第四話 ~無限分の一~
展開がかなりマッハなのは気のせいです。
気のせいで無かったとしても仕様です。
兎にも角にも、本編へどうぞ。
「一希。俺は一希って言うんだ。君の名前は響だ」
「? そうなの?」
「ああ。俺のことは『カズ君』とでも呼んでくれ」
「分かった、カズ君。その人達は?」
「この人たちはみんな優しい人たちだ。安心して良いよ」
響はとても落ち着いた様子で、何の疑いも持っていない。
「すみません、しばらく二人きりにさせてくれませんか?」
その場にいる人たちが了承し部屋にいるのは俺と響だけになった。
俺はベッドの横にある椅子に腰をかける。
「私、なんだか変なの。カズ君と会ったことないのにどこか懐かしいの。変だよね?」
「変なんかじゃない。全然変なんかじゃないよ」
「本当? だったら、嬉しいな」
「響はどうしてそう思うのか知りたい?」
「うん、知りたい。教えてほしい」
俺は今までの俺と響の人生とか出会いをざっくりと話した。
「・・・・そうなんだ。ごめんね、カズ君。辛い思いさせちゃって」
「謝らなくていい。響は何も悪くないんだから」
「私、本当に全部忘れちゃうのかな・・・・」
「俺が取り戻す。何度忘れても何度も思い出させる。最後には全部思い出させてみせる、記憶がなくならないようにする」
「それでも・・・・恐いよ」
「俺が、ずっと、ずっと傍にいる。恐い思いなんてしなくていい」
「カズ君、手握って」
俺は両手で響の左手を優しく握る。
「カズ君、私信じてるね。カズ君の事。私も絶対カズ君のこと思い出す、から、ね」
響は泣きながら俺に言った。
「約束する。絶対取り戻してみせるから」
もうすぐ、時間だ。
再び、響の記憶がリセットされる。
全て忘れてしまって、何もかも思い出せなくなってしまう。
「カズ君・・・・」
「響・・・・」
記憶は徐々になくなるのか、一度にすべて消えてしまうのか。
どちらにせよ、恐怖でしかない。
理解できないうちに記憶を失ってしまう。そしてそれを理解することができない。
「あれ? 私どうして泣いてるんだろ? 私は、貴方は、誰?」
「・・・・君の名前は響。俺の名前は一希って言うんだ」
もう一度、同じことの繰り返しなのか?
また、言って忘れての繰り返しなのか?
それじゃあ、駄目だ。
ループは気づかない可能性が高い。
何か変化を与えないと。何がきっかけになるか分からない。
「そうなんだ。じゃあ、私は君のことカズ君って呼ぶね」
「ああ、嬉しいよ。ところで響、歩けるか?」
「うん、少しだけなら大丈夫」
「じゃあ、少し外の空気を吸いに行かないか?」
「うん!」
響は俺の手を握り、ベッドからゆっくりと降りた。
「無理しなくて良いからな。辛くなったら、言ってくれ」
「分かった。ありがとう、カズ君」
俺たちは手を繋いだまま外へ出た。
「いい天気だな」
「そうだね、すごく気持ちがいい」
「少し、歩こうか」
響は頷き、ほぼ同時に歩き出す。
「なんだろう? こうしてカズ君と手を繋いで歩くのがまるで初めてじゃないみたい」
「初めてじゃ、ないよ」
「えっ?」
「俺と響はこうして今みたいに手を繋いだこといっぱいあるよ。だから、気のせいなんかじゃない」
「それならよかった。凄く安心する。・・・・私ね、何も覚えてないの。何も思い出せないの」
「うん」
「けどね、不安とか全然なくて。むしろ凄く安心してるの。なんだか、すごく心が踊って、楽しくて嬉しくて、喜びでいっぱいなの」
「俺もそうだよ。響といると凄く安心する。それに俺も響と同じこと思ってたんだ」
「本当!?」
「本当さ」
響は凄く嬉しそうで楽しそうで、幸せそうな笑顔だった。
「カズ君」
「どうした、響」
「呼んでみただけ」
「そっか。・・・・響」
「何? カズ君」
「呼んでみただけだ」
「もう」
お互いに笑い合う幸せな一時。
こんな時間がいつまでも続けば良いのに。そう、思わざるを得ない。
「そろそろ戻るか」
「もう、戻るの?」
「響の体に何かあったら困るし、心配なんだ」
「もう少しだけ、外にいよう? ほら、あそこにベンチがあるし、そこで座って話すなら良いよね?」
「そうだな」
