(33)
11月23日(木)
女装した拓也は正にお嬢様だ。
黒髪ストレートの美少女など絶滅危惧種に指定されて久しい。
少し大きめのセーターは体格を隠す役割もあるが、緩い襟元から見える鎖骨が凄まじい破壊力を放っている。
長めの袖から見える指も、デビルマツダに手入れされた綺麗な爪が静かに存在感を放っている。
そして私の一番のお気に入り……ロングスカート!
何がいいって……たまに見えるふくらはぎが鼻血物だ。
硬く下半身を覆い隠す鉄のカーテン……という人も居るが、その隠された領域から見えた奇跡的な神秘の光景が何より私を震わせる。
と、まあそんな感じで拓也の女装はバッチリだ!
ククク、騙されよ男共! 嫉妬しろ女共! 奇跡の美少女を目に焼き付けろ!!
「おい誰だ、スペードの8止めてるの。さっさと出せや」
うん、スペードの8?
ん? あんたら一体何してんの……ってー! 7並べしてる!
ふざけんな! こっちを見ろぉ!
「冬子さん、相変わらずポーカーフェイス出来ないですねー。スペードの8持ってる人! 出しちゃダメよ! 持ってるの私だけど!」
「琴音てめぇ……」
ヤヴァイ。皆トランプに夢中だ。
折角拓也がおめかししたのに! 琴音さんの隣りの席も何時の間にか兄貴が座ってるし!
ちゃっかり隣りキープするなや! つーか執事だろ貴様!
「お、晶……って、お客様か?! あれ、今日貸し切りじゃ……」
「あぁ、兄ちゃん。違うの。この子は私の友達で……琴音さんに紹介しようと思って。だから……そこどけカス」
「え、えぇ! なんで晶怒ってるの……」
コソコソと席を立って再び壁際に移動する兄貴。
「ささ、どうぞ、お嬢様」
兄貴が座って暖かくなった席で申し訳ないが……と、椅子を引いて拓也を座らせる。
すると、7並べに夢中になっていた連中の視線が一気に拓也へ!
「ん? あらー、晶の友達にしては可愛い子ね。大丈夫? イタズラとかされてない?」
うるさい、里桜うるさい。イタズラなんかしてないもん。精々スカート捲りしてるくらいだ。
「ほー。白熊大学の子……じゃないよな。まだ高校生か? 若々しい」
いや、貴方程じゃ無くてよ、冬子先生。
そして……琴音さんの反応はどうだ!
「……ん? クンクン……この嗅ぎ慣れた匂い……それにこのセーター……」
あぁ! 流石琴音さん……自分の弟の匂いを記憶している人は違うな。
今拓也が着てるセーターも琴音さんのお古らしいし……もうバレたか……。
「あぁ! も、もしかして……昔近所に住んでた犬が大好き変人お兄さんの妹の娘さん?!」
誰だ。犬が大好き変人お兄さんって……琴音さんに変人呼ばわりされるとは、相当変人なんだろうなぁ……。
さて、琴音さんの意味わからん不意打ちに拓也はどう反応するのか……
「え、えっと……その……(女声)」
ぎゃあああぁぁ!
拓也きゅん! 元々声高くて女の子っぽいけども! さらに声色高くしてモノホンの女の子みたいに!
ヤヴァイ、ヤヴァイぜよ。ヨダレが出てしまう!
「ぁ、君もトランプやる? じゃあ冬子さん、7並べ強制終了! 次はぁ、ババヌキしよ!」
そのままトランプを回収していく琴音さん。カードを切り……
「晶ちゃんもやらない? あとお兄さんも……」
ふむ。ババ抜きか。ちなみに現在、涼ちゃん、春日さん、蓮君の三人は央昌さんとお喋り中。
あっちはあっちで楽しそうだな……春日さんと央昌さん普通に喋ってるし……邪魔しちゃ悪いか。
「いいですよ。折角なんで……何か特典着けませんか? 一位の人は最下位の人に何でも命令出来るとか……」
ふふふ。これで拓也が一位になれば面白そうだ。
まあ拓也はそんなエグイ命令せんだろうけど。
「いいよー。じゃあえっと……私に冬子さんに里桜ちゃんに晶さんにお兄さんに……えっと……貴方の名前は?」
琴音さんが拓也に名前を尋ねて来る。
ぁ、そうだ。名前か……女装した拓也と買い物した時は……たかこちゃんと呼んでたが……
「え、えっと……たかこです……」
ちょっと恥ずかしそうに言うたかこちゃん萌え。
ヤヴァイ、ニヤニヤが止まらん。
「おっけー、たかこちゃんねー。じゃあカード配るねー」
そのままカードを配布していく琴音さん。
ふむぅ、流石に六人だとカード少ないな。ジョーカーは誰に行ったんだろ……。
ってー! 冬子先生があからさまに不機嫌そうな顔してる! 絶対この人だ! ジョーカー持ってるの!
