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 五月二十二日 (月) 午後三時


 大学の講義が一段落し、三階の窓から中庭を見ると見覚えのある小学生の姿が。

いや、冬子先生だ。中庭で例の子犬と戯れている。

なんて微笑ましい姿なんだろうか。ちょっと私も混ぜてもらおう。


 手土産に購買でジュース、コアラの○ーチ、そして子犬用のオヤツを買う。

流石獣医大学だぜ、犬製品も充実している!


【注意:この小説はフィクションです】


 オヤツを持って中庭に行くと、子犬が冬子先生の膝に乗って甘えていた。

なんて羨ましい。私も冬子先生の膝枕で眠りたい。欲を言うなら耳かきしてほしい。


「ん? おう、真田か。どうした?」


「いえいえ、冬子先生が子犬と戯れてたから……なんとなく」


冬子先生の隣りに座り、コアラの○ーチを開けると子犬が反応した。


『え、それなに、それなに?』


と、興味深々だ! しかし君はチョコを食べてはならん。と言う訳で変わりにコレをやろう。

大きめのビーフジャーキーだ! さあ、食え! そして冬子先生の膝を私によこせ!


 ポイっと芝生にビーフジャーキーを投げ捨てる私。

子犬は勢いよく膝から降り、ジャーキーに食いついた。よくカミカミして食うんだぞ。


「雨、また降りそうだな」


冬子先生が空を見上げながら呟く。

ここ連日で雨が降っている。今日も朝方に降ったが、今は止んでいた。

しかし空は雲で覆われている。正直いつ降ってもおかしくない。


「真田、今日ヒマか?」


「え? まあ……バイトも無いんで……」


というか、まだシフトすら決まってないんで。


「じゃあ少し手伝って欲しい事があるんだ。ウチに来い」


「えー……めんどい」


ギラっと冬子先生の視線ビームが! 

ぐぅぅ、わかったでござるよ。


「よし、頼むぞ。資料整理なんだが……私一人だとゴッチャになりそうでな。ついでに色々教えてやる」


むしろそっちメインでは? 

ぁ、じゃあ里桜を道連れ……いや、手伝いを頼んでみようかしら。


「そうだな、人数多いほうがいいだろうし……ん? ちょっと降ってきたか?」


空に向かって手を翳す冬子先生。

むむっ、確かにポツポツ来てるな。屋内に避難したほうがいいか。


「真田、ちょっとソイツ頼む。私は教授に挨拶して先に帰ってるから」


「え? 頼むって……」


「いつもの所にゲージがある。それに入れてウチまで連れてきてくれ。頼んだぞ」


ええ?! 電車の中に子犬連れ込む事になるでござるよ!

困るでござる!


「た・の・ん・だ・ぞ」


そのまま去ってしまう冬子先生。

おのれ、なんか押し付けられた。仕方ない……。


「おーい、中入るぞー」


しかし子犬はオヤツに夢中だ! 


「仕方ないな……」


カミカミしてるジャーキーを取り上げ、そのまま誘導する。


「キャン!」


それ俺の! カエセ! と追いかけて来る子犬。

するといきなり雨が本降りになってきた。こりゃイカン!


「ちょ、やばっ!」


ジャーキーしか見ていない子犬を抱き上げつつ、屋内へと走る。

なんか雷も鳴りだした。危ない危ない。


「キャン!」


ガブ……と私の手を噛んで来る子犬。

こらこら、それは私の手だ。ジャーキーでは無い。

再び子犬にジャーキーを与えつつ、抱いたまま移動。

いつも冬子先生が学生を指導している部屋に行き、ゲージを見つけると中に子犬を入れる。

子犬は今だにジャーキ―を食い続けていた。


「まあ、大人しいからいいか。さーってと……里桜にLUNE……」


里桜に簡易メッセージを送る私。


『今日、冬子先生の家に集合。来ないと後が怖いのでヨロシコ(; ・`д・´)』


よし。

しかし……雨が酷くなってきたな。傘は一応持ってきたが、確実に濡れるなコレ。


 子犬が入ったゲージを持って部屋を出ると、携帯に着信が。

むむ、里桜か。


「はーい、もしも……」


『ごるぁ! あんた、私の事売ったわね?!』


え、何の事すか、分からないでござるよ。


『すっとぼけんな! あぁ、もう、アンタ、ケーキとジュース買ってきなさい! それで許してあげるわ!』


えー、私だって被害者なのに……。


『じゃあアンタはジュース! ケーキは私が買うから! 食いまくってやるわ!』


おい、どんだけ買ってくるつもりだ。


『じゃあヨロシコ』


そのまま切れる電話。彼女はただケーキが食べたいだけでは無いだろうか。

まあいいか。駅のコンビニでジュース買えばいいし。

それよりも大学から最寄りの駅まで向かうまでが問題だ。

少し雨止んでからの方がいいな。


 その時、再び着信が。

なんだ、次は誰……って、また里桜か!


