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 無事に山から降りてきた私達。

兄貴、私、そしてくま娘こと月夜ちゃん。

時刻は既に午後五時をまわっており、村人は広場に集まり炊きだしをしているようだった。


「ぁ、晶さんお帰りなさい~」


拓也こと貴子ちゃんが出迎えてくれる。

その手には非常に美味しそうな豚汁が……貴様! 私達が極寒の山に登っていたというのに!

っていうか仮登録はどうなったんだ。てっきり私達が帰ってくるまで食事なんぞおあずけだと思ったが。


「普通に貰えましたよ。紅葉さんは昔の友達と楽しそうに喋ってます」


うぉぉぉい! 裏切りもん呼ばわりしてたくせに!

なんなんだ、一体。


「戻られたか。盃は持ってこられたのかの?」


そこに村長も寄ってくる。

勿論手には豚汁。うぅ、美味しそう。私にも下さい。


「その前に盃じゃ。真田の長男坊」


「これでいいのか?」


兄貴は村長に取ってきた盃を手渡す。

村長は頷きながら、何やら凄い笑顔で盃を懐にしまう。

初めて私達が村に来た時は険しい顔してたのに。


「桜の場所を思い出せたようじゃな。ところで月夜、お前……着ぐるみはどうした」


「爺ちゃんのせいでびしょ濡れクマ。持ってくるのしんどいから木に吊るしてきたクマ」


なんじゃそりゃ、と村長は頭をポリポリ掻きつつ、私達を大きな鍋の近くへと誘導。

私達三人も、配膳をしているお婆ちゃんから豚汁を貰う。

ふぉぉぉ、美味そう……。


「ところで……あんた、女じゃったんじゃな……」


村長が私の体を舐めるように見つめてきた!

ひぃ! コートが無いから体のライン隠せぬ!


「よくも騙してくれたの。まあ別にいいが」


いいんかい。そもそもなんだったんだ、あの試練て。


「それは後で話す。月夜、お前も桜の場所を知ってしまったんだろう。あとで儂の家に来い」


「えー、村長の家……なんか薬草臭いから行きたくないクマ」



 ※



 それからしばらく、私達は豚汁をご馳走になりつつ村の人達と会話する。

皆最初の時とは打って変わり、兄貴にも普通に笑顔で接していた。何故みんな最初は……

 私がそう疑問に思っていると、母親と同じくらいの年齢のおばさんが話しかけてきた。

むむ、なんぞや?


「晶ちゃん言うんかい? 茜さん元気?」


茜とは母親の名だ。

むむ、もしかして未だに母親に年賀状やら何やら送ってたのは貴方かしら。


「そうそう、たまーに手紙でやりとりしてたんよ。大変やったねえ……」


「あぁ、はい……」


適当に相槌打ってるが、大変だったのは私じゃない、母親と兄貴だ。

私は得に大変だったという記憶は無い。今も普通に大学に通ってるし、なんだったらマンションにだって住んでるのだ。


「ところで……あっちの子は柊さんとこの弟さん? お母さんにソックリ。あんな立派になったんやねぇ」


「あぁ、はい、そうなん……って、え? お、弟って……」


こ、このおばさん……拓也の女装を見破ってる?!

そんな馬鹿な! 私ですら初対面の時全く気付かなかったんだぞ!


「うふふ、だってあの弟さん生まれた時、私その場に居たからね。琴音ちゃんはもっと大きくなっとるやろうし、あの年頃の子は他に居ないからねぇ」


成程……拓也の存在自体知ってるなら消去法で分からない事も無いか……。

しかし拓也は思った通り母親似か。という事は琴音さんも……。


「豚汁、おかわりいる?」


「ぁ、はい、イタダキマス……」


わいわいと村人皆でご飯。

うん、たまにはいいな、こういうのも……。

しかし皆仲良さそうだな。なんか……まさに桃源郷って感じだ。



 ※



 食事を終え、私と兄貴、そして月夜ちゃんは村長の家へと呼ばれた。

紅葉さんと拓也は先程のおばさんの家へお邪魔している。

何でも、村長がこれからする話は限られた者にしか出来ないらしい。


恐らく……あの桜に纏わる話だろうが。


「さて……とりあえず一杯付き合え。月夜はお茶だな」


「えー。私もお酒飲んでみたいクマ」


ダメ! お酒と煙草はニ十歳から!


