(39)
私は只今、春日さんが運転する車の助手席に座っています。
なんて言ったらいいか分かりませんが……
春日さん……免許取り直せ!
「ちょ、春日さん! 信号! 赤! 赤!」
「え? ぁ、やばっ」
交差点に入る手前で急停車。
当然道路は凍結している為、車はやや滑り……斜めになる。
ふぅぅぅ、怖えぇ……しかしこの車、なんだか新車臭いな。
「あぁ、前は軽自動車だったんだけどね。オイル交換っていうの全くしてなくて……」
成程、ブチ壊れたんですね。
じゃあ私、ちょっとこの辺りで降りま……
「ま、まって! 私と蓮を見捨てる気?!」
そんな事言われても!
あかん、この人の運転では怖すぎる!
まだ私が運転した方がマシな気がしてきた……。
スノボ行くときは友達の車運転してるし。
「えっと……変わる?」
「いえ……もう少しガンバリマショウ。ゆっくりでいいですから。安全運転が一番ですたい」
春日さんの……しかも新車を運転するのは流石に気が引ける。
こうなったら全力でサポートするしかない。
信号機が青に変わり、ゆっくりとアクセルを踏み込む春日さん。
うむ、そうよ、ゆっくり……ゆっくり……
「って、どうしよう晶ちゃん! 目の前にワンちゃんが……!」
なんだと! 首輪ついてるって事は飼い犬か!
何してんだ飼い主!
と、その時ジャージを着たポニテのお姉さんが子犬を抱きかかえ、頭を下げて謝りながら去って行った。
別の小説の人じゃないか? まあいい、気を取り直して進むのだ!
再び車は進み、ある程度進んだ所で再び信号。
よし、赤信号だ。
停車よ! 春日さん!
「ふぅー……あと十五分くらいで着くから」
なるほど、かれこれ三十分くらい車に乗ってるが……。
里桜の家は各務原あたりなのか。
「ぁ、信号変わった……いっくよー……って、どうしよう晶ちゃん! 目の前に猫ちゃんが!」
なんだと! 次は白い服を着た猫が二足歩行して歩いてやがる!
なんだ、あれ。UMAか?
ペコリ、と頭を下げながら道路を横断していく二足歩行猫。
あれも別の小説の猫じゃないか? 今回やけにクロスオーバーしてくるな。
さて、気を取り直して……
「ぁ、信号かわった……いっくよー……って、どうしよう晶ちゃん!」
だぁぁぁ! もういい、突っ込め!
この調子だと次はシロクマあたりだろ!
「いや、道路の真ん中でイチャついてるカップルが……」
「突っ込んで!」
そんなこんなで、なんとか里桜の家の近くまで来た。
なんか凄い疲れた……。さてさて、どこが里桜の家なん?
「もうそろそろ……ぁ、門も雪で埋まっちゃってる。執事さん達が雪かきしてるよー」
マジか、リアル執事? って、皆なんか作業服着てる……。
執事というより用務員さんだな。
門の近くで車を止め、窓を開けると一人のオジサンが近づいてきた。
「おはようございます、春日様。お待ちしてました。ただいま門を開けますので……」
おおぅ、春日さんが様付けされてる。
やっぱり里桜邸では、春日さんの階級は結構高いらしい。
涼ちゃんから一番信頼されてるって話だしな。
執事さん達は雪を掻き分け、なんとか門を開け放った。
っていうか……なんか国会議事堂にあるような門だ。
里桜は普通とか言ってたが、やっぱり豪邸じゃないか。分かってたけど。
「晶ちゃん、中に入ったら蓮の事お願いしていい? 私ちょっと涼ちゃんの所行ってくるから……」
「あぁ、はい。わかりました。って、何処で待ってれば……」
「すぐに里桜ちゃんも来ると思うけど……暖炉のある部屋があるから。玄関入ってすぐ右ね」
ふむ、玄関はいってすぐ右のドアに行けばいいんですな。了解です。
そうこうしている内に、車庫らしき中へと車を止める春日さん。
おおぅ、車庫の中にいつかのリムジンが……。
他にも色々車あるな。スポーツカーから普通のワンボックスまで……。
やっぱり金持ちは違うな。
「あぁ、ここにある車、全部通いの人のだから。リムジンはパパさんのだけど……」
ぁ、そういう事か。全部里桜邸の車かと思った。
さてさて、そんな訳で里桜の家へ初めて来ました。
分かってたけど豪邸だな……。何処が普通の家だ。
玄関の扉には……なんだっけ、これ……ライオンの顔に輪っかが付いてる奴……
確か、これをゴンゴンやってインターホン代わりに……
「ぁ、これただの飾りだから。扉は開いてる筈……」
普通に玄関へと入る春日さん。
私は一応他人の家なので……遠慮しながらいそいそと入る。
うぉぉぉ! なんか階段が沢山ある!
