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鬼は外

 火野は自分の目を疑った。炎に包まれていた62階の火が弱まり、割れたガラス窓から4人の消防服を着た男が手を振っているではないか。外から見えるほどまでに炎が広がった階はたとえ、必死の消火活動を行ったとしても燃え尽きるまで火が治まることはないという。そんな消防士の中での常識とも言える知識を、4人は目の前で覆してみせたのだ。この偉業をやってのけたのは、隊員の誰なのか。双眼鏡で覗いてみるが、奇妙なことに知った顔はいない。


「おい、偽物集団が消火に成功した様だぞ。拾えるか?」

「人数は?」

「4人だ。防火服を着て背中に変てこな機械を背負ってやがる。

 重さ的には6人分と考えた方がいい。いけそうか?」

「なんとか大丈夫そうだ」


 ヘリコプターは高層ビルの消火と逃げ遅れた人の救助のために用意された大型のもので定員は10人となっている。かなりの重さのバッテリーパックを背負っている4人だが、このヘリならば大丈夫そうだ。WFFの4人と合流すべく、ヘリは天突槍スカイタワーに接近を図る。ヘリコプターのプロペラがビルの壁に接触しない絶妙な距離感で滞空し、ワイヤー製の縄梯子を下ろす。だがもちろん、離れた位置から下ろされた縄梯子では、ビルの窓に届くはずもない。そこで火野自らが縄梯子を降りる。宙に垂れ下がる縄梯子を何ひとつ怖気づく様子すらなく命綱なしに降りていくその姿は幾多の命を救ってきた消防士に相応しい。そして、縄梯子の先端からビルの割れた窓に向かってワイヤーガンを放ち、自分の身体を縄梯子もろともビルに引き寄せる。ビルの中に侵入して、縄梯子を中に引きずり込み、ビルとヘリコプターが一本の縄梯子によって繋がった。


「ご苦労だったな、偽消防士さんたち」


「…ど、どうしよう、俺達偽物だとバレてるぞ」

「そりゃそうだろ。どこの世界にバッテリーパック背負って光線銃持った

 消防士がいるんだよ。ゴーストバ〇ターズでしか見たことねえよ」


消防士のふりをしていたことがバレてしまえば大目玉を食らうと慌てふためいていた4人だったが心外なことに、消防隊の火野は4人に対し友好的だった。


「あの大惨事を治めるとは何者だ」


「…ど、どうしよう、なんか意外に寛容なんだけど。でも俺達公務執行妨害

 みたいなもんだよな。どうすればいい?

 そです、わたすが変な消防士さんですって言えばいいかな?」

「ふりぃよ!」


「とにかく話はあとだ」


 火野のその言葉に言われるがまま、4人は出自を明かすことなく、消防隊の消火活動に正式に協力することとなってしまった。滞空するヘリコプターへとつながる一本の縄梯子。高所恐怖症でなくとも身の毛のよだつようなこの一本道を、へっぴり腰になりながら登っていく。無事にヘリコプターに移った4人。だが、ヘリコプターから見える天突槍スカイタワーの光景はまさに阿鼻叫喚の一言だった。とぐろを巻いた炎の竜がビルを駆け上り、一瞬にして燃えたぎる炎の搭にしていく。62階の火が治まったころには既に付近の階も火が燃え広がっていたが、今はそんな話ではない。70階、80階、90階と目に見えて炎が進んでいくのが分かってしまう。


「あれはなんだ…?」

「この火災には悪魔が関わっている。悪魔を祓わなければこの炎は止まらない」


常軌を逸した鷺沼の言葉に火野は目を丸くする。悪魔がこの世にいるなど、常人にはにわかに信じがたい。だが、常軌を逸した炎の燃え広がり方、炎の竜がビルにとぐろを巻くさまを見た後では、思うところも少しあるようで火野は無線に手をかけた。隊員たちに何か連絡するようだ。


