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 11月23日 (木)


「姉さん……見せたい物があるんだ……」


琴音さんの後ろから抱き付いていた拓也きゅん。

先程まで、事故に遭った時の事を思いだして震えていた琴音さんを慰めるように……またはパーティーの空気を切り替えるように、突然そう切り出した。


「ちょっと待っててね、準備してくるから」


言いながら私にアイコンタクトを送信してくる拓也。

ふむ、アレをやるんだな。覚悟は決まった様だ。


 アレ、とは私と拓也の趣味をカミングアウトする事である。

つまり、私は男装し、拓也は女装する。

拓也はともかく……私の男装はかなり影が薄くなってしまった様な気がする。

恐らく作者も忘れているだろう。そういう設定だった! と慌てふためいているのが想像できる。


 私達は奥のスタッフルームへと入り、それぞれのロッカーから着替えを出した。

拓也は女物の私服。私は執事服。


「じゃあ晶さん、僕あっちで着替えるんで……」


「うん、じゃあ作戦通りに……」


 作戦……要は簡単なドッキリを仕掛けるのだ。

まず、男装した私が皆の前でカミングアウト。元々背が高いし執事喫茶で働いているのだから、そこまでの驚きは無いだろう。本番はそこからだ。女装した拓也が裏口から出て正面へ周り、あたかも客のように店へ入ってくる。その拓也を私が接待しつつ、琴音さんが座っている隣りの席へと案内する。


 当然琴音さんは疑問に思う筈だ。

知りもしない女が、なぜいきなり隣に座ってくるのかと。

そして観察する。その怪しい女を。そこで初めて拓也は琴音さんや皆にカミングアウト。

勿論、央昌さんや執事喫茶のメンバーは全員既に知っている。

知らないのは……琴音さん、里桜、里桜のパパさん、冬子先生、浜村助手、涼ちゃん、春日さん、蓮くん……そして兄貴。


 フフフ、驚く顔が見物だぜ!

退院したばかりの琴音さんには刺激強すぎるかもしれんが、拓也はもう隠し事はしたくないとの事。

 

「晶さん……いつでも行けます」


スタッフルームの外から拓也が声を掛けてきた。

私も後はウィッグを付けるだけだ。ウィッグネットで髪を纏め、赤毛系茶髪のミディアムverウィッグを装着! 簡単に言えば可愛い系のイケメンが良くやってる髪型だ! 


「よし……拓也、準備できたよ」


 今日はガッツリ男装する私。その姿を見た拓也きゅんは、思わず目を見開いてモジモジしだした。


「な、なんか思いだしますね……電車とか痴漢とか……」


あぁ、そういえば第一話以来だな。ここまで気合入れて男装するの。

っていうか痴漢と間違えたのはお前だ! 私結構根に持ってるからな!


「す、すみませんでした……」


そういう拓也も完璧だった。

黒髪ロングに長袖セーター、ロングスカート。

ちょっと袖が長めで指先が出てる辺りがタマラン。おもわず齧りたくなってくる!

むむ、そういえば最近見ないけどデビルマツダは? 爪の手入れもして貰えばよかったな。


「ぁ、実は……この前デビルマツダさんに呼び出されて爪の手入れされました……。なんか傭兵の仕事で中東に飛ぶからって……」


なにぃ! デビルマツダ……まだ傭兵続けてたのか。

まあ、それはいいとして……


「いいんですか」


拓也よ、心の準備は良いか!?

もう君は今日から普通の男子には戻れないかもしれないのよ!


「構いません……僕はもう……普通の男子に未練は無いので……今日から特別な男子になります」


良い心意気だ!

じゃあ私……先にカミングアウトしてくるわ。


「晶さんも頑張ってください、僕が店に入るタイミング、ワンコールしてくださいね」


了解でござる、と拓也と別れホールへと向かう私。


 そっとホールの様子を伺う。

琴音さんが今座っているテーブルには三人の女子が。

正面に冬子先生、そして里桜。隣は私が座っていた席だから空いている。


「よし……行くか……」


一度深呼吸し、心を落ち着かせる私。

なんせ兄貴にすら見せた事ないのだ。私がガッツリ男装した姿を。


 ゆっくりホールへと歩を進める。

この一歩は私の人生で多大な影響を及ぼすだろう。

だからこそ進むのだ、私。もう今日の私とは永遠に会えない。

ひたすら明日の私の為に頑張るしかないのだ。


「ん?」


 最初に私の姿を視認したのは里桜。

興味深々……というか、不審者を見る目で睨んで来る。なんて目してやがる。


「ちょっと、そこの執事さん、こっち着て」


あぁ、流石里桜……もうバレたか。

仕方あるまい、これでも大学では毎日顔を合わせているのだ。気づかない方がおかしいだろう。

 里桜の前へと歩み寄る私。


「ねえ、貴方……」


そっと里桜は私のポケットの中に何か入れてきた。

ん? なんじゃ? 


「あとで……ね」


ん? ん? なんだ一体……何をポケットの中に……


ってー! こ、これは! 

