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 六月二日 (金)


 現在、執事喫茶のホールには沢山のお客さん……お嬢様で溢れかえっている。

しかも皆頼むのはシュークリームのみ。厨房と執事は大忙しだ。


「シュークリーム! ティラミス、ブルーベリー、プリン! 追加お願いします!」


厨房へと注文を告げ、シュークリームを運ぶ私と拓也、そして執事長である央昌さん。

時折、口元にクリームを付けているお嬢様を見つけると


「お嬢様……口元にクリームが……仕方ないですね」


と言いつつナフキンで拭う。

それをしながらオーダーを受け、次々と生産されるシュークリームを運ばねばならない。

忙しい……が、正直私は仕事よりも琴音さんの事が気になっていた。


 数時間前、拓也から琴音さんの事について相談を受けた。

その内容は


『実は……姉さんはかなり体に傷を負っていて……片手と両足、それに腰も骨折してて……。それに……顔にも酷い傷を負ってるらしくて……包帯でグルグル巻きにされてたんです』


拓也は泣きそうな顔をしながら、こう続けた。


『それで……僕、無神経にこう言っちゃったんです……生きてて良かったって……。そしたら姉さん……こんな状態になるくらいなら死んだ方が良かったって……そのまま僕、追い出されて……』


正直、私は琴音さんの口からそんな言葉が出るなんて思ってもみなかった。

私は拓也に、聞き間違いでは無いのか、と確認したくらいだ。


 だが、琴音さんは確かにそう言ったらしい。

拓也は相当ショックを受けている様だった。

きっと琴音さんも、事故にあったショックで言ってしまっただけだ。

拓也もそれは分かっている様だが、しばらくお見舞いに行くのは控えるらしい。


(私も控えた方がいいんだろうか……でも、琴音さんの為に何かしてあげたい……)


 

 琴音さんの事を考えながら仕事をこなす私。

とっても、今はもうシュークリームを運ぶだけの執事と化していた。

拓也と央昌さんはお嬢様にリップサービスするのに大忙しだ。なにせ口元にクリームを付けているお嬢様が多すぎる。


「執事さーん、注文いいですかー?」


「はっ! ただいま!」


またもやシュークリームの追加か! 太りますぞ!


「えっと……冷たいお茶ってあります?」


あぁ! 凄い気持ちわかる!

飲みたいよな! 甘ったるいシュークリームばっかり食べてたら!


「畏まりました……! 暫くお待ちくださいっ!」


そのままサーバーへと走り、冷たいお茶を汲む私。

ふふぅ、休憩する暇もない。

もしかして……毎日こんなに忙しいのか?


 その時、厨房から敏郎さんから声が掛かった。


「新人さん! ブルーベリー、プリン、ティラミスあがり!」


「は、はい!」


あぁ! と、とりあえず……お茶だけ運ばせてくれ!


「こんくらい一気に持ってけ! お嬢様を待たせるな!」


ひぃ! わ、わかりました!


 敏郎さんから愛の鞭を頂いた私。

片手にお茶、そしてもう片方にはシュークリームが山積みにされたお皿。

やべえ、少し傾けたら落下する……。

とりあえずお茶を運ばねば……。


「お待たせしました、お嬢様。冷たい麦茶でございます……」


「……? いえ、頼んでませんけど……」


なにぃ! ぁ、しまった! 違うお嬢様だった!

なんて失態を……


「ぁ、ついでに注文いいですか?」


ひぃ! ま、まってくれ! 今は……

 その時、颯爽と拓也が現れ「ここは僕が」と言いつつ注文を取ってくれる。

助かった……さすが出来る男は違うな。


「執事さーん、お茶こっちー」


「は、はい! すみません!」



 それから数時間後、時刻は午後九時。ようやく落ち着いてきた。

今は二人のお嬢様がシュークリームを頬張っているだけだ。


ってー! 里桜に涼ちゃん! まだ居たのか!

姉妹でこんな美味しそうなシュークリーム食べおって! 羨ましい!