「至急、救急隊を呼んでくれ。熱線で頭をやられた奴らが4人いる」

「違うわ!こっちは本気で言ってるんじゃ!」


どうやら頭がおかしくなったと勘違いされたようだ。


「どうする…?」

「どうすると言ったって信じてくれるわけないだろう。

 俺達もともと人望ゼロの詐欺師集団だったし」

「というか、今もそれ脱出できてないからね。訴えられているからね」


「至急、警察に伝えてくれ。悪魔祓いを謳う詐欺師集団が4人だ」

「ちょっと待て待て待て!」


無線越しに警察に通報しようとする火野を何とか制止しようとしたそのとき、今度は無線に着信が入った。


「火野署長、署長っ! 聞こえますか!」

「どうした?」


着信は消火活動にあたっていた消防隊員からのものだ。尋常ならざる燃え広がり様に策を求めようと緊急連絡をしてきたのだ。


「紅いドレスの女です! 紅いドレスの女が現れるとそこは…

 たちどころに炎の海に…う…うわぁあああっ!」


断末魔が響いた後、無線からはザーというノイズが漏れるばかりとなってしまった。


「お、おい!どうした!」


 火野が呼びかける声も虚しく、返事は帰ってこない。仲間を失った憂いにまみれたため息をひとつつく。紅いドレスの女。それはWFFの4人が遭遇した悪魔に乗り移られた才華の服装を表している。消防隊は才華もとい、イフリートの襲撃を受けているようだ。才華がビルの中にいる限り、ビル火災は治まることはない。それどころか、予知夢で見た火の雨が降るようになってしまえば、街一帯が全焼するという最悪の事態になってしまう。残された時間は少ない。ここで鷺沼はある賭けに出ることにした。


「紅いドレスの女はさっき遭遇した。こっちには対抗する武器もある。

 俺達を信じてくれ。俺達は詐欺師なんかじゃない」


超自然的な出来事が起きているのを理解した火野は、「信じていいのか」ともう一つ念押しを加え、WFFの4人と固く握手を交わした。



*****



 ホテルの最上階、展望レストランでは消防隊員たちが避難誘導の支持を出していた。だが相変わらずひとりの消防隊員に向かって突っかかっているのがこのビルの施工主である高杉社長だ。


「何をやっているんだ、早く火を消し止めろ」

「落ち着いてください。今に救助ヘリがやってきます」

「救助ヘリだと?ここまで炎が燃え広がったのはお前たちが

 無能だからじゃないのか。それを棚に上げて、私にこのビルを手放せだと?」

「お言葉ですが高杉社長、この非常事態に火災報知器の配電盤を断線させ、

 防災システムを停止させたのは誰ですか」


 すでにほとんどの階層が火の海となってしまい、壁紙が剥がれおち、最上階を除く全ての階が停電で闇に閉ざされている。この展望レストランに煙が侵入し、火の手が上がるのも時間の問題」。そんな状況になってもなお、自分の安いプライドのために、パーティー客の避難誘導に一切の協力さえせずに、消防隊に向かって無能だ無能だと罵声を浴びせかけて喚き倒す。そんな横暴極まりない高杉社長に消防隊員がついにしびれを切らしてしまった。更に消防隊員の発言により、高杉社長の犯してきた数々の不祥事が露わとなる。


「それに、色々と防災システムや建築材に偽装をしていたようですね。

 火災報知器は型遅れの中古品、配電盤の導線は

 安いイヤホンくらいの太さしかなく、容易に断線する。

 スプリンクラーも加圧貯水槽の容量が不十分でものの数分も

 連続作動ができない。耐熱断熱材も耐熱塗料もふたを開ければ

 発火点が高いだけの輸入物の粗悪品…。

 こんな手抜きに重なる手抜きをいったい

 誰が手配したんですか。この事態は他の誰でもない

 あなたが招いたものですよ、高杉社長」


 高杉社長は、ビルの階層を限られた予算の中で増やすために、偽装に偽装を重ねていたのだ。世界最高の防災システムなど全くの嘘。やはり彼が造ったのは、安全な建物ではなく、自らの技術力を誇示するための箱舟に過ぎない、いたずらに高いだけの箱だったのだ。それを露呈されて、歯をぎりりと噛みしめる高杉。


「うるさい、黙れ黙れ黙れ! お前たちは消防士なのだろう?

