(47)
今私は、バスに乗り義龍村に向かっている。
相も変わらず楽しそうに談笑している兄貴と紅葉さん。
二人を見る度に、紅葉さんの言葉が頭の中に蘇ってくる。
『負けたくないから……琴音ちゃんに』
負けたくない、と言う事は紅葉さんは本当に兄貴の事好きなのか?
それとも、単に琴音さんにライバル心を抱いてるだけだろうか。
いや、待て……それ以前に、まるで琴音さんも兄貴の事が好きみたいな言い方だった。
だが琴音さんは兄貴の事を覚えているのか?
(いや、そういえば……)
お見合いの時に紅葉さんが言っていた。
琴音さんと兄貴は山で一緒に遭難したと。二人で遭難したんだ、覚えて無い方がおかしい。
だが兄貴は全く覚えていない。足を骨折したのにも関わらず。
(琴音さんは遭難した事自体は覚えてた……でも……)
以前、父の写真を頂いた時、琴音さんは兄貴の事なんぞ何も言わなかった。
ただどっかのオッサンに助けられたって話を聞いただけだ。そのオッサンが父だったわけだが。
ここまで整理してみると……
琴音さん、紅葉さん、そして兄貴は同年代の少年少女で義龍村出身。
兄貴と紅葉さんは幼い頃に結婚の約束をした。だが別に許嫁という訳ではない。
ただ単に子供通しで約束しただけだ。兄貴は全く覚えていないが。
そして、ここで琴音さんだ。
兄貴と一緒に山で遭難した中だ。もしかしたら琴音さんとも、兄貴は結婚の約束をしたのかもしれない。
問題は琴音さんがそれを覚えているのかどうかだ。
(もしそうなら……完璧な三角関係だな……しかも兄貴フタマタ……)
いやいや、借りにその通りだったとしても所詮子供の口約束だ。
最終的に決めるのは兄貴……。
「あの、晶さん……」
でもなぁ……兄貴、優柔不断を形にしたような人間だし……
「晶さんっ」
琴音さんと紅葉さんか……両方美人だし、ウハウハじゃないか。
「晶さんってばっ!」
うほぅ!? え、何?
「さっきから呼んでるのに……」
「あぁ、ごめんごめん、考え事してて……なんやった?」
頬を膨らませてオコ状態の拓也きゅん。ふむ、可愛いぞ。
「いや、大した事じゃないですけど……今姉さんからLUNE来て……」
ふむ。琴音さんからか。なんかメッセージが?
「なんか義龍村のおみやげ屋で、そばなじみと……塩こんぶ? 買ってこいって……」
お土産のリクエストですか。また渋いな。
というかお土産屋とかあるんだろうか。
「ぁ、また来た……。えーっと……晶さんと大地さんにヨロシコ( ゜Д゜)b らしいです」
ふむぅ、紅葉さんの事はスルーか。
ぁ、そうだ。
「拓也、琴音さんに……紅葉さんって知ってる? って聞いてみて」
「え? ぁ、はい……」
簡易メッセージを打ち込む拓也。
むむ、君……結構フリック早いな。私はどうにも慣れぬ……。
「送りましたよ……って、え? 電話?」
拓也がメッセージを飛ばした瞬間、琴音さんから着信が。
むむ、なんだろ。紅葉さんの事知ってるのかな。
「拓也、貸して。私が出る」
「ぁ、はい」
スマホを受け取り、電話に出る私。
ぁ、そういえば琴音さんと話すの久しぶり……
『拓也きゅん?! もっちゃんも居るの?! 今そこに?!』
ん?!
も、もっちゃん?
「ぁ、もしもし、晶です……お久しぶり……」
『晶ちゃん! もっちゃんは?!』
いや、もっちゃんって……もしかしないでも紅葉さんの事だよな。
なんてあだ名だ。
「え、えっと……紅葉さんなら少し離れた席で兄貴と喋って……」
『居るのね?! ちょっと変わって! もっちゃんと!』
えぇ……なんだいきなり……。
仕方ないな、と席を立って紅葉さんに拓也の携帯を渡す。
何事? と紅葉さんも首を傾げつつ、電話を取った。
「はい、もしも……ぁ、琴音ちゃん? 久しぶりー。うん、そうだよ。今大地さんと一緒。うん、うん……」
むむ、何話してるのか聞こえねえ。
琴音さんは何て言ってるんだ?