ベンチに座ると響が寄り添ってきて頭を俺の右肩に乗せた。
俺は響の左手と自分の右手で指を互い違いに絡め合うように握った。
俗に言う『恋人繋ぎ』というやつだ。
しばらく、その二人だけの時間を堪能した。
まるで、時間がゆったりと流れていくようだった。
白い雲が真っ青な空を飛んでいる。
こうしているだけで、十分幸せだった。
そして、まもなく来るであろう虚しさと悲しさ、そして恐怖。
それすらも忘れさせてくれる一時。
「・・・・私、こんなところで何してるんだろう?」
しかし、再びふりだしに戻ってしまった。
「君は、響は俺と、一希と一緒に散歩してたんだよ」
「貴方、一希・・・・カズ君と一緒に私が」
やっぱり、どれだけ忘れても忘れていないことがある。
例えば普段使っていた日本語なんかは普通に喋っているし、名前を言えばニックネームも自然と出てくる。
本当に大切だと思ったことは、脳ではなく心と感覚が覚えている。
例え希望的観測にすぎなくとも。
『1+1=∞』にもなりえるから。
ありえないなんてことは、ありえないから。
可能性と未来は無限大だから。
信じて前に進むしかない。
理解しようとしては、計算しようとしては駄目だ。感覚のみを信じよう。
止まらない。止まれない。止まるつもりもない。
諦めるなんてできるわけがないから。
「響、病院に戻ろう」
俺は恋人繋ぎのまま響の手を引き、響もただ頷いて、響の病室に戻った。
それから半月ほど経って、俺達は退院した。
相変わらずと言っては何だが、響に変化という変化はない。
季節は既に夏の終わりを迎えている。もうすぐ秋だ。
医者にも言われたが、記憶喪失が治っても短期記憶障害が治ることは極めて難しいと。
その時、俺はこういった。
「宇宙が生まれて、地球が生まれて、人間が生まれて、そして人と人が出会う確率って知っていますか?」
と。医者はキョトンとした顔をしており、菜々子さんたちも同様だった。
「限りなく零に等しいんですよ。まさしく、人は出会うだけで奇跡なんです。分かりますか? それこそ『無限分の一』の奇跡なんです。そしたら、それと同じ奇跡を起こせばいいじゃないですか」
「そうだな。奇跡は起こるものじゃない。起こすものだ。遠山一希君、君と話しているとこちらの考えを改め直されるよ」
「誉め言葉として受け取っておきます」
「ああ、是非そうしてくれ。・・・・これから苦悩することが沢山あるだろう。それは、おそらく今までよりも過酷なものだ。医者が精神論を語るのはどうかと思うが僕は気にしない。大切なのは、心だ」
「はい」
「記憶喪失も同じだが短期記憶障害は治るきっかけが分からない。だからまず、写真を撮ること。次に、その時の気持ちや想いをノートなどに書かせること。写真は必ずアルバムにするんだ」
「はい。ありがとうございます」
「次に会うときは、結婚式場にしてくれ」
「はい!」
齢十六の晩夏。ここからどれほどの時間が必要なのだろうか。
いや、どれだけ必要でも関係ない。
「一希、学校には事故の後遺症だと言ってある。治るまでは行けないともな」
「父さんありがとう」
「謝るなよ、一希」
「えっ?」
「謝るんだったら、結婚式場にしてくれ」
「・・・・はい」
「まずはカメラのメモリーと、ノート買って行きましょうか」
「そうだな」
「カズ君、お礼も結婚式場でしてね?」
「はい」
「一希君、私たち家族は先に家に戻ってるからね」
「分かりました。響がいるときは喧嘩とかは、どうかしないで下さい。響が不安になりますから」
「分かった。・・・・一希君、ちゃんと記憶が戻るまでは結婚なんて認めないからな」
「はい」
そういった後、家族単位で別れた。
家電量販店に行き、メモリーカードを買った後、良品店に行きノートを大量に買った。
「このあと、どうするつもりだ? 帰ったら少し遅くなってしまうが・・・・」
「響に無理はさせたくありませんので明日からにします」
「そうか。なに、焦ることはない。ゆっくりでも前に進めばいいんだ」
「それじゃあ、帰りましょうか」
帰宅した後、父さんからデジタルカメラを貰った。
最近買い変えたばかりだったが、それで撮ってあげなさいと言われた。
