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 五月二十二日 (月)


 冬子先生の家の玄関に並ぶ三人と一匹。

私、里桜、里桜のパパ。そして子犬。


「…………」


その四人組? の前には呆然と冬子先生が立ち尽くしていた。

冬子先生の視線は自然と一人の男性に注がれる。


あぁ、絶対……誰だ、このオッサン……って思ってる。


「誰だ、このオッサン」


ハッキリ言いやがった!

里桜のパパさんは照れ臭そうにしながら、そっと前に出て


「可愛い子だね~ えっと、お家の人は……」


あぁ! ダメだパパさん! お家の人は目の前に居るのよ!

不味い、冬子先生がブチきれてしまう!


しかし


「えっとぉ……パパとママは帰りが遅くてぇ……」


予想外にもパパさんに合わせる冬子先生!

私と里桜は同時にズッコケそうになるが、なんとか耐えた。

子犬は大きなアクビをしている。


「そっかそっか、どうしよう、里桜たん。冬子先生という方は留守みたいだけど……」


「目の前の人が冬子先生よ、親父殿。あまり舐めた口聞いてると後が怖いわよ」


そのままズカズカと「おじゃましまーす」と家の中に上がる里桜。

私も子犬を抱っこしつつ、里桜に続いてお邪魔する。


「えっ? ちょ、里桜たん?」


困惑するパパさん。無理もない。冬子先生は見た目小学生だが、実年齢は三十路間近なのだ。


「え、えっと……え? 冬子……先生?」


「初めまして、お父様。浜村冬子と申します。こう見えて、今年で二十九歳です」


うわぁ……なんか修羅場だ。

パパさん相当困ってるな。

しかし里桜は構わず冬子先生の家のリビングをガサ入れしている。


「うおっ、ちょっと晶! 冬子先生ゲーマーよ! ほら、セガ○ターンがある!」


マジか! 私も小学生の頃に少し友達の家で見ただけだ! やりてぇ!


「お、これって高校の卒アル? えーっと……冬子先生は何処かなぁ……」


ほほぅ、冬子先生……岐阜工業出身なのか。工業出て獣医って凄いな。


「あはは、冬子先生変わってないーっ、むしろ制服着てるから可愛い……」


そんな卒アルに夢中の里桜の背後に立つ冬子先生。

ガシっと里桜の頭を両手で鷲掴みし


「お前は……何しにきたんじゃー!」


「いだだだだだ! ごめん! ごめんなさい!」


里桜にヘッドロックする冬子先生。

おおぅ、見事に極まってるな。


 お決まりのガサ入れを終え、とりあえずリビングに集まる私達。

白い四角のテーブルを囲むように座りつつ


「で? なんで堺の親父まで居るんだ。手伝ってくれるのか?」


堺……忘れてる人も多いだろうから補足するが、里桜の名字だ。

パパさんは恥ずかしそうに頭を掻きつつ、冬子先生に申し訳ないと謝っていた。


「すみません、急にお邪魔して……いつも里桜がお世話になってます……」


「いえいえ、別に世話はしてないので。なあ、堺」


「そうですね、虐められて……ゴフッ!」


ぁ、里桜の脇腹に冬子先生の肘鉄が炸裂した。

すげえ痛そう。


「で、なんだこのケーキ。お土産か?」


里桜はブルブル震えつつ、ケーキの入った箱を持って立ち上がる。


「昨日は晶の誕生日だったんで……冬子先生、冷蔵庫どこ? ぁ、ご飯食べた?」


「冷蔵庫はここを出て突き当りを右だ。飯はまだ食ってない」


「じゃあ私と親父殿で飯作るわ。冷蔵庫の物、適当に使ってもいいよね」


おおぅ、マジか。少し腹減ってたんだ。

それにしても……結構仲よさげじゃないか、里桜とパパさん。


「別に構わんが……あまり散らかすなよ。じゃあ真田、お前は私とあっちだ。犬も連れて来い」


「おいっす」


子犬を抱っこして里桜先生に着いて行く私。

むむ、なんか渡り廊下的な所を通ると一気に病院っぽい所に! 


「っぽいってなんだ。正真正銘病院だ。この辺で犬遊ばせとけ。んで……」


なんかデカいダンボールを持ってくる冬子先生。

なんですか、それ。


「ちょっと年度別に分けて欲しいんだ。適当に放り込んでたらゴッチャになってな。頼んだ」


「え、えぇ! こ、これ全部っすか……」


ダンボールの中には、無造作に放り込まれたペット達の記録が山積みにされていた。

年度別って……これ今日だけじゃ終わらないぞ。


「誰も今日中に終わらせろなんて言ってないだろ。ボチボチ頼むわ。ぁ、そっちに新品のバインダーあるから」


うぅ、人使い荒いで……冬子先生。


 それから冬子先生は別の仕事がある、と立ち去り……私はじゃれてくる子犬と共に資料整理。

むむ、なんか蛇とかある。冬子先生色々見てるんだな。

しかし、ここの獣医……冬子先生一人しか居ないのか? 凄い大変そう。

何度も助手として来い、と脅されてきたが……冬子先生の気持ちも分かる気がする。


「これから……たまには手伝いに来るか……」


なんだか冬子先生の思う壺みたいな感はするが。


 小一時間、資料整理をし続ける私。

するとなんだかいい匂いがしてきた。むむっ、お肉の匂いが。

子犬も反応し、匂いがする方へと吠え出した。


「キャン!」


「はいはい、腹減ったのか? 偶然だな、私も減ってるぞ」


子犬と会話しつつ仕事をこなす私。

その時、病院内の固定電話が鳴った。むむっ、なんだ?

