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11月23日 (木)
ババヌキに勝利した拓也。
最下位の琴音さんに対して、拓也が命令した事は「幸せになって欲しい」との事だった。
「た、拓也きゅん?!」
そして拓也は命令を男声で言い放ち、自らの正体を曝け出した!
琴音さんは目を点にして女装した拓也を見つめている。
ふふふ、琴音さん……どこからどう見ても貴方の弟よ!
「ぁ、あ、あぁ……!」
しかし琴音さんは頭を抱えて震えだした!
な、なんだ、どうした! なんか様子がおかしいぞ!
「拓也きゅん……パンダ……拓也きゅんはパンダ……」
いや、違う! 拓也は人間だ!
現実逃避するでない!
「ふぁぁぁ! あqwせdrftgyふじこlp……」
「ちょ……姉さん?! それ違う! 発音できる類いの物じゃないから!」
「黙れ小僧!」
琴音さんに怒鳴られ、ビクっと体を震わせる拓也。
な、なんか琴音さん怒ってる?
「ふーふー……ふしゅるるる……」
今度は獲物を狙う魔獣のような息遣いをしだす琴音さん。
あかん、大混乱してるな……ここは私が説明するか……。
「あの、琴音さん……実は拓也の女装は私が……」
「お黙り! 大熊猫!」
おおくまねこ……? あぁ、パンダか。
って、違う! 私はパンダでは無い!
琴音さんとりあえず落ち着くのだ! ここは甘い物を食べさせて餌付けするしかない!
執事喫茶の料理長、敏郎さんの所まで走り、何か甘い物をプリーズ! と叫ぶ私。
すると敏郎さんは冷蔵庫の中から大きなホールケーキを出してきた!
いや、ケーキは涼ちゃんが持ってきてくれたのがあるし……
「大丈夫だろ。女って甘い物は別の胃袋に入るんだろ?」
いや、私達だって人間よ! 胃袋は一つしかありません!
「まあいいから持ってけ。落とすなよ」
そんな事言われても……って、重っ!
直径50cmはありそうなホールケーキ。
砂糖菓子で拓也らしき執事と、琴音さんらしきお嬢様の人形まで作ってある。
そしてチョコレートで「誕生日おめでとう、琴音ちゃん」の文字が。
な、なんだコレ……。
本当に敏郎さんが作ったのか? えらい細かいな。砂糖で人形まで作るとは……。
「オレンジに巨峰、それにリンゴにイチゴをふんだんに使って作ってみた。食えなかったら持って帰れ」
「おいっす……。敏郎さん食べないんですか?」
「俺は甘いもん苦手なんだ。洋介もな。ほら、さっさと持ってけ」
あざーっす! と言いながら再び琴音さんの元へと戻ると、冬子先生が琴音さんの口に涼ちゃんお手製のケーキを無理やり突っ込んでいた。な、なんてことを。
「落ちつけ琴音! そして食え! お前は糖分が足りてないから頭回らないんだ!」
「あふっ……ふゆふぉふぁん! ふぁっふぇ! ふぁふぁったふぁら! (冬子さん待って! 分かったから!)」
琴音さんは口に詰め込まれたケーキを何とか飲みこみ、改めて拓也を見る。
足元から頭の先まで観察し、そっと拓也の手を握った。
「拓也きゅん……ま、まさか……女の子だったなんて! いつ?! いつ性転換手術したの?! タイに行ってきたのね?!」
「いや、違……姉さん落ち着いて……っ」
ぁ、まだ混乱してるわ。
ケーキなら沢山あるぞ! とテーブルの上に敏郎さんお手製ケーキを置く私。
それを見た里桜が、思わず歓声をあげる。
「おぉー! なにこれ! ほらほら、琴音さんと拓也君がケーキの上に乗ってるよ! 可愛いー」
ふふ、そうだろう。
何しろ執事喫茶のシェフが作ったんだ! と何故か私が偉そうにふんぞり返る。
しかし琴音さんは止まらない!
拓也の胸を撫でまわし、あまつさえスカートを捲りあげる!
「うわぁ! ちょ、姉さん……何して……」
「付いてるの?! 性転換してないなら証拠見せなさい! ほらほら! 拓也きゅんのなら小学生の頃から見てるから平気よ!」
「ぼ、僕は平気じゃないって! っていうか声! 声は普通に男でしょ?!」
「むむ……言われてみれば……え、じゃあなんで女の子の格好してるの?」
数秒黙る拓也。
しかし意を決したように、自分の趣味が女装である事を琴音さんに打ち明けた。
「姉さん……実は僕、女装するのが趣味なんだ……今まで隠れて姉さんの服とか着て……」
おおぅ、ついに言った。
さて、琴音さんは既に壊れてるっぽいが、どんな反応を……。
「拓也きゅん……」
琴音さんは拓也の手を引き、抱き寄せた。
おおぅ、美しい姉妹愛だ。拓也は弟だが。
「ふー……ふー……ふしゅるるるる………」
ってー! 琴音さんの目が血走ってる!