「はいはい、どうしたー?」


『アンタ、今日私の家の車乗ってく?』


むむ、お迎えっすか? ありがたい! 乗ってく!


『はいはい、じゃあケーキ代出してね』


ぅっ……そうきたか。まあいいか。実は昨日……兄貴からお小遣い貰ったし……。

誕生日プレゼントに現金ってどうかと思うが。


『じゃあもうすぐ来るから。正面玄関で待ってて』


了解ッス、と電話を切る。

今日は車で帰れるのか。正直ちょうどいい。

そのまま冬子先生の所に向かってもらえるだろうし……里桜を道連れにして正解だったな。


 子犬の入ったゲージを持って正面玄関に向かう。

すると下駄箱にもたれて待っている里桜の姿が。


「おっす、里桜たん待った?」


「誰が里桜たんよ。もう車来てるから。行くわよ」


え、マジで。早くね? と玄関の外を見ると……なんか凄い長い車が……。

これって……リムジンって奴ですか?!


「目立つ車で来るなって言ったのに……まあいいわ、行くわよ」


「お、押忍……」


すげえ、お嬢様だとは知ってたけど……まさかこんなリムジンでお迎えに上がられるくらいの方だったとは……


「別に畏まる必要ないわよ。父親が勝手にやってる事だから……」


父親? まさか……と思いつつ運転席を見ると、にこやかな笑顔で手を振ってるオジサンが。

もしかしてあの人……


「父親よ。私の気を引こうと必死なのよ。まったく……」


そのまま一番後ろのドアへと入る里桜様。私も運転席のお父様に会釈しつつ中に。

うおお、すげえ、シートフカフカ……むむっ、なんだコレは! ブランデーか?!


「飲む?」


「いえ、大丈夫ッス……」


これから冬子先生の所に行くのだから……まさか酔っ払いのまま行くわけには……。

そのまま里桜は室内の電話の子機っぽいのを取り


「じゃあヨロシク。まずは駅前のケーキ屋に寄って、親父殿」


親父殿って……なんて呼び方してんだ、この娘は!


『はいはーい、愛してるよ、里桜たん』


って、なんて呼び方してるんだ! この親父は!


「あんたもさっき呼んでたじゃない……」


 そのままリムジンは走り出す。

揺れ一つ感じさせない。すげえ、兄貴のワンボックスとかグワングワン揺れるのに。


「それにしても……まだ梅雨の季節でもないのに良く降るわね」


リムジンの窓から外を眺める里桜お嬢様。

むむ、足なんか組んで……本当にお嬢様っぽいな! パンツ見えてるし。


「どこ見てんのよ。アンタのも見せなさい!」


ぎゃー! 中高生か! パンツの見せ合いはもう卒業したのよ!



 そんなこんなで駅前のケーキ屋に到着。

里桜は電話を再び取り……


「じゃあ親父殿。ケーキ買ってくるから。少し待ってて……」


「す、すみませーん……」


一応謝りつつ車から降り、ケーキ屋へとダッシュする私達。

ふぅ、凄まじいな。少し外に出ただけでかなり濡れたぞ。


「さーってと……どれにしようかなー……」


って、里桜さん。そっちホールケーキっすよ。


「別にいいでしょ? たまには……アンタ昨日誕生日だったんだし」


え、覚えてくださってたの?


「当たり前でしょ。一応親友なんだから。ぁ、すみませーん、このイチゴ沢山乗った奴くださーい」


むむっ、それ一番高い奴だぞ! ケーキ代は私が出すんだよな?!


「冗談よ、私が買うから。えーっと……あきらちゃん、誕生日おめでとうって書いてくれます?」


うおぉい! 今から冬子先生の所行くんだぞ! 絶対笑われる!


「いいじゃない、別に……ププ……」


お前既に笑ってるし!

ぐぅぅ、でもまあ祝ってくれるのは嬉しいし……まあいいか。

昨日はたらふく寿司食ってケーキ食べれなかったし。


 そのままケーキを購入し、再びリムジンへと走る私達。

再び里桜は子機を取り……


「じゃあ次……えっと、バイパス通って……交機の交差点右折して」


交機とは、交通機動隊の略だ。

この辺の人は皆そう呼んでいる。

そこを曲がれば、すぐにとんでもない田舎に出るのだ。しかし……このリムジン通れるのか?


