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聖なる周波数

 天を高く突き刺すようなビルの建つ郊外の開発地区。まだ建設途中の建造物が並ぶ中を消防車やはしご車などの救護車がけたたましいサイレンを鳴らして走って行く。向かう先は、天突槍スカイタワー。つい数日前にオープンしたばかりのビルで、落成式は本日執り行われているというまさに駆け出しの建物にもかかわらず、このような幸先の至極悪い事態となってしまった。中ほどの階からは煙が立ち込めており、外からでも異常を確認できるほどとなってしまった。


「状況は? あの馬鹿は電話に出たか?」

「いえ、やはり秘書を通しての間接的なやり取りしかしてくれません」

「ちぃ、相変わらずか…」


消防車から降りた防火服に包んだ消防士は眉をしかめる。彼はこの馬鹿高い高層建築の施工主、高杉をよく知っていた。長年高杉といがみ合いを続けている火野というベテラン消防士であり、街の防災安全委員会の委員長も兼任している男だ。


「直接会って話をつけたほうが早いか」

「さぁ…それも秘書を通せと言われるかもしれませんが」

「…冗談じゃねぇ、スプリンクラーが作動していると言っておきながら

 外から火が見えるほど燃え上がっているなど…考えられない

 この異常を知らずにのうのうと最上階にいるそうじゃないか」


 口をゆがめながら不平を垂れる火野。外から火が見えるようになってしまえばその階の全焼はもはや逃れようのないものになる。だというのに、高杉は避難指示すら出さずに落成式を続けているというのだ。一刻も早く消化活動に当たらねば、心の中でつぶやいて消防車から降りる。

 中に残る市民の避難指示。実際に燃えている階の消火活動だ。まずは消火活動班を巨大クレーン車を使って実際に燃えている62階に隊員たちを運ぶ。62階まで伸ばした巨大クレーンの籠に乗せられる人数は防火装備とてこの原理を考慮すれば数人程度しか一度に運べない。クレーン車の操縦や無線での指示、周囲の野次の制止。消火活動班7人を運搬するのに10人の人手が動く。それと地上200階建てのこのビルの避難指示および誘導には人手がいくらあっても足りないだろう。こうしている間にも炎は窓から噴きあがり上の階へと侵入していく。


「ヘリの到着はまだか?」

「もう少しで市の中央消防署から駆けつけてきます」


 これだけの高層ビルとなれば、もはや一個の消防所だけでは賄えない。火野は避難用と消火用としてヘリを2台要請していた。バラバラバラとプロペラが回る特徴的な轟音とともに一機のヘリが上空に舞い降りる。ワイヤー製の縄梯子が垂れ下がると、火野は慣れた手つきでするするとそれを登っていく。


 すると今度は、まるでそれに合わせたかのようなタイミングで一台の消防車が到着する。だが、どこかがおかしい。運転がおぼつかなく、まるでいきなり車幅の違う車に乗ったせいでよくわかっていないのか右やら左やらにふらふらふらふらと揺れており、非常に危なっかしい。


「本当にバレないんだろうな」

「大丈夫だ。救護者に似せた塗装はドラマ撮影でやったことがあるんだ」


運転席の男がそういうものの、彼等が乗っている車は、一目見ればそれが救護車のまがい物であることはすぐにわかってしまう。そう、このまがい物の消防車は、鷺沼の率いるWFFの4人のものだ。塗装は臙脂が施したもので、まだ生乾きのままでテラテラと光沢を放っている。


「堅井が高所恐怖症でなければ、ヘリを手配するだけで楽だったんだが」

「高いところじゃない、俺は飛行機とかヘリが大嫌いなんだ」

「止む終えない場合は麻酔を打てば早い」

「どこの特攻野郎の話だ!」


 いつもの口喧嘩が飛び交う車内。だが4人はすっかり防火服に身を包んでおり、額にはふつふつと汗がにじんでいる。何しろ、4人はこれから初めて自らが予知した怪火に挑むことになるのだから。汗の原因は防護服が暑いせいなのか、怪火に対する恐怖心なのか分かったものじゃない。そして、汗以外にももうひとつ奇妙なものが、彼らの背中に背負われた宇宙飛行士の生命維持装置のような機械だ。言うまでもないが消防士の防火装備にそんなものはない。


