(4)
緊急事態が発生した。
なんとこの場に拓也君の姉が居る。
しっかし姉弟そろって美人だな。許せん。
「ど、どどどうしましょう、晶さん……」
「おちつけ、大丈夫だって……試着室もう一個あったから……そっちに入ってるスキに、ちゃちゃっと買って帰ろう」
うむ、そうすべきだ。とカーテンの隙間から外を覗くと……何故か外で待ってるお姉さんの姿が。
な、なにぃ! 何故もう一個の方に入らんのだ!
まさか他の客で埋まってるのか!?
その時、隣の試着室から怪しい声が!
「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄……」
うぉぉぉい! なんで般若心経?! 怖いわ! 下着ショップで何やってんだ!
「あ、晶さん……なんか気分が……」
「ま、まて……分かった、落ちつけ。私に任せろ」
こうなったら拓也君を私の背に隠して出て行くしかない。
女装しているとはいえ、弟の顔を見れば一発で分かるだろう。顔さえ隠せば問題ない……筈。
「拓也君……いい? 私の背中に隠れながら……」
「わ、わかりました……」
よし、行くぞ……っとカーテンを開け放つ私!
「ぁ、すみません~ お待たせしました~」
お姉さんは相変わらず「いえいえ~」と気さくに返事をしてくれる。
拓也君は私の後ろで靴を履きつつ、お姉さんから隠れながらゆっくりと移動。
よし、入れ替わりにお姉さんが試着室に入れば……もう安心……
「あのー……もしかして……そっちの小さい子って、男の娘ですか?」
ってぎゃー! 何いってん!
そ、そんな訳なかと! 失礼っすよ、アンタ!
「ぁ、いえ……さっきチラっと……妙にガタイいいなーって思って……」
っく、ガタイがいいと男扱いか?! 私だって背高いだけで男扱いされた事あるんだ!
ぶっちゃけ凄い嬉しかったです! 神様ありがとう! いや、そうじゃなくて……!
「ちゃんと女の子ですから……へ、変な事言わないで頂きたい!」
ビシっとハッキリと言い放つ私。
お姉さんは申し訳なさそうにしながら……
「ぁ、ごめんなさい……失礼な事言っちゃってゴメンね?」
と、拓也君の顔を覗き込もうとするお姉さん。
すかさず私はバスケ部で鍛えたディフェンスの動きで完全にガード!
拓也君の顔を見せるわけにはいかぬ!
「えっと……シャイなのね?」
「そ、そうなんすよ。恥ずかしがり屋で……」
ふーん……となんか不満気なお姉さん。
いや、別にいいじゃないか! 男の娘だろうとアンタには関係ない筈だ!
実の弟だけども……。
「じゃ、じゃあ……この綺麗な爪を見よ! 男がこんな綺麗に手入れ出来ると思いますか?!」
拓也の手を取って見せる私。先程デビルマツダに手入れしてもらい、可愛いマニキュアまで塗ってもらったのだ! 男がここまで出来るわけがない! デビルマツダは男だけど!
「あ、ホント……凄い綺麗……ごめんね? 疑って……」
そして再び顔を覗き込もうとするお姉さん。
「いえいえ、気にしないでください」
すかさずディフェンスする私。
あぁ、もう! しつこいなこの人!
「そういえば……こんな話知ってる?」
「え? な、なんですか、いきなり……私達急いでるんで……」
「いいから、ちょっと聞いて頂戴。試着室の中に入ってると、何処からかお経が聞こえてきた事……無い?」
いや、たった今あったよ! あれアンタの仕業か!