扉の向こうは完全にファンタジーの世界が広がっていた。
左右に階段、正面にも階段。そして床には赤い絨毯が敷き詰められている!
こ、ここ土足でいいん?!
「大丈夫大丈夫。じゃああっちの部屋で待っててね」
「お、おいっす」
そのまま蓮君と共に指定された部屋へ。
むむっ、暖炉がある。しかも壁際にはドリンクバーに……なんかワインセラーらしき物まで。
どんだけ豪華なんだ、すげえ。
「晶姉ちゃん、ジュース飲もー」
ん? ジュース?
勝手に飲んでいいのか? 叱られないかしら。
「僕いつも飲んでるー」
と、慣れた手つきでグラスを出し、ドリンクバーでジュースを注ぎだす蓮君。
マジか、このドリンクバーって、やっぱり執事さんが手入れとかしてるんだろうか……。
「はい、晶姉ちゃ……」
その時、私の分も注いでくれたのか、蓮君は私へとジュースを渡そうと……
派手にすっ転んだ。
そして持っていたジュースは見事に私の服へ……上着からズボンまでオレンジ色に染まる。
「ぁ、ぁっ! ご、ごめんなさぃーっ」
そのまま泣きながら謝ってくる蓮君。
いいのよ、私は優しいから海より深い心で許してあげよう。
「晶姉ちゃん……おっぱい小さいのに……目立つようにして……」
なんつったクソガキ。
小学一年生の癖に訳の分からん気使うな!
くぅ、しかしどうしよう。
上着は脱げばいいけど……下のTシャツまでビショ濡れだ。
蓮君の言う通り下着が透けている。まさかTシャツ脱いで暖炉で乾かすわけには……
っていうかジュース被ったまま洗いもせず乾かしたら地獄絵図だ。
まあ、もうすぐ里桜が来るだろうし……服貸して貰おう……。
「あー、晶ちゃーん、ごめん、やっぱり蓮はこっちで……って、どうしたの?!」
その時、春日さんが部屋へと戻ってきた。
私のオレンジジュースまみれな様子を見て驚いている。
「ど、どうしよう……ほら、脱いで! 風邪引いちゃう!」
「え?! いや、でも着替えが……」
「大丈夫! あるから!」
そのまま半ば強制的に下着姿にされ、暖炉の前で待機。
春日さんは速攻で着替えを取ってきてくれたが……これって……
「ほら、早く着て!」
「いや、でも……なんでメイド服?! もっとあるでしょう!」
「いいの! なんかこっちの方が面白いし!」
面白いってどういう事だ!
うぅ、しかし着るしかないのか。まあ流石に執事喫茶のメイド服みたいにミニスカじゃないからマシか。
むむっ、流石に生地は凄いな! ツルツルする! メイドがこんな良い服着ていいのか?!
そのままメイド服を着せられ、カチューシャまで付けられる私。
そして何故かシャメを撮りまくる春日さん。やけにテンション高いな……。
「あはは、可愛い~。晶ちゃん、男装よりこっちの方がいいって」
別に受け狙いでやってるわけじゃないもの!
春日さんが撮ったシャメを見せてもらうと、どこからどう見ても堺邸のメイドだ。
むむぅ、我ながら可愛いと素直に思ってしまう。
「それはどうかと思うけど……」
おい。
そんなこんなで、春日さんは蓮君を連れて何処かに行ってしまった。
私は里桜が来るまでここで待機していろと言われたが……。
「里桜遅え……何してんだ……早くしないとドリンク飲み干すぞ」
むむ、調子こいてジュース飲んでたらなんか尿意が……。
トイレ行きたいでござる。しかしこんなデカい屋敷でトイレを見つけるのは至難の業だ。
RPGでアーティファクトを見つけるより難しいだろう。
素直に里桜が来るまで待つしか……と、その時部屋の中に誰かが入ってきた!
