだったんですか、今の質問」
「まあ二人で考えようじゃないか。といっても時間が無い。とりあえずカップルは落ち着ける場所を探しているはずだ。そしてこの店のモットーは?」
「え、えっと……落ち着いた雰囲気で……お嬢様に非日常を提供する……」
その通りよ!
そのお嬢様がカップルに変わっただけ!
「そこをアピールするんだ! さあ叫べ! この店は落ち着いてるぞって!」
「は、はい! え、えっと……この店は落ち着いてー……って、そんな事叫べるわけないですよ!」
ダメか。
むむぅ、どうすれば……
「あらあら、可愛いサンタさん二人も……」
その時、後ろから聞こえた声に背筋を震わせる私。
拓也は拓也で一気に表情が明るくなりテンションが高くなる。
間違いない……私の背後に居るのは……
「やっほー、きちゃった」
帰れ。チャラ男。
そう、澤田紅葉ことチャラ男。
あの飛騨高山ツアーの帰りに執事喫茶へと連れてきて以来……毎日のように通いだした男がそこにいた。




