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縁の荒誕  作者: 鈴風 赤扇
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眠れる爽快な騎士

 


 目の前の扉が開き、視界が開けてくる。



 騒がしく話し合う男子や和気藹々とガールズトークに夢中な女子、本性を見せまいと必死に隠しているにもかかわらずさも楽しそうに談笑している男女、その他もろもろ。



 授業前は特にそうだ。授業が始まれば約一時間半孤独な戦いを強いられる。教授の話が耳から少しずつ抜けていき、かわりに睡魔という恐ろしい悪魔が体を、脳を支配し眠りに誘う。そうでなくても天からのささやきが聞こえるのか突如話したいことが頭に浮かぶことがある。葛藤と戦い敗れたものには集中しているであろう友の妨害に勤しみ、延々と話しに付き合わせる。全く恐ろしいものだ。やっかいなことは嫌いだが、俺はまだ一学生であると自覚している。……勉強は仕事なのだ。給料がもらえず、わずかに貯めてあった貯蓄が空に消えていく。まるで塵のように舞い上がり、またどこかへ落ちていくのだ。だが落ちた先は違う人が待ちかまえ、塵をせわしなく集める。そしてまたどこかへ飛んでいく……。



 学生の仕事が勉強であるなら、どうして俺はバイトをしていたのだろう。特に金には困っていなかったし、学費もなんとか払えるだけはまだある。……そうか親に認めさせたかったのか、俺は。バイトをして自分で金を集められるようになったと、もう子どもではないのだと証明したかったのか。



 遠くまで席を選びにいくのは面倒だな。教授の目線の先だがまあいいか。



 扉の近くで、教卓からかなり近くの席を選んだ。隣にはもちろん誰もいない。疲れきった身体を休めるため即座に腰を掛ける。先ほどから考えていることが妙に疼く。



 ……世の人は全くすごいものだ。ある人は家族を守るため、ある人はヴォランティアのため、なんかしら理由や目標を持ち、叶えるために努力する。とてもじゃないがずぼらな俺はそこまでは耐えられないだろう。……昨日のクビはしかたがないとしよう。



 ソプラノに近い音のチャイムが鳴り響き、戦争タイムが始まる。周りはまだ準備出来ていないのかざわめきが少々残っている。ざわめきは時が経つにつれ消え去り、沈黙が教室を包み込む。はずがそうもいかなかった。



「……今日も隣いないんだね、知曉。もちろん隣に座ってもいいよね」



「ああ、だけどあんまり邪魔すんなよ。一応まじめに受けに来てるんだから。っていうか普通に遅刻だぞ、山西」



「しょうがないよ、サークルの練習が思ったより長引いちゃってさ。先輩たちなかなか終わらないんだ。きっとまだやっているよ。知曉こそ寝坊せずきたんだね」



「今日は眠れなかったんだ。……全く恐怖の夜を過ごした」



 額を滝のように汗が流れるが、茶色い髪にへばりつきスポーツマン感が半端ではなく、爽やかな雰囲気が美男子というのに相応しい。そうこいつは世間一般でいうイケメンという名の勝ち組なのだ。ついでだがこいつとはやはり高校の知り合いで入学式の日にたまたま偶然出会った。同じサッカー部のエース兼キャプテンで試合になれば、鬼神と呼ばれるほどの攻めで圧倒し一人でも十分点が取れた。だが決して威張ることはなく、あくまでみんなで考えみんなで点を取ろうと毎日思考錯誤し、勝つことも大事にしながら楽しむのも忘れないやつだった。



 そんな彼がいま爽快な笑いを漏らしながら話を聞いている。笑った顔は実に絵になるものだ。基本的に美男子は苦手意識がある俺でもこいつならなぜかすぐに受け入れられた。……もしかすると自分でこいつにはかなわないと分かっていたのかもしれない。まあ、高校三年間同じ部活だったからかもしれないのだけれども……。



 彼、山西将吾はやってきて五分ぐらいしてからようやく授業の準備に取りかかった。スパイクのケースをほっぽり、見た目からは想像も出来ない汚さを兼ねそろえたバックの中から一瞬泥がついているのかと錯覚するノートを取り出し、なんでそんなところにペンと消しゴムが、というところから取り出した。彼自身はみんなこんなもんだろと思っているのかいつもこの様子を見て唸っている俺になぜそんなに見ているのかと訊いてくる始末だ。



 山西には気になることがあった。知曉はチームでも非常に活躍していた選手の一人だ。なぜサッカーをやめたんだ。どうして大学でもやらないのか、と。確かに知曉は人と関わり合うのが苦手なようだが、慣れてくると普通に話せるものだ。みんな誤解している。彼は性格に若干難はあるけれど、根はいいやつなんだ。……我慢出来ない。訊いてみるか。



「ところで知曉。大学入って約一ヶ月だけどなにかサークルに入らないの?」



「いきなりなんだよ。……いまのところなにも入るつもりねーよ。大学ではあまり人と関わりたくないんだ。一人でもやっていける。それに……人と人が集まると争いごとが起きるだろ。それが面倒なんだ。楽しくやっていても心の中では嫉みや怒りが渦巻いている時もある。巻き込まれるのなんて絶対ごめんだね」



「そ、そう。それは残念だな。また一緒にプレイできると思ったのに。チームの当てがないなら俺らのチームにこいよ。悪いやつはいないぜ。たぶん気に入るよ」



「わりぃ。いまはそんな気分じゃないし、言っただろ。人と人が集まれば集まるほどろくでもないことが起きやすくなんだよ。……授業に集中したい。授業終わるまで話しかけないでくれ」



