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――数日前
琴音さんの退院祝い。
これをどう祝おうか、と私と拓也は首を捻っていた。
会場は執事喫茶でいいとして……問題はサプライズだ。
何かいい案は無いかの、拓也殿。
「うーん……姉さんの誕生日も比較的近いんですけど……」
むむ、琴音さんの誕生日? って、いつだっけ。
「12月10日なんです。まあ、一緒にやっちゃってもいいとは思いますけど……」
ふむぅ、誕生日と退院祝いを同時にやるって事だな。
しかしそうなれば、かなり盛大にやるべきだ!
と、いうわけで会議に央昌さんも強制参加させる私達。
ついでに客として来ていた里桜も。
央昌さんは快く執事喫茶を貸し切りにしてくれる事を許してくれた。
「なるほど、誕生日と退院祝いを同時に行うというのですね。ケーキや料理は敏郎さんと洋介さんに頼みましょう。あの二人もお祭り好きですから、快く了承してくれると思いますよ」
お祭り好き……敏郎さんはともかく、洋介さんはそんな風に見えない。
まあ、とりあえず形は整えれるな。あとはサプライズかー。
クリスマスも近いし……サンタに登場してもらうとか……
「ちょいと待たれよ!」
そこで里桜がなにやら待ったを掛けた。
な、なんじゃ?
「クリスマスはクリスマスでやったほうがいいと思うのよ。っていうか、ウチでパーティーやるから。琴音さんと彼氏も誘ってあげようじゃない」
里桜の言葉に顔を見合わせる私と拓也。
琴音さんと……彼氏って誰の事よ。
「え? 当然居るでしょ? あんだけ美人なんだから……」
「いえ……姉さん、彼氏は居ないと思いますけど……」
マジで……と驚いた顔をする里桜。
そんなに意外か? 別に世の中、彼氏いない美女なんて腐るほど居る……
「いやいやいやいや! 絶対居るって! 居ないわけないじゃん! あんだけ優しくて家庭的で……顔も良くてオッパイも大きい! 居ないわけが!」
いや、その代わり性格ちょっと変わってるけどな。
ん? そういえば里桜は……柊家の事情は知らんのか。
「何よ事情って……何かあるの?」
「ぁ、いえ……うちの両親、9年前に死んじゃって……それから姉さん、入ったばかりの医大辞めて……その……僕のために……」
一気に沈黙する一同。
拓也は焦りつつ「気にしないでください!」とフォロー。
「ま、まあ分かったけど……じゃあ彼氏紹介してあげよっか? 私のネットワーク使えばすぐに……」
ちょ、ちょっと待たれよ! お前のネットワークって……ダメだ! 合コンで遊びまくってる男だろ!
「何よ、その偏見……じゃあ……あんたの兄貴でいいんじゃない? 同じような事情で彼女居ないんでしょ?」
むむ、そう言われれば……兄貴も父親が居ない私の為に色々やってくれてるし……。
大学の授業量や生活費さえも出してくれてるのだ。
「そう考えたら一石二鳥じゃない? 琴音さんにも彼氏できるし……大地さんにも彼女出来るし。あんたらもういい大人なんだから。もう姉兄居なくても生きていけるっしょ」
再び顔を見合わせる私と拓也。
まあ……元々はその為にバイト探してたわけだしな。
そしてめでたく良いバイト先も見つかったし。
「じゃあ決まりね。今度の誕生日兼、退院祝いパーティーは……琴音さんと大地さんのお見合いパーティーって事で……」
いや、それあからさまにやる気か?
うちの兄貴は言っちゃなんだがヘタレだぞ。琴音さんみたいな美人を前にして……まともに喋れるとは思えん。
「それなら私に妙案があります」
そこで我らが雇い主、央昌さんが提案する。
むむ、妙案とはなんぞ?
「大地さんを執事として紹介するのはどうでしょうか。役割があれば、大地さんも琴音さんと違和感なく喋れる機会もあるはずです」
成程……確かに。
執事としてなら、兄貴も喋らないわけには行かないしな。
「私と拓也君で大地さんをフォローしつつ、晶さんと里桜さんで琴音さんをフォローするというのはどうでしょう。それぞれ執事とお客様と言う事で」
ふむぅ、それなら不測の事態にも対応できそうだ!
さすが央昌さん!
「ではそれで段取りを組みましょう。しかし琴音さんは我が執事喫茶の常連客です。生半可な執事ではすぐに偽物だと見破られてしまうでしょう。その辺りは晶さんが仕込んでくださいね」
仕込むって……え、兄貴を? 執事に?
うーん……力仕事なら問題無さそうだけど……。
うちの兄貴はとにかくヘタレだからなぁ。
客商売とか絶対無理だろうな。
11月23日 (木)
そんなこんなで当日。琴音さんの退院日。
琴音さんを無事に執事喫茶へと連れ込み、私と里桜、そして琴音さんの三人で同じ席へ。
春日さんはこの後、里桜の妹である涼ちゃんの御世話をしに帰らなければならないそうだ。
あとでまたパーティーに参加するそうだが。
「ごめんねー、あとで絶対くるからー」
そう言いながら執事喫茶から出て行く春日さん。
むむ、央昌さんとも普通に顔合わせてるな。もう二人の関係は大丈夫なんだろうか。
まあ大丈夫か……。二人とも、息子の蓮君を想っての事だし……。
「い、いらっ、いらっしゃいませ……お嬢様方……」
私達の席へと、オシボリを持ってくる兄貴。
あかん、緊張でガッチガチや。琴音さんの顔をチラチラと見ている。
なんか怪しい人になってるぞ、我が兄。
「あ、どうもー……ん? どこかで……お会いしましたっけ?」
兄貴の顔を見て、琴音さんは首を傾げる。
いや、会った事など無い筈だが……。
「い、いいえ! 初めてですわよ!」
兄貴! 混乱しすぎて貴方がお嬢様になってるぞ!
