その37 セイジ視点、最悪な最期をもう一度
書きたかった部分だから、いろんな意味で酷いことになった。
――目はもう見えないはずだ。しかし、記憶からここがどんな光景であるかは予想できる。光がほとんど届かない暗い森だ。
腹から流れ落ちる命は、大地を赤く染めているだろう。
私は、今何が起きているのか理解できている。覚えている。『約束』は、果たされることがない。
恨んでいるわけではない。銀色の彼女が、これを望んでいないのは理解できていた。
「ヒトの子らが、あなたの縄張りに入り、あなたを襲わないようにいたします。だから、もうヒトを……わたくしの子らを襲わないでください」
あの時、一方的に交わされた『約束』を、私は覚えている。しかし、この『約束』は果たされることがなかった。私はヒトの子らに討伐され、命が尽きかけているのだから。
怖かったのだ、ヒトの子を丸呑みできてしまうこの巨体が。
怖かったのだ、私の縄張りを荒らし、返り討ちにあってしまった過去が。
「わたくしを、カーンラッチェを忘れてしまわれたのですか?」
初めて出会った時を思い出す。今まで出会ったことのない彼女を、私は覚えていなかった。
「カーンラッチェ、記憶は肉体に宿んだよ。コイツが前世を覚えていないのは当然だ」
「フォルヴォール兄さま、それでも……それでも!」
銀色たちの話によると、私が覚えていないのは仕方のないことのようだ。
私が忘れてしまったからか、頻繁に彼女は私の元へ訪れた。
私は、よく会いに来るその銀色のことが嫌いではなかった。特に、私が覚えていない、私に教えたというあの歌は嫌いではなかった。
思い出に浸り最期を待つ私を起こすかのように、声が聞こえた。あの銀色の声ではなかった。
『曲がることのなき強き願いを。地を震わすほどの強き願いを。相応しき代償と共に、願いを叶えるだろう』
願いが叶うならば、1つだけ叶えたいものがあった。その願いは――
『私』は目を覚ました。久しぶりに感じる頭の痛み、二日酔いだ。この体になって初めてだろう。『私』のささやかな願いが叶ったのか、この体は酒に非常に強い。
酒という単語で、1つ思い出したことがある。カーンラッチェ、この単語に覚えがあった。この宿屋の娘、カーラよりも前に、『私』はこの名を知っていたんだ。
ゲーム中、とあるNPCと『私』は懇意にしていた。
ミュランクラディオという長ったらしい名前の壮年の男性が営む酒場の常連に、その名前の人物は存在した。カーンラッチェと、フォルヴォールという名の双子で、年はミュランクラディオと同じくらいのお年寄りだ。
あのミュランクラディオが女神だというのだから、あの双子も実は神だったとしてもおかしな話ではない。
あの双子は『私』が酒場にいると挟むようにカウンター席に座った。そして、ミュランクラディオの妹自慢が始まったら、その矛先を『私』に向けて避難するのだ。
さて、二日酔いでも日課をしないのは非常に気持ちが悪い。私はいつも通り顔を洗い、朝の鍛錬の準備を始めた。
亭主に呼ばれ、朝食を食べに宿屋に戻ってみた光景は、まるで通夜のように静まり返っていた。
席には、レンと修、そして『白竜』が座っている。『白竜』たちもこの宿に泊まったのだ、部屋は違ったが。
レンの横にはカーラが立っている。おそらく、給仕のためだろう。しかし、顔色が悪いのが少しだけ気になった。
「え、あ……銃のオッサン」
レンと修が私の顔を見るなり慌てだした。途中ちらりと『白竜』に目配せし、それを見た『白竜』が業とらしく咳をした。
「あーうん、えっとね。昨日、体の交換の話をしたよね。それで! どの種族がいいか話をしていたんだ。別に『人族』に拘らなくていいからねー」
「そ、そうそう! 俺は『魔種』のエルフになろうと思ってるって話してさ。し、修はどうするんだっけ?」
「あ、はい。あの、『竜種』にしてみようと思って、強そうですし……」
こちらが話す間もなく会話は続く。何を焦っているのかはわからないが、この場に『白竜』がいるのは丁度良かった。
「『白竜』、すまない。話があるから少し来てくれないだろうか?」
4人は顔を見合わせ、白竜』はやれやれというジェスチャーをして、立ち上がる。どうやら来てくれるようだ。
「で、話はなんだい?」
「『体』は自由に交換できるという話を聞き、1つ確かめたいことがある」
私は一度息を吐いた。『白竜』の言っていた話、ヒトは『魂』、『記憶』、『体』の3つで出来てるという話を思い出す。
「『魂』は交換可能だろうか? おそらく、私は半年も持たない。途中で壊れ、私とは呼べないものが居るだけになるだろう」
『白竜』が私をじっと見る。私がここにいるためには、この賭けに勝たなければならないだろう。『白竜』が私の知る女神との同類ならば、希望はある。
「そうだね、『魂』は交換可能だよ。ただし、『記憶』と『魂』の両方が人格に影響を与える」
「転生した『魂』を入れた場合、人格がどう変わるか試したことがあるか?」
『白竜』は私が言いたいことに気付いたようだ。転生の途中である私の『魂』は、転生するために壊れる必要がある。ならば壊し、転生させてから『魂』を入れてしまえばいい。
「もし、ないのなら……私を材料に試しては見ないか?」
『私』の知るミュランクラディオたちは退屈を嫌い、新しいことが大好きだった。退屈を紛らわす手段としてならば、『白竜』は気まぐれを起こしてくれるのでないかと思ったんだ。『白竜』はニィと笑みを浮かべ、私の胸に手を差し込む。血は、出なかった。しかし、何か掴まれている感触がある。
「いいね、面白そうだから、やってみるよ」
私が声を出すよりも先に、何か、壊れる音が聞こえた気がした――。
――願いが叶うならば、1つだけ叶えたいものがあった。
「果たされることのない『約束』を、私は覚えていたい。また忘れて、あの苦しそうな顔を見たくないんだ」
『その願い、叶えよう。女神カーンラッチェと交わした『約束』を全て留めることを叶えよう。代償はお前の来世だ。――お前に来世はない、お前という存在は『私』のものになるだろう』
何回、セイジは退場すればいいんだろうか。
主人公補正(不幸)が発動してるなぁ。