おおぅ、待ちわびたぞ! 里桜ーっ……って、誰このお兄さん。
「お前……何してんだ。ここは客間だぞ! しかもメイドがドリンク飲みおってからに!」
ひ、ひぃぃ! 叱られた! 私はメイドじゃないんだけど!
「おらおら! 今日は里桜お嬢様の大切なお友達がみえるんだ! さっさと昼食の支度に行って来い!」
か、完全にメイドだと勘違いされてる!
仕方ないかもしれんが……こ、ここはハッキリと言っておくべきだ! 私がその大切なお友達だと!
「あ? メイドの分際で何言ってんだ! さっさと行けコラ!」
ひぃぃ! 人の話聞かん人やな!
うぅ、しかし迫力がハンパねえ……執事っていうよりヤーさんや……。
しかし行けって言われても……何処に行けば?
「何舐めた事言ってんだ。ロビーの奥が食堂だ! さっさと行けや!」
「は、はぃぃ!」
そのまま勢いに負けて部屋を出て食堂らしき所へ。
むむ、既にお皿が並べてある。私は何すればいいん?
「あら貴方。新人さん? ちょうど良かったわ。お料理運んでくれる?」
その時、春日さんと同じくらいの歳のお姉さんが話しかけてきた。
メイド服着てる……って事はこの人も堺邸のメイドさんか。当たり前のように美人だ。
「あ、はぃ。了解っす」
返事をする私のお尻を抓ってくるお姉さん。ひぃ! 私なんかした?!
「めっ、だよ? そこは畏まりました、でしょ? 言葉使いはちゃんとしないと」
「は、はぃ、畏まりました……」
ペコリ、とお辞儀しながら調理場へ。
おおぅ、シェフみたいな人が居る。執事喫茶とは設備もまるで違うな。
なんかコンロがデカい。そして鍋も……。
「ほら、そこの大きなお皿のお料理運んでね。私は食堂の準備進めておくから」
「ぁ、はい、了解……じゃない、畏まりました……」
「よろしい」
ふぉぉ、よろしいって言われた瞬間の笑顔……私の心のアルバムに仕舞っておこう。
なんか今の見られただけで満足じゃ……。
さてさて、料理ってコレか。
なんだろコレ。海鮮パスタ?
「なんだ新人、食いたいのか?」
その時、再び登場人物が!
今回は大忙しだな! 名前は出てないけども!
新たに現れた登場人物、それはシェフの格好をした……いや、どこからどう見てもシェフだ。
「ほら、この料理はグラスパっていうんだ。どっかの小説の名前じゃないぞ? ちゃんとした料理名だ」
小皿に少し分けてくれるシェフ。
むむ、じゃあ少し頂きます……。
って、美味ぇ! 何だコレ! 海老の風味? パスタに海鮮味が凄い浸み込んでて美味しい!
「そうだろそうだろ。仕事終わったらまかないでやるよ。しっかり働け」
「はい! 畏まりました!」
いい返事をしつつ、大きな皿に盛りつけされたグラスパを運ぶ私。
ふふぅ、長いテーブルの……中央でいいのかしら。
しかし良い匂いするな。まかない楽しみでござる。
「おーい、新人。こっちのもチャッチャと運んでくれー」
「はーい!」
そのままセッセと働く私。
あぁ、なんか楽しい。労働って素晴らしい!
どうでもいいけどトイレ行きたい。
昼食の支度が終わり、メイドのお姉さんに付いて里桜を呼びに行く私。
ところで、お姉さんの名前ってなんて言うの? ちゃんと考えてる? 作者。
「私は井之頭 真澄って言うの。よろしくね」
「ぁ、はい。私は真田 晶っていいます。よろしくお願いします」
自己紹介し合う私達。
あぁ、なんか真澄さん良い匂いする。シャンプー何使ってるのかな……。
しばらく屋敷内を歩いた後、里桜の部屋の前に。
ふむ、ここが里桜の部屋か。扉には『里桜たんの部屋。ノック常識!』と書かれたホワイトボードが。
コレ確実にパパサンが書いただろ。相変わらず仲いいよな。
「里桜様、お食事のご用意が出来ました。食堂へお越しください」
扉の外から呼び掛ける真澄さん。しかし返事は無い。
「……留守かしら。いつもならダルそうな声で返事してくるのに……」
ダルそうな声って……。
そういえば里桜、もしかして私を呼びに行ってるんじゃ……。
「仕方無いわ。あとで携帯に電話掛けるとして……ご主人様の所に行きましょう」
ご、ご主人様?! ぁ、パパさんの事か。
なんか凄いな。今までファンタジーと思ってた事が現実になっていく……。
私、異世界転移したわけじゃないよね?
