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コロンシリーズ

RIKO:2014 ~500円でできる最高の贅沢~

作者: 志室幸太郎

 明日は給料日だ。

 今月は教科書代で金が飛んでいって大変だったな……。

 終盤はほとんどパスタしか食べていなかった気がする。

 しかしその猛節約によって、給料日まで十数時間の今現在、財布には五百円玉一枚と十円玉一枚、一円玉九枚が残っている。

 ひもじい食生活を送ってきたんだ。給料日前の最後の夕食くらい、贅沢にいこう。


 というわけで、俺は大学の帰りにコンビニに立ち寄った。

 店内の客はまばらだった。総菜パンを物色するおじいさんと、食玩コーナーに小さな女の子がいるくらいか。

 よし、これならゆっくり考えられるぞ。五百円でできる最高の贅沢を考えるんだ俺。


 まず真っ先に考えたのは、揚げ物類だ。

 ほとんど炭水化物しか食べてなかったので、脂のしたたる肉にかぶりつきたいという欲求は強かった。

 気難しそうな初老の男性店員の目を気にしつつ、何気なく揚げ物が並ぶケースの前を通り過ぎる。

 カラッと揚がった何種類ものチキンが輝いている。チキンだけではない。唐揚げ、焼き鳥、コロッケ……。

 くそっ、一瞬目に入っただけでなんという破壊力。

 とはいえ主食も必要なので、久しぶりの米としておにぎり。バランスを考えると二個は欲しいな。

 そして何かしらのチキン……いや、安易すぎる。

 最高の贅沢がコンビニのチキンとおにぎりでいいのか? 普通すぎるだろ。


 俺はそんな思考を数秒で終え、足を止めることなく冷凍食品のコーナーまで来た。

 昨今の冷凍食品の充実ぶりには目を見張るものがある。冷凍餃子や冷凍チャーハンが格安で売られているのだ。

 しかもその味は絶品。食べやすさからつい主食としておにぎりを選んでしまいがちだが、冷凍チャーハンや冷凍ピラフも選択肢に入るじゃないか。

 なんなら冷凍チャーハン二袋で大盛りにして、さらにチキン……これは悪くないぞ。

 いや、しかしまだ他にも選択肢があるかもしれない。第一候補としてチャーハン大盛りチキンセットを保存しつつ、もう少し考えよう。

 

 俺は通報されないよう食玩コーナーの女の子との距離を取りつつ、駄菓子コーナーにやってきた。

 いっそ思いっきりネタに走るのも悪くないかもしれない。

 明日以降は給料が入ってそこそこな飯が食えるわけだ。ならばこの窮地を逆に利用し、笑い話のネタを作ることもできる。

 しかし……五百円という額は少し中途半端だな。

 例えば特定の駄菓子を買い占めたとしよう。

「五千円分う○い棒買い占めた!」

 これなら「まじかよもったいねー!」的なリアクションが期待できる。

 一方。

「五百円分チ○コバット買い占めた!」

 これでは「ふーん」で済まされてしまう可能性が高い。

 その上夕食がチ○コバットオンリーというのは、あまりにも報われなさすぎる。

 これはダメだな。俺は駄菓子コーナーを離れた。


 甘いものという選択肢もある。

 一人暮らしを始めた当初は、いかに安いものでお腹を膨らませるかということを考えていた。

 その際よくお世話になったのが、この百円くらいで三本入りの串団子だ。

 もっちりとした団子を三本食えば、百円でおにぎり一個を買うよりもお腹がいっぱいになる(気がする)。

 今は五百円あるわけだから、消費税を考慮しても四パック買える。合計十二本、さぞかしお腹は膨れるだろう。

 だがこれは机上の空論に過ぎない。十二本の団子を固くなる前に食べきれるほど、俺は大食漢ではない。


 うーん、やはりチャーハンセットか。

 そう思いながら俺は冷凍食品の棚の前にいた。冷凍室の扉を開けてチャーハンに手を伸ばしたところで、背後から声がした。

「ちょっと君、待ちなさい」

 その硬い声に、俺は不覚にも身をすくませてしまった。

 首をひねって後ろを見ると、店員がカウンターを出て店の出入り口へと歩いていく。どうやら俺にかけられた言葉ではないようだ。

「君、服の下のものを出しなさい」

 ん?

