第五話 ~二人きりの時間~
二人はこれから一体どうなって行くのでしょうか?
それは一希次第ですね。
ともかく、本編へどうぞ。
「そういえば、響。写真を撮らないか」
「しゃ、しん?」
「今あることをそのまま形として残せるんだ。よく、『真実を写すもの』と呼ばれる」
「うん! じゃあ、そうしよう」
テーブルの上にカメラを置く。
タイマーシャッターにしてあるので、俺は早々に響の隣に座る。
「ほら、響。笑って。ニコッと」
「ニコッ」
「はい、ニコッ」
すると、カシャッという音が聞こえる。
俺がカメラを取り、先程撮った写真を確認する。
「良かった。上手く撮れてる。最高に、良い写真だ」
「これで、いつまでも残るの?」
「ああ。何時までも残って、何度忘れても何時でも思い出せる」
二人寄り添い、笑顔の写真。
日常であれば、なんの変哲もない写真かもしれない。
けれど、俺たちにとって、響にとって、とてもとても大切なもの。
「響、今覚えてる事とか、今の気持ちとか、これに書いて」
そう言って、俺は黒鉛筆と色鉛筆を。
ノートの一ページ目に、今日の日付と現在時刻を書き入れ、響に渡した。
医者が言っていたが、普段使っていた言語や使っていた文字などは忘れていないそうだ。
響は一体どんなことを書いているのだろうか。
気になりはするが決して見ない。
どうせ見るのなら、記憶が戻った後で一緒に見ればいい。
だから、それまでは見ない。
「書けたよ、カズ君」
「響、少し何か話そうか」
記憶が消えてしまう。
だが、その考えはあまり頭の中には無かった。
今この瞬間を楽しんでいる。幸せだと思っている。
確かに・・・・ものすごく辛く、悲しい。
けれど、無くなったとしても、幸せだったこの時間は無くなりはしないから。
「・・・・響」
彼女の名前を呼び、右手を彼女の頬にあて軽く撫でたあと、頭を撫でる。
「んっ」
「ごっ、ごめん響。嫌だった?」
「嫌、じゃ、ない。嬉しい」
「・・・・響。響は何かしたいこととか欲しいものとか、ある?」
すると、真正面から響が抱き付いてきた。
胸に顔を埋めて、こちらには顔を見せずに言う。
「このままにして欲しい。なんだか凄く恐いけど、カズ君の匂いとか温かさを感じてると凄く安心できる」
俺は何も言わず、響の背中に手を回し、優しく抱きしめる。
響から涙をすする声が聞こえる。
「響、大丈夫?」
何も言わず、響は首を縦に振る。
強く抱きしめながら。
「カズ、君・・・・」
俺は何も言わず、ただただ響を抱きしめ続ける。
しばらくすると、落ち着いた響が少し体を離した。
恥ずかしいのか、顔は上げない。
手を握られるが、何も喋らない。
もうじき、その時が訪れてしまう。
「何度忘れても、忘れない記憶があると信じているから」
小さな声で俺は呟いた。
そして、その時が訪れた。
「私は、貴方は・・・・」
「響」
「?」
「君の名前は、響。俺の名前は一希」
「・・・・かず、き? ううん、カズ君?」
響は未だ繋いでいる手を離さずにいる。
そして、響からお腹が鳴る音が聞こえる。
「お腹空いちゃった」
思わず少し笑ってしまった。
響は照れながら、もうっ、と言っている。
「じゃあ、食べに行こうか」
部屋の扉を開け、階段の前に来ると響の足が震えているのに気付く。
俺は響をお姫様抱した。
顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている響に
「嫌じゃない? 恐くない?」
と聞くと、首を横に振った。
俺は、一段ずつゆっくり慎重に階段を降りた。
階段を降りると響のお母さんと鉢合わせしてしまい、
「あら、まあ」
と言われ、嬉しそうにクスクスと笑った。
「桜子さん、響がお腹が空いたそうで、階段を降りるのが恐そうだったので」
「はい、はい」
響のお母さん、桜子さんは嬉しそうに、そしてなんだか楽しそうだ。
「朝ごはん用意してあげるから、リビングのテーブルに座って」
言われた通り、リビングに行き、テーブルについた。
「あの人は・・・・?」
「響のお母さんだよ」
「お母さん?」
「そう。凄く優しい人なんだ。安心していいよ」
「うん」
そう言いながら響は自らの手を俺の手の上に重ねる。
俺は何か言おうとしたが、何も言えず、桜子さんが朝ごはんを運んできた。
ご飯に味噌汁にだしまき卵。味噌汁には沢山具が入っていて、おいしそうだ。
響は両手を合わせ、