「ぶー」


 私と兄貴は村長から熱燗を頂く。

おおぅ、あったまるぅ……。


「どうじゃった、桜は」


囲炉裏を挟んで熱燗を飲む私達に、村長はいきなり桜の話を振ってくる。

どうと言われても……まあ、デカかったな。


「そりゃそうじゃ。あの桜の木は特別じゃからの。この村は義理の龍と書いて義龍村と今では伝えられておるが、本当は……偽の竜と書いて偽竜村なんじゃ」


ふむぅ、なんか金田一みたい。


「そうなんクマ?! そんな話初めて聞いたクマ」


ところで月夜ちゃん……君、いつまでクマクマって……


「私は元々この喋り方クマ。昔よくツキノワグマのモノマネで人気者になってたクマ」


いや、マテコラ。語尾にクマって付けてるだけだろ!

最初私達に「ガオー、熊だぞー! 怖いぞー!」とか言ってたのはモノマネだったのか?!


「そうクマ」


いかん、可愛い。

なんだこの子。


「そんな話はいいんじゃ。月夜、今からする話は他言無用じゃ。そして……あの桜の木には今後近寄るな、いいな」


「えー、春になったら見に行きたいクマ」


「ダメじゃ」


きっぱりと否定する村長。

むむ、でもなんでそんなところに私達行かせたんだ。

そんな聖地みたいな場所に……。


「聖地と言えば聖地じゃの。じゃが実際には……昔本当に行われていた忌まわしき儀式の地なのじゃ、あそこは」


忌まわしき……?


「昔、この山は今ほど木々は生えておらんかったそうじゃ。あったのはあの桜の木のみ。そして……山には竜の神様が住んどった」


ふむ、日本昔話か。


「村人は竜の神様を称え、どうか山に恵みを……とお願いしたそうじゃ。そこで竜の神様は言った。年に一度……我に嫁を差し出せ、とな」


……いや、それって生贄?


「そうじゃ。村人は年に一度、一番美しい娘を選び……生きたまま桜の木の下へと埋めた」


「……は? いや、それって……作り話ですよね?」


村長は首を振る。

その真面目な顔を見て、私と兄貴、そして月夜ちゃんは顔を見合わせ背筋を震わせる。


「これは実際に行われておった儀式じゃ。五百年程前にな」


五百年て……戦国時代? 

この村そんなに古いのか。


「生きたまま埋められた娘は……竜の神様の嫁となり、山の大地へと帰った。そして山へ恵をもたらしたと言う。しかし、埋められた娘が数え切れん程になった頃、一人の村人が罪悪感に駆られ村を飛び出し、一人の旅人に助けを求めたという。その旅人の名が……義龍という名じゃった」


私達は熱燗を飲むのも忘れて聞き入っていた。

囲炉裏の火が燃え盛る音が妙に大きく聞こえる。


「旅人義龍はその話を聞いて激昂し、村の男達を次々と斬り捨てた。それを見た竜の神様は義竜に襲い掛かった。だが義龍は一撃の元に返り討ちにしたという。そこで義龍は言った。この竜は偽物だと」


偽物の竜の神様……。

じゃあそれまで被害にあってた娘達は……


「そうじゃ、娘達の死は無意味じゃった。偽の竜は、若い娘を食らう為に山の恵みを途絶えさせ、村人達に生贄を求めたのじゃ。村に生き残った女達は悲しみに暮れた。今まで自分達は恐ろしい事をしてきたと、今更ながらに気づいたんじゃな」


「遅すぎるクマ。あれ? でも男は殺されたクマ? そのうち村人全滅しちゃうクマ」


「じゃな。そこで女達は義龍にこう言った。自分達に子を授けてくれと……義龍は二人の女に子供を授けた。その女というのが……真田家と柊家の妻じゃ」


……ん?!


「ちょ、ちょっと待たれよ! じゃあ……私達と柊家は……遠い親戚同士って事?!」


「まあ、そうなるじゃろうな。じゃが別に柊家の男児と結婚しても問題はないと思うがの。もう五百年前の話じゃし……」


えぇ、なんかそこだけ適当……

って言うか村長……もしかして貴子ちゃんが拓也って事知ってる?