「行くぞ。この炎は俺たちが止めるんだ」


4人は互いに顔を見合わせ、生唾をごくりと呑み込む。ザッザッと重い足取りで歩き出す。ただ前だけを見つめて歩いて行く。そして十数歩歩いたところで、立ち入り禁止の黄色いテープに脚を絡めとられて前に倒れた。


「おい! なにやってんだ! せっかくカッコよく決めたのに

 ここで台無しにしてどうすんだ!」

「大丈夫だ、もとからそんなに俺たちカッコよくないから」

「それ全然フォローになってねえよ」


 気を取り直して膝を払って立ち上がる4人。ビルのエントランスを入ると早速中は逃げ惑う民衆でごった返していた。避難用経路は列がスムーズに進むように、なおかつ消防隊の作業の邪魔にならないように作られてはいるものの、まるで激流が流れて行くかのようで、どうにも逆らうことはできなさそうだ。こうなることを見越してWFFの4人は消防隊に紛れ込むために偽者の防火服を身にまとっている。これにより、消防隊から押し戻しを食らうことはない。涼しい顔をしながら使用禁止と黄色いテープで封をされたエレベータに乗り込む。


「お、おい! 許可なく勝手にエレベータを使うな!」


流石に同じ防火服を着ているとは言えど、これを制止しない消防隊員はいない。だが間に合わずWFFの4人を乗せたエレベータは上階へと上って行く。


「まずいな…、火災時に非常運転になっていないエレベータに乗ってしまえば

 どうなるか…最悪閉じ込められることになるぞ」

「そもそもなんで防災システムが作動していないんだ」

「おそらく誰かが配線を切ってしまったんだろう

 ここの火災報知機は配線が独立していない」

「なんだって? どうしてそんな企画落ちのものを使っているんだ」


怒りをあらわにする消防隊員。ところが、このビルには施工主の高杉社長によって仕組まれた数々の欠陥があったのだ。どれもこれも安全性を考えずに、コストと完成時期の繰上げを図るために施されたものだ。そんな欠陥だらけのビルとは知らずにWFFの4人はエレベータで上階へと上がって行く。目指すは高杉社長のいる展望レストランがある最上階だ。


「何とか乗れたな」

「消火装備は役に立つのか」

「さあな、問題はバッテリーが足りるかどうかだ」

「この火事を起こしている霊体がどこかにいるはずだ」


 そんな会話をしている中、突如エレベータに突きあがるような衝撃が走る。最悪の事態が起こってしまったらしい。エレベータが動作を停止したのだ。しかも運の悪いことに止まった階は今や火の海となっている62階だ。ドアの隙間からどす黒い煙が漏れてくる。


「ま、まずい…」


危険を察知した鷺沼が『バールのようなもの』をドアの隙間に食い込ませ、こじ開けようとする。ガチャガチャとその『バールのようなもの』を動かすと隙間から漏れていた煙が一瞬ドアの向こう側へと後退するかのような動きを見せた。


「危ないっ! バックドラフトだぁ!」


 そう叫んだのも束の間、エレベータのドアが開いて入って来た新鮮な空気を燃やし尽くさんと火炎が4人に迫ってくる。咄嗟に鷺沼は胸元に忍ばせておいた十字架を構えた。最後の神頼みだったのだろうか。だが事態も予想だにしない展開を迎える。火がその十字架に阻まれたのだ。まるで、鷺沼が十字架を使って聖域を張ったかのよう。4人が驚きおののいている壁の向こう側には、火は愚か煙さえも侵入していない。


「こ、これは…」

「退魔の書にあったルルドの泉の水を染み込ませた素焼き石で造った十字架 

 まさか、ここまでの効果があったとは…」


ルルドの泉は、カトリックに伝わる聖水の湧き出る泉のことを指すもので、あらゆる病魔の治癒および邪気払いに効果があるとされる。このようなものが効くということは、この火事が悪魔の仕業であることの確固たる証拠だ。味をしめた鷺沼が十字架を振り上げると、火の海だったのが彼ら4人を迎え入れるように、海が割れて一本の道が出来上がった。だが、その道の先にはひとりの人物が、火の海が割れたのは、彼女が4人を招き入れたからにすぎなかった。


