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現実は厳しい

いやー事故った、事故った。

まさか指がちぎれかけるとは思いもしませんでした。

ぼちぼち再開していきます。

草原で見つけた獣道じみた無舗装の道をゆく。日はまだ高く、そして容赦なく照り付ける。もう7月とはいえこれだけ晴れていれば、いやそもそもここはゲームの中だ。

確かに暑く感じるが、我慢でき…あっつ。我慢出来る訳ねーな、というか汗が再現されているのか気持ち悪くて仕方ない。


上着のボタンを外して風通しを良くして歩く。ゆるく吹き付ける風であっても、汗が乾く気化熱によって涼しく心地よい。決して油断しないよう、刃渡り30センチほどのナイフをいつでも取り出せるよう。腰のホルダーから右手を遠ざけない。とにかく今日こそ進まないと、また仕事明けの真夜中の作業なんて先が思いやられるにもほどがある。


気怠い太陽が照り付ける道を一人、拠点としている街を出て、獲物を探し求め歩く。『GHD』サービス開始からまだ一月、されど既に一月という日時が経過していた。日数でいえば30日、時間でいえば720時間。

オープンβ勢は既に何処そこでギルドやクランを作成した、ダンジョン攻略に入ったとか、NPC達と抗争しているとか様々な情報がネットに回っている。華々しい活躍や新たな社会問題につながる火種、リアル深度なんとかしろという非難、それらを議論すれば現状では答えの出ない暗黒舞踏会というところ。


だがそれは木原鹿々にはまったく関係ない、例えるならとても遠い異国の話ででもあった。なにせ木原はそれはもう見事に、清々しい程わかりやすく、ビックリするほどにスタートダッシュに躓いていたからである。

そして現在進行形で躓いているからでもあった。

今まさに躓いて、でんぐり返しを重ねている最中でもあった。


まず初日、木原は街にたどり着けなかった。

何が起きたとか言うとこれまた単純明快、街を探して歩いていると粗末な布を纏いサビ果てた武器を各々手に持つ汚らしい小人型の魔物、いわゆるゴブリンが10匹以上現れたのだ。

奇襲では無い、だからこそ接敵自体は危機感知のスキルもあり気付けた。だがここで木原は痛恨のミスを犯してしまった。


素手でも何とかなるだろう、なんなら一匹倒せれたらそいつの武器を奪ってやれば良いと。


なにゴブリンなんて所詮やられ役、RPGでは序盤の経験値稼ぎの雑魚でしかない。それがお約束というものである。

「こいやおら、相手になってやる」

自身を奮い立たせるようわざと声に出し、右手握りしめて挑発する。ここから俺の無双物語りが始まるのだと信じて。だが結果は散々、俺の黒歴史ノートに新たな一ページが追加されただけ。

よく全うに考えて欲しい、一般的な現代人が命の奪い合いに瞬時に順応できるかどうか?ましていくら小さいとはいえ武器を持った相手に素手で挑む、それは特殊な訓練を受けたことなど無い木原には当然怖じ気づくものであり。張りぼてで出来た戦意が折れるのに一分とかからない事でもあった。


そしてその一分とかからない逃げ遅れた時間が致命傷でもあった。


ただの一匹と仕留めれず、逃げ出すも追いつかれ殺される。基本的な成人男性は武器を待たなければ野良犬と一匹と同戦力、そんな漫画の知識が正しいと証明されたのが妙に他人事のようで、


首に古びた刀剣がめり込む感触が妙にリアルで、


急に動かなくなった体は這いずり回る事すら叶わず…



そうして木原鹿々は死亡した。死因は出血によるショック死、初回プレイ時間はわずか26分32秒の事であった。


気が付けばそこは真っ白な空間であった。ログイン時は居たシステムCさんもいない妙に寂しい空間、だが同時に生きている事に妙にホッとしている自分がいた。VRとはいえ今つい先ほど分かりやすい程に死を経験したのだ。


動かなくなる体。止まっていく呼吸。暗くなる視界。


あまりにもリアル過ぎるその死の感触は死亡ペナルティーである6時間後、もう一度ログインする事にどれほどの勇気が必要であったか。

そして『GHD』運営はリアルの追求に妥協は一切無い様で、死んでしまえば装備は初期の服以外は破棄され、所持金が0という涙が出そうな思慮深さ。せっかくの予約特典は水泡となって消え去ってしまったのであった。


勿論、その日再度ログインしても似たような魔物に殺されて街に辿り着けなかったことも追記しておこう。結局木原の『GHD』初日に行った事は街を探し歩いて、殺されて死亡ペナルティーを食らった。ただそれだけであった。



二日目。


朝にもすがすがしい気分でログインしたら、速攻で敵に見つかった後死亡した木原は出社。仕事を終え帰宅したのは九時過ぎ。その間ずっと散々な昨日と朝の経験を踏まえ反省会を、職場で客も従業員も少ない仕事を終えた木原は意気揚々とログインし、愕然とした。


真夜中であったのだ。つまり真っ暗であった。


昨日の二回目のログイン時は確かに夕暮れであったが気にも留めなかった。今朝がたのログイン時にも気にも留めなかった、いやとどめる余裕がなかったと言うべきか。とにかくそんな大問題があるなんて思ってもいなかったのだ、もちろん自分が知る限りオープンβ時にもそんな事はなかった。


そして当然木原は暗視スキルなんて持っていない。

都合よく夜目が効くとか、不思議レーダーがメニューにあるとか、画面の明度をいじればどうにかなるなんて事も無い。『GHD』はいやになるくらいに現実準拠で、嫌になるぐらいリアル主義。


夜は見えにくい、視界が悪い、夜行性の魔物が活発化する。


そんな当たり前のことが当たり前に起きる。呆然と立ち尽くせばそれはもう、魔物にとっては襲ってくれと言わんばかりの獲物である。

二日目もこうして木原の『GHD』は幕を下ろしたのであった。


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