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縁の荒誕  作者: 鈴風 赤扇
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悪魔のささやき

 


 暗闇に紛れると心が落ち着く。なんとなくは分かっている。これは人と関わらなくても良いと言う安心感からだということを。

 


分かっている。こんな自分を変えていかなければならないことなど。だが現実はそうもいかないものだ。俺が人と関われば必ずどちらかが傷つき、関係は自然消滅していく。……心のどこかではもう諦めてしまっているのかもしれない。変えようとしても無駄だということを。

 


落ち着かない気持ちを抑え込むように速く、強くペダルを踏み混む。車輪のうなりが聞こえるがそんなことは気にもとめない。どうしようもないこの気持ちをなんとか遠くへ持って行きたかった。だから速く強く漕ぎ、無の境地に入ろうと試みる。結果は分かりきっている。離れるわけもない。



 畜生。なんで、なんで俺は……。こんな不幸を被るのだ。なんで他の人はあんなにも楽しそうなんだ。教えてくれよ。俺はどうすれば楽しく、幸せに暮らせるんだ。



 悲痛な思いは俺を蝕み、やがて他人への憎悪に変わっていく。そんな自分に気づいてはまたなにかを恨み、決して自分が悪いとは思わない。あくまでも環境や状況が悪かったと思い、欠点があったとは到底思えなかった。



 他人から見ると実に滑稽だろう。自分の不幸を嘆き、しかし自分には非はないと思い込み自分を変えようとしないのを見ていると。青春時代はそんなもので、理由もなく自信が溢れてくる。うまくいかなければ、無性に腹が立ち、攻撃してしまう。負の連鎖の始まりだ。やがて自分の愚かさに気づき変えていくのが一般的だが、俺は違った。傷つけ合いを嫌がり、自分の世界へ引きこもった。年は高三の時だ。そのせいもあり、俺の精神年齢は他と比べると幼い。人間関係を無下にした天罰といえば良いのか、とにかく人と関わるとろくでもないことが起こる。ただしそれは自分自身がそう思っているだけであって格別不幸ではないし、ろくでもないことは結果的に自信で起こしている。……俺がそれをゆめゆめ気づくことなど無い。



 行く時はきつい坂は手のひらを返し、帰りは超がつくほど優しい。自転車はスピードをあげ、風が敵対するように向かってくる。それでも俺はペダルを漕ぐことをやめない。やめられなかった。やめればそこで憎悪が沸いてきて、やるせない気持ちになる。



 なにも考えず、一心不乱にペダルを漕ぎ、加速していく。人や車が前方にいればかなりやばい状況になっただろう。行きに通った畑を横切り、坂の終わりが見えてきた。



 俺の家はこの坂を真っ直ぐ進んで約百メートルくらいの場所にある。まるで某魔法学校のような外見のかなりの大きさのマンションがそびえ立つ。五千世帯は住んでいる。レンガ造りの側壁はまるで中世ヨーロッパを想起させ、三本に分かれている棟一つひとつにエントランスがついている。棟のてっぺんはというと緑と蒼が仲良く絡み合うような色合いになっている。値段もそこそこし、俺の一家は非常に裕福だった。



 自転車を棟指定の置き場へ駐め、俺はエレベータへと向かう。階段は近いがかなり面倒い。なにせ七階まで上らなければいけないからだ。少し離れた場所にあるエレベーターを使わないと俺の足がもたん。



 なんとも情けない根性だが仕方が無いことといえば仕方が無い。今し方人生初のクビを味わった。まだその余韻が残っていた。



 俺はエレベーターで七階まで上り、やがて家にたどり着く。



 ……なんだかいつもより疲れたな。精神的にも疲れたし、久しぶりに早く寝るとしよう。



 柵で囲まれたドアに手を掛けた。今日はやけに重みのあった。いつもなら容易に開き、なんともいえない温かさ溢れる空間が俺を待っているのに。……おそらく気圧の変化だな。明日は天気が崩れるらしい。



 だが温かさ溢れるというのはあくまで空間だけだ。住民までもが温かいとは限らない。そう俺の悩みはバイトのみの単調なものではない。外も内も心安らぐ場所などもうほとんど残っていない。



 重みでなかなか開かなかったドアもついには諦め、代わりに激烈な風をおみまいしてきた。一瞬後ろにこけそうになるが、なんとか堪える。



 家の中は洋風で、和室が一つだけ中心を陣取る、いわゆる一般的である。俺の部屋は玄関のすぐ右側にあり、帰って早々に自室に籠もるのが日課だ。それ故親と顔を合わせるのはお風呂の時くらいなものだ。



