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ハードボイルド(笑)に生きよう  作者: 最小
酒好きの銃使いと宿屋の少女
2/45

その1 もうちょっとマシなヤツ転移させなかったの?

ストックができたので上げてみた。

ストック切れるまでは毎日更新、その後は不定期予定。

 よれたスーツを着たオッサンが、深く深く暗い森の中で呆然と立ち尽くしていた。


 帽子により多少隠れた枯葉色の髪はあまり散髪屋の世話には成っていないのか無造作に伸ばしてあり、前髪は頬に当たっていた。そこから覗く瞳は紅茶色なのだが、髪が邪魔でほとんど見えない。そのわりに髭には拘りがあるのか顎を除き綺麗に剃ってあり、整えられていた。

 腰のホルスターには大口径のリボルバーがさしてあり、また左太股のホルスターには銃のような何かがさしてあった。そう、銃のような何かである。少なくとも実在している銃ではなく、ファンタジーを題材にした物語で出てくるような……妙なものを動力として弾丸以外を射出しそうな、そんな印象を与える物体だった。水鉄砲の方がまだ銃らしい形をとっているはずだ。


 このオッサンの名はセイジ、ホワイトドラゴンズというVRMMOだとかいうジャンルのオンラインゲームのアバター、つまりプレイヤーキャラクターだ。


 今の状況を説明しよう。

『ゲームのキャラクターの姿で異世界に転移しちゃった』だ。




 その事象によりセイジにとって困る事が3つあった。1つはゲームにおいてのセイジのスペックである。

 セイジはガチだの廃プレイとは無縁だった。週2、3回しかも長く遊ぶとしても4時間くらい、ぶっちゃけると全然強くない。セイジがこのゲームを始めたのは1アカウント内で好きな衣装を3つ作成出来るという特典があったからで、このよれたスーツもその特典で作成したものだ。

 セイジは『ハードボイルド』をテーマにこのキャラクターを作成した。何がどうハードボイルドなのか首を傾げるような見た目でも、セイジにとってはこれがハードボイルドだ。


 2つはセイジのジョブである。ガンナー、銃を使う職といえば良いだろうか。地雷職だ。

 装備品を自由に格納できるアイテムがあることにより、弓の完全劣化と呼べる性能になっているのだ。何せ、リロードなんてものもなく、矢を好きなタイミングで出せるだから当然だ。それだけならただの残念装備だか、ある仕様により一番使いたくない武器になってしまっている。

 その仕様の名は『メンテナンス』という。武具には耐久力というパラメーターが存在しており、耐久力がなくなると確率で壊れる。手入れ……つまりメンテナンスを行うことにより耐久力の回復ができるようになっているのだ。このメンテナンス、プレイヤーの操作を奪って現実で行うように手入れを始めるという、コントローラーなら他の事で時間を潰せるのでまだ許せるが間違ってもVRでやらせるものではなかった。自分の体を乗っ取られたい人などいないだろう。

 話を戻すと、銃という武器は他の武器より耐久が減りやすく、メンテナンスという糞スキルを頻繁に使わなくてはならないという問題があったのだ。

 ちなみにサブジョブというものがあるのだが、セイジの思い描くハードボイルドに合わせて格闘家となっている。装備の関係でガンナーと格闘家の相性は最悪だと付け加えておく。


 3つ。最後に、セイジとしては一番困ることなのだが……


 セイジの中の人は女だった。性転換、しかも元の年齢よりも上という、読者にとっても嬉しさのない事態が発生したのだ。




 さて、現時点のセイジは異世界に転移したという自覚はなかった。夢でも見ているのだろうと思っていたのだ。

 ゲームをしているのではないと理解できている理由はいくつかある。まず、匂いがするからだ。セイジの時代ではVR技術で五感をほぼ再現されるようになっているが、嗅覚は倫理的な問題により再現を禁止されていた。

(悪臭を再現したゾンビゲームが発売され救急車に搬送される者が続出して以来、VRゲームでの嗅覚再現が禁止された。VR技術での嗅覚再現そのものは禁止されていない)

 セイジは、己の手の甲を確認する。そこには、現実と勘違いしないようにとグラフィックレベルを下げられ、簡略化され見えないはずの『産毛』があった。


「いゃああああ。誰か助けてぇ」


 セイジの止まっていた思考を再起動させたのは、女性の悲鳴だった。それも近い。

 すぐ目の前に声の主は現れた、後ろに見知った化け物を引き連れて。セイジに考える時間を与えなかったのが良かったのだろう、セイジは慌てることもなく目の前の事態を対処することができた。


 それはただの反復的な作業であった。


 ホルスターからリボルバーを抜く。


 弾丸は化け物の眉間を貫く。


 化け物は倒れる――ここでセイジにとって予想外の結果が起こった。


 血が吹き出た。セイジはやっとここが現実であると理解したのだ。

『化け物を倒した』のではなく、『生き物を殺した』ことによって。




 彼女が助かった事に気付き、落ち着きを取り戻したのは半刻ほどたってからだった。必死に礼を言う彼女に対し、セイジはとりあえず答えた。


「君の安否に関わらずあの獣は私に襲いかかったろうから、気にしなくていい」


 セイジの考えるハードボイルドは、無償で助ける正義のヒーローではない。しかし、報酬を催促するのも格好悪いと考えているためしないつもりだ。そういったものを加味しつつセイジは言葉を続けた。


「ただ……君が礼をしたいならば、近くの村か町へ案内してくれると助かる。私は無報酬というのがあまり好きではないのでな」


 これのどこが『報酬を催促しない』に入るのが謎だ。少女はしばらく考えた結果、覚悟を決めたようにじっとセイジの目を見て答えた。


「あなたが気にしなくていいって言ったので、お礼はしません。

あなたに……依頼したいことがあります。依頼したいことは町までの護衛、報酬は町までの道の案内です」


 どうですかと挑むように上目遣いで聞く彼女はなかなかに強かだ。セイジは彼女のその姿を少しだけ微笑ましそうに見て答えたのだった。


「その依頼、受けよう」


 その少女は10歳くらいの子供であった。

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