「……? 何の事? まあいいや……それでね? その御経を最後まで聞き続けると……もう二度と試着室に入れなくなるそうよ……なんて恐ろしい……」
そりゃ……試着室でお経最後まで聞き続けたら怖くてもう入りたくないわ。
っていうか何で今……そんな話を……。
「あ、ごめんなさいね、私お話するのが大好きだから……それじゃあね」
そのまま試着室の中に入っていくお姉さん。
変わった人だな……見た目は拓也君とソックリだが、性格は似ても似つかない。
「よし、今の内だ……レジへ急ぐぞ」
レジへと向かい、私が選んだ下着三着とも購入。
安めのを選んだから一万で足りるな。よし。
「あ、晶さん……すみません、僕今持ち合わせが……」
「気にすんな、兄貴の仕送りなんだから。今度兄貴にお礼言っといて」
「機会があれば……」
よし、じゃあさっさと帰るぞ!
拓也君と共に急ぎ足でミッドナイト○クエアから出て、名古屋駅へと向かう。
時刻は午後三時。もっとゆっくりする筈だったが……仕方ない、雪が降って電車が止まってしまうよりはマシだ。
岐阜駅行きの切符を買い、そのまま直にホームへと向かう。
ビックリするほど寒い。今にも雪が降りそうだ。
「あ、晶さん……大丈夫ですか? 僕のセーター着ます?」
い、いや……それ脱いだら君体操服だろ。
大丈夫だ、私はこう見えて……インフルエンザを一日で直した事がある。
「いや、それ絶対直ってない奴ですよ! まさか直ったつもりで学校いって……パンデミック起こしたんじゃ……」
あぁ、そういえば私が学校に行き出してから……なんか皆休みだしたんだよな。
「ほらぁ……もっと気を付けないと……インフルエンザ結構怖いんですから……」
「いや、大丈夫。寒いと思うから寒いんだ……心頭滅却すれば、火もまた涼しく氷も暖かい……」
って、んなわけねえ! 寒い物は寒いんだ!
うぅ、我慢できぬ、拓也君に抱き付いて暖を取ろう。
「ちょ、え? な、なにしてるんですか……」
拓也君の後ろから抱き付く私。ほえー……あったけぇ……。
「よいではないか……女の子同士なら良くやる」
「そ、そうなんですか……」
ふぅ、これなら耐えれそうだ。電車が来るまであと十分程か。
しっかし……ビックリしたな。まさか拓也君のお姉さんとエンカウントするとは。
「ですね……今日買い物に行くとは聞いてましたけど……まさか名古屋に来てたなんて……」
「まあ、色々揃ってるし……安いし……」
駅のホームから空を見上げる。
分厚い雲に覆われた空。
でも私はこんな天気が好きだ。何故か安心してしまう。
雨ばかりだと気が滅入るが、たまには曇り空の下で散歩するのも悪くない。
「晶さん……また一緒にデートしてくれますか?」
「んー……そうだなー……今度はもっとちゃんと計画立てないとな」
そんなこんなで電車がやってくる。
今日の所は名古屋とおさらばだ。我が岐阜県に帰ろうではないか。
と、その時
「ぁ、さっきのお姉さんーっ」
って、ギャー! 拓也君の姉が現れた!
ど、どうする?
たたかう
しゅごれい
どうぐ
まじゅつ
→にげる
逃げる一択だろ!
軽く会釈しつつ、拓也を隠しながら到着した電車に乗り込もうとする私。
だが
「聞いてくださいよ~ さっきお経が聞こえて……」
い、いや! 聞かぬ!
【晶のこうげき! お姉さんの頭にチョップ! 10のダメージ!】
「あぅ、痛ぃ……いきなり何するんですかぁ……」
っく、つい攻撃してしまった!
ど、どうする……!?
→なでる
ほっぺをつつく
はなをさわる
みみたぶをゆらす
たくやをさしだす
いや、一番下あかんだろ!
こ、ここは撫でておこう……
お姉さんの頭を、優しく撫でてみる。
おぉ、髪質すげえ。サラッサラだ!
「ふへぇ……」
ってー! お姉さんが凄いリラックスしている!
いまのうちだ! 逃げるぞ!
