(10)
白熊大学。言わずと知れた獣医の大学。
本日、私は大学内にある小さな研究室で、実際に獣医となられた先生に色々と実践的な事を教えて頂いていた。私はこう見えて真面目だ。真剣に先生の話を聞きながら……
あぁ、コロッケ……今日はコロッケ……
「おい、話聞いてんのか。噛め」
「キャン!」
ガブッ……と私の手を噛んで来る子犬の柴犬。
ぎゃー! 痛……くない。痛きもちいでござる。
「ほら、さっさと虫歯探せ」
ふぁぃ……。
この先生は浜村 冬子。
名前の通り冷たい態度の人だが、実際は結構いい人だ。たぶん。
「今なんか失礼な事考えてるだろ」
「い、いえいえ、全然」
「つーか分かりにくいんだよ。地の文の部分がお前の発言なのか考えてる事なのか……ちゃんと「」使えよ」
んな事言われても……
「ほら、そういう所だ。今のは発言か? それとも心理描写のつもりか?」
「うぅ、冬子先生……冬のようなお方やで……」
言いつつ犬の虫歯を検査する私。
さあ、アーンしろ、アーン。
子犬の柴犬の口を覗く私。むむっ、口臭がキツイな。やはり虫歯はありそうだ。
「子犬の内から菓子やら何やらあげてるからだ。人間の食い物与えると虫歯になりやすいってくらい……常識だろうに」
ふむふむ
お、虫歯発見。ちょっと黒くなっている歯が……。
「よし、じゃあ交代。よく見てろよ」
「おいっす」
私が子犬の口を開かせ、冬子先生が虫歯を削って治療する。
ふむふむ、なんか怖いな。犬動くし。
「人間のガキだって動くだろ。よし終わり。お前詰めてみるか?」
おおぅ、やるやる。
再び冬子先生と交代し、象牙質用接着剤を削った部分に……むむぅ、中々難しい。
こら、動くな子犬!
「よし、いいぞ。中々筋がいい、お前今度ウチの病院に助手として来い。給料も出すぞ」
「えー……冬子先生怖いから御免被りたい」
「絶対来いよテメェ……」
うぅ、なんか凄い睨まれた。
治療を終えた柴犬が私の手をカミカミしてくる。
ふむ、私の手はデンタルボーンでは無くてよ! 子犬!
【注意:デンタルボーンとは、齧る事で歯磨きができる骨っぽい奴です。犬の虫歯や歯周病はマジでヤバイので気を付けてあげましょう!】
そのまま子犬を抱き上げゲージに戻す私。
そういえば……この子犬、何処から持ってきたんだ?
「知り合いのブリーダーの所からだ。なんならお前飼うか?」
「いやぁ、拙者には世話出来ぬでござるよ」
「なんで武士対応なんだよ、しばくぞ」
そのまま冬子先生の指示で、子犬の入ったゲージを運び出す私。
次の講義で特別講師をなさるのだ。
「そういえばお前、昨日大通りで執事みたいな男に絡まれてたな」
ん?! それって央昌さんの事か? 見られてたのか。
「車で通りかかってな。私の病院、瑞穂市なんだ。今度絶対遊びにこいよ」
「冬子先生寂しいの? 結婚とかすればいいのに……」
もうすぐ三十路だろう、早くしないと売れ残るでござるよ。
「もう決めた。お前ここ卒業したら私の病院来いよ。コキつかってやる」
私の進路勝手に決めないで頂きたい!
うぅ、でも就職先が早くも決まって良い事なんだろうか……とてつもなく不安だけど。
子犬を運び、冬子先生とも別れを告げる私。
さて、昼飯だ! 購買で弁当買ってよう。
「おーい、晶ー」
むむ、誰じゃ……と振り返ると、そこに居たのは里桜様。
おおう、ちょうど良かった。飯食おうず。
「飯かー。それはそうと晶、アンタ今夜ヒマ?」
「今夜? あいにく予定詰まってる。今日は美人が家でコロッケ作ってくれるのだ」
そう、春日さんが私のマンションでコロッケを……うへへ、ヨダレが止まらぬ。
「え、なにそれ……美味しそう。えーっ、合コンやろうと思ったんだけど……どうしよ、私もアンタの家行こうかな……」
え、マジで。
しかし合コンドタキャンするのか?