「知曉、帰ってきたなら私たちに報告に来ないといけないでしょ。最近ずっと心配しているのよ。あなたひとりではなにも出来ないのだから何でも言いに来なきゃ、ね、お父さん」



 父はなにも言わない。まるで大仏のようだ。



「なにいってんだ。俺はもう大学生なんだ、あんま干渉してくんな。俺は俺のやりたい風にやるから、私親をきちんとやっていますアピールなんていらねーんだよ」



 いつもそうだが、この母親は親ばかを通りこして俺を支配してころうとしているみたいで不気味だ。母がこうなってしまった理由はよく知らないが、きっと俺がへまをした時なにかと母を頼ってしまったのが原因だろう。長年の誤った行動がこんな人を見下すような人に変貌させてしまった。そんな母に今日バイトをクビにされた、と報告出来るはずもない。……昔は才色兼備な母だったのに。



 母の言葉に嫌悪を覚え、きつく言い返してしまう。本音はもっと穏やかに話し合いたいがもう変貌しきった母とはまともに話合いができるとはとうてい思えなかった。あのときに引きこもらなければ、もう少しましだったのだろうか。



 母も問題だが、父も問題だった。家事、育児をすべて母に任せっきりなくせに、文句を必ずつける。やれ、おまえのやり方はなどと時流を押しつけてくるろくでなしだった。仕事は出来るので経済的な面でしかいいとこのない父だ。なぜこんな父を母が選んだのか皆目見当がつかなかった。子供の成長は眼中にもなく、いま俺が通っている大学名すらもしらない。……そういえば父と最後に会話したのはたしか三年前だった気がする。記憶があまりにおぼろげで本当に話したのかも怪しくなってくる。こんな父に母も苦労していてのだろうと感じる。最もこのように考えるようになったのはここ最近だ。



「生活を援助してくれるのは助かるけれど、もう俺の自由にさせてくれ、お母さん」



「あなたは一人ではなにも出来ないの。自分でも分かっているのでしょう? 強がらなくてもいいのよ」



 駄目だ、聞く耳も持たない。仕方が無い、もう無視をしてお風呂に入ってしまおう。これ以上説得しても無駄に違いない。俺も今日は疲れて言い返すのもやっとのことだ。まだあの奇妙な光景が脳裏を横切ることも精神にのしかかっている。もしもいい方に奇妙なことが起こるなら是非とも母を元通りにしてほしい。なにはともあれいまの母にあまり関わりたくないのも事実だった。



 俺の周りにはロクなやつがいない。世間一般には大学生は一番楽しめる時期と言われているが、俺は……。最後に楽しいと思ったのはたぶん小学生のころだろう。……あのころは上下関係もなく自由にできたものだ。だが成長するとどうだ。辺りは他人を蹴落とそうとがんばり、そうでない者はその波に乗り遅れないように踏ん張る。それがどんなに辛くても。いじめの増え、とうとうボロが出始めたな、というのが俺の見解だ。



 いつもよりもさらに暗い気持ちで布団に入る。薄暗く放たれる蛍光がなんだかもの悲しい。仰向けに寝転び、ふと目についた模様に顔を向ける。なんだか惨めな俺を嘲り、他人にそのことを話している様に見えた。……不思議と隣の模様もおかしく見える。こちらは嘲笑していた。



 嫌なことを忘れたいのに、全部忘れたいのに頭から、体から離れない。これは一種の呪縛だ。まるで巨大な真っ黒いイカに抱かれているようだ。ところどころの吸盤が異様にくっつく。不快だ、消えろ、消えてしまえ。



 悶々と悩み寝付けずいた。隣にあるデジタル時計は二時五分とお知らせしてくれた。



 草木も眠る丑三つ時か。子供の時には、お母さんが幽霊がでる時間だっていってたけ。……あのころはまだまともだった。いや、幽霊がいるってことに関しちゃおかしいが。……幽霊が本当にいるなら、やつらはなにを思っているのだろう。きっとなにも悩みなどあるまい。……俺も幽霊になってしまいたい。そうすればこの痛みから逃れられる。第二の人生が送れるはずだ。



 夜分遅くで気がおかしくなりかけている。死ぬことはいいことではないし、解決方法でもない。そんな俺に闇は容赦なく襲いかかる。悪魔のささやきと言ったらいいのか、いつのまにか現れた黒の靄がワルツを踊りだしたかと思うと俺の隙をつき体のいたるところから靄が進入してきた。



