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11月23日 (木)
本日は琴音さんの退院パーティー……の筈だったんだが、なんだか違う方へ行っている気がする。
というのも、冬子先生が妊娠したのだ。もう皆、子供の名前をどうするのか、とかで話題が持ちきりだ!
しかし琴音さんも嬉しそうに冬子先生を祝っている。
本人が嬉しそうなら別に私が気にする事じゃないか……。
「あきらぁ……」
そこに死んだ蚊のような声で兄貴が話しかけてきた。
なんだろう、むっちゃ落ち込んでる?
「兄ちゃん……もうダメだ……なんで子ウサギを子マントヒヒなんて言っちゃったんだ……」
いや、それはこっちが聞きたいわ。
どっから出てきたんだ、マントヒヒ。
「それはそうと……あの小学生みたいな人……確か琴音さんが事故に遭った時の……」
あぁ、うむ。その通りでござる。
そういえば兄貴一回会ってたもんな、病院で。
「そうか……子共かぁ……晶もいつか……」
おいマテ。まだまだ先の話だぞ。っていうか結婚するかどうかも分からんし……。
その時、再び来訪者が現れた!
むむ、次は誰じゃ……と中に入って来たのは……
「お邪魔するわ! 今日の主役は何処!?」
凄い偉そうに入ってきたのは里桜の義理妹、堺 涼ちゃん。傍らには春日さんと蓮君も居る。
しかし今日の主役は……一応琴音さんだったが、なんだか冬子先生に乗っ取られ気味だ!
ここで皆に今一度再認識してもらうのはいいかもしれない。結構ナイスなタイミングだ! 涼ちゃん!
心の中でGJサインする私。
そして我先にと、央昌さんが涼ちゃんの接待へ。
ふむ。流石専属執事……そんなシステム無いけど、涼ちゃんは央昌さんじゃないと泣いてしまう。
なんて我儘で可愛いんだ……私的に今まで会った美少女ランクで堂々の二位だ。
ちなみに一位は女装した拓也。
央昌さんは涼ちゃんへ、今日の主役は琴音さんだという事を伝える。
無論、涼ちゃんは当然知っている筈だ。今日の主役くらい。
だがあまり親しくも無い琴音さんへ、いきなり祝いの言葉を述べるのはキツかったんだろう。
琴音さんの所へと涼ちゃんを案内しつつ、紹介する央昌さん。
「ぁ、私は知ってるよ~ 常連さん同士だもんね~」
ふむぅ。確かに琴音さんも執事喫茶の常連だ。拓也が居るから……。
それに対して涼ちゃんも常連だ。 央昌さんが居るから……。
「は、はじ……はじめっ、はじめましって……!」
ってー! どうした涼ちゃん! いつもの偉そうな態度は何処行った!
なんでそんな緊張でガッチガチなんだ!
「こ、こんかいは? 命に別状なく……? その……とっても元気そうで……なんていうか……っ!」
ダメだ! 涼ちゃんの日本語がおかしい!
琴音さんはニコニコしながら聞いている。もう完全に楽しんでるわ、あの人……。
しかし、そんな涼ちゃんへ強い味方が現れた。私の妻、春日さんだ。
「ほーらっ、涼ちゃん、ケーキ作って来たもんねー? 皆で食べようよー?」
むむっ、そうなのか。
確か敏郎さんと洋介さんも用意していた筈だが……。
まあ、ここは当然……涼ちゃんが作ってくれたケーキ優先だな。
「わ、私は作ってなんか無いわ! 春日がほとんど作っちゃったんじゃない!」
「そんな事ないよー? 小麦粉まみれになって頑張ったじゃないー」
なんか萌え! それ凄い萌え!
すると涼ちゃん家の専属執事だろうか、燕尾服を着たオッサンがホールケーキを持ってきた。
って、このオッサン……里桜のパパさんじゃないか。
里桜も何してんだ、このオッサン……という目で父親を見ていた。
そんな視線を回避しつつ、テーブルの中央へホールケーキを置くパパさん。
むむっ、なんか……クリームの塗り方が……均一じゃない。
なんだこの……ジャガイモみたいなケーキは。
「ウフフ、クリーム塗りは涼ちゃん担当しましたー」
春日さんの解説で、その場にいる全員が納得しつつ頷く。
同時に可愛い物を見る目で涼ちゃんへ視線が集う。
「な、なによ! 不細工で悪かったわね!」
いやいや、違うのだよ涼ちゃん……。
不器用な女の子が作った、形が歪な御菓子……。
これ以上の感動があるだろうか! 男性諸君なら分かる筈! 私は女だけども!
その時、突然執事喫茶内の電灯が落とされた。
そして琴音さんへスポットライトが。
「へ? え? ナニコレ……ちょ、止めて! 恥ずかしい!」
あぁ、この演出は敏郎さんと洋介さんが考えた物だ。
央昌さん曰く、二人はお祭り好きらしいし仕方ない。
そしてここぞとマイクを手にする央昌さん。
『えー……本日はお集まり頂きありがとうございます……今宵は琴音お嬢様の退院祝いとして企画させて頂きました。というわけで……琴音お嬢様より一言、頂きたいと思います』
「え、えぇ?!」
いきなり振られて困惑する琴音お嬢様。
マイクを手渡され、何を喋ろうかと悩んでいる。
『え、えっと……今日はありがとうございます……カレー美味しかったです……』
……え? 終わり?
そりゃ無いぜよ! もっと喋るんだ! 今日は君が主役だ!
『んと……じゃあ……その……この場を借りまして……冬子さんにお礼を……』
目の前に居る冬子先生へと体を向け、琴音さんは深々と頭を下げた。
『あの時……冬子さんが居なかったら……私死んでたと思います……本当に……その……』
そこまで言って、琴音さんはブルブルと震えながら黙ってしまう。
尋常じゃない震え方だ。
そのまま泣きだしてしまう琴音さん。
そんな琴音さんを支えるように、後ろから拓也が両肩に手を置いた。
『事故で両親が死んで……私も……そうなってたらと思うと……怖くて……怖くて……』
……そうか。
琴音さんと拓也は九年前に事故で両親を失って……知ってるんだ。
残された人間がどうなるかを。
琴音さんがあのまま死んでいたら……拓也は一人だ。
私は琴音さんが事故に遭った、あの日……真っ先に連想してしまった。
残された拓也は自殺してしまうのでは無いかと……。
『だから……本当に……冬子さんは……私達の命の恩人で……』
冬子先生はそっと……琴音さんの頬を摘まんだ。
『いふぁぃ……ふゆふぉさん……』
「まあ何だ……とりあえず食え、ほら」
そのまま、まだ切ってもいないケーキをスプーンですくって、琴音さんの口に運ぶ冬子先生。
「美味いか?」
『美味しい……』
ふと、琴音さんの後ろに居る拓也を見る。
俯きながら泣いていた。
そのまま琴音さんに後ろから抱き付く拓也。
『拓也きゅん……高校生にもなって甘えんぼなんだから……皆に笑われるよ?』
しかし笑う者など居る訳が無い。
ここに集まったメンツならば何となく知っている筈だ。
この姉と弟が今までどんな思いで過ごしてきたのか。
両親を事故で失った二人
二人は知っている
残される痛みを
果ての無い痛みを
あの小さな手で
……二人は知っている