「残念ながら現実世界ね。私は行くとしたら猫だけの世界に行きたいわ」
ふむぅ、猫アレルギーの人にとっては地獄だな……。
と、廊下を歩いていると正面から……さっきのヤーさんみたいな執事のお兄さんが。
隅によって立ち止まり、会釈する真澄さん。
おおぅ、すれ違う時はそうするのか。マネしなければ……。
「ん? お前さっきの……ちゃんと働いてんのか?」
っぐ……つっかかって来やがった。
言い返したい所だが……ガマンだ、ガマン……。
「全く……メイドの分際で俺と同じ給料貰ってると思うとイライラする」
な、なんだコイツ! マジでムカついてきた……。
その時、真澄さんは更に深く頭を下げ
「申し訳ありません、執事長……いつも迷惑を掛けてしまい、申し訳なく……」
「はっ! 迷惑? もう慣れたよ! この役立たずが!」
な、なにコイツ……なんか一発ぶん殴った方が……と、執事長の顔を見ると顔が異常に真っ赤だった。
ん? 怒って真っ赤になってる訳じゃ無いよな?
なんか冷や汗垂らしてるし……小刻みに震えてるし……まさかコイツ……
「お、お前等みたいな役立たずと俺が何で同じ給料なんだ?! 俺は必死に頑張ってるんだよ! 毎日!」
「はい、いつもありがとうございます。私共も見習いたく存じます……」
真澄さん……分かってやってるのか?
たぶん、この執事長……貴方にホの字よ。
しかもかなり分かりやすい。
「おい、お前! 最近入ったみたいだけど……あんまり調子乗ってると、俺が追い出してやるからな!」
うわっ、こっちに来た。
え、えっと……とりあえず頑張りますとか言っとけばいいか?
「ほー、追い出すんだ。私の親友を」
その時、なんだか聞き覚えのある声が……。
ぁ、里桜様。何処に行ってたん?
「り、里桜様?! いや、あの……え? 親友?」
キョドる執事長。里桜は鬼の形相で腕を組んで仁王立ちしている。
「そっちのメイド服着てる奴、私の親友だから。で? 公孝、あんた……誰を追い出すって……?」
公孝? あぁ、この執事長の名前か。
それにしても里桜たんオコですな。別にそんなに怒らなくても……
「いや、あの……そ、そんな事は……」
「言ってたじゃない。真澄さんに対してパワハラもしてたよね……親父殿は許してるかもしれないけど、私はアンタみたいな男大っ嫌いだから。今度同じ事したらお前を追い出すぞ、ボケナス」
「ひ、ひぃぃ! す、すみま……申し訳ありませんでしたぁ!」
そのまま脱兎の如く逃げ去る公孝執事長。
里桜は私の正面に着て……思いっきりスカート捲りしてきた。
「……何してんだ、里桜様」
「誰が里桜様よ。あんたなんでメイドの格好なんて……あぁ、真澄さん、コイツ私の客だから。適当に……」
その時、いきなり土下座しだす真澄さん……!
え、えぇ! ど、どうしたの?!
「も、申し訳ありませんでした! 里桜様のご親友とは知らず……数々の無礼……お許しください……」
「え、えぇ?! いや、全然気にしてないですし……勉強にもなったし、私は気にしてないですから!」
大事なことなので二回言う私。
真澄さんはゆっくりと立ち上がり、私の両手を握ってきた。
「真田さん……良かったら、ここでバイト……」
「却下」
ぁ、里桜たんに却下された。
ワシ寂しい。
「真澄さん、こいつ執事喫茶で働いてるんで……。それに晶にお世話されるなんて考えただけで怖気が走るわ」
なんてこと言うんだっ。ちゃんとお世話するでござるよ、里桜たん。
「んな事どうでもいいから……ぁ、とりあえずお昼食べようか。私トイレ行ってくるから、先に行ってて」
……ぁ、トイレ……
そうだ……私ずっと我慢してたん……
猛烈な尿意に襲われた私。
トイレ……トイレに行きたいでござる! 里桜様!




