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 今私は、バスに乗り義龍村に向かっている。

相も変わらず楽しそうに談笑している兄貴と紅葉さん。

二人を見る度に、紅葉さんの言葉が頭の中に蘇ってくる。


『負けたくないから……琴音ちゃんに』


負けたくない、と言う事は紅葉さんは本当に兄貴の事好きなのか?

それとも、単に琴音さんにライバル心を抱いてるだけだろうか。

いや、待て……それ以前に、まるで琴音さんも兄貴の事が好きみたいな言い方だった。

だが琴音さんは兄貴の事を覚えているのか?


(いや、そういえば……)


お見合いの時に紅葉さんが言っていた。

琴音さんと兄貴は山で一緒に遭難したと。二人で遭難したんだ、覚えて無い方がおかしい。

だが兄貴は全く覚えていない。足を骨折したのにも関わらず。


(琴音さんは遭難した事自体は覚えてた……でも……)


以前、父の写真を頂いた時、琴音さんは兄貴の事なんぞ何も言わなかった。

ただどっかのオッサンに助けられたって話を聞いただけだ。そのオッサンが父だったわけだが。


 ここまで整理してみると……

琴音さん、紅葉さん、そして兄貴は同年代の少年少女で義龍村出身。

兄貴と紅葉さんは幼い頃に結婚の約束をした。だが別に許嫁という訳ではない。

ただ単に子供通しで約束しただけだ。兄貴は全く覚えていないが。


 そして、ここで琴音さんだ。

兄貴と一緒に山で遭難した中だ。もしかしたら琴音さんとも、兄貴は結婚の約束をしたのかもしれない。

問題は琴音さんがそれを覚えているのかどうかだ。


(もしそうなら……完璧な三角関係だな……しかも兄貴フタマタ……)


いやいや、借りにその通りだったとしても所詮子供の口約束だ。

最終的に決めるのは兄貴……。


「あの、晶さん……」


でもなぁ……兄貴、優柔不断を形にしたような人間だし……


「晶さんっ」


琴音さんと紅葉さんか……両方美人だし、ウハウハじゃないか。


「晶さんってばっ!」


うほぅ!? え、何?


「さっきから呼んでるのに……」


「あぁ、ごめんごめん、考え事してて……なんやった?」


頬を膨らませてオコ状態の拓也きゅん。ふむ、可愛いぞ。


「いや、大した事じゃないですけど……今姉さんからLUNE来て……」


ふむ。琴音さんからか。なんかメッセージが?


「なんか義龍村のおみやげ屋で、そばなじみと……塩こんぶ? 買ってこいって……」


お土産のリクエストですか。また渋いな。

というかお土産屋とかあるんだろうか。


「ぁ、また来た……。えーっと……晶さんと大地さんにヨロシコ( ゜Д゜)b らしいです」


ふむぅ、紅葉さんの事はスルーか。

ぁ、そうだ。


「拓也、琴音さんに……紅葉さんって知ってる? って聞いてみて」


「え? ぁ、はい……」


簡易メッセージを打ち込む拓也。

むむ、君……結構フリック早いな。私はどうにも慣れぬ……。


「送りましたよ……って、え? 電話?」


拓也がメッセージを飛ばした瞬間、琴音さんから着信が。

むむ、なんだろ。紅葉さんの事知ってるのかな。


「拓也、貸して。私が出る」


「ぁ、はい」


スマホを受け取り、電話に出る私。

ぁ、そういえば琴音さんと話すの久しぶり……


『拓也きゅん?! もっちゃんも居るの?! 今そこに?!』


ん?!

も、もっちゃん?


「ぁ、もしもし、晶です……お久しぶり……」


『晶ちゃん! もっちゃんは?!』


いや、もっちゃんって……もしかしないでも紅葉さんの事だよな。

なんてあだ名だ。


「え、えっと……紅葉さんなら少し離れた席で兄貴と喋って……」


『居るのね?! ちょっと変わって! もっちゃんと!』


えぇ……なんだいきなり……。

仕方ないな、と席を立って紅葉さんに拓也の携帯を渡す。

何事? と紅葉さんも首を傾げつつ、電話を取った。


「はい、もしも……ぁ、琴音ちゃん? 久しぶりー。うん、そうだよ。今大地さんと一緒。うん、うん……」


むむ、何話してるのか聞こえねえ。

琴音さんは何て言ってるんだ?


