花火大会
夕暮れは色を深く深く、朱色からビロードの黒に変えて。人の群れはざわめきながら、広場へ向かって歩き出す。僕はいちど、左手を見つめて、それをポケットに入れた。去年の今日手を握ってくれた、君の白い指先は、ない。
浴衣で着飾る女の子たちを見ていると、あの日の君のあでやかな赤い花模様が浮かんでくる。子どものようだねと笑いながら、水風船のヨーヨーを振って。
学校にあまり来ない君のことを、僕は不良なのだと思っていた。君はそれをずっと否定してこなかった。本当は違うのだと、君の代わりに皆に言えないだろうかと、僕は言ってみたけれど。
「いいんだよ」と笑うだけだった。そして、僕のことを「優しいんだね」と言って、そのあと黙った。
その時、僕の背中のほうで空が光り、続いて大きな音が響いた。君は立ち上がると、はじまったと大きな声をあげて、僕の左手を握り走り出した。
人の波を抜けて、河原の土手の上へとのぼった。僕は、花火を見ている君の横顔を見つめていた。赤、白、黄色と、花火と同じ色に変わっていく顔は、なぜか儚いと思った。
「わたし、来年まで生きられないみたい」
花火の合間に、君はそう言った。小さな声だったけれど、確かにそう言った。僕は何を答えただろうか、思い出せないけど、花火に消されてしまったことだけは覚えている。
花火が終わるまで、僕らは無言で空を見つめていた。そうして、空が静けさをとりもどしたころ、君は「花火っていいよね」と言った。みんなが楽しそうに帰っていくのを見ながら、本当に幸せそうに呟いていた。
僕らがそれから、分かれ道にくるまで、何を話したのかは、なぜか全く覚えていない。新学期が始まっても、君は学校には来なかった。そのまま、春に僕は卒業を迎えた。
悲しい知らせを聞いたのは、そのすぐ後だった。
そして今、空に大きな光の輪が広がって、大きな音が響きわたった。「はじまった」という君の声と、白い指先の記憶。今は遠くに行ってしまった君にも、きっと花火は見えているだろうか。