「じゃあ……たかこちゃんから時計回りでいいね。はい、どうぞー?」
「ぁ、は、はぃ……」
琴音さんからカードを引いてデッキに加える拓也。ふむぅ、組み合わせのカードは無かったか。
さて、次は琴音さんが冬子先生からカードを……
「おら、取れ……さっさと取れ」
冬子先生……一枚だけカードが飛び出てますが……そんな子供騙しに引っかかるワケ……
「あはは、冬子さんったら……そんな分かりす過ぎ……」
と、一番右端のカードを取る琴音さん。
しかし次の瞬間、琴音さんの笑顔が消えた!
「ふはははは! かかったな! 大人を舐めるなよ小娘!」
「っく……冬子さんに言われると凄まじい敗北感が……」
ババは琴音さんに移動したか。さて、次は冬子先生が里桜から取る番だ。
「さーって、あとは気楽に……」
里桜からカードを引く冬子先生。
しかし次の瞬間、冬子先生の笑顔が消えた!
「って、なんでババ二枚もあんだよ!」
「いや、だって六人だし、冬子先生も琴音さんも分かりやすいし……つまんないなって……」
ババ二枚……最終的にどうなるんだ、それ。
「別に普通よ。ババがペアになったって捨てれないんだから。最後にババ二枚引かされたマヌケが最下位よ」
むむ、そうなるのか……今ババを持ってるのは冬子先生と琴音さん……二人とも分かりやすいからなぁ……。
さて、次は里桜が兄貴から引く番だ。
「お兄さんって……彼女とか居ないんですか?」
カードを選びながら、いきなり兄貴にそんな事を言ってくる里桜。
おいやめろ! 兄貴は彼女居ない歴イコール年齢だぞ!
「ぁ、あぁ、居ないかな……”今は”」
……ん?! ”今は”って……何見栄張ってんだ。貴方に過去の女は居なくてよ!
私は知っている。女っ気なさ過ぎて、妹を抱っこしては女の体を堪能するように撫でまわす兄の本性を!
「い、いや……違う! お、俺は本当に晶の事が可愛くて……」
「へー。大きくなったら触らせて貰えないからって、私が小学生低学年の頃に胸撫でまわしてたの誰だっけ……」
その場に居る女子がドン引きする。ついでに拓也も。
はっ! いかん! 兄貴のイメージ下げたら琴音さんとくっ付ける所では無い!
「ま、まぁ……兄と妹なんてそんなもんすよー……?」
必死にフォローする私。
だが苦笑い! 全員苦笑い! あれ? 私も苦笑いの対象になってる?!
「分かりますよ……お兄さん……私もそうでした……」
と、いきなり兄貴を擁護しだす琴音さん。いいのよ、無理しなくても!
「私も……拓也きゅんと一緒にお風呂入ってたんですけど……小学生あがる頃になると、私に洗わせてくれなくなって……!」
「は?! ちょ、姉さ……」
ぁ、ヤヴァイ! 拓也が口を滑らせた!
どこの部分を洗わせてくれなくなったのか、非常に気になるが今はそれどころでは無い!
誤魔化せ拓也! 今バラすのは何か勿体ない!
「え、えっと……ね、ネイルサロン……で爪洗ってもらってるんですけど……私……」
言いながら爪を見せるたかこちゃん。
女子からは歓喜の声が。
特に里桜が食いついてくる。
「おおー、綺麗ーっ。私も通ってるけど……それどこでやって貰ったの?」
「え、えっと……ミッドランドスクエアの……」
デビルマツダの店だな。
しかし今ヤツは中東か……何してんだろ。
「へー、今度私も連れてってよ。ぁ、ご飯奢るからさ」
「ぁ、はぃ……是非……」
拓也の指を摘まんで撫でる里桜。
それに対して、拓也は顔を赤くしてソワソワしている。
まあ里桜も可愛いからな。ちょっと変だけど。
そのままババ抜きは進み、一位抜けしたのは拓也。
そして最下位は……
「ぐおーん……負けた……」
やっぱり……琴音さん。最後の冬子先生との接戦は見物だったが、ババ抜きの攻防を小説に書こうとすると大変なので割愛する。
「じゃあ、たかこちゃんが琴音さんに何でも一つ命令ね。何にする?」
その場を仕切る里桜たん。
皆の注目が拓也に集まった! さあ、自らの姉に何をお願いするのだ、たかこちゃん。
「じゃ、じゃあ……えっと……」
じ……っと琴音さんを見つめる拓也。
躊躇いながら口を開き……
「じゃあ……」
たかこちゃんは、男声で言い放った。
自らの姉へお願い事を……。