 火を消すしか能のない社会の負け犬が、この世界のバベル社の社長に

 楯突くと言うのかね? お前らは黙って火を消せばいいんだ。

 これ以上私の前で無能さをさらけ出さないでくれるか、反吐が出るわ」

「無能ではありませんよ。私どもは常に最善を尽くしております。

 それでも被害が出るのは、炎が狡猾で老獪かつ神聖なものだからです。

 あなたが愚弄しているのは消防士以前に、人を生かしている

 自然の存在です。防災関係者には山火事で失われた森を再生する

 ネイチャリストも数多い。あなたのような学のあるお方が

 そんな考え方しかできないとは、至極遺憾だ」


はたから見れば、消防士側の考えの方が正しく、高杉が論破されていることはまさしく火を見るより明らかなのだが、それでも高杉は聞かない子供のように喚き散らす。見守るパーティー客の顔にも呆れが見え始め、ついにはひとりでギャーギャーと騒ぐ高杉を尻目に、消防隊の誘導に従って屋上のヘリポートに向かう列に並び始めた。順番は女子供が前、老い先の短いものが後ろという救助の際の常識に習う。そしてついに轟音が天井に響きはじめ、ヘリコプターが到着したことを察した列が進み始める。しかし、穏やかではない。どうやらヘリコプターが到着したことで、自分が助かりたいあまりに自制を失ったものが列を乱しているようだ。その列を乱しているものに目を凝らしてみれば、なんとあの高杉社長がいるではないか。それも我先に我先にと女子供を押しのけて屋上ヘリポートへ向かう階段を駆け上がっていく。


「お、おい! 待て!」

「うるさい! 私にはまだ輝かしい未来が残ってるんだ!

 そこらへんに並んでいる低能どもと一緒にするな!」


もはや人とは思えない言動だ。己の業績に溺れた他人を見下すことしかできない自己愛の塊。それが高杉社長の悲しい性なのだ。人ごみを押しのけた挙句ヘリポートにまで登り、ヘリコプターから降りてきた火野署長に向かって、乗せてくれ乗せてくれと大声で叫ぶ。


「…指示に従わず、我先にと飛び出してきたか、浅ましい」


 聞こえないように小声でつぶやきながら、WFFの4人を下ろし、高杉社長をヘリコプターに乗せる火野。たとえ、どれだけ恨みつらみがあろうと、救える命を減らしてはいけないのが消防士だ。腹立たしいのはもちろんだが、彼を救助するよりほかはない。


「はぁ…ひどい目に合った。せっかくの落成式がお前たちのせいで台無しだ」


ヘリコプターの席に着くなり、不平を漏らす高杉。助けてもらっておいてこの態度だ。それを尻目にWFFの4人は展望レストランに向かう。その途中で臙脂が火野に呼び止められた。


「少し手伝ってほしい」


火野は臙脂にやけに重たい袋を手渡す。恐らく4人の中で一番体格が良くて若いという理由で彼を選んだのだろう。


「なんだ? これは?」

「プラスチック爆弾だ」


なんて物騒なものを手渡すんだと目を丸くする臙脂。


「こんなもので何をするんだ?」

「最上階の天井に、ビル内の水道の圧を調整するための貯水槽がある。

 それを爆発させて、一気に火を消し止める。

 展望レストランには噴水もある。かなりの貯水量のはずだ」


臙脂と火野は貯水槽の爆破作業に回ることになった。残る3人は展望レストランへと、足を進めていく。


「なあ、鷺沼教授…」

「なんだ夢野教授…」

「いよいよだな…」

「ああ、いよいよ…俺達がこれで詐欺師じゃなくなるんだ。

 無事に帰れたら謝礼がたんまりと出るぞ。

 詐欺師が晴れて英雄の仲間入りだ」

「ところで、鷺沼教授…」

「なんだ、堅井…」


「トイレ行っていいかな?」



……え……?



「駄目駄目、もう限界、俺行くわ…うぇっぷ…」

「ヘリで酔ったのかよ!」

「だって俺、高所恐怖症の設定だったじゃん。それで周りの景色見ないように

 目つぶってたんだけど、それでもヘリ揺れるから酔ってるのか

 ストレスなのか分からないから…うぇええええ…」

「おい、近づくな! 遠くへ行け! それで隅っこで吐け! な!」


ヘリで酔ってしまった堅井が用を済ませたあと、ついに展望レストランに入る。


「なあ、鷺沼教授…」

「なんだ夢野教授…」

「いよいよだな…」

「ああ、いよいよ…俺達がこれで詐欺師じゃなくなるんだ。

 無事に帰れたら謝礼がたんまりと出るぞ。

 詐欺師が晴れて英雄の仲間入りだ」

「ところで、鷺沼教授…」

「なんだ、堅井…」


「このくだり、さっきやったよね?」

「うるせえ! お前がヘリで酔って吐いたせいで、

 全然カッコつかなかったんだよ!やり直して、

 さっきのシーンは省いてカッコいい感じにしようってなったんだよ!