父さんは二年前ので十分だから、と言って新しいのをくれたのだ。
感謝の気持ちを伝え、明日の準備をする。
明日からが本当に記憶を取り戻すことになる。
勿論、今までもやってきたが病院とその外では違う。
一日のことを全て済ませて、早々に寝ることにした。
時計の針は十時を指していた。
-次の日-
目覚ましが鳴り響く。
朝六時。欠伸をしながら布団から出た。
体を伸ばし、手洗い場に向かった。
うがいをしてからリビングに向かった。
すると、既に菜々子さんが朝食を作っており、父さんも仕事へ行く準備をしていた。
「おはよう、カズ君」
「おはよう、母さん」
「おはよう、一希」
「おはよう、父さん」
両親に朝の挨拶を済まし、朝食の準備をする。
いただきますの声の後にご飯を食べ始める。
食事中、誰一人として喋らなかったが、いつもと空気が違った。
「ごちそうさまでした」
食器をシンクに置き、茶碗や皿に水を入れる。
俺は二階に上がり、自室のカーテンと窓を開ける。
昨日用意した鞄を持ち、玄関へ向かった。
「もう、行くの?」
「はい、できるだけ起きる前に行っておきたいので。響の両親にも了承を得ています」
「そう。・・・・カズ君」
「はい」
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
まだ日が昇りきっていなかったが、小走り気味に響の家に向かった。
チャイムを鳴らしては起こしてしまうので、三回ノック。
すると、中からどうぞの声が聞こえたので静かに玄関の扉を開けた。
「おはようございます」
「おはよう。まだ、響は寝てるわ」
「分かりました、おじゃまします」
俺は迷わず響の部屋の前まで行き、ゆっくり静かになるべく無音になるように扉を開けて中に入った。
響の寝顔を見て、素直にかわいいと思ってしまった。
胸ときめく、とでも言うのだろうか。
こうしてみると、ごく普通の女の子だなと思う。
小さな声で彼女の名前を呼び、軽く頭を撫でる。
7時すぎ頃、響は目覚めた。
「・・・・ん?」
「おはよう、響」
「おはよう。えーと・・・・」
「一希だ」
「あっ! うん? ・・・・カズ君。そう! カズ君って呼んで良いよね?」
「勿論、喜んで。改めて、おはよう。響」
「おはよう、カズ君」
当初は『知っている』ということに違和感を覚えていた響だが、今となってはあまりそうではない。
響にとって、当たり前として定着することは目まぐるしい進歩だと思う。
それでも実は、違和感を覚えないのは俺や響の両親の名前とかぐらいで、その他は全くだったりする。
「あのね、なんだか凄く楽しい夢を見たの」
「どんな夢だったんだ?」
「聞きたい?」
「ああ、凄く聞きたい」
「あのね、あれはきっとカズ君だった。私とカズ君が手を繋いで歩くの。それでね、人がいっぱい並んでるケーキ屋さんに付くんだ」
「それで、それで?」
「二人で何食べる? て話してるの。するとすぐに順番が来て、私とカズ君は同じイチゴのショートケーキを頼むの。それでね、二人で美味しいねって言いながら、あーんてし合うだ」
「そっか、そっ、か」
「カズ君、どうして泣いてるの?」
「どうして、だろうな。俺も同じ夢を見ているから、かな」
「そうなの? だったら、私と同じだね」
「そうだな」
厳密に言えば少し違う。俺は、『今』その夢を見ているんだ。
「カズ君」
「どうしたんだ、響」
「私、凄い恐い夢も見たの」
「どういう、夢だったんだ?」
「私が独りになっちゃう夢。けどね、起きたときカズ君が『おはよう』って言ってくれて凄い安心した。なんだか、懐かしくて暖かい気持ちになったの」
「まだ恐い?」
「全然恐くない。だってカズ君がいるから」
響は首を傾げて何か違和感を感じているがその正体を掴めていない様子。
しかし、先ほどの台詞に以前の響の面影が少し見えた気がした。
意外とサブタイトルって悩むんですよね。
こっちの方がいいか、あっちの方がいいか、みたいな。
それで何かが変わる訳ではないと思いますが・・・・。
できれば、引き付けるサブタイトルにはしたいな、と思う私です。