婚約者3
次の婚約者に逢うこととなったのは私が十二歳の時だったわ。その日、ユヅキくんも遊びに来ていて……動揺したように珍しく静かにルーンの隣に座っていたから、明日には槍が降るんじゃないかって思ったほどよ。
そのことを運悪く口を滑らせてしまったものだから、「酷い、シイナさん!」と怒られてしまったわ。まあ、ユヅキくんが怒ったところで可愛いだけなのだけど。
この事を口にしたら、本格的にユヅキくんに拗ねられてしまいそうね、と考えながら最後の二人の婚約者の到着を待っていた。
しばらくすると騒ぎ声が聴こえてきて、まあまあ元気が良い子ですこと……と考えているとユヅキくんは不愉快そうな顔をした。
あら? どうやら知り合いのようね、と私はのんきにそう考えていたと同時に客間のドアは開かれる。それと同時に思った以上の騒ぎ声に私は思わず顔を歪めた。
……元気すぎるのも困ったものね……。
私は内心、そう呟いていると……騒ぎ声の持ち主はこう言っていたわ。
「俺は好きな人がいるの!見合いなどする気はない、と何度も言っただろうが!俺は恋愛結婚して、ちゃんと心から愛している人と結婚するのが夢だったのに……どうして!今までたくさんのことを我慢してきたと言うのに、これくらい我儘も許されないのか!」
と、そんな純粋で真っ直ぐな声で、何も穢れの知らない……馬鹿正直な言葉を彼はそう口にしていた。
教えてあげたいわ、貴方の生きる世界は馬鹿正直に生きていけるほどに甘い世界ではないと。時に自分を悪役に見立てて、生きていかなければならない時が来るかも知れないことを、覚悟して生きていかなければならないと言うことを。
彼の両親は、あまりに息子が純粋すぎて言えなかったのね、と考えていた。
「初めまして。シイナ ユキーシャと申します、よろしくお願いします。単刀直入に言います、貴方との見合いお断りさせて頂きます。……想い人がいる方と無理矢理婚約するほど、私は悪役にはなれませんわ」
と、私も彼の純粋さに負けてそう言ってしまうくらい、その真っ直ぐな純粋さには羨ましさを感じてしまっているの。
彼は目を丸くして驚いている。……あら? 私は良く貴族令嬢のお嬢様方が好むような、悪役令嬢ではありませんからね。人は見た目では判断してはいけないのよ、この失敗を次にいかして欲しいものね。
言っときますけど、この方との見合いは騒ぎ声を聴いた時から断るつもりでした。……何故でしょうか、私の勘が言っているような気がするの……この人は“彼”じゃないと。
「想い人に想いが伝わると良いですね」
私はそう言って、膝の上にある詩集を手にし視線を本に移すのだった。
◇◆◇◆
私は静かになった客室で、静かに詩集を黙読していると……遠慮がちに部屋のドアが二回、ノックされる音がした。
珍しくルーンがユヅキくん以外の人のお出迎えに行ったため、私は驚きのあまり思わず目を見開いた。
ルーンが抱きついていた人物は最少年で騎士団に入隊したと言われ、現副隊長の座についており、その副隊長の座についたのも最小年である天才魔法騎士であるユーリ アリアさんだった。
どうして? 最後の婚約者候補は……現隊長さんだったはずよ……?
と、私はあまりに予想外な展開で、いつもならポーカーフェイスで隠せている動揺も思っ切り表情に出てしまっていた。
そんな私の代わりに、
「……どういうことだ? ユーリくん、確か……メルトがシイナさんの見合い相手だったと聞いている。どういう訳でユーリくんがこの場に来たのか……、詳しく聞かせて貰おうか」
と、そう聞いてくれた。私より年下だと言うのに、頼りがいのある少年に育ったものね、と思わず関心してしまう。
そんなユヅキくんの問いに生真面目そうな返事をした後、こう言った。
「今朝、急に見合いがあるとそう言われ、隊長は自分とはシイナ様と歳が離れ過ぎていると嘆かれ、代わりに代理として私が行けとそう言われたのです。そんな言葉に呆然としている間に馬車に詰め込まれ……今に至る訳なのであります」
と、そんな言葉に思わずクスクスと笑ってしまう私。一方ではユヅキくんは真剣な顔をして、「アイツ……今月減給決定だな」とそう呟いていたわ。