 空気読めよ! お前!」

「大丈夫だ、俺達もとからそんなにカッコよくないから」

「そのくだりも、さっき聞いたわ!」


 展望レストランの中は、煙が広がり始めており、殺伐とした空気の中にこの全く緊張感のない3人のやり取り。若干冷たい視線を感じつつも、わざとらしく咳払いをひとつしてみせ、平然を装う鷺沼。


「…気を取り直して行くぞ…紅いドレスの才華を探せ…」


 バッテリーパックに繋いだ光線銃ウェーブガンを振りかざし、周囲を見渡すも才華の姿はいない。358Hzの電磁波は通常の人体には無害だ。つまりは、それを当ててもがき苦しむものがいれば、それに悪魔が乗り移っていることになる。鷺沼は今度はウェーブガンの引き金を引いて、電磁波を弾幕放火する。しかし、反応はない。まだこの階には潜んでいないのかと思ったそのとき、鷺沼は後頭部を何者かに蹴り飛ばされたのだ。


「ぶぐぁっ!」


 床に腹這いに倒れるとともに背中にバッテリーパックの重みがずしりと伸し掛かる。この装備は、甲羅を背負った亀に同じであり、転倒は最悪起き上がれない無抵抗な状態を作り出しかねない。冷静に立ち上がるとともに鷺沼の目に飛び込んできたのは、頬を灰色に塗りたくり、それ以外の部分は白塗り、真っ青なアイシャドウに真っ赤な口紅を施した才華であった。


「ムワハハハハ! 吾輩にそんなものは効かぬ! 効かぬわぁああっ!」

「完全にデー〇ン小暮さんになりましたけどぉ!」


才華の耳にはヘッドホンが当てられており爆音で音楽が流れている。どうやら、耳を塞ぐことで電磁波を遮蔽しているらしい。


「吾輩のヘッドホンにはノイズキャンセラーがついている。

 さらに、あの名曲I was made for lovin' youが流れているのだ!

 これにより、吾輩の戦闘力は53万まで跳ね上がる」

「どこのフ〇ーザだよ! ってかなんでThe KISSの方なんだよ!

 聖飢魔Ⅱの曲じゃねえのかよ!」

「つっこんでる場合じゃねえぇ!」


鷺沼の腕を堅井がひっつかむ。才華の手の平から炎が飛び出し、鷺沼が転んだところを焼き尽くす。堅井の手がなければ、身を焼かれていたところだ。突如として炎が現れたこの事態に、逃げまどうパーティー客からは悲鳴が上がる。


「どうやら、話し合う気はないようだな」

「もとよりそんなものはないわ。燃やし尽くしてあげる」


再び炎が飛んでくる。身をかがめて避けると炎は3人の背後にある観葉植物に燃え移った。どうやら、避けても周りに燃え移る、先手あるのみといった状況のようだ。時間がかかればそれだけ、延焼を早めてしまう。とはいえ、唯一の武器であるウェーブガンが役目を果たさないとわかった今、成す術がない。結局3人は才華の炎から逃げまどうばかりだ。


「くそぅ! 鷺沼教授、何か策はないのか?」

「今考えているところだ!」

「思ったんだが、才華が悪魔を宿す器なら

 その才華に手がかりがあるんじゃないのか…?」


堅井のその一言で夢野も鷺沼もピンと来たようだ。つまりは、才華が苦手だとしているものが、才華に憑りついている悪魔、イフリートを祓う手がかりというわけだ。


「才華が苦手なもの…」

「あっ!」


ここで何かを閃いた夢野が目を丸くして、防火服のポケットからあるものを取り出す。それは夢野教授をはじめ、WFFのメンバーが愛してやまないハニーローストピーナッツの袋だった。


「たしかに才華はピーナッツアレルギーだったし、甘いものも苦手で

 そいつには手をつけなかった。だからと言って何か関係あるのか?」

「いや、豆を使った退魔法がひとつある。節分という行事を知っているか?

 豆を使って鬼を祓うあの行事だ。あれは日本古来より伝わる悪魔祓い

 鬼祓いのひとつらしい…」

「いや、聞いたことないけどぉ!」


「あと…大豆アレルギーとナッツアレルギーは違いますよ。鷺沼教授」

「……、……」


「よし、とりあえず豆撒きやってみるぞ」

「無視したよ! この人!」


「うるせえっ! 他の策が皆目見当もつかねえんだよ!」

「だからと言って、ハニーローストピーナッツを粗末にするな!