「別にいいわよ。相手三十路過ぎのリーマンだから。キャンセルしよ……」
ひでぇ! い、いや、ある意味リーマン救われたのか? 里桜という小悪魔から……。
「誰が小悪魔よ。私は大魔王よ」
里桜さん……ッパネエっす……
そういえば兄貴も来るんだった。里桜と会わせて大丈夫かな。
まあ大丈夫か……兄貴はどちらかと言えば年上好きだし、里桜は恐らく兄貴の好みじゃない。
とくに体の一部分が……。
「アンタ何処見てんのよ。そんなに私の胸が恋しいのか?」
「んー……ハグしたいでござる。していい?」
「却下」
そのまま里桜と共に購買へ。
私はかつ丼弁当を。里桜はサンドイッチを買い中庭へと赴く。
ふふぅ、購買のかつ丼弁当! 実は人気ですぐに売り切れてしまうのだ。
今日は運がいいのかもしれない!
「アンタ良く食うわね。夜もコロッケでしょ?」
「ん? 里桜こそ……サンドイッチだけで足りるの? 少なくない?」
「私はこれで十分なの。つーか太るわよ」
うっ……だ、大丈夫だ! 私は太らない体質だから……たぶん……。
「ぁ、そういえば着ぐるみバイトはどうだったのよ。行ったんでしょ?」
「あー……一時間でクビになった」
里桜は一瞬……時が止まったように固まり……
「っぶ……あはははっ! 一時間って……あんた何したのよ」
何したって……子供に絡まれてキレた。
「そりゃダメだわー、あんたは大人しく動物相手してた方がいいわよ」
「そうかも……ぁ、それでさー、執事喫茶の方にも行ったんだけど……知り合いが働いててねー」
里桜は一瞬……時がとまったように固まり……
「えっ……し、知り合いって……あの喫茶店の従業員!? 誰よ! あんたの知り合いって!」
え、え?! 何この食いつき……里桜行った事あるのか?
「え、えっと……眼鏡した身長高い人……」
あと拓也もだが……高校生が知り合いだと言うと色々と問題あるので黙っておく。
「それってクール眼鏡!? ちょ……紹介しなさいよ!」
はい!? なんでそうなる! お前カブトムシの彼氏居るだろう!
「……別れた……」
「え?」
「別れたのよ。あの男ダメね。金に物言わせて女買いまくってるのよ。携帯にやたら着信あるから……ちょっと調べたら女がゴロゴロ出てきたわ」
ま、まあアンタも人の事言えんと思うんだけども。
「私は金でなんて買ってないわよ。合コンだって割り勘よ? でも金払ってホテルに連れ込んで即ポイするような男なのよ。やっぱり金持ちはダメね」
ちょっと前は金持ってる男が将来有望とか言ってたくせに……コロコロ変わりますな。
「仕方ないでしょ、将来のビジョンなんてコロコロ変わるわよ。恋する乙女の場合は得に……」
乙女とか言いやがったか、この大魔王が。
そんな事やってると……里桜も冬子先生みたいに売れ残ってしまうぞ。
「あー、冬子さんねー。あの人も昔は遊びまくってたらしいよ。でも噂じゃ……本命の男に凄いフラれ方して、もう人間に愛想尽きたんだって」
凄いフラれ方? なんかホントに凄そうだな。
冬子先生可愛いのに。小学生みたいで。
「あー、あの人背小っちゃいよね。白衣来たら抱きしめたくなるレベルだよね」
「わかるぅー」
キャッキャと会話する私達。
だが、私達は気が付かなかった。背後に迫る飢えた狂犬に。
中庭の草を踏む音からして違う。
なんか凄い重圧感。
まるで白い悪魔が……両手にハイパーバズーカーを装備して出撃してきたような……。
「美味そうだなぁ、真田ぁ……」
その声に恐る恐る振り向く私達。
「ぁ……な、なんか寒いね……冬が来たね……」
「そ、そうだね……冬が……」
私は手を付けて無いカツを。里桜は同じく手を付けていないサンドイッチを。
それぞれ白い悪魔へと献上する。
「「どうぞ、お納めください……」」
「キャン!」
ん? キャン? ってー! 白い悪魔に献上する筈のカツを子犬が食いおった!