まずは落ち着くんだ!
深呼吸しつつ落ち着こうとする兄貴。
そんな兄を不思議そうな目で見つめる琴音さん。
「大丈夫ですか?」
「え?! ぁ、は、はい! 俺は元気ですよ!」
あかん、執事所では無い。
一度下げて落ち着かせるべきだ。
私は咄嗟に、兄貴が持ってきたオシボリを床に落とし……嫌味な客の様に
「ぁ、すみませーん、落ちちゃったから取り替えてきてー」
と言い放った! やべえ、我ながらムカつく。
しかし兄貴は助かった! と満面の笑みでオシボリを拾い、奥へと引っ込んだ。
「あんたのお兄さん……相当ヘタレね……」
私に耳打ちしてくる里桜。
むぅ……否定できぬ。やる時はやるんだが……。
「ぁ、晶ちゃん、メニュー取ってー。カレーって確かあったよね?」
ふむ。確かにカレーはあるが……
今日って自由にメニュー頼めるのか?
何か敏郎さんと洋介さんが妙に張り切って、特別な料理作ってるとか言ってたが……。
どれ、こんな時の執事だ。
テーブルの上にあるベルを揺らし、執事を呼ぶ私。
颯爽と現れたのは拓也だ。
「失礼します、お嬢様。お呼びですか?」
チョイチョイ、と拓也を私の傍に呼び出し、ヒソヒソと耳打ちする私。
今日って自由にオーダーできるん? と。
「出来ますよ、一応……。でも敏郎さん妙に張り切ってて……今ロブスター焼いてます……」
なにぃ! ロブスターだと!
私食べた事ない……しかし琴音さんはカレーを食いたがっている!
拓也! 何とか琴音さんにロブスターをオススメするのだ!
「任せて下さい、姉さんの扱いなら心得てますから」
おおぅ、なんとも心強い。
拓也は琴音さんに振り向き
「美しいお嬢様、本日のオススメはロブスターのチーズソース……」
「ぁ、うん。じゃあ私カレーで。晶ちゃん達どうする?」
拓也の本日のオススメが軽くスルーされた!
そのまま後ろ手に「ダメでした」と手でバツ印を作る拓也。
諦めるの早っ! 扱い心得てるとか言ってたじゃん!
っていうか、私がロブスター注文して琴音さんにオススメすればいいんだ。
「私ロブスターにしようかなー……ね、ねえ? 里桜」
「んー……実は私もカレーが食べたい気分かも……」
うぉい! 協力しろや!
敏郎さんが腕によりをかけてロブスター焼いてんだぞ!
しかし里桜はヒソヒソと
「あんた……琴音さんが食べたいって言ってんだから……それをなんとかするのがシェフの仕事でしょ?」
うぅ……大様のレス○ランみたいな事言いおって!
まあ、里桜が言う事は尤もだな……琴音さんが食べたい物を食べさせてあげないと……。
「じゃあ……琴音さん、執事のオススメカレーでいいですか?」
「ぁ、うん。私甘口がいいな、拓也きゅん」
はいはい、と伝票を打ち込む拓也。
すると、少し落ち着いたのか兄貴がホールへと再び入って来た。
しかしまだ緊張してる……よな。
どれ、ここは普段お世話になってる妹が……恋のキューピットになってやろうではないか。
「おい、そこの執事、ちこうよれ」
殿様のように呼びつける私。
兄貴は一瞬、野生の小動物のように震えつつ、ロボットダンスのような動きで近づいてくる。
「お、お呼びでしょうか、お嬢様……」
ほほぅ、言葉使いは大丈夫だな。
では琴音さんに何か命令してもらおう。
「琴音さん、何かこの執事にしてほしい事とかありますか? なんでもしますよ、今日は」
私のフリにビクつく兄貴。
何を言われるのかと怯えている! 大丈夫だ、琴音さんはちょっと変わってるけど、そんな無茶な事言う人じゃ……
「ぁ、じゃあ……一繋ぎの大秘宝取って来て」
なんて無茶言いやがる!
今は大航海時代じゃ無くてよ!
「分かりました! ちょっと行ってきます!」
待てゴルァ! 何処にだ!
そうじゃ無くて……もっと普通の、今してほしい事を要望するでござるよ、琴音さん。
「してほしい事……んー……」
じぃー……っと兄貴を見つめる琴音さん。
ぁ、やばい。兄貴の顔が真っ赤だ!
このままではまた大混乱に陥ってしまう。
「じゃあ……私の耳元で「お前はもう逃げられないぜ、子ウサギめ」って言ってください」
そういいながら髪を耳に掛ける琴音さん。
って……なんてレベルの高い事を!
そ、そんな事兄貴に出来るのか?!
しかし案の定、兄貴はガクガクと痙攣している!
オチツケ! 落ち着けば出来る筈だ……!
深呼吸しつつ、そっと琴音さんの耳元に口を近づける兄貴。
「し、失礼します……」
お、言うか? 「お前はもう逃げられないぜ、子ウサギめ」だぞ。
ちゃんと覚えてるか?
「お、お前はもう……逃げれないぞ、え、えっと……子……子……子マントヒヒ?」
ちょっと待て!
どっから出てきたんだ! マントヒヒ!
どう考えてもおかしいだろ!
「あははっ、面白いね、晶ちゃんのお兄さん」
うぅ、ごめんなさい、情けない兄で……
って、バレてる?!