「?」
首を傾げる。
「ありがとう」
と言い食べ始めた。
おいしそうに食べるなと思いつつ響を見ていた。
食べ終わると再び手を合わせ
「おいしかった」
と言った。
「あの、桜子さん」
「何、一希君?」
「写真撮りませんか? 思い出に残す為に」
「そうね。撮りましょうか」
「何をするの?」
「俺と、響と、響のお母さんが一緒に居たっていうことを残すんだ」
「私はなにすればいいの?」
「響は笑顔で座って。ニコッと」
「分かった」
カメラのタイマーシャッターをセットし、俺は響の横に座った。
桜子さんが俺たちの頭の上にそれぞれ手を乗せる。
チラリと見ると桜子さんは嬉しそうな笑顔だった。
カメラのシャッターが自動で切られる。ちゃんと撮れているか確認をする。
「・・・・いい写真だ」
「そうね。凄くいい写真ね」
「みんな、幸せ?」
「そうだな。みんな幸せで、嬉しそうだ」
喜びや幸せを分かち合う。
とても幸せな一時。
先ほどと同じように、響にノートを渡した。
どんな言葉が綴られているのだろう。
きっと幸せに満ちているだろう。
書き終わると俺にノートを返してくれた。
「ありがとう。響、少し散歩に行かないか?」
響は戸惑うような表情を見せている。
きっと恐いんだ。恐くない筈がない。
「大丈夫、俺が手を握ってるから、さ?」
「うん。絶対離さないでね?」
「うん。絶対離さない」
「絶対だよ?」
「絶対だ」
「じゃあ、着替えてくる。カズ君、手伝って」
「えっ!? あっ、うん」
「よろしくね、一希君」
「は、はい」
なんやかんや流れで響の部屋に来てしまった。
心臓の鼓動が響く中、彼女の声が聞こえる。
「カズ君、どっちがいいかな? こっち? それともこっち?」
響は両手に持っている服を俺に見せてどちらが似合うか訪ねてくる。
「どっちもすごく良いと思うよ」
「え~迷ってるから聞いてるのに」
「どちらかというと、そっちのワンピースの方が俺は好きだよ」
「じゃあ、そうする。カズ君、今から着替えるからあんまり見ないでね? けど寂しいからこの部屋には居て」
「・・・・分かった」
視線を床に落とし、響のほうは見ないようにする。
服が擦れる音がする。
脱いだ服は床に落とされている。
暫くすると、着替え終わり、響が声をかける。
「もう、見ても良いよ、カズ君」
「・・・・凄く似合ってる。かわいいよ」
純白のワンピースを着た響は言葉では言い表せない姿だった。
大人びているような子供のような。
煌々しいは言い過ぎかもしれないが、ただ本当にかわいい。
「それじゃあ、行こうか」
手を取り階段は先程と同じように降りる。
上るときは俺が後ろで支えになっているので安心するらしいが、降りるときに関しては恐いのだろう。
外に出ると気持ちがいい風が吹く。
手を繋ぎ、特にあてもなく歩き出した。
人気のない河川敷の芝生に腰を落とす。
流れる雲を見つている響。
握りしめている響の左手が僅かに震えている。
「大丈夫だよ」
ただ、そうとしか言うことができなかった。
「心配しなくてもずっと傍にいるよ。隣にいるよ」
時が無情なのか、世界が無情なのか。
再び来てしまったリセットに、リセットが来るたびに何かが狂いそうになる。
それでも、握りしめているこの手を離すわけにはいかない。
響には返しても返せない程の感謝と恩がある。
だから、黒い沼に沈んでいる訳にもいかない。
一通り話を終えて、再び響と歩き始める。
「もうすぐお昼だし、ご飯食べに戻ろうか」
「戻る?」
「そう。響の家に戻るんだ」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ」
そう言って響の家に戻った。
昼御飯を食べ終わり、どこに行こうかと迷ったが自分の家に来てもらうことにした。
響は俺の手を握り、問う。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「違う。カズ君が大丈夫?」
「・・・・」
「無理しちゃダメ。焦っちゃダメ。ほら笑顔」
響が俺の口の端を親指で引き上げる。
「私はカズ君が何思ってるかわからない。けど、カズ君の苦しさを軽くする事はできると思うの」
「・・・・うん」
「カズ君、私カズ君の事全然知らないし、きっとカズ君に大変な思いをさせてるんだと思う」
「・・・・それは少し違う」
「えっ?」