何故ここに居る! っていうか君はそんなんだから虫歯になるんだぞ!
「クゥーン……」
ベンチに座っている私の膝によじ登ってくる子犬。かつ丼は君には無理だ! ネギ入ってるし!
同じく里桜のサンドイッチにもタマネギが含まれている。危ない所だった。
「すっかり気に入られたなぁ、真田。で? 誰が小学生なみに背の小さい……売れ残りの三十路だって……?」
ギャー! 冬子先生! しっかり聞いておられたのですか!
里桜! 助けて!
「ぁ、私ちょっと次の講義の準備を……」
って、逃げるな! 裏切り者!
そんな里桜のミニスカを捲りあげる冬子先生! な、なにして……
「お前……遊んでる割りに可愛いパンツ履いてるな。もっと派手な方が男喜ぶんじゃないのか?」
「なっ、余計な御世話です! 男は白かピンクじゃないと興奮しない生き物なんですよ!」
そうなのか。非常に参考になるでござる。
ちなみに里桜のパンツはピンクのレースか。ふむふむ。
「何マジマジと観察してんのよ。そういう冬子先生はどんなパンツ履いてるんですか?」
言いながら冬子先生を抱っこする里桜! え、えぇ! なにしてん!
「今よ! 晶! 冬子先生のパンツを拝みなさい!」
「き、貴様ら! やめろコラ! 犬のエサにするぞ!」
それは怖いが……冬子先生のパンツも見てみたい。ごめんよ……冬子先生……。
ジーンズのベルトを外し、そっと脱がせる私。
うへへ、変態のようだ。
「まさしく変態だろ! お前絶対ウチで働かせるからな!」
ゴクっと唾を飲みこみつつ……そっと冬子先生のジーンズを下に……。
そんなこんなで大学も終わって岐阜駅に帰ってきました。
既に空はオレンジ色に染まり、厚い雲が綺麗なグラデーションを描いている。
さて、早くお家に帰ろう……今日の晩御飯はコロッケだ!
里桜は一度家に帰ってから再び家に来ると言っていた。里桜の家は愛知県の一宮市にある。
こっちの方に引っ越せばいいのに……。
そんな事を考えながら家路につく私。
その途中、なにやら道の隅っこで膝を抱えて蹲ってる子供が居た。
むむ、どうしたんだ。迷子か?
声を掛けるべきか……時刻は午後17時過ぎ。あと30分もすれば辺りは真っ暗になるだろう。見た目小学生低学年くらいの子を放っておいて良い時間では無い。
「おーい、どうしたー? 迷子?」
子供と目線を合わせるように、しゃがみこんで声を掛ける私。男の子か……なんかどっかで見た事のある顔だな。
「……うん……」
ふむ、迷子のようだ。
どれ、では交番までお姉さんと行こうではないか。
「ヤダ……」
ん? 何故だ! 交番だぞ! カッコイイ警察官が居るぞ!
「ヤダ……」
むむっ……動こうとしない子供。
だからと言って放っておけない。
「え、えっと……じゃあウチくる? お腹空いてない?」
コクンと頷く子供。とりあえず家で保護しよう。では行こうではないか。
そのまま子供と手を繋いで家に帰る私。
ふふぅ、可愛いな。手ちっちゃい……。
「お姉さん……おっきい……」
うむ、お姉さんはお姉さんだからな! 若干意味不だが仕方ない。作者の語彙力のせいだ。
10分程歩き、自宅マンションに到着。
ふむ、春日さんはちゃんと鍵を掛けているようだ。当たり前だが。
開錠し、扉を開けて男の子から先に玄関へ入らせる。
「ただいまーっ」
おおぅ、ただいまって久しぶりに言った気がする……。奥さんが出来るとこんな感じなのか!
「はーい、おかえりなさ……」
出迎えてくれた春日さんが固まる。
むむ? どうしたでござる?
「蓮……君……」
ん!? まさか……この子供……
「蓮君……! あぁ、会いたかったよぅ……元気にしてた? ちゃんとご飯食べてる?」
子供に抱き付く春日さん。
なんて偶然だ! うんうん、しかし良かった。これでめでたしめでたし……
「おばちゃん……誰?」




