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御手紙届きました  作者: 片栗粉
一通目
3/3

冷徹な配達員

「黒山郵便局 郵便配達員 黒山透」


黒山は、マンションの住人にそうとだけ書かれた単純な名刺を手渡す。


「お願いします」


無表情のまま、黒山は口を小さく動かす。


「は、はぁ」


住人は、少し戸惑う。


「杉山 慶太さんですね」


黒山は、杉山の目を凝視する。


あまりの鋭い目線に杉山はまた戸惑う。


「そ、そうです。杉山です」


「今回は、黒山郵便局をご利用いただき、ありがとうございます」


黒山の口調は、心がこもっているとは言い難い。


常に変わらない冷徹な目が一点から目線をそらさずに見つめる。


「では、具体的な利用規約と、活動内容の方を説明させて頂きます」


黒山は、抑揚のないしゃべり方を続ける。


機械が話すように、声は一定だ。


「え、えぇ、分かりました。 部屋に入ってください」


杉山は黒山のペースに戸惑いを隠せずにいた。


「では、お邪魔させていただきます」


黒山は相変わらずの無表情のまま部屋に入る。


どこを見る訳でもなく、黒山は無表情で杉山に着いていく。


杉山に案内されて、リビングルームに入る。


整頓された部屋の光景が目に飛び込む。


無駄な物はほとんど置かれていない。


その光景からは、杉山という人間がきれい好きだということが読み取れる。


食卓の横に並ぶ棚の上には、幾つかの写真が置かれている。


写真も等間隔で並べられており、杉山は余程の完璧主義者に思えた。


その写真には、若い頃であろう杉山が写っていた。


しかし、その写真と現在を比べると、本人とは思えない部分があった。


目だ。


写真から感じるいきいきとした輝きのある目は現在の杉山からは見ることが出来ない。


現在の杉山の目は霧がかかっているように暗く、薄い色をしている。




「では、早速話を進めていきます」


黒山は、食卓に並べられた椅子に腰かける。


杉山も黒山の向かい側に腰かける。


「お願いします」


杉山は緊張した様子で頭を下げる。


「まず、杉山さんは黒山郵便局についてどこまでご存知ですか」


「いや、実を言うとほとんど知らないんです。 存在を知ったのもつい最近でしたし、半信半疑でしたし・・・・」


黒山郵便局の存在は、ほとんど知られていない。


特定の人物だけが知っているだけだ。


そして、知ることのできる者もほとんどいない。


そして、信じる者はもっと少ない。


「・・・さようでございますか」


黒山は、ワンテンポ遅れて言う。


マニュアルに従って話しているのが丸見えなほどに棒読みだ。


感情も、何もこもっていない。


「・・・で、本当なんですか?」


「何がでしょう?」


「そ、その・・・過去の自分に手紙が送れるってのは・・・」


「本当で御座います」


黒山は杉山の問いに一切の迷いもなく、冷静な目線を送り続けながら、無表情と小さな口の動きで答える。


「過去の自分に手紙が送る」これが黒山の仕事、郵便配達だ。


だから、誰も信じない。


そして、黒山は公表しない。


だから、ほとんど知られていない。


知ることが出来ても、それは噂。


依頼人は、皆、噂に噂を重ねられた噂を頼りに依頼する。


だから、依頼人な皆、杉山の様に半信半疑で、情報もほとんどない。


時には、金儲けのために


時には、人を救うために


時には、あることを伝えるために・・・


人々は、黒山郵便局を利用する。


欲望や、優しさや、悲しさをもって黒山に依頼する。


過去を変え、未来を変えるその手紙・・・


黒山はその手紙を届ける。


しかし、黒山の存在を知ることが出来るのは、ほんの一握りの人間。


過去に、人生や人間そのものが変わってしまうような後悔、トラウマを持った者だけが黒山を見つけられる


杉山の霧がかかった目も、その過去のせいなのだろう。




「杉山さん」


「はい?」


「黒山郵便局については、あまりご存知では無くとも、この郵便局の利用者の条件はご存知ですよね」


「はい、一応・・・ ほとんど噂ですけど・・・」


「私の噂はほとんどが事実です。 嘘のつきようがないですからね」


「もともと、嘘の様な話ですもんね。 過去の自分に手紙が送れるなんて・・・」


杉山は、苦笑いをしながら言う。


その笑いには、まだ杉山が信じきっていない感情が混ざっていた。


「では、幾つかの注意事項を話させていただきます」


「はい・・・」


「まず最初に、この郵便局を利用出来るのはたった一回。 送れる手紙は一通だけです」