「あ、あれ……どこいくんですか?」
【なんと おねえさんが おきあがり なかまになりたそうに こちらをみている! なかまにしてあげますか?】
って―! 作者! ドラ○エの影響受けすぎだろ!
仲間に出来るわけないだろ!
こっちがゲームオーバーになるわ!
「っく、ちょ、貴子ちゃん……ど、どうしよう……」
「すみません、僕……テレビゲームあんまり詳しくないので……」
いや、そういう事じゃなくて……
このまま拓也を隠しながら岐阜まで一緒に帰るのか!?
名古屋から岐阜駅まで約二十分……耐えれるか?
電車に乗り込み、つり革に掴まって立ったまま乗車する私達。
幸い電車の中は込み合っている。
人の森で隠せない事も無いが……。
お姉さんはチラッチラと拓也君の方を気にしている。
っく、下着ショップではなんとか誤魔化したが……実は男の娘だと完全にバレてたのか?
なんか凄い興味深々って感じだな。
「あの……何か?」
拓也を背中に隠しつつ、警戒心剥き出しで尋ねる私。
「え? いえいえ、可愛い子だなーって思って……なんか……クンクン……凄い嗅ぎ覚えのある匂いだし……」
犬かアンタ! どんな嗅覚してるんだ!
っていうかどんだけ弟好きなんだ! 私は兄貴の匂いなんて絶対覚えたくない。
「というかお姉さん……凄い寒そうな格好してますね。よかったらこれ使ってください」
と、手渡されたのはホッカイロ。おおぅ、正直有り難い。
素直にお礼をいいつつ、太ももに擦りつける私。
「お姉さん綺麗な脚してますよねー……ちょっと触ってもいい?」
「え? ま、まあ別にいいですけど……」
そのまま私の太ももを撫でて来るお姉さん。
ふぁ、くすぐったいでござるよ。
「スベスベ……いいなー。私はもう歳だからハリが無くなって来て……」
いや、貴方何歳よ。もしかして美魔女?!
見た目は二十代前半にしか見えないが……。
「後ろの子は? お姉さんより年下だよね?」
「あぁ、はい。ピッチピチの女子高生じゃけん」
何故か広島弁で対応する私。
お姉さんは更に興味深々に……
「そっちの子の脚も撫でたいなー……」
ひぃ! 話には聞いてたけど……この人……変な人だ!
「だ、ダメです! こっちの子はノーマルですから! お姉さんと違って!」
「なんか酷い事言われたような気がする……まあいいや……」
いいんだ。
そのまま電車は岐阜駅に向かって進み続ける。
途中で尾張一宮に停車すると、更に人が乗り込んできた!
ギュウギュウの鮨詰め状態にされる私達。
四方をスーツ姿のオジサンに囲まれてしまう!
そのまま電車は再び発車する。次が岐阜だ!
「だ、大丈夫? 貴子ちゃん……」
後ろに居る拓也君に尋ねる私。
コクンと小さく頷くのを確認し、お姉さんの方に向き直ると……
なんか凄い……今にも泣きだしそうな顔してる。
な、なんだ、どうした!
パクパクとクチパクで何か伝えようとするお姉さん。
むむ、良くわからん……三文字だな。
ジっとお姉さんの口を見つめる私。
し・は・ん。
「師範? 誰が貴方の師匠ですか。私はそんなに変態じゃないですたい」
ぶんぶん首を振るお姉さん。
違うのか。
ジっとお姉さんの口を見つめる私。
き・か・ん
「利かん? なるほど。私の目から出る破壊光線など利かないという事ですか。って、私はウル○ァリンじゃありません!」
違う、とブンブン首をふるお姉さん。
むむ、そうだ。目から破壊光線を出すのはサイク○ップスとGA○UTOだ。
一体何が言いたいんだ、と思っていると後ろに隠れている拓也君が小声で
「あ、あの……もしかして痴漢じゃ……」
何ぃ!
