我がままな老婆と少女
とある森に、老婆がいた。
老婆は病を治す不思議な力を持っていた。
その力は不治の病すら治した。
その力は魔法と呼ばれ、いつしか老婆は魔女と呼ばれるようになる。
死に抗うため、魔法にすがるため、魔女を訪ねる者は多かった。
しかし、魔女は大半の者の求めを突っぱねていた。
「薬を飲めば治るでしょう」
「私でなくとも、治せます」
いつも魔女はそう言っていた。
さる貴族の子息が訪ねた時も同様だった。
老婆はいつものように答えたが、貴族はこう言った。
「僕を治さなかった事、後悔させてやる。魔女め」
しかし魔女も人の子。情がないという訳でもない。
ある日森に倒れていた少女を見つけた。
転んだ拍子に足を切ったようで、足から血がとめどなく流れている。
普通に手当てをしても当分歩けないだろう。
このままでは、夜には森の獣に食われてしまう。
魔女は迷わず少女の足を魔法で治してやった。
「ありがとう……ありがとう、ございました」
少女は恩を返すため、魔女の世話を焼くようになった。
魔女は町へと帰るよう勧めたが、身寄りのない少女はそれを拒んだ。
「私も人のためにつくしたい。私の命を助けてくれた、貴女のように」
少女の真摯な訴えを受けて、さすがの魔女も、折れた。
「分かりました。しかし、帰りたくなったらいつでも町に帰りなさい」
それから二人はしばらく一緒に生活した。
魔女は少女が来ても相変わらず、治療に来る者たちを追い返した。
――そして彼らによって、少女の存在は瞬く間に町にも伝わる。
「魔女のところに若い女が一緒に住んでいる」
「どうやって取り入ったのだろうか、我々の事は助けてくれないというのに」
「噂では、貴族からの依頼でさえ突っぱねたらしいぞ。それなのに……」
一方少女も、魔女が彼女以外を治さない事を疑問に思った。
「みんなを助ければ、みんな貴女の事を好きになると思います」
少女いつからか、そう言うようになった。
「私も昔は、そうしていたのですが」
魔女は諦めたかのように、悲しいまなざしで言った。
「私は自分のために、生きる事にしたのです」
この意見の相違のために、少女は魔女とけんかをしてしまった。
少女は魔女の小屋を飛び出した。
魔女は追わなかった。
少女は怒っていた。
しばらく森を町に向かって突き進んでいったが、どうしても町に帰る気になれない。
森の中をふらふらと歩いて、ゆっくりと考えた。
「人のために怒って、そのために仲たがいするなんて、つまらないわ」
少女はそう思い直して、魔女の小屋に帰る事にした。
日が傾いて、空が血のように赤く染まっていた。
少女は小屋に着いた。
しかし、何か騒がしい。
胸騒ぎがして、ノックもせずに入った。
中には数人の男がいた。
魔女は床に倒れていた。
赤い血が、床一面に広がっている。
「お前が僕を治さなかったせいで、僕はあの後三日も寝込んだのだぞ」
男たちの中で一人だけ身なりのいい若者が言った。
彼は以前魔女に治療を断られた貴族だった。
最後に貴族は魔女の頭を思い切り蹴り飛ばした。
少女は目をつむる。
ガン、と大きな音がした。
貴族はそれで気が済んだのか男たちとともに小屋から出てきた。
入口で立ち尽くしている少女を見て、少しだけ顔を歪めた。
少女はどうしていいか分からず、動けない。
「ここで見た事は、黙っていろ」
すれ違いざま、貴族はそれだけ言って帰って行った。
男たちも、それに続いた。
静寂が下りた。
夕日が窓から、赤く差し込んでいる。
少女は金縛りが解けたように、魔女に駆け寄った。
「……ぁ」
魔女はまだ生きていた。
しかし、このままではあと僅かで死んでしまうだろう。
「どうして、魔法を使わないのですか」
「私の魔法は……私には効かないのです……」
魔女は息も絶え絶えに答えた。
急速に命が流れ出ていく中で、少女の腕の中で、ただの老婆同然となった魔女は言う。
「私の魔法は、私一人すら救えない」
そう言うと、魔女は少女に語った。
「昔は、私も魔法でみんなを救えると思っていました」
「けれどある日気づきました。この魔法が、私の寿命を代償にしているという事に」
「この魔法で人を救えても、私だけは、どうしても、救えないのです」
魔女はそう言った後、自分の年齢を告げた。
少女は魔女が自分と十も歳が離れていないことに驚いた。
魔女は諦めの混ざった顔で、それでも最後に伝えたい事を、伝える。
「貴女は貴女のために生きなさい」
魔女は震える手で、少女の頬をなでた。
「貴女が貴女のために生きないで、一体誰が、貴女のために生きてくれるというのですか」
魔女はしばらくして、静かに息を引き取った。
少女は魔女の亡骸を森に埋めた。
そして、少女は町に帰った。
魔女の存在は、いつの間にか話題にも上がらなくなっていた。
町では魔女など始めからいなかったかのように、平和な日々が続いていた。
少女はその中で、自分のために生きていく。
自分らしくない作品を書いてみよう、と思い書いてみた一本。
ハッピーエンド至上主義という訳ではありませんが、こういうバッドエンド気味なものはあまり書いたことないです。
感想批評などありましたら、お待ちしております。