その17 月が満ちた日
レンが来る前か、来たあとで今回の話を切り出すか迷ってた。
セイジの反応が薄いのであとにしたんだけどね。
レンが来てからそろそろ2週間ほどたつ。セイジはいつも通り起きだした。顔を洗い、髭を剃り、早朝の鍛錬のため1階に降りる。そして食事の準備をしている宿屋の亭主に挨拶をする。
「お早う亭主」
「ああ、セイジ。お早う」
イヌ科……おそらくココナ狼によく似た頭部がそこにあった。ヒトの体の上に、ヒトの頭がある位置に狼の頭があったのだ。セイジはその人物から聞こえた声に覚えがあったため、特に気にしないことにした。
セイジが知らない常識がこの世界には数多くある。コレが常識である可能性がある以上、過剰に反応すべきではないと判断したのだ。
「いや、反応ないのか」
「声で亭主であることはわかったからな」
心の中でセイジは「ふさふさになったな」と呟いた。当人は剃ったと誤魔化しているつるつるの頭に対する感想だ。宿屋の亭主は『夜種』の『人狼』であった。亭主は娘のカーラも『人狼』であることをセイジに話し、姿が変わるのは満月の日だけなのだと教えてくれた。
「『人種』のやつは大体コレを見ると驚くから、セイジも驚くと思ったんだがなぁ」
「私の見た目は『人種』と一緒だが、私は『異界種』だ。『人種』も『夜種』も私とは違う生き物なのだから反応も違って当然だろう?」
ぼやく亭主の言葉をさらりと流し、セイジは鍛錬へと向かったのだった。
「ひゃっ! なにするんですか、レンさん!」
「だって気になるんだから仕方ねぇじゃん」
レンはカーラの耳を触り怒られていた。カーラは父親と違い、耳の位置が獣の耳になり尻尾が生えているだけの、セイジたちの生まれ育った世界ではコスプレに近い見た目であった。セイジがカーラに対しての感想は「尻尾が2つ」であり、その視線は髪型と臀部から生えているふさふさしたものを行ったり来たりしていた。もちろんこれも心の中でのみ呟いたのだった。
「オッサンはコレ知らなかったのかよ」
「2人の反応を見る限り、ラゥガンが気を利かせたのだろうな。先々月や先月の今頃は町を離れる依頼を受けていて、町にいなかったのでな」
ギルド職員は昔に宿屋の亭主と冒険者をしていたので仲が良いのだった。
この地域のひと月というのは新月から次の新月までの間を指す。暦というものと縁のないセイジは特に気にしていないが、大体34日前後の周期となっているらしい。今の季節は夏だそうで、寒冷地であるこの地域では一番過ごしやすい時期だそうだ。昼は暖かいのだが空気が乾燥しているため夜はかなり冷える。レンは寒いのが苦手な方らしく、冬になったらどれだけ寒くなるのかと青ざめていた。しばらくして考えるのも嫌になったのかレンが話題を変えてきた。
「そうだ! オッサンって何歳なんだ?」
唐突であるが、月日の話をしていたから連想したのだろう。
「この姿は40から45の間をイメージして作成したな。お前は20代前半か?」
「19だよ。本当は年齢だけじゃなく性別もそのままにするつもりだったんだけどさー」
始めは自身と同じ性別でゲームを始める気だったらしい。同じ学校の友人とともにこのゲームを始める際、全員男なのはむさ苦しくて嫌だということになり、じゃんけんで負けたレンが紅一点担当となったそうだ。
「そういえばカーラは何歳なんだ? 10歳くらいだと思うんだけど」
レンがそうカーラに声をかけたとき、ピシリと空気が凍り付いた音がした。カーラはゆらりとレンの耳元に寄り、叫んだのだ。
「私は14歳です、子供じゃないんです!」
不機嫌さを隠しもしないカーラに対しレンはどうあやすか冷や汗をかきながら考え込んだ。ちらりとセイジの方を見たが、セイジは食事を終え銃の手入れを始めており、我関せずと見向きもしなかった。レンは腹が立ったので、カーラをセイジに押し付けることにした。
「なあなあオッサン。オッサンっていっぱい武器持ってるけどどんなのがあるか一度見てもいいか?」
セイジは鍛錬が終わったとき、銃以外の武器の手入れを行っている。そのセイジの様子をカーラが熱心に見ているのをレンは知っている。武器とセイジのどちらを見ているかはわからなかったので賭けではあったが、カーラの意識がセイジに向いたということは賭けに勝ったとみていいだろう。
「見てみたいなら出すが……見るか?」
「うん! 見る見る。カーラも見るよな!」
「あ、えっと。はい」
興味津々な2人に対しセイジはアイテムボックスを開いた。アイテムボックスとはその名の通り、アイテムを収納する箱のことである。タグが武器1つを取り出す機能を持った道具だとしたら、ギルド証は1樽分程度の収納能力を持つ箱を取り出す機能を持った道具だといえる。
このアイテムボックス、野営時に出すのもためらうくらいにスペースを取るため、机の上ではなく床に置くことになった。
レンとカーラがアイテムボックスを覗き込むと、収納しやすいように板で区分けされていた。防具や服を入れるスペース、食料や水などを入れるスペース、そして武器を収納しているタグを入れるスペースを見た2人の目が点になる。沢山の――それも100個は軽く超えている――タグの山がそこにはあった。ここにあるタグだけで武器屋が開店できるのではないだろうか。
「何か見てみたい武器があるなら探すから言ってくれ」
「わ……私、セイジさんが持ってる『銃』のいろいろなものを見てみたいです!」
とっさにカーラが答えた。2人が予想していたよりもはるかに多くの武器があったからだ。もしこれら1つ1つを全て紹介してもらうことになっては日が暮れるどころの話ではない。銃ならアイテムボックスではなく常備しているものだけで話を終わらせることが出来るかもしれないと、レンとカーラは互いに目配らせをしたのだった。
次はセイジが無駄に沢山所持している武器回にしたい。戦闘シーンがなさ過ぎて設定考えたのに無意味になってんだよね。
戦闘しろよと言われたらそれまでだけど。