「ふふっ、琴音ちゃんったら……もう遅いよ。じゃあね、バイバイ」
そのままッピ……と電話を切る紅葉さん。
うっ、なんかひしひしと不気味なオーラが紅葉さんから漂ってくる!
こ、この感じは……間違いない! 紅葉さんは兄貴を独り占めしようとしているんだ!
「はい、晶ちゃん。携帯」
「ぁ、はい……琴音さんは何て?」
「……ん? 別に。ただの世間話だよーっ」
満面の笑みで言い放つ紅葉さんに、私は背筋に寒気を感じた。
仕方ない、あとでまた琴音さんに確認してみよう。紅葉さんとどんな関係なのか……。
※
義龍村近くのバス停へと到着。
そのままバスを降り、そこから徒歩で山道を歩く。
しばらく歩くと、何やら看板が。
むむ、なんて書いてあるんだ? 何々……
『この先、大きなサルに注意』
……猿? 大きな? なんだそりゃ。
「わ、オサルさん出るんですか?」
興味深々な拓也きゅん。
そんなに猿が珍しいか。私達だってサルなのよ。
「そりゃそうですけど……そういえば、サルって冬眠しないんですか? 今冬ですけど……」
「拓也きゅん、猿は冬眠しないぞよ。ほら、猿は温泉入ったりするから……」
「いや、それならクマだって入ればいいじゃないですか。なんで猿だけ……」
ウフフ、拓也きゅんったら。
クマが温泉入ったら大きすぎてお湯が溢れちゃうじゃないか!
「そ、そういう問題なんですか……ん? なんかいい匂いしません?」
拓也の言葉にクンクンと鼻を鳴らす私と兄貴。
むむ、ホントだ。なんかいい匂いする。
「たぶん炊き出しかな? 義龍村は村人全員で御飯食べる習慣があるから」
そうなんだ……村全体でアットホームみたいな感じか。
私は慣れないなぁ、そんなの。
たまにはいいかもしれないけど、毎日それだと息が詰まるというか……
『山のーっ! 神にーっ! 感謝―っ!』
と、その時マイクか何かで喋っているのだろうか、まるで運動会でもしてるのか? という叫び声が。
「あー、やっぱり。折角だから私達もご馳走になる?」
え、紅葉さん……さっきラーメン食ったばっかり……
でもいい匂いだな。物凄くそそられる。
山道を歩く事数分。
村の入り口に立つ私達。
なんだろう、このアーチ。村の入り口には、燕の巣のように木の枝や葉で作られた門が。
「ひさしぶりだなー……ここ。おじゃましまーす」
おおう、紅葉さんどんどん進むな。
私と拓也、そして兄貴は紅葉さんに着いて村に入ると、私達を確認した村人が二名程走ってくる。
……って、一人猟銃持ってない?!
「なんじゃ貴様ら! ここは部外者立ち入り禁止だべ!」
「そうじゃ! さっさとデテイケ!」
なんだ、この絵に書いたかのような歓迎っぷりは。
私達は部外者じゃないわよ!
「えっと、昔この村に住んでた澤田紅葉と申します。ほら、大地さんも……」
「え? えっと……真田大地です……」
兄貴が名乗った瞬間、村人の顔色が一変する。
まるで幽霊を見たかの様に青ざめ、後ずさりしていく。
「さ、真田大地じゃと?! こ、こりゃイカン! 村長……村長に!」
そのまま逃げるように去っていく村人二名。
なんじゃ? 兄貴は恐れられてるのか?