完全に獲物を狙う目だコレ! 不味い! 拓也が琴音さんに食べられてしまう!
「冗談冗談。ありがとう、晶ちゃん……」
ん? ありがとうって……どんな意味の……?
その後、琴音さんは落ち着くまで拓也を抱っこしていた。
それにしても、女装した拓也は琴音さんにクリソツだ。
いつか拓也と一緒にミッドランドスクエアに下着を買いに行ったとき、琴音さんと拓也を間違えたしな、私……。
よし、じゃあそろそろ本格的にケーキを……ってー!
涼ちゃんお手製ケーキが無い! ぜ、全部食べちゃったの?!
「ん? あぁ。形はあんまりだけど味はイケルぞ」
口の周りにクリームを沢山つけてモグモグしている冬子先生。
ここぞとばかりに、花村助手が冬子先生の口の周りをナフキンで拭った。
あぁ、それ私がやりたかった……。
「冬子、ケーキはそのくらいにしておこうか。お腹壊しちゃうよ」
「えー……渚のケチ……」
ぎゃー! なんだこのバカップル……いや、もう籍入れてるから夫婦か。
おのれ、私の目の前でイチャつきおってからに!
しかしケーキならばまだある。
敏郎さんが作ってくれたフルーツケーキだ!
しかしここまで綺麗だと食べづらいな……それにまだ、アレもしてないし……。
ここは執事喫茶のオーナーに場を仕切って貰おう。
春日さんや涼ちゃんと仲良くお喋りしている央昌さん。
ジェスチャーで、そろそろラストイベントを! と伝える。
央昌さんに伝わったようだ。
マイクを持って咳払いし
『えー……御集りの皆様。本日は琴音さんの退院祝いパーティーですが……実は誕生日を兼ねています。というわけで……』
央昌さんに注目が集まるスキに、ケーキへと蝋燭を刺していく。
琴音さんは今年で二十九歳……まさか二十九本もさせるわけもないので、九本くらいにしておこう。
すべての蝋燭へ、ライターで火を付け、央昌さんの合図で照明を落とした。
淡く光るケーキの蝋燭。
中央の拓也と琴音さんを象った砂糖菓子の影が、揺れる蝋燭の光で朧げに浮かんでいる。
「琴音さん……」
そっと琴音さんの前へとケーキを持っていく。
さて、では定番の誕生日ソングを歌おう。
まずは央昌さんが先陣を切って歌い始める手筈になっていた。
『えー……では、琴音さん。少し早いですが、誕生日おめでとうございます。僭越ながら……ゴホン……』
おお、央昌さんが緊張してる。
頑張れ! さあ、歌うのだ!
『ハ……ハッピバースデー……チューユー……』
誰もが知る「誕生日の時に歌うアレ」
まさか思わなかった。この歌をここまで……
『ハッピバーズデー、ディア……琴音ー……』
ここまで……音程を外す事が出来るなんて……。
ってー! なんだこの歌! 言っちゃ悪いが下手過ぎる! なんかのコントか?!
央昌さんの歌を聞いて、誰もがどういう反応をすれば良いのか困っている!
涼ちゃんとか既に顔が引きつってるし……。
央昌さん……歌うの苦手だったのか。
なら最初から言ってくれればいいのに……!
「ハッピバースデー トゥーユー……ハッピバースデー トゥーユー」
その時、春日さんが央昌さんの歌を無理やりに補正するように歌い始めた。
央昌さんも春日さんに音程を合わせて、なんとかまともに歌っている。
おおぅ、流石元夫婦……息がぴったりだ!
続いて涼ちゃん、蓮君も歌い始め……次第に皆が体でリズムを取りながら歌い始めた。
「ハッピバースデー ディア 琴音ー……ハッピバースデー トゥーユー……」
そして歌い終わる頃、琴音さんの顔は涙と鼻水でグシャグシャになっていた。
蝋燭に囲まれている二人の砂糖菓子の影が、寄り添いながらユラユラ揺れている。
まるで琴音さんを祝うかのように、この二つの砂糖菓子も歌っているようだった。
「姉さん……ほら、吹き消さないと……」
拓也が琴音さんに促しつつ、ハンカチで涙と鼻水を拭う。
「拓也きゅん……」
大きく息を吸い、蝋燭の火を吹き消していく琴音さん。
「誕生日、おめでとう……姉さん」
全ての火が消し去られた時、拓也は琴音さんへと告げる。
「姉さんに大切な人が出来るまで……僕が支えるから……」