「晶さん、拓也君。今日はもう上がっていいですよ。ご苦労様です」


「ぁ、はい……お疲れ様でした……」


拓也と共に休憩室に行き、とりあえずポットのお茶を汲んでパイプ椅子に座る私達。

うへぁー……疲れた。シュークリームしか運んでないのに。


「晶さん……シュークリーム食べますか? 確か敏郎さんが……失敗作冷蔵庫に入れとくって……」


「あぁ、うん。頂こうか……」


「じゃあ僕取ってきますね。待っててください」


う、正直、新人の私が動かねばなるまい。

しかし今は疲れて足腰が立たぬ……パイプ椅子に座ったら立てぬ……。


 それからシュクリームを頂き、何個かお土産にもらう私。

明日は土曜。いつもより少し寝坊が出来る。


現在の時刻は午後十時過ぎ。

バイトが終わったらお見舞いに行くのも良いな……と思っていたが、流石にこんな時間に琴音さんは起きては居ないだろう。それ以前に面会時間などとっくに過ぎている。


 そのまま拓也と別れ、バイト先から自宅マンションへ帰宅する私。


「明日……お見舞いに行くべきか行かぬべきか……」


うーん、と悩みながら鍵を開け中に入ろうとすると、何かとてもいい匂いが……。

って、え?! だ、誰だ! 誰かが私の部屋に居る!


兄ちゃんか? とも思ったが、玄関には女物の靴と子供の物らしき靴が。


ぁ、もしかして……


「ぁ、おかえりなさいー、晶ちゃんー」


「春日さん……た、ただいまッス……ビックリしました……」


ゴメンゴメン、と謝ってくる春日さん。

むむ、しかしこの良い匂いは……


「こんなに遅いとは思わなくてー……ハンバーグ作ってあるけど……食べるー?」


「食べます!」


「じゃあ先にお風呂入っておいでー?」


おおぅ、なんて出来た妻なんだ!

ぁ、それはそうと蓮君は? 


「もう寝ちゃったー、ごめんね? 晶ちゃんの寝室に勝手に布団敷いちゃった」


「あぁ、いえ。それは全然構いませんけども……」


とは言え、私の着替えは寝室にある。

取りにいくついでに寝顔を拝見しよう、そうしよう。


 そっと寝室の扉を開け、豆電球で照らされる部屋の中に蓮君が小さな布団の上で眠っていた。

ふぉぉぉ、可愛い寝顔でござる……。ほっぺつついてもいいかな……いや、起こしたらマズい、やめとこう……。

 そのままタンスから下着とパジャマを取り出し、寝室を後にする私。

するとその瞬間、寝室から蓮君のぐずる声が……。

や、やばい! 起こしちゃったのか?! と、そこに颯爽と春日さんが現れた!


「はいはーい、ごめんねー? よーしよし……コワクナイヨー? 晶お姉さんだよー?」


おおぅ、なんか癒される図だな。

しかしここは春日さんに任せて……風呂入ってこよう。

いい加減体から汗の匂いが凄い。もしかしたらそれで蓮君を起こしてしまったのかもしれんし。



 三十分程、風呂に入り上がる私。

リビングに行くと、ハンバーグ定食が並べてあった! な、なんて出来る妻なんだ!


「晶ちゃん、これシュークリーム? どうしたのー?」


「ぁ、バイト先で貰ったんです。良かったらどうぞ。厨房の人が失敗作だって言ってましたけど……味は美味しいままなんで」


どうやら生地からクリームがはみ出してしまった物など……らしい。

私から見たら全然OKなんだが……。


「ありがとー! わ、結構一杯あるね。明日蓮と一緒に食べるね」


どうぞどうぞ……と言いつつ箸を持ち、いただきます……と手を合わせる私。

箸で食べれるハンバーグか。びっくりド○キーみたいだな。


 そっとハンバーグを箸で割ると、中から肉汁が!