「ちょっと、兄貴何したの? 子供の頃に凄いイタズラとか……」
「してねえよ……っていうか子供の頃の記憶なんて覚えてないし……」
むぅ、紅葉さんと結婚の約束をした所か、兄貴は紅葉さん本人の存在さえ覚えていないのだ。
村人に恐れられる理由など分かるはずも……
「……? なんか……村人集結してませんか?」
拓也に言われて村の中央広場のような場所に、私達四人は目線を合わせた。
確かに集結している。炊き出しだからじゃないのか? 今から皆で御飯食べるんでしょ。
「そんな雰囲気じゃ……なんかみんな怖い顔して……」
と、その時、中でも一番怖い顔をしたお爺ちゃんがこちらへ向かってきた。
杖を突いてサンタクロースのように白髭を蓄えた老人。
見るからに仙人のような姿だが、あの人が村長だろうか。
「紅葉さん……あの人、村長……」
「シッ……ごめん、晶ちゃん……ここは私に任せて」
ん? ぁ、はい。
任せてって言われても私はワケワカメ状態ですが。
村長と思しき人物は私達の前まで歩み寄り、深々と頭を下げてくる。
「ようこそいらっしゃいました。澤田紅葉さんと……真田大地さん……そして……」
「ぁ、こっちの背が高い方は真田晶さん。そしてこっちの可愛い女の子が柊 貴子ちゃんです」
またしても、村長の顔は先程の村人と同じように幽霊を見たかのような顔に。
なんだ、なんなんだ、一体。
「柊……なるほど。それで? 今日はこの村に何のご用向きで?」
「……昔住んでた所に帰ってくるのが……そんなに不思議ですか?」
おおう、紅葉さん強気だな。
まあ確かにそうだ。せっかく故郷に帰って来て、何の用だとか言われたら普通怒り狂う。
といっても私は勿論、拓也もこの村に住んでいた事など無いが。
「申し訳ありませんが……柊、真田、そして澤田家はこの村を捨てた家柄。はいそうですか、と村に入れるわけにはいきませんな」
な、なんじゃと!
っていうか捨てたって……引っ越しただけなのに。
「では仮登録をお願いします、村長」
そうだそうだ! 仮登録を……って、仮登録?!
何そのオンラインショップみたいなシステム。
「仮登録ですか。いいでしょう」
いいの?!
「ですが試練を越えて貰わねばなりません。覚悟は宜しいですかな?」
なんだ、このRPGみたいな展開は。
【注意:RPG=ロールプレイングゲームの略です。対戦車擲弾ではありません】
いや、分かるだろ普通。
「いいですよ、村に入る為だったら……私達は何でもやります」
え?! いや、私そこまでの覚悟は無くてよ!
別には入れないなら入れないで高山市に帰ろうず!
「よろしい。では……村の反対側へ行きましょうか。そこから……山に入ってもらいます」
山? いや、今山道歩いてきたばかりなのに……。
そのまま村長と共に村の入り口の正反対へ。
そこにもアーチ型の門があるが、こちらは入り口にあった物に比べて比較的新しく見える。
「さて、この道は男児のみで行って貰います。そこのお二方、貴方達だけです」
と、指を差されたのは兄貴と……え、私?
「よろしいか?」
よろしくないわ!
私は女……なんだけど、ぶっちゃけ男扱いされるのは結構嬉しい。
忘れてる人も多いと思うが、私は男装が趣味だ。っていうか男になりたい。
「晶……大丈夫か?」
「たぶん……まあ、拓也行かせるよりは……」
マシな気がする。
言っちゃなんだが……拓也は運動オンチっぽいし……
ぁ、私が何を考えているのか分かるのか、拓也は頬を膨らませて拗ねている。
可愛いぞ。
「それでは、この道をまっすぐ、ひたすらまっすぐにお進みください。途中、険しくなっている箇所もあるのでご注意を。その先に、一本の桜の木があります。そこにある杯を取って来てもらいたい」
「わかりました」
兄貴と私は荷物を紅葉さんと拓也に預け、山へと……
「ん? ちょっと待たれよ!」
おおぅ、なんじゃ、村長。
「そちらの方、妙にいいお尻をされてますな。本当に男児か?」
お尻って……いや、選別したのアンタだろ。
私は今シーンズにセーターにコート。男装などしていない。髪型だって普通にポニーだ。
恐らく背の高さと晶という名前で男だと思われたのだろうが……。
結構居るからな、男の子で晶……。
「そちらの方、貴方は男児ですか?」
仕方ない、ここは私の男装スキルを見せつける所だ。
長年研究した男性ボイスを聞かせてやろう!
「そうですが……何か? (男声)」
「…………失礼しました、どうぞ」
いけた? いけた!
グッジョブ! 私の男装スキル!
そのまま私と兄貴は村に入る為の「仮登録」をする為、入山する。
この先に待ち受ける……恐ろしい試練の事など、その時は知る由も無かった。