「はい」


「そして、手紙の内容に関してはこちらから助けませんので、未来を変えることが出来なくても、自己責任ですので、手紙の内容は十分な注意を払って下さい」


「はい」


「では、こちらの契約書にサインをお願いしますします」


黒山は服の中から綺麗に折られた紙を取り出す。


契約書には、黒山が言った注意事項や条件などが書かれており、名刺と同じ様にシンプルで暗い物だった。


「これで、いいですか」


杉山はペンを置いて、契約書を黒山に渡す。


「ありがとう御座います。 それでは、手紙の方をこちらに書いていただけますか」


黒山はまた服の中から、綺麗に折られた紙を出す。


今回は、少し茶色がかった紙だ。


「は、はい」


杉山は緊張した様子で受け取る


緊張するのも当たり前だ。


過去を変えてしまう様な手紙なのだから。


目の輝きを失った過去を・・・



ペンと紙が擦れる音がなる。


音のないリビングルームにその音が小さく響く。


その音にリビングルームが静寂であることを気付かされる。


「あ、あの・・・」


静寂に気まずさを感じたのか、杉山が声を出す。


ひきつった声がペンの音をかき消す。


「今回、自分が依頼した理由なんですけど・・・」


「コーヒーありますか?」


杉山が会話を始めた時、黒山は無表情のまま杉山の声を遮る。


「っえ?」


予想外の黒山の行動に驚きの声を杉山が出す。


「ですから、コーヒーはありますか?」


黒山はさっきと全く声も表情も変えずに同じ事を言う。


鋭い目線を感じながら、


「そ、そこのポットに入っていたと思いますけど・・・」


と、返事を返す。


「ありがとう御座います。 いただいても宜しいですか?」


丁寧な口調でありながら、マイペースな質問をする。


「ど、どうぞ・・・」


杉山が言うと、黒山は素早く用意を始める。


「そ、それで、話の続きですけど、 オレ5年前に・・・」


「ミルクはありますか」


黒山がまた杉山の話を遮る。


まるで、狙っているかの様に。


「そ、そこの棚を開けたら・・・」


「使っても宜しいですか」


「ど、どうぞ・・・」


黒山はまた、用意を始める。


杉山は呆れた顔をする。


マイペースにも程がある。


少し、呼吸をする。 気持ちを整理する。


そして声を出す。


「そ、その5年前・・・」


「お砂糖は・・・」


「いい加減にしてください!!」


杉山がとうとう叫ぶ。


わざとらしく話を遮る黒山にムカついた。


「・・・ 杉山さんも飲みたいんですか?」


黒山は不思議そうな顔をして、コーヒーカップを持ち上げる。


どうやら、彼は素の様だ。


「そ、そうじゃないでしょ!!」


そんな黒山にまた腹が立つ。


「さっきから、僕が話そうとしたら、遮って!! 」


杉山が机を叩きながら言う。


「そんなつもりはありませんでしたが、お気を悪くされたのでしたら、申し訳ございません」


全く中身のない言葉を放つ。


「聞く気が無かったものですから・・・」


止めの一言が、放たれる。


予想も出来ない言葉に、杉山が反応するまでに時間が生まれた。


自分の過去にたいして、「聞く気が無い」と、言われたことが素早く理解出来なかったのだろう。


「あ、あんた・・・」


杉山は自分の過去をバカにされた気持ちになった。


辛い過去を・・・


「あんた、オレの過去を聞きたくないだと!?」


杉山がとうとう大声をはり上げた。


そして、黒山の胸ぐらを掴む。


それでも、黒山は無表情だ。 その顔がまた杉山の怒りを増加させる。


杉山にとって、その過去をバカにされるのは人生をバカにされるようなもなだった。


キュー キュー


大声に驚いたのか、黒山のポケットに入っていた小次郎が顔を出す。


「っわ、なんだこれ!?」


驚いた杉山は、手を離す。


黒山は杉山に掴まれて、崩れた服を直しながら、話し出した。


「自分は、皆さんの過去を知るために仕事をしているのではありません。 過去を変えるために来たのです。辛い過去を話して、人生相談をしたいのなら、別の人に頼んでください」


鋭く、冷徹な目が杉山を見つめる。


「す、すみません・・・」


杉山は少し不服そうは表情を浮かべながら、椅子に座る。


部屋にはまた、静寂の時間が戻ってくる。


そして、また杉山は手紙を書き始める。


ペンの音は、さっきよりも少し大きくなった様だった。



















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