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 僕の願いはたった一つ。

この姉の幸せを。姉から全てを奪ってしまったのは僕。


「幸せに……なってください……」


神様……僕はシスコンですか?


弟が言う言葉では無いだろう。

どちらかと言えば心から姉の事を尊敬する後輩。敬語で無ければ先輩も有りうる。

 例えば正面に座る小学生にしか見えない冬子先生とか。

でも僕は姉の後輩でも先輩でもない。弟だ。

僕が姉の幸せを願う。あえて口に出すのは欺瞞だ。

言葉の使い方が多少違っている気もしないでもないが、姉の幸福な人生を壊したのは僕なのだから。


 

 九年前、両親が車で事故を起こし此の世を去った。

僕は事故を起こした両親の車に同乗していた。当時八歳。


『拓也、もう少しだからね、頑張って……』


高熱を出し、後部座席で毛布でグルグル巻きにされ、さらにシートベルトで固定されている。

いくらなんでもやりすぎだろう、と思ったが、今にして思えば両親は過保護だった。

ちょっとした怪我で大騒ぎする。それは姉さんも同じだったが。


『あなた……急いで……拓也が……拓也が……』


『分かってる……頑張れよ、拓也』


二人とも大袈裟だと思った。

ただの熱だ。あと数時間後に死んでしまうような病では無い。

 アクセルを踏み込む父。急かす母。

事故を起こすのは時間の問題だったのだ。

人生急いで得する事は無い。素直にそう思った。



 事故の原因は信号を見落とした父の過失だった。

赤信号にも関わらず交差点に突っ込んだのだ。

 僕は気が付けば病院に居た。

知らない看護師さんに囲まれ、あれやこれや会話していたが、その内容は全く入ってこなかった。


『この子の両親は……』


『確か兄弟が……』


『急いで連絡を……』


 そして再び僕の意識は薄れていく。

その後の事は良く覚えていない。気が付けば姉が隣りに居て、黒い服を着ていた。

僕も着替えさせられ、連れていかれた。

両親の葬式へ。


 よく分からないまま両親が死んでしまった。

涙は一滴も出なかった。恐らく実感が無かったんだろう。

ただ、隣りで泣いている姉を見て、悲しくなったのは覚えている。




 両親の葬式が終わり、姉と一緒に遺品の整理をした。

アルバムを見て、こんな事もあったと姉と語りながら。


 姉は大学を辞め、どこぞの工場へ就職した。

医者になるのが夢だった筈だ。いつも目の下にクマを作って勉強していたのを覚えている。

 

正直、そんな姉を僕は怖がっていた。

いつもブツブツいいながら廊下を歩き、部屋に籠ってはずっと勉強している姉。

やっと部屋から出てきたと思えば、冷蔵庫から栄養ドリンクを出して再び部屋に。


 僕は姉と一緒に遊びたくて、部屋へ侵入した事がある。

いつも勉強ばかりしている姉を困らせてやろう、そう思ったのだ。


『拓也……ごめん、お姉ちゃん忙しいから……』


だが、そんな思いも一言で粉砕された。

言葉自体はそこまで破壊力は無いだろう。僕が震えたのは姉の声だ。

一体どこから声を出しているのだ、と思うくらいに擦れた声。

まるで幽霊と話している様だった。



 そんな姉も、大学を辞めて変わった。

以前より遥に明るくなった。だが無理をしているのが見え見えだった。


 葬式以来、姉は僕の前では涙を見せなかった。

時々隠れて泣いている。自分の部屋で、父の書斎で、母のクローゼットで。


一度だけ、泣いている姉に声を掛けてみた事がある。

後ろ姿の姉に一言……「お姉ちゃん、大丈夫?」 と。


その時、姉は振り返り……


「ヌルフフフ……」


なんだろう、聞き覚えのあるフレーズの笑い方だ。

なんだっけ、これ……たしか……


「うぁぁぁ! 暗○教室最高すぎる……なにこのラスト……涙無しでは読めない! 拓也きゅん……君にもこの漫画を貸そう……後輩からの借り物だけども……」


全21巻が入ったカラーボックスを託して来る姉。

漫画読んで泣いてたの?!


