(42)
突然だが、私には兄が居る。
果てしなくシスコンの兄。今さら言うまでも無いとは思うが。
今、この兄に危機が迫っていた。
そう、兄もそろそろいい歳。
「あんた、見合い写真ちゃんと見たんか」
今私は実家に帰ってきていた。
リビングでは軽く修羅場。母と兄が向かい合って話し合いをしている。
話し合いの内容は勿論……
「いや……俺は見合いとか……するつもりは……」
「何言うとる! あんたもう今年で二十八歳やろうが! それなのに彼女の一人も居らんってどういう事や!」
ちなみに私は隣りの和室に避難していた。
仏壇の前には、いつか私が持ってきた父であろう男の写真。
ちゃんと父の部分だけを拡大して、写真立てに入れてあった。隣りに琴音さんも写ってたしな……。
「晶! あんたもこっち来なさい!」
うお! 母の怒りが私にも来た!
今の母には逆らわない方がいい。私はコソコソと母の隣りへと座る。
「晶、あんたどう思うん。大地はブサイクか? 彼女なんて出来そうにないんか?」
「え? ぇーっと……ど、どうかなぁ……まあ、イケメンでは無いけど……」
ギロ……と母の視線が……やばい、なんて答えるのが正解なんだ?!
大丈夫! その内お嫁さん見つかるよ! とか適当な事言えばいいんだろうか。
というか、母は何でそこまで怒っているんだろうか。別にいいじゃないか。最近結婚しない人も増えてきてるし……
一方、兄貴は何やら言いたそうな顔をしつつ耐えていた。
そんな兄の前に、母は一枚のお見合い写真を置く。
「この人、あんたの嫁さんに丁度いいと思うてな。もう見合いの話も付けて来とる」
は、はぁ?!
「はぁ?! な、なに勝手にやっとるん! 俺は見合いなんて……」
「やかましいわ! お母さんの気持ちになってみい! 晶の大学費やらマンション代やら、出してくれとるのは感謝しとるわ! でもな、あんたこのまま妹に貢いで人生終わらせる気か? あんた一人で生きていけるような人間か?」
た、たしかに……兄貴は私の為に働いているような物だ。
マンション代は一括で兄貴が買ってくれた。それまでの貯金を全て叩いて。
そして更に大学の授業料まで払ってくれているのだ。
しかし私は母にまだ言っていない事がある。そう、バイトを始めたと言う事だ。
だがここで言っていい事なのか? 言ったら言ったで……更に兄貴が追いつめられるのでは……。
兄貴は何やら反論できる材料を探しているようだ。
彼女候補か……今の所、私としては琴音さんを押したい。
だが琴音さんの中で兄貴はどのあたりの位置なんだろうか。果たして彼氏候補として上がっているのか。
いや、たぶん上がってない。
結局、この前の琴音さん退院祝いパーティーでも兄貴はガクブルしていただけだ。
その時、兄貴はブルブル震えながら口を開く。
なんだ、なんて言うつもりだ?
「お、お袋はどうすんだ……親父も死んで……誰がお袋の面倒見るん……」
「ふざけとんのかボケェ! 親の心配して自分の人生潰す気か! 私の気になれ言うとるやろうが! 息子が親の事を心配して恋人も作らずひたすら働く?! そんなもん母親にとって生き地獄やろが!」
お、おおぅ、確かに……。
しかしそこまで言うとは……お母ちゃんちょっと焦り過ぎでは……。
「あ、あのな! 彼女出来とったら、とっくに出来とるわ! 仕方ないやろが! 出来んもんは出来んのじゃ!」
あぁ、兄貴もキレてきた。
さて、オカンはどう反論……
「あんた、今まで彼女作ろうとした事あるんか! 待っとるだけじゃ出来へんわ! あんたにしてみたら、親がしゃしゃり出て来るのも不満タラタラやろうけどな! あんたこのままじゃ……」
あ、オカンが涙を浮かばせている!
本気で心配している顔だ!
そっとティッシュを取り、母親へと手渡す私。
「ありがと……晶の友達も若すぎるしなぁ……紹介してって言っても……三十路前のオッサンじゃあな……」
今のセリフは兄貴の心にクリティカルヒットしたようだ!