「ふふっ、琴音ちゃんったら……もう遅いよ。じゃあね、バイバイ」


そのままッピ……と電話を切る紅葉さん。

うっ、なんかひしひしと不気味なオーラが紅葉さんから漂ってくる!

こ、この感じは……間違いない! 紅葉さんは兄貴を独り占めしようとしているんだ!


「はい、晶ちゃん。携帯」


「ぁ、はい……琴音さんは何て?」


「……ん? 別に。ただの世間話だよーっ」


満面の笑みで言い放つ紅葉さんに、私は背筋に寒気を感じた。

仕方ない、あとでまた琴音さんに確認してみよう。紅葉さんとどんな関係なのか……。



 ※



 義龍村近くのバス停へと到着。

そのままバスを降り、そこから徒歩で山道を歩く。


 しばらく歩くと、何やら看板が。

むむ、なんて書いてあるんだ? 何々……


『この先、大きなサルに注意』


……猿? 大きな? なんだそりゃ。


「わ、オサルさん出るんですか?」


興味深々な拓也きゅん。

そんなに猿が珍しいか。私達だってサルなのよ。


「そりゃそうですけど……そういえば、サルって冬眠しないんですか? 今冬ですけど……」


「拓也きゅん、猿は冬眠しないぞよ。ほら、猿は温泉入ったりするから……」


「いや、それならクマだって入ればいいじゃないですか。なんで猿だけ……」


ウフフ、拓也きゅんったら。

クマが温泉入ったら大きすぎてお湯が溢れちゃうじゃないか!


「そ、そういう問題なんですか……ん? なんかいい匂いしません?」


拓也の言葉にクンクンと鼻を鳴らす私と兄貴。

むむ、ホントだ。なんかいい匂いする。


「たぶん炊き出しかな? 義龍村は村人全員で御飯食べる習慣があるから」


そうなんだ……村全体でアットホームみたいな感じか。

私は慣れないなぁ、そんなの。

たまにはいいかもしれないけど、毎日それだと息が詰まるというか……


『山のーっ! 神にーっ! 感謝―っ!』


と、その時マイクか何かで喋っているのだろうか、まるで運動会でもしてるのか? という叫び声が。


「あー、やっぱり。折角だから私達もご馳走になる?」


え、紅葉さん……さっきラーメン食ったばっかり……

でもいい匂いだな。物凄くそそられる。


 山道を歩く事数分。

村の入り口に立つ私達。

なんだろう、このアーチ。村の入り口には、燕の巣のように木の枝や葉で作られた門が。


「ひさしぶりだなー……ここ。おじゃましまーす」


おおう、紅葉さんどんどん進むな。

私と拓也、そして兄貴は紅葉さんに着いて村に入ると、私達を確認した村人が二名程走ってくる。

……って、一人猟銃持ってない?!


「なんじゃ貴様ら! ここは部外者立ち入り禁止だべ!」


「そうじゃ! さっさとデテイケ!」


なんだ、この絵に書いたかのような歓迎っぷりは。

私達は部外者じゃないわよ!


「えっと、昔この村に住んでた澤田紅葉と申します。ほら、大地さんも……」


「え? えっと……真田大地です……」


兄貴が名乗った瞬間、村人の顔色が一変する。

まるで幽霊を見たかの様に青ざめ、後ずさりしていく。


「さ、真田大地じゃと?! こ、こりゃイカン! 村長……村長に!」


そのまま逃げるように去っていく村人二名。

なんじゃ? 兄貴は恐れられてるのか?