もしかして急患か? どうしよう、私が取っちゃマズいよな。


「冬子先生ー、電話ー」


「あいあい……今いくー」


別の部屋で仕事をしていた冬子先生が現れ、電話に出る。


「はい、浜村動物病院……ん? 琴音?」


ん? 琴音って……まさか拓也のお姉さんか?


「どうした? あぁ、別にいいけど……子犬か?」


サラサラと何やらメモりながら電話で話す冬子先生。

むむ、本当に急患っぽいな。


「了解、待ってるわ。外雨降ってるからな、気を付けろよ」


「冬子先生、急患?」


電話を切った冬子先生は私に振り返り


「あぁ。この前話した後輩からだ。なんか怪我した子犬拾ったから見てくれってさ。あいつの家からだと……ちょっと時間かかるな。その前に飯食っとくか」


ふむぅ、私もお腹空いたでござる。ついでに子犬も。


「キャン!」


「へいへい。じゃあ休憩すっか。堺親子……どんな飯作ってるんだろうな」


うむぅ、楽しみっす。

そのままリビングに移動すると、既に料理が並んでいた。


おぉ、なんか豪華な飯が並んでる。

から揚げに……おぉ、これはクリームシチューか。それにポテトサラダ、スイカまである!


冬子先生はメニューを見て、ポリポリ頭を掻きつつ


「容赦なく冷蔵庫の中身使いやがったな……まあ未来の部下の為だ、良しとしよう」


あの……それって私の事?


「当たり前だろ。お前の誕生日パーティーだろ?」


うぅ、なんか豪華なメシで買収されてる気が……。

そこにエプロン姿の里桜とパパさんが。二人仲良くパンダのエプロンをしている。


「ごめんね晶。あんたビーフシチューの方が好きだったわよね。冬子先生、気が利かないわー。クリームしか無いんだもん」


「うるせえ、私はクリーム派なんだ」


そのまま子犬のドックフードも盛り、それぞれテーブルを囲んで座る四人と一匹。

ジュースをそれぞれ注いで、里桜が乾杯の音頭を取る。


「じゃあ、晶……誕生日おめでとー」


「あざーっす」


紙コップに入れられたジュースで乾杯しつつ、料理に手を付ける私。

まずはシチューから……。


むむ、私はビーフ派だけど……これも中々……。

 美味しそうにシチューを食べる私を、ニコニコしながら見つめて来るパパさん。


「どうだい、晶ちゃん。そのシチューは里桜たんが丹精込めて作った物だよ」


ちゃん付けで呼ばれた! まあいいけど……。


「お、美味しいッス……。もしかしてから揚げは……」


「あぁ、僕だよ。といってもほとんど揚げただけ……」


ほほぅ、でも美味しいでござる。

外はカリカリ、中はジューシーで……。


 そのまま食事は続く。

時刻は午後七時前。げ、結構いい時間だな。今日は徹夜か……。


「…………ねえ、なんか聞こえなかった?」


その時、里桜が何やら耳を澄まして立ち上がる。

なんかって何でござる?


「いや、なんか……犬の鳴き声みたいな……」


犬? と皆揃ってドックフードを頬張っている子犬を見る。

すると子犬も何かに反応したかのように、トテトテと窓際へ移動した。


「キャン! キャン!」


ん? なんか外に向かって咆えてる。どうしたんだ?


「ぁ、もしかして琴音来たか? 子犬連れてるみたいだったからな……そいつに反応してるんじゃないか?」


冬子先生も立ち上がり、子犬と一緒に窓際に立つ。

しかし……いきなり窓を開け放つ冬子先生! え、ちょ、大雨降ってるのに!

ど、どうしたの?!


「キャン……キャン……」


ン? なんか違う犬の鳴き声が……。

さっきまで咆えてた子犬より、かなり弱弱しい。

私と里桜も冬子先生の後ろから窓際に立ち、そこに佇む子犬を見る。


雨に濡れ、泥にまみれている子犬がそこにいた。

そして、再び数回咆えると、トテトテと何処かに向かって歩き出す。


ん? どこ行くんだ?


冬子先生は何やら考え込んでいる。


「怪我した子犬……まさか……」


「え、どうしたの? 先生……」


「嫌な予感がする。親父殿、悪いがリムジン出してくれ。真田、さっきの部屋行って大きい方の救急箱持ってこい。里桜はここで待機」


それぞれ指示され、なんかいつもの雰囲気とは違う冬子先生に黙って従う面々。


 私もアタッシュケースのような救急箱を担いでリムジンに乗せる。

すると冬子先生は傘を指し、犬を追いかけ始めた。


「ちょ、冬子先生! どこいくの?」


私も傘を借りて冬子先生を追いかける。

そしてさらに後ろからリムジンがゆっくりと移動。

なんだ、冬子先生どうしたんだ。


「先生、どうしたの? なんか様子が……」


「いや、あの犬……私達をどっかに案内しようとしてる。私の気のせいだったらいいんだが……」


一体何がどうしたのだ……と、リムジンのヘッドライトを頼りに歩く私達。

むむ、子犬がまたキャンキャン吠え出した。

何だ、一体どうし……


「……え?」



赤い。


明らかに異質な色が辺りに広がっていた。


「琴音……!」


私は冬子先生の声に反応し、ゆっくりと、恐る恐る……犬が吠える方向へと目を向けた。


「……え? ぁ……」


田舎の道路脇、その草むらに倒れる人の姿。


道路のくぼみに出来た水溜りは、赤く染め上げられている。


「琴音……さん……」


リムジンのヘッドライトに照らされる女性。


その変わり果てた姿を見て……私は震えが止まらなかった。



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