背中に重い岩を乗せられたように俯く兄貴。
む、むぅ……どうする……というかお見合いって……相手どんな人なんだろ。
そっとお見合い写真に手を伸ばし、開いて見る。
ん? なにこの美人。写真には琴音さんと同じ……いや、それ以上に美人な人が写っていた。
ま、マジか、この人何歳? っていうか本当に独身?
「歳は二十五歳らしいわ。勿論独身やで。今まで付き合った男は、悉くクズやったみたいやわ……」
クズって……オカン、ちょっと口が過ぎますわよ!
「借金して消える奴に、パチンコにのめり込んで、その子の貯金持ち去る奴に……結婚の前日に別の女と出来とる奴に……あと何やったっけな……」
いや、もういいっす……確かにクズでした……。
「その点、大地はちゃんとした企業の正社員やし、女っ気もないし……バッチシやろ?」
確かに条件には合っているが……しかし兄貴は会う気ないだろ。
いくらこの人が美人でも。
「……晶、写真見せてくれ」
「ん? あぁ、はい。結構美人だけど……」
写真をマジマジと見だす兄貴。
一瞬驚いた顔をしつつ……ぁ、ちょっと心揺らいでる?
その時、私の脇腹を肘でつついてくるオカン。押せと言う事か。
「兄ちゃん、会うだけ会ってみれば? 向こうだって兄ちゃん見て即結婚なんて言い出すわけないし……ほら、女の人と話す練習だと思ってさ」
「う、うーん……でもなぁ……その、俺なんか釣り合うのか? この人と……」
イケる! これはイケる!
「兄ちゃん、会ってもいないのに……そんな事言ってどうするの! たぶんその人……顔で男選ぶような人じゃないよ。今までクズみたいな男に引っかかってたんだし……それに兄ちゃんそこまでブサイクじゃないし、身長高いし性格いいし……しかも一流IT企業の正社員なんだよ? 兄ちゃん絶対優良物件だって!」
シスコンで趣味が筋トレとかだけども……イケる! たぶん!
「ん……んー……でも、でもなぁ……」
あぁ、もうハッキリしろや! なんかムカついてきた!
オカンの気持ちが少し分かった気がする!
こうなったら……
「兄ちゃん、拓也って知ってるよね。私、あの子と付き合ってるから。ゆくゆくは結婚してもいいと思ってる」
「はぁ?!」
「はぁ?!」
オカンと兄貴が同時に同じリアクション。
いや、嘘だけども。しかし拓也なら私は別に構わない。
拓也なら……
「お、お前! 拓也君と?! 相手高校生だぞ! 付き合ってるって……」
「こ、高校生?! 年下なんか?! あ、晶……あんたどういう事や!」
ぁ、オカンまで釣られてきた。当然だが。
「お母さん、私バイト始めたんよ。その子もそこで働いてて……でも安心して? 今は健全なお付き合いだから。兄ちゃんも知ってると思うけど、拓也は真面目で礼儀正しい子だし……それに……」
それに……
「凄い……可愛い子だし……」
ぁ、なんか自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
「ちょ、ちょっと、シャメとかあるん? 見せて見せて」
むむ、まあ仕方ない……じゃあ執事姿の拓也を……。
「あらーっ、この子? 可愛い子やなぁ……若い頃のお父さんソックリやわ」
噓つけ! そんな訳ないだろ!
琴音さんから貰った写真に写ってた父と思わしき人物に……拓也の面影なんて一欠けらも無いわ!
「それにしても……晶、いつのまにバイト始めたん? 一言欲しかったわ……」
ぁ、母が悲しそうな顔をしている! いや、それについては悪いと思ってるけど……
「いや、いつまでも兄ちゃんに頼りっぱなしじゃ……と思って……ごめん、勝手に始めちゃって……」
「晶……頑張ってるんやなぁ……ええよええよ、母さんは応援しとるからな?」
私を抱きしめながら頬ずりしてくる母。
そして再び兄貴に向き直る。
「大地、晶がこう言ってくれてるんや、あんたもしっかりし」
「わ、わかったよ……会えばいいんだろ……」
こうして……兄貴の初お見合いが決定した。
しかし……そういえば、この写真の人……どっかで見た事あるんだよなぁ……