「大丈夫よ、親父殿は元々バスの運転手だし。運転に関しちゃ右に出る者は居ないわ、たぶん」


『あざーっす!』


親父殿……褒められて嬉しそうだな。

っていうかバスの運転手だったのか。何があってノルウェーで涼ちゃん拾う事になったんだ。


「涼かぁ……可愛いんだけどね。甘やかしすぎて……ちょっと痛い子に育っちゃったのよね」


あぁ、何となく分かる。私も初めて会った時、泥だらけのユキダルマって言われたしな。


「何があったのよ。ま、まあ妹がゴメン……。でも基本良い子なんだけどね。今高校生なんだけど……虐められてる子庇って怪我してきたのよ、昨日」


え、え?! なんそれ! 


「もう大変だったんだから。親父殿は日本刀持ち出すし……私と春日さんで必死に止めて……」


むむ、そういえば……春日さん元気? 私のマンションから出てってから様子が分からないんだよな。


「まあ元気よ。蓮君もたまに妹と遊んでるわ。っていうか……妹が蓮君気に行っちゃって……。あの執事喫茶のお気に入りの店員に似てるーって……」


まあ似てるわな。息子だし。

 

 そんなやりとりをしつつ、リムジンは走り続ける。

二十分程して、冬子先生が獣医をしている地域へ。ほんと何も無いな。私の実家といい勝負だ。


『里桜たん、細かい場所分かんないんだけど……』


「その呼び方辞めろって言ってるでしょ。獣医よ。カーナビで検索して」


おおぅ、里桜様……凄い偉そう。

っていうか何でそんなに父親毛嫌いしてるん?


『それは僕から説明しよう』


ってー! こっちの会話筒抜けか!


『あれは十年前。まだ里桜たんが小学生だったころの話だ。僕は仕事が忙しくて、中々里桜たんに会えなかったんだ』


ふむふむ、で?


『それで、ある日……母親がインフルエンザにかかってしまってね。かなり高熱が出て、実際危なかったんだ。でも僕は仕事が忙しくて帰れなかった。その間、里桜たんは必死に母親の看病をしていたんだ』


なるほど、で?


『うん、それで……結局里桜たんにも母親のインフルエンザがうつってしまってね。その時ちょうど……僕はノルウェーから帰って来て、急いで里桜たんの元へと走った! でも、里桜たんは僕にこう言ったんだ』


うんうん、で?


『里桜たんは……「なんでもっと早く帰って来てくれないの?! お母さん、辛そうにしてた! お父さんのバカ!」って……』


ふむぅ、でも仕事だったんでしょ? 


『そうなんだけどね。でもその時、僕は涼を抱っこしてたんだ。それを見て、里桜たんは……僕が海外で浮気して子供を作って来た、と勘違いして……』


な、なんだって。


『それからだよ……里桜たんが……僕の事を「お父さん」と呼んでくれなくなったのは……』


なんという悲しいお話だ。

実際浮気じゃないんでしょ?


「そうかしら? 涼の父親だけ行方不明なんだけど……」


えっ、そ、それって……


『いやいや! DNA鑑定の結果だって見せたじゃない! 涼の母親は病気で亡くなって……父親は本当に行方不明なんだって!』


「DNA鑑定の結果なんてどうとでもなるわ。っていうか、私はそんな事で怒ってるわけじゃないの。親父殿」


『え?』


え?


「私はね。電話で何度も親父殿に帰って来てって訴えたのよ。でも仕事が忙しいの一点張り。妻と娘がインフルエンザで危ないって時に……何が仕事よ。ノルウェーで市内バスの講習受けてただけでしょうが」


む、むぅ。しかし……それがどんな物かは分からない私にとっては……何も言えぬ。


「って……友達の前で何話し出すのよ……。分かったわよ……呼べばいいんでしょ? お、おと……おと……お父さん………」


まあ、里桜ちゃんったら……顔真っ赤にして可愛い。


『あ、アザーッス! うぅ、里桜たん……良い子やで……』


そ、そうっすね……里桜たん、凄い不満そうな顔してるけど。



 そうこうしている内に冬子先生の家の前に到着。

おおぅ、冬子先生の家……なかなか豪邸だな。ゾウでも飼えそうな家だ。



 雨は降り続けている。



私は知る由も無かった。



この夜、悲劇が知人に襲い掛かる事を。


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