 俺は不穏な空気を察知して、冷凍室の扉を閉めた。

 また商品を探すような素振りをしつつ、店の出入り口が見える場所へと移動する。

 険しい顔をした店員が、小さな女の子を見下ろしていた。

 女の子は服のお腹のあたりが膨らんでおり、若干涙目になっているように見える。

 万引きか……。

 俺は見てはいけないものを見てしまったような気になって、すぐに視線を逸らした。

 おかしいとは思っていたんだ、あんな小さな女の子が一人でコンビニにいるなんて。

 パンを選んでいたおじいさんの孫なのかなとも思っていたけど、いつの間にかおじいさんはいなくなっている。

 女の子はどうやら万引きを認めたようで、店員がわざとらしくため息をついた。

「君、何をしたかわかってるの? 犯罪だよ?」

 おいおい。確かに悪いことをしたかもしれないけど、あんな年端もいかない子に大人げなくないか?

 俺は心配になって、近くの陳列棚の上から顔を覗かせる。

 女の子の顔は酷く歪んで、必死に泣くのをこらえているようだった。

「あ、すいません」

 え? 勝手に口が動いてしまった。

 店員がぎょろっとした目をこちらに向けたので、俺は震える足で陳列棚を迂回し、店の出入り口までやってきた。

「その子、妹なんです。ちゃんと払いますんで」

 店員が舐めるように俺を観察する。

 冷静に考えて、自分の妹を「その子妹なんです」という兄がいるだろうか。

 しかも俺とこの子は別々に店内に入ってきているというのに……ええい。

「こら、勘違いされるようなことしちゃダメだろ」

 言いながら、俺は女の子の頭に手を置き、作り笑いでわしわしと撫でた。

 事案発生だコレ。

 俺は口から魂が抜けるのを感じながら、女の子が持っていた食玩をひったくる。

「会計お願いします」

 もうどうにでもなーれ。俺は女の子の手を引いて、レジまでやってきた。

 店員は腑に落ちない様子だったが、仕方なくカウンターの向こうへと戻り、レジ打ちを始めた。

「298円です」

 まじか……。最近の食玩高いな……。

「あー、じゃあカラアゲさんもお願いします」

 店員がカラアゲさんを取ってくる間に、俺はレジに表示された金額をカウンターに置いた。

 財布には五円が残った。


 俺は女の子と手を繋いだまま、近くの公園までやってきた。

 もう陽が落ち始めていて、辺りは夕焼け色に染まっている。

 ベンチを見つけて腰を下ろすと、緊張の糸が切れて、俺は大きなため息をついた。

 隣に座った女の子は、赤い目で俺の持っているビニール袋に視線を送っている。

「……君、名前は?」

「……リコ」

「リコちゃんね……。万引きはダメだよ。とっても悪いことなんだから」

「……ごめんなさい」

 俺はもう一度ため息をついてから、ビニール袋に手をつっこんだ。中から魔法少女の食玩を取り出し、リコに差し出す。

「もう二度としないって約束するなら、これをあげよう」

「二度としない」

「本当か?」

 リコは食玩に釘づけになりながら、こくこくと頷く。

「お兄さんの目を見て誓いなさい」

 リコは俺に目を移し、こくこくと頷く。そしてすぐに食玩を見る。

 俺は三度目のため息をついて、食玩を渡した。リコは目を輝かせてそのパッケージを掲げる。

「家は近いの? ちゃんと一人で帰れる?」

「帰れる」

「そっか……」

 俺は少し安心して、カラアゲさんを取り出した。今日の夕飯はこれか……。

 つまようじに一つを刺して、口に運ぼうとする。

 ふと横を見ると、リコが今度はカラアゲさんに熱い視線を注いでいた。

「……食べる?」

 女の子はこくこくと頷いた。

「今日のことは内緒だぞ」

 そう言って、俺はカラアゲさんの刺さったつまようじを渡した。リコはすぐに小さな口でカラアゲにかじりつく。

 つまようじがなくなったので、仕方なく指でカラアゲさんをつまんで口に運ぶ。

 うん、ジューシーで美味い。

 夕焼け空を見ながら女の子とカラアゲさんを食べる。なかなかの贅沢だ。……贅沢か?


この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。


http://colonseries.jp/

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