「俺は響と居るだけで、喋ってるだけで幸せだよ。だから、大変だなんて思ってない。思ってもすぐ、幸せが覆い隠してしまうから」
「そ、そう、・・・・なんだ。それなら良いんだけど。なんだか切羽詰まったような顔してたから」
「ごめん、響。心配させて。俺は大丈夫だよ」
響は少し手を引っ張るような形で
「行こっか」
と言った。
その時俺はなんだか複雑な気持ちで
「ああ、気をつけて行こう」
と言った。
「---ただいま」
「おかえりなさい」
「この人は俺の母さん。響はいつも菜々子さん、て呼んでたんだ」
「こんにちは」
「ゆっくりして行って」
「響、俺の部屋に行こうか」
階段を細心の注意を図りながら上り、俺が自室の戸を開ける。
「どうぞ。入って」
「失礼します」
そう言って入った後、響は深呼吸をする。
俺も一応嗅いでみるが自室なので異臭でもしてない限り気づかない。
「何か変な臭いでもする?」
「カズ君の匂いがして、凄く落ち着く」
「・・・・ん?」
「凄く安心できる匂いなんだよ」
「ま、まあ、座って。それと、これ書いてくれるかな」
ノートを今まで通りに渡し、響に書いて貰う。
「カズ君、私色んなこと忘れてるんだね」
ノートを読みながら呟く。
響は突然立ち上がり、顔を上げずこちらへ向かってくる。
目の前まで来て膝を着くと抱き付いてきた。
「いや、だよ。恐いよ。忘れたく・・・・ないよ」
「また、思いださせるよ。何度忘れても」
「・・・・カズ君。いつか、時間がどれだけ経っても忘れない日が来るのかな」
「きっと来るさ。・・・・いや、来させるさ」
「・・・・」
「・・・・」
「カズ君、幸せってなんだろうね」
「今、こうしてることが幸せなんだと思うよ」
「そっか。じゃあ、今凄く幸せだね」
「そうだな」
「私ね、カズ君と居られるだけで幸せだと思ってるよ」
「・・・・そっか」
もうじき時間だ。
記憶はすべて消えてしまう。
いや、正確には全てではない。
大切な記憶は心の中に残っている。
そして、また同じような会話をする。
君の名前は響で、俺の名前は一希。
どうしてこんなにも悲しい気持ちになっているのだろう。
安心しているような気がするのに何かが引っかかって仕方がない。
私はカズ君の何なのか。カズ君は私の何なのか。
頭の中が真っ白なのにぐちゃぐちゃする。
そこにただ、大丈夫、大丈夫だよ。としか言えない。
安心などできる筈ないのに、すがるように抱き付いてくる。
ただ響は俺の名前を呼ぶ。
抱きしめる力を少し強くして。
不安で一杯で、それでもどこかで幸せと安心がある。
どこか、なぜか信じられる。
共に感情をぶつけ合う声と、今にも消えてしまいそうな声。
「そっか」
「うん」
「少し落ち着いた?」
「うん。ありがとう」
「・・・・まだ苦しい?」
「わからないけど、しばらくこのままがいい」
「うん」
静寂に包まれる部屋。
唐突に響が口を開く。
「あったかいね」
「そうだね」
「違う、そういう意味じゃあないの」
「?」
「カズ君の気持ちがあったかいの」
「・・・・」
「カズ君、照れてる?」
「・・・・うん。なんか、そう言われると嬉しい」
「それなら私も嬉しい。・・・・カズ君が嬉しいって言ってくれると凄く嬉しい」
「それは俺も同じだよ」
お互いにクスクスと笑いながら顔を引き寄せあう。
「なんだろう、幸せだね」
「そうだな。幸せだな」
「・・・・カズ君、あったかい」
「響もあったかいよ」
こんなことが続いていく。
幸せだと感じながらも、苦しくてたまらない。
無理だと諦めてしまうのはあまりに簡単すぎる。
けれど、信じたいから信じているから、幸せだと感じられる。
確かに幸せだと感じているけれどどこか違う。
響はそれがわからない。けれど俺はわかってしまう。
幸せだけれど、現状を変えたい。
苦しいからこそ今を変えたい。
この気持ちが壊れないように、自分が壊れないように。
大丈夫、大丈夫。と暗示をかける。
いつかの日が来ることを信じて。
「響、このノートに今の気持ちとか覚えてること色々書いて」
もうすぐ九月だ。
響と一緒に月見をしよう。
二人で星と月を見ながら団子を食べる。
月が綺麗だね、とか言ってもきっと、そうだね綺麗だね、と言うんだろう。
それでもいいかな。
そんなことを思いながら。
記憶が戻ることを願い、祈っている。
忙しい毎日のせいで2か月以上更新していなかったという事実。
時間がほしいですね。