 せっかく内緒で持ってきたんだぞ!」

「だいたいなんで、おやつをポケットに忍ばせてんだよ!

 ピクニックじゃねえんだよ! 火事なめんなっ!」


ハニーローストピーナッツの愛情が人一倍強い夢野教授と、奪い合いをしている最中、ついに袋が限界を迎えてはち切れてしまった。中身のハニーローストピーナッツが宙を舞い、偶然にも才華の顔面にかかったのだ。


「……あ……」


 全く予想だにしない形の豆撒きとなってしまった。その上、豆撒きの効果はどうもてき面だったようで、才華は低いうめき声をあげる。


「なんてことをしたんだい…、わ…吾輩は…

 ハニーローストピーナッツが…大嫌いなんだ…個人的に…」

「結局豆撒きも全然関係ないんだけどぉ!」


断末魔を上げて床にあおむけに倒れる才華の顔から病斑が言えていくように装飾が消え、もとの端整な顔立ちが現れる。あわてて駆け寄るも、まだ気を失っているようで返事はない。彼女から悪魔が祓われたことで周りの炎が燃え広がる速さも弱まった。あとは貯水槽の爆破を待つのみだ。非常階段から火野と臙脂がロープを持って現れる。どうやら爆弾が仕掛け終わったようだ。


「みんな、こいつで身体をくくりつけるんだ。

 水が大量に降りて来て階下に流されるぞ」


「臙脂、これは?」

「まだ燃えているところを一気に消し止めるんだ。

 そのためにこの階の天井の貯水槽を破壊する」

「最後に水攻めか。あの映画と同じ展開だな…」

「まあいいさ、マシュマロマンの方よりはましさ」

「そうだな」


臙脂に言われるがまま、才華の身体をロープにくくりつけ、そのあと自身の身体もくくりつける3人。


「これで終わりだな…」

「ああ、最後くらいかっこよく決めようぜ」


そこに臙脂も加わり、4人で天井を仰ぎ見る。轟音が響き渡り、4人のちょうど頭の上の天井に穴が開き一気に水が噴き出した。4人は貯水槽の水を直下で浴びることになってしまった。すべての水が流れ終わったあと、もはや苦笑いしかできない。


「…ははは…」


4人は乾いた笑いを顔に浮かべ、がくりと気を失った。



*****



 無事に火は消し止められ、ヘリコプターの往復によりパーティー客はほぼ全員が救出された。しかし、パーティー客以外にもホテルの宿泊客やショッピングモール、オフィスや高級住宅となっている階で焼け死んだ者も数多くおり、負傷者は数百人を優に超える事態となってしまった。ここまでの負傷者が出たのは紛れもなく、施工主である高杉社長の重ねた偽装と火災報知機の配電盤をぶち切るという常軌を逸した行動のせいなのだが、本人は報道関係者から口を閉ざし続けている。バベル社自身も報道関係者を冷たく跳ね返しており、社員以外の立ち入りは厳重に管理されている。消防署長の火野は今回明らかになった高杉社長の犯してきた不祥事を、空きビル問題の未対応と合わせて告発する準備を進めているが、相手は法務関係に黒い導線を持っており、もみ消される可能性も高いとのことだ。至極悪運の強い奴だ。


 逃がした魚は大きいものも、WFFの4人は火事の中奮闘した英雄としてマスコミに引っ張りだことなり、今やTV画面で彼らの姿を見ない日はないほどの人気者となった。彼らが詐欺師集団として訴えられていたことなどどこ吹く風。今では主演CMまで持っているのだ。そのCMはというと…。


高カロリーだけどやめられない!

甘じょっぱい、まるで大人の恋の味!


子気味の良い宣伝文句とともに、才華がハニーローストピーナッツを食べる鷺沼の頬にキスを交わす。場面が切り替わり、今度は臙脂と夢野、堅井がウイスキーを片手に大皿に盛られたハニーローストピーナッツを取り合う。


おつまみにも最適! 大人から子供までみんな大好き!

ストライクビーグル社のハニーローストピーナッツ!


最後にWFFの5人が並んでハニーローストピーナッツの袋を持って大々的に会社名と商品を宣伝。CMの最後は鷺沼によるこの言葉で締めくくられる。


「あなたの家にも常にストックを。悪魔祓いにも使えます」




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