「…才華……」


 そこにいたのは真紅のドレスを身にまとった才華であった。彼女は白い肌を半ばあぶられるようにして炎に照らされながら妖艶に微笑む。姿や形は、WFFの4人と過ごしていたときとは比べ物にならないほど美しく、むしろ近づきがたい雰囲気さえ醸し出している。だが、その透き通るようなか細い喉を通して漏れる首は、不釣り合いなほどに不浄でガラガラに渇いた男の声であった。


「驚いているな。悲しいか、今までひとつ屋根の下で暮らしてきた女が

 悪魔の使いと知って…この女は、吾輩が地獄の底から地上に這いずり

 あがるための器に過ぎないのだよ。ムワハハハハ!」


…なんで閣下みたいになってんだ…。


自らを邪心と名乗り、聞いているだけでも自分の喉がむず痒くなってしまいそうなガラガラ声で話し続ける才華。常軌を逸したその様子には言葉に詰まる。


「吾輩の望みは人類が建てたすべての文明を燃やし尽くすこと…

 吾輩の名前はイフリート…炎の邪心だ」

「炎の邪心、イフリート…イスラム教の堕天使…

 キリスト教でのルシファーにあたる存在」


心理学から民族・宗教・人間科学。果ては世界史まで通じている鷺沼が漏らす。666、悪魔の数字が示す災厄は、悪魔の中の悪魔である彼がここに現れることを物語っていたのだ。


「吾輩がこの世にもたらした大火は数知れず、ローマ大火にロンドン大火

 世界三大大火と持て囃されるものから、かっぱえびせんがやめられなさ

 過ぎてナトリウム中毒で死んだ山本さんの火事まで…」

「山本さんの話そこにつながってたのかよ」

「いえ、正しくは火事で家が全焼したショックでかっぱえびせんをやけ食いして

 やめられなくなってナトリウム中毒で死んだんです」

「どうでもいいわっ!」


「ほう…、あくまでもこの吾輩を愚弄するというのだな…」


才華、もといイフリートは口角を上げてゆらりと不気味に微笑み、怪しく艶やかに輝く唇の前に手の平をかざす。すると、その手の平の上の何もない宙から炎が燃え上がる。さらにニンマリとほくそ笑んだのち、揺らめく炎の塊に息を吹きかける。火炎放射器のように、炎の竜がうねりを効かして4人に向かって飛んでくる。


「堅井、早くあれをっ!」


堅井が対抗手段として取り出したのが、何やらホースの先にSF映画でよく見る光線銃のようなものがつながったものだ。差し詰め仙丹のパラボラアンテナのような部分から発せられるのは特殊な電磁波かレーザー光線か。その答えは才華が耳を塞いで喚き苦しむ様子に現れていた。


「効果はあったようだな。358Hzの電磁波だ」


 358とはキリスト教で666の対極に位置する聖なる数字だ。堅井が用意した高輝度の単音の電磁波を照射するウェーブガンという装置を358Hzに設定したものだ。358という周波数を提唱した鷺沼も眉唾物だと思っていたが効果はてき面だったようだ。そのまま耳を抑えたまま逃げまどう才華をウェーブガンで追い詰めようとするも、かわされる。

 どうやら耳を抑えてパニックを起こしたというのは見せかけ。逃げ道は的確だった。地階から最上階まで吹き抜けになっている非常用階段に逃げ込んだのだ。ここまで来れば、悪魔を宿した人の身体など容易く宙に浮いて、最上階までひとっ跳びで昇ってしまう。これをこちらが階段を駆け上って追いかけていたのでは追いかけられるはずもない。そもそも自分の足で上がったのでは、最上階まで上がるころには足ががくがくになってしまう。そんな状態では、太刀打ちなどできるはずもない。と考えたときに外にぶら下がるワイヤー製の縄梯子が目に入ったのであった。



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