「当然じゃ。柊家の長男坊が生まれた事は知っとったからの」


なんてこった……

最初から踊らされてたんじゃ……。


「ところで村長、なんでその曰く付きの場所に……俺達を行かせたんです?」


兄貴の言葉に、私は本題を思い出した。

そうだ、そんな酷い所になんで私達を行かせたんだ。


「……真田大地、お主……子供の頃の記憶が無いんじゃろ」


「……」


兄貴は渋い顔をして黙ってしまう。

あれ? なんか山に登った時に思いだした、とか言ってなかったっけ。


「遭難した時の事はなんとなく思いだしたけど……」


「大地よ、お主はあの時、坂から転げ落ちて頭を打ったらしくての。助けられた後も三日三晩眠り続けた。そして目が覚めたお主は……家族以外の人間の事は全て忘れてしまっていた」


な、なんじゃと……

兄貴、本当に記憶喪失だったのか。


「それを不憫に思ったお主の両親は、村を離れる決意をしたが……その直後にお主の父が急死した事で、儂と柊の当主はいわれのない迷信を思い立った。もしや桜の木の呪いでは……とな」


んなアホな。


「柊の当主も迷信に震え村を離れた。じゃが……」


……そうだ、拓也の両親は事故で……

いや、そんな馬鹿な、呪いなんて有るはずない……。


「そうじゃ、呪いなんぞあるはずが無い。じゃが儂も臆病での。それ以来、村人達に桜の場所へ行くな、これから生まれる子供達には桜の場所を知らせるな、と言って聞かせた」


それで月夜ちゃんは知らなかったのか。

いや、で? なんで兄貴と私をそんな所に行かせたん?


「大地、お主の母から息子を向かわせたと連絡があっての。幼い頃の記憶が戻らない、琴音や紅葉の事も思いだせないようだから、荒療治してくれとな」


オカンの仕業か!

そ、そういえば料亭でわざとらしく聞いてたな、憶えてないのかって……


「本当は桜には近づけさせたくなかったが……お主にとっては鬼門じゃろ、あの桜は」


「……あぁ」


ところで兄ちゃん……どこまで思いだせたんだ?

紅葉さんの事も、琴音さんの事も……全部思いだしたのか……?


 囲炉裏を見つめながら考えていると、私の肩に寄りかかってくる小さな頭が。

むむ、月夜ちゃん寝ちゃってる。なんて可愛い寝顔なんだ! イタズラしちゃうぞ。


「お前さん達ももう休め。今日は月夜の家に泊めてもらえるよう言っておる」


なんて手際のいい……オカンが予約? いれておいてくれた御蔭か。

私はそっと月夜ちゃんをおんぶし、村長に泊めてもらえる家を教えてもらう。


村長の家から去り際、私はどうしても気になる事があった。

柊家の両親の事だ。


「あの……村長、柊家のご両親って……」


私はあの時……琴音さんが事故に遭い、熱を出してベットで眠った時に見た夢の事を話す。

窓ガラスに映った二人の男女の特徴を。


「琴音が事故……?! そ、その話は初耳じゃが……そうか、お主が助けてくれたのか。その二人は琴音の両親かもしれんな、あんたに礼を言いたかったんじゃないか?」


私は何もしてないが……冬子先生が居なかったら、と思うとゾっとする。


「晶と言ったかの。父が死んだ日に生まれて……母を恨んどるか」


何をいきなり。

恨むはずが無い。寧ろそんな日に死んだ父を恨むべきだ。


「そうか、親父にソックリじゃな。母を大事にしろよ……ではな、おやすみ」


そのまま村長は家の戸を閉める。

私達も月夜ちゃんの家へと向かう。

また雪が……少し振ってきていた。


「しっかし……変な話だったね、兄ちゃん。桜の木の下に女の子を生きたまま埋めるって……」


「似たような話なら日本全国にあるぞ。別にここが特別ってわけじゃない。あのじいさんは実際に行われてた儀式とかって言ってたけど……五百年も前じゃな……」


まあ、真偽は確かめようがないか。

桜の下を掘り返せば人骨が出てくるかもしれないが、そんな事をすれば本当に呪われてしまうかもしれない。


「親父が死んだのは呪いか……お袋はそれで写真を燃やしたのかな……」


「あぁ……」


そういえば、母は父の写った家族のアルバムを全て燃やしてしまったんだ。

なんで燃やしたのか、聞きたいと思っていたが……呪いなんて信じる人じゃない。


きっと……母は認めたくなかったんだ。


それほど……父の事を愛していたんだ。


「帰ったら豪華な飯でも食わせてやるか」


兄貴はどこまで思いだしたんだろう。


この村で起きた事全て……ちゃんと思いだせたんだろうか。


「寒いな。早く月夜ちゃんの家に泊めて貰おう……」


村長の家から村の反対側へと歩いて行く。


果たして兄貴と紅葉さんはどうなるのか。


琴音さんは……どう思っているんだろうか。


月明かりに輝く雪が……とてつもなく綺麗に見えた。




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