(5)
ピピピピ……
目覚ましが鳴ってる。
あぁ、起きなければ。しかし面倒くさい。
大学、今日は休もうかな……。
ピピピピ……
あぁ、もう五月蝿い。
分かった、起きてやるから。
目覚ましを止めてベットから降りる。
姿見を見ると髪の毛は爆発し、パジャマのズボンはいつのまにか脱がされていた。
一体誰が! 私のズボンを脱がしたのだ!
いや、私か、と一人ツッコミをしつつ脱衣場に向かう。
着ている物すべて洗濯機に放り込み、シャワーを浴びて目を覚まさせる。
「あー……」
口の中にシャワーの水を入れ、ガラガラをうがい。
なんか口がゴワゴワする。昨日の夜、歯も磨かずに寝てしまったからだ。
昨日は少しハメを外し過ぎたかもしれない。
女装した拓也とデートしたのだ。
彼はまだ女物の下着を持っていない、と言う事で一緒に買いに行った。
今でもニヤニヤが止まらない。
「はぁー、可愛いなぁ。弟にしたい」
私が選んだ大き目の下着。
彼は腐っても男だ。いくら小柄とはいえ筋肉がある。
ちゃんと私がサイズを測り、それにあったブラとショーツを購入した。
私の部屋に帰った後、試着させてみたが……拓也は顔を真っ赤にして「変態だーっ!」と喜んでいた。
良かった良かった。
「まあ……私も大概なんだけどね……」
シャワー浴びて全裸でタンスへ。
下着入れには男物もある。こんなのを兄に見られた日には
『あ、あきらぁ! いつから男の娘に……お兄ちゃん、許しませんよ!』
と泣かれるかもしれない。
まあ、でもぶっちゃけ兄も感づいているだろう。私が男に憧れている事を。
なにせ大学に入るまで、ずっと同じ屋根の下で暮らしていたのだ。
私も兄の秘密を知っている。兄のエロ本とエロビデオは勉強机の奥に隠されている。
「ふぁ……ぁーっ……」
下着を付け、大学に行く用意。
私は普通に大学には女の子として通っている。
今ではスカートも普通に履ける。
ふふっ、成長したな、私。
朝ごはんは菓子パンを牛乳で流し込み終了。
時計を確認し、電車に遅れないよう家を出た。
私の通う大学は、電車で二十分程で行くことが出来る。
「電車か……昨日は少し焦ったけど……琴音さん大丈夫だったかな……。そういえば私も拓也に痴漢に間違えられたんだよな……」
駅に到着。ホームに立ち、待合室のガラスに映る自分の姿を見る。
何処からどう見ても女だ。髪型はポニーテール。ロングスカートにブラウス、ニットカーディガン。
多少地味だが、私は今大学生なのだ。スカートは膝上などもう履けない、と思っていた。
何故なら駅には女子高生がわんさか居る。彼女達から見れば、女子大生などオバさんだろう。
『ねー、あのオバさん、ミニ履いてるー』
とか別に言われた事は無いが、なんか気にしてしまう。
男装を趣味にしているせいか、周りの目が異常に気になるのだ。
そんな気にしてどうする。誰も私の事なんて一ミリも気にしてない。
駅のホームにアナウンスが流れる。
もうじき私が乗る電車がやってくるのだ。はよ来い。
暇つぶしにポケットからスマホを取り出しゲームする私。
子犬を操り、砂浜を駆け抜けるゲームだ。
「くっ……このっ……」
地味に難しい。タイミングよく画面をタップするだけのゲームなのだが。
そうこうしている内に電車が到着する。
スマホを胸ポケットに仕舞い、電車へと乗り込もうとする私。
だが電車の中は過酷な満員電車だった。
(な、なんてこった……見送ろうかな……)
と、思った瞬間、背中を駅員さんに押されてムリヤリ押し込まれる。
「はい頑張って! どんどん乗って!」
いやいや! ちょ、強引すぎねえ!?