「ちょっと、兄貴何したの? 子供の頃に凄いイタズラとか……」


「してねえよ……っていうか子供の頃の記憶なんて覚えてないし……」


むぅ、紅葉さんと結婚の約束をした所か、兄貴は紅葉さん本人の存在さえ覚えていないのだ。

村人に恐れられる理由など分かるはずも……


「……? なんか……村人集結してませんか?」


拓也に言われて村の中央広場のような場所に、私達四人は目線を合わせた。

確かに集結している。炊き出しだからじゃないのか? 今から皆で御飯食べるんでしょ。


「そんな雰囲気じゃ……なんかみんな怖い顔して……」


と、その時、中でも一番怖い顔をしたお爺ちゃんがこちらへ向かってきた。

杖を突いてサンタクロースのように白髭を蓄えた老人。

見るからに仙人のような姿だが、あの人が村長だろうか。


「紅葉さん……あの人、村長……」


「シッ……ごめん、晶ちゃん……ここは私に任せて」


ん? ぁ、はい。

任せてって言われても私はワケワカメ状態ですが。

 村長と思しき人物は私達の前まで歩み寄り、深々と頭を下げてくる。


「ようこそいらっしゃいました。澤田紅葉さんと……真田大地さん……そして……」


「ぁ、こっちの背が高い方は真田晶さん。そしてこっちの可愛い女の子が柊 貴子ちゃんです」


またしても、村長の顔は先程の村人と同じように幽霊を見たかのような顔に。

なんだ、なんなんだ、一体。


「柊……なるほど。それで? 今日はこの村に何のご用向きで?」


「……昔住んでた所に帰ってくるのが……そんなに不思議ですか?」


おおう、紅葉さん強気だな。

まあ確かにそうだ。せっかく故郷に帰って来て、何の用だとか言われたら普通怒り狂う。

といっても私は勿論、拓也もこの村に住んでいた事など無いが。


「申し訳ありませんが……柊、真田、そして澤田家はこの村を捨てた家柄。はいそうですか、と村に入れるわけにはいきませんな」


な、なんじゃと! 

っていうか捨てたって……引っ越しただけなのに。


「では仮登録をお願いします、村長」


そうだそうだ! 仮登録を……って、仮登録?!

何そのオンラインショップみたいなシステム。


「仮登録ですか。いいでしょう」


いいの?!


「ですが試練を越えて貰わねばなりません。覚悟は宜しいですかな?」


なんだ、このRPGみたいな展開は。


【注意:RPG=ロールプレイングゲームの略です。対戦車擲弾ではありません】


いや、分かるだろ普通。


「いいですよ、村に入る為だったら……私達は何でもやります」


え?! いや、私そこまでの覚悟は無くてよ!

別には入れないなら入れないで高山市に帰ろうず!


「よろしい。では……村の反対側へ行きましょうか。そこから……山に入ってもらいます」


山? いや、今山道歩いてきたばかりなのに……。

 

 そのまま村長と共に村の入り口の正反対へ。

そこにもアーチ型の門があるが、こちらは入り口にあった物に比べて比較的新しく見える。


「さて、この道は男児のみで行って貰います。そこのお二方、貴方達だけです」


と、指を差されたのは兄貴と……え、私?


「よろしいか?」


よろしくないわ!

私は女……なんだけど、ぶっちゃけ男扱いされるのは結構嬉しい。

忘れてる人も多いと思うが、私は男装が趣味だ。っていうか男になりたい。


「晶……大丈夫か?」


「たぶん……まあ、拓也行かせるよりは……」


マシな気がする。

言っちゃなんだが……拓也は運動オンチっぽいし……


ぁ、私が何を考えているのか分かるのか、拓也は頬を膨らませて拗ねている。

可愛いぞ。


「それでは、この道をまっすぐ、ひたすらまっすぐにお進みください。途中、険しくなっている箇所もあるのでご注意を。その先に、一本の桜の木があります。そこにある杯を取って来てもらいたい」


「わかりました」


兄貴と私は荷物を紅葉さんと拓也に預け、山へと……


「ん? ちょっと待たれよ!」


おおぅ、なんじゃ、村長。


「そちらの方、妙にいいお尻をされてますな。本当に男児か?」


お尻って……いや、選別したのアンタだろ。

私は今シーンズにセーターにコート。男装などしていない。髪型だって普通にポニーだ。

恐らく背の高さと晶という名前で男だと思われたのだろうが……。

結構居るからな、男の子で晶……。


「そちらの方、貴方は男児ですか?」


仕方ない、ここは私の男装スキルを見せつける所だ。

長年研究した男性ボイスを聞かせてやろう!


「そうですが……何か? (男声)」


「…………失礼しました、どうぞ」


いけた? いけた!

グッジョブ! 私の男装スキル!



そのまま私と兄貴は村に入る為の「仮登録」をする為、入山する。


この先に待ち受ける……恐ろしい試練の事など、その時は知る由も無かった。



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