そのままお姉さんを抱き寄せつつ、お尻に伸びていた手を捕まえる。
「何してんだお前! 春がお望みなら風俗街に行け!」
と、捕まえた手の感触が妙に柔らかい。
そっと手の主を見ると……スーツを着たオバサンが……
って、ひぃ! 思わず手を離してしまう!
「な、なによ、私が痴漢だって言いたいの?」
「ひ、ひぃぃぃ! ご、ごめんなさい! 私達ノーマルなんです! 勘弁してください!」
思わず抱き寄せたお姉さんに抱き付く私。
怯えまくる私の態度に、周りのサラリーマン風のおじさん達が騒ぎ始めた!
「ちょ、ちょっと! 私はやってないわ! その子のスカートの上から下着のラインを確かめるように撫でて無いわ!」
白状したな、とオジサン達に肩を掴まれ、岐阜駅に到着するなり降ろされるオバサン。
私達も電車から降り、お姉さんは私に頭を下げて来る。
「あ、ありがとう、お姉さん……良かったら……今度お礼したいから連絡先教えてくれない?」
「あぁ、はい……いや、別にお礼なんて……」
「いいから! 教えてくれないと私……パンダに化けて出るから!」
意味が分からんが怖いので止めて頂きたい。
素直にLUNEのIDを交換。名前は……柊 琴音となっていた。ふむ、琴音さんか。
「真田 晶さんね……今日はありがとう、今度連絡するね?」
そのままお姉さんは駅員室の中へと入って行った。
痴漢か。ついに私はされなかったな。
「晶さん……すみませんでした……」
ずっと私の背に隠れていた拓也君が謝ってくる。
いや、バレたら私も処罰されそうだったし……構わないでござる。
「じゃあ帰ろうか、そういえば着替える……よね? どこで女装してるの?」
「えっと……駅のロッカーに荷物預けて……その……トイレで……」
凄い事してるな。しかしそれはマナー違反でござるよ!
「えっ! ま、マナー違反……?」
「女装するなとは言わないけど……公共の場で着替えちゃダメ。どうしてもって言うなら……私の部屋貸してあげるから。分かった?」
「晶さんの部屋……わ、わかりました……」
うむ、分かればよろしい。じゃあ荷物を取ってくるのじゃ。私の部屋に行こうぞ。
「は、はい!」
そのまま先に岐阜駅の南口から出る私。
チラホラと雪が降りだしていた。
空を見上げると吸い込まれそうになる。
私の好きな空模様に。
「晶さん、あの……これ……」
そこに拓也君がロッカーから戻ってきた。
旅行鞄のような物を下げ、先程まで持っていたトートバックから小さな紙袋を差し出して来た。
「ん……ナニコレ」
「え、えっと……開けてみてください……」
紙袋を開けると、先端に小さなパンダが付いたボールペンが入っていた。
むむ、いつのまに……
「デビルマツダさんに晶さんが拷問されてる時に買ってきました……ど、どうですか?」
モジモジと感想を求めて来る拓也君。
なんかセンスも可愛いな。
「うん、可愛い。ありがとう、拓也君」
そのままボールペンを紙袋に戻し、鞄の中に仕舞う。
「あの、晶さん……僕の事、呼び捨てでいいですよ」
「ん……? じゃあ私の事も呼び捨てでいいよ。拓也」
拓也、と呼んだ瞬間、嬉しそうに頬を緩ませる貴子ちゃん。
「え、えっと……晶……さん……」
ふむ、まあいきなり呼び捨ては無理か。というか私の方が三つも年上なんだ! 呼び捨てなんぞ許さん!
「え、えぇ! ど、どっち……」
「まあ呼びやすい方でいいよ。本格的に降りだす前に帰ろうか」
「は、はぃ……」
そのまま私達は初デートを終え、帰路についた
雪が降る中、そっと手を繋いで
暖かい、拓也の手を