うぉぉぉ、なんだコレ! すげえ……


ご飯の上に一切れ乗せ、そのまま頂く私。

むむ……なんかピリカラ……熱い肉汁が口の中に……なんだコレ、肉が溶ける……。


「美味しい?」


「最高ッス……もう春日さん、家に住んでいいよっ!」


もう涙が出そうなくらい美味しい。

なんてこった……私の妻はここに居たのだ!

春日さんは俺の妻!


「ところで晶ちゃん……何かあった?」


ん?! え、何かって何?


「なんか無理やりハイテンションになってる感じがして……大丈夫? 悩み事?」


そうかしら……まぁ、琴音さんの事が気になるが……そんな不自然にテンション上げてたか?!


「だって……こんな普通のハンバーグでそこまで……」


「いや、全然普通じゃないですよ! その辺のレストランで食うより美味しいし……」


つい声を上げてしまい、蓮君が隣りで寝ていると思いだして口を塞ぐ私。

ま、まずい、また起きてしまう。私の妻の子が……あれ? ということは……蓮君って私の子供?


「違うよー? 晶ちゃんは誰と子供作るのかなー?」


「ま、まだ先の話っすから……」


誤魔化しつつ、ハンバーグを平らげ、添えてあったキャベツまでも完食する私。

腹いっぱいになった所で、春日さんに琴音さんの事を相談した。

事故に遭い、全身に重度の傷を負った琴音さんは、拓也に死にたかったと言い放ち病室から追い出した事を。


「拓也くんって……あぁ、あの可愛い執事さんねー? 琴音さんって言うのが……いつも拓也君をニコニコしながら見つめてた人かなー?」


「たぶん……そうです。綺麗な黒髪で……ストレートの……」


「あぁ、はいはい。あの子ね。事故に遭ったって……それって……ニュースでやってたよね?」


ん? そうなのか?

そういえば……ニュースとか最近見て無かった……。


「轢き逃げ事故でしょ? まだ犯人は捕まってないみたいだけど……偶然居合わせた人のおかげで助かったって……」


あぁ、その偶然居合わせた人が冬子先生だ。

あの時冬子先生が居なかったら……琴音さんは本当に死んでいたかもしれない。


「でも、弟君だから言えたんじゃないかなぁ」


ン? 何が?


「死んだ方が良かったって……言ったんでしょ? 琴音さんって人」


う、うむぅ。それで拓也もショック受けちゃって……

もうしばらくお見舞いは控えようとか言ってたな。


「それはダメだよー? 嫌われようが何しようが、お見舞いはした方がいいと思うけどねー?」


ふむぅ。その心は?


「だって……入院中って寂しいじゃんー。私も学生の頃……一カ月くらい入院した事あるけど……その頃、両親も友達も来てくれなくて……寂しかったなぁ……」


両親もって……普通来るだろ。


「んー……晶ちゃんだから言うけど……私、虐待されてたからー」


いや、あの……そんな明るく言わんでください……。


「ゴメンゴメン。でもまあ……拓也君の気持ちも分かるけどねー。大好きなお姉さんが事故に遭って……すっごく心配したのに、追い出されちゃったら……そりゃ引いちゃうよね」


そりゃそうだ。

しかも拓也は両親も亡くしてて、琴音さんが母親代わりだったんだから。


「そうなんだ……。じゃあ明日……お見舞い、行ってみる?」


ん? じゃあって……私が行ってもいいのかな……


「きっと……寂しいだろうし……言いたい事、沢山あるだろうから……それを聞いてあげるのもいいんじゃないかなー?」


ふ、ふむぅ……じゃあ春日さんも一緒に行ってくれる?


「それは止めといた方がいいかなー。見ず知らずの私が居たら……気使わせちゃうし、言いたいことも言えなくなっちゃうでしょ?」


そ、そうか。

そうだよな……。


「そうと決まれば……今日はもう寝た方がいいねー? ぁ、食べたばかりで寝ると太るかな……」


「春日さん……ありがとう」


なんとなく……私の中の霧が晴れた気がした。


明日、琴音さんに会いに行こう。


少しでも……あの姉弟の役に立ちたい。


いや、私もあの二人にもっと近づきたい。


私は素直に、そう思う。


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