 きつく言い過ぎただろうか。しかしあまりにもしつこすぎる。しつこいのも慣れていないのでやめてほしいものだ。



 一方山西は小さく「おう」と言い、練習の疲労が身体を貪りはじめたのか、斜めに腰を折り腕で円を作り上げ頭を伏せた。完璧に睡眠モードに入り、先ほどまで机上にあった文房具が端に寄せられていた。



 ……一体ノートを出す必要があったか?。そもそもこの授業は出席をとらないのだから来た意味さえも謎である。まあ、当初はまじめに受けるつもりだったんだろうけれども……。あまりにも早く寝すぎではないか。 見なくても分かる。こいつはもう夢の中だ。いびき特有の音が聞こえてくる。周りが気に掛けないということは大きな音でないのは確かだが、話かけられずに妨害されるとはさすがに予想外だ。……しょうがない。このまま授業を受けるか。



おしゃべり時間が長すぎた。通常より若干大きな黒板には白い文字が並び、すでに半分を占めていた。



 ……えーと、今日の授業の話題は……宗教か。宗教といえば俺にはあんまり縁がないが、しかし神頼みになるのはなんだか分かる気がする。実際一日の半分以上は神頼みだし。神がいないとわかっていても祈ってしまうのが人間ってもんだ。まあ、存在自体は信じていない。大抵は祈っても叶わないし、事態の悪化さえ引き起こしたこともあった。最も日本は神と仏も混じっているうえにキリスト誕生祭までも行うのだから、もうなにがなんだか分からん。全部の神を集めたら、全能の神だけでも数柱は集まるだろう。そうなれば喧嘩でも始まるのか。……考えると妙に滑稽だ。昨日の敵は今日の友のように争いのあとは皆兄弟とか言う出しそうだ。地域が違えば考えも違う。当たり前といえば当たり前だが、グローバル化が進むにつれおかしな感じになっていった。……ここまで考えておきながら神を信じていないというのはどうだろう。やっぱり少しは信じているのかもしれない。いや、いてほしい、是非とも。



 一人妄想に入ってしまい、またもや授業の内容が飛んでいく。少しして我に戻り、授業に集中商都試みる。教授の説明が溌剌と飛び交う教室内は言葉が反響し、活気づいていた。そんななかで熟睡できる山西もすごい。起きる気配はやはりなく、体勢も全くと言っていいほど動いていない。こんなに疲れているのは初めてといっていいだろう。全くどんなハードな練習しているのか。高校も練習もまあ大変だったけれど、山西は俺が知る限りでは一度も授業を寝たことはなかったはずだ。……だんだんどんな練習しているのか気になり始めたぞ。……よし、起こして訊きだしてやろう。



 手と手を重ね合わせ、そうまま左右に引き離し引力で引き合うように素早く元の位置まで移動させた。……予定ならばここで爆音がなり、山西を起こせるはずだった。だがその計画を破棄されたのは意外にも教授の説明だった。



「……キリストはユダヤ人でなにかと生きていくのに苦労していたのね。でもね諸君、キリストは隣人を愛せと言ったんだよね。自分が虐げられていたとしても、自分たちの部族が迫害されていても決して他部族に復習すること無く、裏切りもののユダにだって許しを与えたんだよね。世界平和、キリストはみんな仲良く暮らせる世界を目指していたんだよね。こんな人なら神格化されてもおかしくないね。ムハンマドがキリストのことも尊敬に値すると言うのもうなずける話なのね。……古代から宗教は誰かを救ってきたね。君たちも誰かの神になれるよう努力してみたらいいね。では黒板の話に……」



 嘘だろ、イエスはそこまですごかったのか。とても俺には無理な話だな。隣人を愛せという前に親とも仲良く出来ていないではないか。そう思うとなんだか悲しくなった。と思ったが共感は無理だ。俺が信じたものはすべて反対になる。楽しいことも期待していたことも、結局は中止になったり思わぬ邪魔が入ったりと憎しみばかりが募る。最近では人間だけで無く、自然現象までもフラストレーションの原因になる。ようは切れ症なのだ。いままではあまりに多くの反対事項にいらついていると思っていたが、そうではないらしい。少しづつきづき始めている。気づき始めているといってもたいした進歩ともいえず、いまのところは自分の運が悪すぎていると思っている。だがこの思考が今後大幅に改善されるなど、この時の俺には全く想像も出来なかった。



 教授の言葉は重々しくのしかかり、気分は一限だというのに最低ラインまで下がっていた。このあとまだ三限あると思うと精神的にどうにかなりそうだ。……神よ、どうか救ってください。

 ああ、また気づけば神頼みか。もうそろそろ叶えてくれてもいいじゃないか。八百万というほどいるのだから、一柱にぐらいあたればいいのに……。



 教授は授業のラストスパートでいっそう白熱した説明をし、語っている。それにかき消された声が聞こえた気がした。誰かが談話でも始めたのか? でも周りに話していそうな人はいないしな。聞こえた声は確か

「やはりあいつは駄目だな。……今夜でも始めようか。これであの世界も救われればいいのだけれど」だったな。最新の中二病かなんかか。奇妙なことを考える者もいたもんだ。楽しいならいいんだけどな。



 いつもならどこかから睨み付けられている感じがしたかもしれない。生憎というべきか、昨日の目不足が仇となり気づけなかった。



 授業が終わり、ようやく目覚めた山西と軽く会話をする頃には不気味だった声も忘れ、眠さと怠さだけが意識を支配していた。

 


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