 ……なにも起きない。俺は夢を見ていたのか? いつのまにか寝てしまっていたようだ。なんともリアルな夢だった。それにしても腑に落ちない。時間はそんなに経っていなければ、体の複数箇所が疼く気がしてならない。もしさっきのが夢ではないとしたら、だがそんなことあるのか。精神的にまいりすぎて幻覚を見たか。……まさか幽霊が現れ、俺の体を乗っ取ろうとしていたのか。



 背筋が冷えていくのを俺は感じとっていた。さらに「おまえももうすぐおれらの仲間だ」とか「真の悲劇の開始だ」とかの言葉が聞こえてならない。言葉と感じるのは外で爆走を楽しんでいる連中のバイク音だったかもしれない。草木も眠っているんじゃないのかよ、とは思ったが聞き間違いとはいえ不気味すぎる。



 少しばかり驚き布団から出ていたが、再び草原の草の様に優しい枕に頭を乗せ、首より下は布団に身を任せた。さっきをは違う恐怖に襲われるがおかげで気が紛れた。さすがに眠気に襲われた俺は案外あっさり眠ることができた。



 この時はまだ知らなかった。この靄が原因、いやもっと他に起きた出来事のほとんどが仕組まれた事だと。



 だか疲労と辛さで爆睡している俺にはそんなことに気づく由もなかった。






 登りがあれば、当然下りもある。きつい坂を終えた後なら少なくとも目の前に広がるのはお待ちかねの下り坂だ。鉛になった足を一時休ませることができ、この上なく楽が出来る。重心を前方に傾け、それに伴い車輪がうなり声を上げながら滑走していく。遮る風は汗を活性化させ、たまりにたまるとそれぞれがグループを作りはじめ、やがて服の下を駆け回り姿を消していく。次第に数は多くなり、駆け回るほどに感じる涼しさは格別と言っても過言ではない。服はといえば、風に誘われ追いかける様になびいている。身体から離れられたら、きっと後を追いかけるだろう。いままでの苦労や悩みを吹き飛ばすほどの心地よい坂道だが、楽なことは早く終わるものだ。しだいに心地よさは遠方の彼方に消え、服は落ち着きを取り戻している。……もう坂のおわりだった。



 俺の通う大学は踏切を渡ったらすぐの場所にあり、住宅街のど真ん中に位置する。そのせいか大学内にはおばちゃんたちが世間話をよくしているのをたびたび目撃している。警備員がいるわけでもなく、門はたやすくくぐり抜けられる。



 ほかに特徴といえば西日本ではそこそこ名の通る私立大ということだ。受験者数は十五万人くらいが受け、十四万人くらいが落ちる。なんでもこの大学には有名芸能人やスポーツ選手もいるらしく普通に授業も受けている。部活やサークルも山のようにあり、みなどれに入ろうか悩む者だ。……俺はなににもぞくしていないが。



 俺はちなみに文学部で、いつも宿題に追われている。逃げても逃げても追いかけてくるのだ、いい加減疲れる。だが気づくと正面には壁が現れ、挟み撃ちにされるので結局後ろを振り返り、撃破しないといけなくなる。課題は大抵レポートで放っておくと山になるのは目に見えている。もう少し頻度を下げてほしいものだが、教授はそんなことは露にも思わず非情にも次から次へと追加する。やることが少ない俺でこうなのに忙しいやつは一体どういうふうにこなしているのか、いつも疑問に思っていた。



 さてといつまでもこんなところで考え事をしていても仕方が無い、さっさと学内に入り、ゆっくりと休もうではないか。



 勢いが落ちつつある自転車のペダルに再び足をかけ、あと少し漕げば休める。そんな気持ちがだるさを少し取り除いた。爽快な気分とまでに行かなくとも、楽にはなる。マラソンのラスト一週と同じだ。ゴールが見えるといままでの疲れが薄れるのを体験した人は多いに違いない。



 風雨に晒され、さび付く踏切の上をまたぐ。年期の入った線路はすんなりとは通してくれないときも多いのだが今日は通れた。……いいことがあるに違いない。そうだな、例えば最後の授業が休講になり早く帰れるようになったら最高だな。



 一人にやつく、だらしない口をきつく縛り、いつもと変わらないオーラを出しながら門へと向かう。



 門の前には遅刻しまいと必死な学生が多数おり、なかなか門をくぐれ無かった。



 ……こんな人混みに紛れたくない。自転車学生専用門を作ってほしいものだ。



 しかし俺は少し気落ちだけで、隠していた感じが漏れ出して、いつもより楽しげに見えてまう様子で門を潜って巨大にそびえ立った学び舎に向かった。










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