反則技の主人公
生徒の姿も疎らになってくる放課後。部活を終えた僕が教室に入ると、よく知った背中が目に入った。
「珍しいね、こんな時間まで残ってるなんて」
「そうだな……」
机に突っ伏したまま、気の抜けた返事をする友人。僕は一度自分の席について、彼の方に向き直った。
「まったく、どうしたのさ。そんな紫色のキノコが生えてきそうな空気纏って」
「赤色に白の斑模様のキノコなら成長できるのにな」
「緑色に白の斑点なら残機が増えるよ」
「巨大化はオレンジ色に赤の斑点だったか」
「そうそう。あれは反則だよね」
「確実に星の力を借りた時より強いよな」
「破壊の度合いに応じて貰える残機の量が増えてくしね」
「そう考えると滅茶苦茶なシステムだよなぁ」
特に意味もなく、赤い帽子の主人公が囚われの姫を助け出す国民的RPGの話に花を咲かせる。聞きたいことは他にあったけど、友人の顔に笑みが戻ったから結果オーライってことにしておこう。
「でもさ、どんなものであれ物語の主人公ってのは、やっぱりすごいよな」
「というと?」
「ここぞというところでちゃんと勇気を出せる」
「確かにね」
「俺とは大違いだ」
「……え」
自虐的な、彼の微笑。どういうこと、と、目線だけで続きを促す。
「言い逃げ」
「……斉野さん?」
「あぁ、そうだ。まぁ、結果はなんとなく見えてるんだけどな」
「でも、踏ん切りついてないんでしょ?」
「……あぁ」
彼は力なく頷いて、それからぽつぽつと語り始める。
彼は、数時間前……授業が終わってすぐに、斉野さんを呼び出して、気持ちを伝えようとしたらしい。けど、彼が告白するよりも前に、彼女が言ったそうだ。わたしはあなたのファンです、と。これからも陰ながら応援してます、と。その言葉は、彼女以外から発せられたものであれば、何よりも彼の励みになっていただろう。だけど……。
「突き放されたんだ、ってな。察したよ。で、勢いに任せて告白して、返事を待つこともなく逃げてきちまった」
「……」
「だが、そうだな。さっきお前が言ったように、まだ踏ん切りもついてない。ちゃんと聞くのがベストなんだろうが……」
「勇気が出ない、と?」
「そういうことだ。だからお前、俺の代わりに聞いてきてくれないか?」
「……はい?」
僕の聞き間違いかな、うん、そうだよね。あはは。
「返事、俺の代わりに聞いてきてくれ」
「いやいやいやいや何で」
「トモダチだろ!?」
「言い方が薄っぺらい!」
「冗談はさておき、な。こういうことを頼めるの、お前くらいしかいないんだ」
「うーん……まぁ、いつまでもそんな風に沈んでいられても困るしね、いいよ」
「本当か!」
「ただ……どんな結果でも、後悔しないでよ?」
「あぁ、わかってるよ」
「じゃあ明日、放課後までに聞いておくから」
「……恩に着るぜ」
「どういたしまして。それじゃ、もう遅いし、今日は帰ろう」
「おう」
にっ、と友人が口の端を上げる。その顔は、ちゃんと、笑っていた。




