後編
「いつにします?」
「……、2年後。
男でなければ、すぐにまた」
「女の子はいらない?」
「……可哀想で、愛せる自信がない」
「まぁ」
ピロートークらしからぬ言葉だが、雰囲気は甘く気だるい。
王族にあった日、舞踏会の日、嫌なことがあった日。いつもわたしを抱く。
激しく抱いてくれるのに、避妊だけは忘れない。
それにあと2年は子供を作る気はないらしい。
眠そうに揺蕩うヴォルフ様にキスをした。
親愛を込めた優しいだけのキス。
目を閉じたまま薄く笑ってくれる。わたしだけの、無防備な顔。
お付き合いいたします。死がふたりを分かつまで。
その先の地獄の業火に焼き尽くされるまで‥‥。
今日もまた、彼の寝顔に誓う。
だって愛しているから。
愛されているから。
鐘が鳴る。すすり泣く声が聞こえる。周りは黒一色。
香水の香りはない。化粧品の香りもない。
こんなに貴族が集まっているのに、夜会とは正反対。
同じなのは、心の中に抱えた打算くらい。
葬儀の場。
そう、やっと一人死んだ。
下の王女殿下と夫君が。
お二人の国庫からの莫大な使い込みが発覚し、しかし罪に問えないために事故死していただいたらしい。
いつの時代も王族、それに準じる方の印象とメンツは大事なようだ。
その罪を暴いたのが、夫のヴォルフ・アボットである。
有能さと脅威に気付いた陛下は、すぐさま夫に爵位を授けようとした。しかしながら、それを一言ではねのけた。
「見なかったこともできたこの罪を上奏致しました。その上、王族の方を失う結果になってしまいました。このように罪深い私ではいただけません」と‥‥。
国王陛下、王妃陛下、王太子殿下。皆が皆、言葉を失くしたそうだ。
それはそうだろう。この使い込みは皆がしていた。それをあの夫婦に押し付けた。
もし彼に爵位を押し付けようものなら、事実を解明され自分達も同じ道をたどる。いや、罪を擦り付けたのだからもっとひどいことになるだろう。
そう思ったのか早期解決の道を選び、事故死で処分し、葬儀をしめやかに行っている。
その決定が彼をもっと傷つけたとも知らずに‥‥。
その決定が彼をもっと非道にすることも知らずに‥‥。
「あんな葬儀で涙なんて流して。…可哀想だと思ってる?」
ふたりだけの帰りの馬車の中、走り出してすぐ問いかけられた。
「いいえ。自業自得だと思っています。同情すら持ち合わせていません。
そんなに泣きそうな顔をなさらないで。わたしはただ、さらに深くなったヴォルフ様の傷が心配なのです」
弱弱しく泣きそうな顔に手を伸ばす。
ああ、この人は不安で孤独なままなのだ。
他人より器用なのに。他人の倍以上、心が敏感で潔癖。
「昔誓いました。ロザリオ・アボットはあなたの味方。あなたにだけ誠心誠意尽くし、あなたのために動くと」
「そうだね」
「もし死がふたりを引き裂いても、その先の地獄で再び会いましょう」
「会えると思うか?」
「えぇ。だってわたしたち共犯でしょう?同じ罪を負うのです、きっと同じところに行きます」
安心したのか安らかな顔に戻り、膝枕で寝入ってしまった。
腿に感じるいつもの重さに安堵する。彼の髪をすきながらため息が漏れた。
できることならば彼の苦しみが軽くなりますように‥‥
そっと祈った。
「おめでとうございます!!女のお子様です!!」
計画通り、第一子が誕生した。
わたしは嬉しかった。男の子でも女の子でも、元気で生まれてくれれば。
慌ただしい部屋で横に寝かされた娘を見た。
長年待った愛する人との念願の子ども。
彼は愛してくれないかもしれない。
大丈夫、泣かないで。きっと私が幸せにするからね。
「女か…」
「はい、可愛い子です。目がヴォルフ様に似ています」
「そうか、なおさら可哀想な子だ」
「わたしがいます」
胸に娘を抱き、頬を撫でる。柔らかくフニャフニャしていながらも、しっかりとした存在感をもっていた。
抱いてほしいとは言えなかった。つらく悲しそうな顔の彼に、これ以上何も言えはしない。
「わたしがこの子を寂しいと思わせないくらい愛しますから…」
心配しないでください。その言葉は声になることはなく、彼を見つめることで返した。
彼は今、また王族の調査をし始めた。
きっと断罪の材料を探している。
ええ、わたしはあなたの味方でいます。この命があるその時まで。
この腕に抱く命を慈しみ、あなたの苦しみを軽くいたしましょう。わたしはあの者たちとは違うと証明してみせます。
ですから、そのときはご褒美をください。
生きているうちに
”愛してる”の言葉と
仮面夫婦の仮面の崩壊を‥‥。
奥さん視点終了です。
意味が通じない点もあるかと思いますが、いったん完結です。
読んでいただきありがとうございます!