うぅ、完全な満員電車や……。なんか汗臭いでござる。
しかし仕方ないのだ。私も男装するんだから、こういうのにも慣れておいて損は無い筈。
無理やり自分を納得させつつ、つり革に掴まろうとすると別の男の人の手と当たった。
「ぁ、スミマセン……」
思わず謝る私、その男性はかなりの高身長だった。私も178cmあるが、頭一つ分大きい。
「あぁ、いえいえ。こちらこそ申し訳ない。どうぞ」
親切にもつり革を譲ってくれる男性。
なんて紳士なお兄さんさんだ! 私も見習わなければ。
いや、しかし……お兄さんは何処に掴まるんだ? と思っていると
「ん……ん?!」
ガクン、といきなり大きく揺れる電車。
うわぁ! 嫌な事思いだしたぁ!
うぅ、でもあの出来事があったから、拓也と知り合えたんだ……と思っていると、なんか胸に違和感が。
「……ん?」
なんだろう。私の胸に大きな手が重なってる。
あぁ、これは……あれだ。そう、今電車が揺れたから、つい触っちゃったのであって、決して痴漢という犯罪行為では無く……
「お前! 何してんだ! この痴漢野郎!」
って、周りの客が騒ぎだした!
私の胸に手を当てているのは、つり革を譲ってくれた……あのお兄さんだった!
「このカス! 次の駅で降りろ!」
う、うわぁ! ヤバイ! お兄さんが痴漢扱いされてしまう!
助けなければ。お兄さんは痴漢では無いと訴えなければ!
私がそう思っていると
「電車が揺れたからじゃね?」
と囁きが聞こえてきた。
それを聞いた他の客も、そうだ、きっとそうだ、と言い始めた。
おぉう、良かった。冤罪作らずに済んだ……
「いえ、私がこのお嬢様の体に触れてしまったのは事実です。罪を受け入れましょう」
ってー! 何言ってん! この人!
周りの客も唖然としている。やはり狙った痴漢だったのか? と再び騒ぎ始めた。
い、いや、違う! このお兄さんは……たぶん痴漢じゃない! たぶん!
次の駅に到着。
満員電車の中からお兄さんは駅員さんと捕まえた男に連れ出され、私も一緒に駅員室へと。
うぅ、これで二回目や……あの時は完全に立場逆だったけども。
駅員室には私、お兄さん、そして最初に「痴漢だ!」と言いだした男。
「じゃあ……貴方の名前は?」
ん? あれ? この駅員さん……第一話と同じ人だ! あれ?! 駅違うのに!
【注意:駅員さんはいつも同じ駅に居るとは限りません】
「え、えっと……真田……」
「はいはい……ん?!」
駅員さんは私の名前と顔を見て思いだしたのか、二度見してくる。
そりゃそうなるわな。
「あ、あんた……可愛いねえ」
「あ、いえ、そんなことありますよーっ……えへへ」
事情を知らない男二人は呆然と私と駅員さんのやり取りを眺めていた。
そりゃそうなるわな。
「じゃ、じゃあ……貴方の名前は?」
駅員さんはお兄さんに名前を聞く。
お兄さんは眼鏡を直しつつ
「花京院 央昌と申します。歳は三十六歳。職業は飲食店を経営しています」
凄い名前だな。花京院って……名前は央昌か。
「えっと、痴漢したの?」
いや、してないよ! 央昌さんは無実だよ!
「はい、しました。私はこちらのお嬢様……真田さんの体に触れてしまいました」
アーッ! 素直に言いすぎ! そりゃ触ってたけども! 貴方わざとじゃないでしょう!
「ふむふむ。真田さん、何か言いたそうな顔してるけど……」
「ぁっ! はい! 花京院さんは、電車が揺れた拍子に触っちゃっただけなんです! 無実です!」
駅員さんは首を傾げる。
「え、えっと……花京院さん、真田さんはこう言ってるけど……」
「いえ、私は自分の意志で真田様の体に触れました。間違いありません」
ええーっ! 噓つけ! いや、そうなの? あぁ、分からなくなってきた!