こ、こここここ……コ○○ー○……


【注意:何か分かった人、絶対にマネしないで下さい。分からなかった人は、お父さんかお母さんに聞いてみよう! 叱られても責任は取りません!】


「り、りおぉぉぉぉぉ! お前、なにしてん! まさか普段からこんな事してんじゃ無いだろうな!」


「は? はぁぁあぁあぁ!? あ、あんた……その声……晶?!」


バーン! とコ○○ー○をテーブルに叩きつけて叱りつける私。

里桜はガクガク震えながら私の様子をマジマジと観察してきた。


「ちょ、何してんのよ! 何よ、その格好! は? ちょ、マジでカッコイイんですけど! 止めてくれない?!」


「こっちのセリフだアホンダラケ! いきなり変な……っていうかもっと段階踏め! いきなりこんな物渡してくるな! 困ってしまうわ!」


周りは何事かと私達に注目し始めた!

里桜は焦りつつ私の手から例のブツを回収し、ポケットに急いで仕舞う。


「あ、あんたが悪いんでしょ?! 何でそんなイケメンに変身できるのよ! 私の恋心返せ!」


「いきなりコ○○ー○渡してきて何が恋心か! お前、まさか既に……」


他の男にそれ渡して逆ナンしてきたんじゃ……


「そ、そそんなわけないでしょ?! アンタが初めてよ! 自分からコレ渡したのは! アンタが……あまりにカッコイイから一気にテンション上がっちゃっただけよ!」


「それはどうも! ありがとう! でも今後一切禁止だからな! 合コン行くときソレ持ってないか逐一検査するからな!」


「はー? そうですかー!? メンドくさがって合コン来ないくせに! 来てもバクバク飯だけ食って男子にドン引きされてるアンタがそれ言いますかー!?」


「五月蝿い五月蝿い! とにかくアンタは私の親友なんだから! 変な男に変な事されたら相手ぶち殺すからな! 私は! 警察に捕まったらアンタのせいなんだから!」


口喧嘩をおっぱじめる私達。その内容から、冬子先生や春日さんは何となく察したようだ。里桜が何を私に渡して来たのかを。そしてもう一人、里桜のパパさんも気づいたようで、顔を真っ青にしていた。


「り、里桜たん? ちょ、ど、どういう……」


「ち、違う! 親父殿! わ、私は今まで……あー、もう! っていうか私はしたことないから! 箱入り娘ってイメージ持たれるの嫌だから持ってるだけであって……つ、使った事なんて無いんだから!」


ぁ、なんか里桜可愛い。

いや、私も経験無しだが。


【注意:会話の内容がいまいち分からないという方は、お父さんかお母さんに(略】


 不味い、収拾つかなくなってきた。

その時、颯爽と春日さんが里桜とパパさんの間に立った!

おお、流石我が妻! なんとかしてくれ!


「まあまあー、落ちついて下さいー。最近の子は意識高いからちゃんと携帯してるんですよー、パパさん」


春日さんもパパさんって呼んでる……。

一応雇い主では……? 涼ちゃんのメイドだろ、春日さん。


「里桜ちゃんも落ち着いてー? 大丈夫、私は分かってるから。里桜ちゃんが綺麗なままだって……」


「なんかそう言われると釈然としないんですけど……」


とりあえず里桜たんとパパさんは落ち着いたようで、席に座り直した。


ふぅー……焦ったぜ……


「ちょっと晶……それで何のつもりよ、その格好……」


ぁ、そうか、説明しなければ……なんかさっきから柱に隠れてる兄貴からの視線が痛いし……。


「えっと……隠してたけど……私の趣味。時々男装して街歩いたり……その、電車に乗ったり……?」


痴漢に間違えられたとは口が裂けても言えんが。

 里桜は深く溜息を吐きつつ、笑顔で


「今度さぁ……その格好で合コン……」


「言うと思ったわ、絶対ヤダ」


そのまま里桜は私の手を取って握手してきた。

むむ、仲直りという事だろうか。


「晶ぁ……今日の事忘れないから……私の乙女心を弄んだ罪……キッチリ今度清算してもらうわ……」


ってー! コイツ根に持つタイプだな! 知ってたけど!

っく……何を企んでるかは知らんが笑顔が怖い……っ!

 

その時、後ろから肩を叩いてくる兄貴。

むむ、なんじゃ?


「晶……ごめん、兄ちゃんのせいだな……俺が男に生まれてこなければ……! 俺が姉として生まれてくれば晶は……!」


いや、いやいやいやいや! なんか変な方向に行ってる! 兄貴が迷走しまくってる!


「お、落ちつけ兄ちゃん! 全然そんな事ないって! た、ただの趣味だから! 女の子は皆、男の格好したくなるんだ!」


そうか? と冬子先生が小声で突っ込んで来るのが聞こえた。

いや、今はそういう事にして頂きたい!


 まあ、何はともあれ私のカミングアウトは終了だな……。

さて、そろそろ拓也を中に入れてやらねば。今は11月……この寒空にいつまでも放っておくわけには……。


 そっとポケットから携帯を取り出し、拓也にワンコール。

さてさて、皆の衆、ここからが本番だぜ……。私よりも遥に破壊力のある拓也の女装に悶えるがいい!


 カラン、とカウベルの音を鳴らしながら扉が開く。

入り口に立つのは当然だが拓也。


手筈通りに私は拓也を接待しに目の前へ。


「お嬢様、御一人様ですか?」


「……はぃ……」


小声で返事をしながら頷く拓也。


心なしか震えている。

寒いのか、女装が趣味という事をカミングアウトする事に心細くなっているのか。


「お嬢様、どうぞこちらへ……」


私はそっと拓也の手を取り、袖から出た細い指を温めるように包み込む。


大丈夫だから、安心しろ、私が着いてる。


その冷たい手を握りながら


私は拓也の耳元で呟いた。


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