「あぁ……漫画で泣いたのってス○ムダンク以来だなぁ……うぅ、涙腺崩壊するゼ……」


ちなみに姉の口調もガラリと変わった。

以前は僕とまともに会話する事すら珍しかったくらいだったが……


「ヌルフフフ……拓也きゅんもお姉ちゃんの触手で絡め取ってやろう!」


言いながら抱き付いてくる姉。

ただ漫画の影響を受けているだけかもしれない。それでも無理をしているのがハッキリと分かった。


悲しくない筈がない。

弟を育てる為に医者になる夢を捨てて大学も辞めてしまったのだ。


僕は密かに両親を恨んだ。何故死んでしまったのだと。



 高校に入る頃、僕は良く女の子達と遊んでいた。

体を動かすのが苦手で、女子だらけの美術部に入ったせいもあるが、一番の原因は僕の見た目にあったんだろう。学ランを着ていなければ女子と間違えられるような容姿。

体は細く、肌も白い。風邪を曳くのが嫌で髪も長めだった。ちなみに髪も姉に切ってもらっていた。


「拓也きゅん……ゲヘヘ……もっと可愛い髪型にしてあげよう……」


姉は楽しそうだった。そうか、本当は妹が欲しかったんじゃないか?

ならせめて……その思いを叶える事が出来たら……。


 

 僕は美術部の中で得に親しい女子へ、この想いを告白した。

両親が事故で亡くなり、姉は僕を育てる為に大学を辞め、最近は仕事で帰りが遅い事も含めて。


「なんじゃと……そうじゃったのか……なら儂が協力してやろう!」


ちなみに相談した女子もちょっと変な子だった。

老人のような言葉使いを好む女子。でも見た目は可愛い。お人形さんのような子。


「ならば拓也君。儂の私服を貸してやろう。それを着て儂とお出掛けするのじゃ!」


いわゆるデートという奴だろうか。僕はそれを承諾し、言われた通りに……初めての女装をした。


 女装して歩く街はいつもと景色が違って見えた。

妙な感覚だ、本来僕は女として生まれて来る筈だったのでは……と思えるくらい、いつもより自然に……開放的に……。


「お、拓也君。あの喫茶店に行こうぞ。儂のお気に入りじゃ」


そうして立ち寄った店が、執事喫茶だ。

入るなりお嬢様として扱われ、丁寧な接客と店の雰囲気に一目惚れした。

僕が執事喫茶で働きたいと思い始めたのはその時だった。


 それからすぐに学校からバイトの許可を取り、姉には全てが決まってから報告した。


「姉さん、僕……バイト始めようと思うんだ……もう面接にも合格して……来週から……」


「……バイト? だ、大丈夫なの?! そんな……なんで急に……お、お姉ちゃん、聞いてませんよ! ぁ、もしかして……お小遣い足りなかった?! じゃ、じゃあUPするから! お金なら心配しないで! 貯金ならもう結構たまってるし……」


いや、お小遣いなら十分すぎる程に貰っている。

でもそうじゃない。僕は……


「僕だって……姉さんの為に何かしたいから……日付が変わる程……遅くまで働かなくてもいいように……」


その言葉が姉に大ダメージを食らわせたのだろう。

女装は楽しかった。僕は女として生まれて来る筈だったのかもしれない。

でも僕は男だ。男として……弟として……姉を守りたかった。


 そうして僕は執事喫茶で働き始めた。

優しいけど仕事には真面目な央昌さんに憧れた。

少し怖いけど、頬がとろけるような料理を作る敏郎さんを尊敬した。

いつも煙草を吸って、不良生徒の様な洋介さんから男とはどうあるべきかを学んだ。


 この執事喫茶で僕は多くを学んだ。

その上で僕は姉に言いたい。


「幸せに……なってください……」


心の底からそう思う。


僕があの時、高熱なんて出さなければ……両親も事故を起こす事は無かった。


僕がもう少し大人だったなら……姉は大学を辞めずに済んだ。


僕が……もっと……


姉を幸せに出来るなら……


「た、拓也きゅん……?」


たった一人の姉の幸せを願う


僕はシスコンですか……? 神様……


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