プロローグ
この話は存在した歴史上の人物の話ではありません。主人公はこの物語上の人物です。
十二単が良く似合う、美しく長い髪を持つこの女性は、格好は女性でも本当は男性で生まれてからずっと……性別を偽るよう、そう彼は育てられてきたのです。
彼自身が“男性”で生きることは出来ないでしょう、女性として名を残し、そのあまりの美しさに誰も“男性”だと気づかない。
彼自身は自分の性別が“女性”ではないのに、異性の格好をすることを止めたいと願うこと、……その願いを諦めてしまいました。……本当は何よりも、この格好をすることが嫌だったと言うのに。
きっと彼は「本当の自分を……誰か見て」と、願っていたことでしょう。
その願いは届きましたが、その願いが叶ったせいで彼は……自らを死へ、追い込んだのです。次は彼と幸せになりたいと首筋を懐刀で切り、自分を愛してくれた男を……想いながらその生涯を十五歳の十五夜の日、終えました。
彼を愛した男は知っていました。
……彼が自分と同性であることを……。
それを知りつつも尚且つ、男は彼を愛し続けていました。それはもう、許嫁と結婚しても……彼だけを生涯愛す、と記してしまうくらいに愛し……死を悲しみ続けたのです。
◇◆◇◆
「……本来ならお主は地獄行きだった。が、女装を生涯押しつけられるのは……人生を決めていた我も想定外のことだった、申し訳ないことをした。そしたらお主は……あの男と静かに、細々と幸せに暮らせていた人生だったと言うのに……我の不甲斐なさで自ら、死を選ばせてしまった……!」
と、時計の柄が描かれた青年は涙ながらにそう苦しそうな声で言った。
私は自ら選んだ道なのです、地獄行きも甘んじて受け入れましょう……とそう言おうとした。だけど……その青年に言葉を遮られてしまう。
「特例とし、我々は貴方へ異世界の転生をお詫びにさせて頂こうと考えている。……すまない、これは決定事項なのだ……」
と、彼は申し訳なさそうに私に言った。
それならと……私は青年が今からすることを、受け入れることにした。
「次はお主は女となる。……すまない、お主と波長の合う身体、魂の器がその者しかおらんかったのだ。不甲斐ない我を……許しておくれ」
と、青年の言葉を聞き、私は横に首を振った後……最初から恨んではおりません、私は誰も恨んではいないのですと、そう告げ包まれる光に抗うことをせず、静かに目を閉じた。
目が覚めれば、私が知らないものばかりが溢れているこの部屋で、自由の利かない身体だったけど何とか手のひらを自分の顔の前にかざせば、まるで楓のように小さい手……。
ああ、私は生まれ変わったんだと……実感が湧いた瞬間だった。
私はあの人だけを想い、愛して生きていくわ。もしあの人がこの世界に転生しているのであれば、愛しい彼がいることを……気づかないはずがないもの。私はあの人と……いいえ、あの人とだからこそ一緒に幸せになりたいの……。
あの人がどんなに見た目が変わろうと……、性格が変わらないままだったなら私はどんなあの人でも愛せるわ。
これで堂々と愛せる、あの人のことを……。好きな人が彼だって胸を張って言えるわ、私の前世の父様母様は同性愛を良く思っていなかったから……前世では友人としての対応しか出来なかったから。
あの人が生まれ変わっていることを祈って、私はこの世界を生きていく。