その時、央昌さんを連れてきた男は頷きながら肯定する。
「はい、自分も見てました。この男は、その真田 晶さんの胸を触ってました」
ん? あれ、この人なんで……
「んー……真田さん、どうする? 本人こう言ってるけど……」
い、いやぁ……確かに触られたけども……絶対わざとじゃないだろうし。
ここで私が「はい、この人痴漢です」と言っただけで央昌さんの人生は終わってしまう。
「いや、あの……私は別に気にしてないっていうか……」
「いえ、真田さん。よく思いだしてください。私はあの時……揉んだはずです」
はい? いや、ちょ、何言ってんの?! 揉まれてねえ! っていうかなんでワザワザ自分の罪を重くするような事を!
「て、てめえ! 揉みやがったのか?! よ、よくも!」
ん? なんでお前が怒るねん。
央昌さんの胸倉を掴んで詰め寄る男。
そのまま央昌さんの頬を殴りつけ、駅員さんに止められる。
「お前……お前ぇ! 俺の晶ちゃんに何てことしやがる!」
俺の……晶ちゃん?
いや、さっきも思ったけど……なんでこの人、私の名前知ってんだ?
駅員さんには名字しか言ってないと思うんだけども。
央昌さんは眼鏡を直しつつ、冷静に
「俺の、ですか。あまり関心しませんね。そういう独占欲は」
独占欲? え、話が見えぬ! ど、どういう事?!
私も駅員さんも首を傾げ、頭の上に?マークが浮かぶ。
「て、てめえ……」
駅員さんに宥められつつ、椅子に座り直す男。
央昌さんは、男の方にそっと手を出し
「出しなさい。今なら真田さんも許してくれるかもしれませんよ」
ん? 何を?
え、どういう事?
「真田さん、胸ポケットに携帯を入れてましたよね」
うん、入れてました。って、あれ!? 無い! 私の携帯が!
ま、まさか……。
「駅員さん。その人のズボンの右ポケットを調べてみてください。真田さんの携帯が出て来る筈です」
「え? あぁ、はい……ちょっと、アンタ立って」
駅員さんに立たされ、右ポケットを調べられる男。
するとそこから本当に私の携帯が出てきた! なんで!?
「ち、ちがう、これは……その……」
ようやく事情が飲みこめた、と駅員さんは呆れた顔をしつつ、私に携帯を返してくれた。
そのまま今度は男の名前を聞く駅員さん。
「あんた、名前は?」
「い、いや、俺は……やってない! スリなんかしてない!」
「誰もそんな事言ってないでしょう、名前は?」
男は狼狽えつつ、そのまま席を立って逃げ出そうと!
なんてこった! すごいデジャブ!
「あのー……すみません」
その時、これまた凄いデジャブだけど美人のお姉さんが駅員室に!
あぁ! 正面衝突する!
思わず目を瞑る私。
鈍い音の後、恐る恐る目を開ける。
すると床に転がっているのは逃げ出した男のみ。
お姉さんは靴が汚れた、と払っていた。
「あぁ、すみません。その人痴漢じゃないですよ。この男がその子の胸元から携帯盗もうとして……それを防ごうと手伸ばしただけです。ね?」
私にウィンクしながら説明するお姉さん。コクコクと頷く私。
っていうか……第一話と完全に一致してるんだけど……え、手抜き?
【注意:ち、ちがいます。私はヤってない!】
その後、警察が着て男は連行。央昌さんは私が事情を説明し、痴漢の疑いは晴れた。
いや、でもそれならそうと最初から本当の事言ってくれればいいのに。
「あの、央昌さん……なんで自分は痴漢だなんて言い出したんですか?」
「それは……ああでも言わないと、あの男は真田さんの携帯を持ったまま逃げていたでしょう?」
な、なんだって……。
「それに……あの男は貴方の事をずっと見てました。ストーカーとまでは言いませんが……貴方に興味以上の視線を送っていた事は間違いないですよ」
そ、そうだったのか、全然気づかんかった。
誰も私の事なんて気にしてないと思ってたのに……。
「真田さん。貴方はもっと気をつけてください。今後、貴重品は目に付きにくい所に仕舞ったほうがいいですね」
ぁ、確かに……胸ポケットとか目立つか。豆しばのストラップもはみ出てたし。
「それでは、私はこれで」
「あ、ありがとうございましたっ!」
そのまま颯爽と去っていく央昌さん。
なんだろう、また何処かで会うような気がする。
そんな予感が私の脳裏を掠めた。