山田太郎(仮名)さんの転生
沢山の作者さん達の作品を楽しく読ませて貰っています。
感謝の気持ちと言うには拙い文章ですが、
覗いてくれた人の暇つぶしにでもなれば幸いです。
左右前後、何処を見回しても真っ白な世界。
足元に見える茶色のタイルで出来た通路をどの位進んだだろうか?
気が付くと何時の間にか目の前に扉が有った。
材質の判らない扉を開けるべきか暫し迷ったが
そもそもなんで自分がこんな所にいるのかすら判らないし、
この扉以外目に付く物は無かった。
左右は灰色の果ての見えない壁が続き、
上を見ても同じく果てが見えない。進むしか無いだろう。
扉を開けると薄い青色の壁に囲まれた部屋が有った。
自分から見て中央にテーブル。右の壁に赤い扉、正面奥に緑の扉。
後ろを振り向くと入って来た筈の扉は消えていた。
部屋の中央のテーブルには何かの書類を眺めている男と
その男と話をしているらしい女の姿が。
書類から顔を上げた男と目が合った。
男女二人共白衣姿だ。白い髪、白い肌。目だけが黒い。
男は2秒程コチラを見てからにっこりと笑った。
「やぁ、こんにちわ。山田太郎さんですね。お待ちしてました。」
はて、自分はそんな名前だっただろうか?
言われて自分の名前を覚えていない事に気付いた。
「んー、希望を聞く前に現状の説明をした方が良さそうですね。」
男は書類を片手に目の前にやって来た。
現状と言うとこの状態?それとも経緯?
「覚えていたら問題は無いのですが、真っ白な状態の方多いので。」
・・・
「貴方は山田太郎さんとなっています。享年45才。
建設業勤務、年下の奥さんと15才になるお子さんがいました。
死因は所謂過労死となっています。記憶は有りますか?」
言われてみればなんとなくそうだったような気もするし
丸きり違うような気もする。思い出そうとするともやの向こうに
誰かの顔が浮かぶような気もする。
「未練の薄い方は記憶の風化が早いので気に病む必要は有りませんよ。
ズバリ言えば今生は貴方にとって満足行く人生だったと言う事です。」
45才で死んだってんなら未練が有りそうな気もするんだが
なんだか記憶が薄い。なんだろう、この落ち着かなさは。
「これからの事を考えるならむしろ良い事です。
ちなみに貴方の死亡によってお子さんは大学を卒業するまでの学費は補償されます。
家のローンもローンを組んだ時に強制的に入らされた保険によって支払いが完了しています。
仕事中の死亡だったので奥さんには保険金が満額支払われます。
奥さんと子供がどう思われいるかはともかく、
貴方は夫と父親の義務は一応果たされています。」
まぁ、心残りが無い事は良い事なのかも知れん。
嫁さんと子供の名前を思い出せないけど。
「では、早速ですが新しい人生の手続きに入りたいと思いますがよろしいですか?」
すまん、頭の回転が追いつかない。
少し説明してくれるか?
「判りました。ではコチラにどうぞ。」
何時の間にか足元に現れた椅子を薦められる。
椅子に座ると男の横に控えていた女が一枚の紙を手に説明を始めた。
「山田太郎さんは今生を無事終えられました。
これから生まれ変わり、新しい人生を歩む事になります。」
過労で死んでも無事に終えた事になるんで?
「勿論です。大往生じゃなきゃダメなんて決まりは有りませんから。
車に引かれようが、不治の病で死のうがテロに巻き込まれようが
お風呂で溺れようが人生を終える事には違いは有りません。」
ふむ、そんな物なのか?
そう言えば天国とか地獄とか魂がどうたらこうたらとか
その辺の手順とかは?いきなり生まれ変われと?
「行きたいのですか?天国とか地獄に。」
いや、遠慮したい所だな。
「そうですね、地獄はともかく天国も安寧に過ごせる場所では有りますが
生まれ変わりを待つにはいささか退屈です。勿論望まれればご案内します。」
にっこり笑う女性に含みは無さそうだ。
ふむ、生まれ変わるか天国か地獄か・・・では、生まれ変わりを希望しても?
「はい、ではお願いします。」
女性は話の続きを男性に譲った。
引き継いだ男性は書類の束をパラパラとめくる。
「山田太郎さんの場合、色々と選択可能なポイントが有ります。
先ず生まれる場所を選択出来ます。選択可能は地域はコチラになります。」
渡された紙には地名と思われる物がズラズラと並んでいる。
並んでいるがどれも記憶に引っ掛からない。
これでは選びようが無い。お任せして良いかな?
「判りました。では次に性別を選択出来ます。容姿も勿論選択可能です。
美男美女、善人顔、悪人顔、筋肉の有り無しに黒子の数まで
思い付く事は全て設定可能です。」
渡された四角い鏡を覗き込むと中に人の姿が現れては消えていく。
「画面下の矢印を触って頂くと好みの性別、体形を選択出来ます。
成人に達した場合の容姿になりますね。
細部までの設定が面倒な場合は19,000パターン程用意させて頂いた
プリセットから選ぶ事も可能ですよ?」
女に生まれると言う選択も面白そうだが
無難に男にしておくか?と言っても男に生まれるとしても
特にこうなりたいと言う物を思い出せる訳でも無い。
適当に矢印を押すと浅黒い肌に黒髪黒目、
中背で幾分筋肉質で目付きのキツイ青年が表示された。
身軽そうで瞬発力の有りそうな雰囲気だ。
これで良いか。では、これで。
「判りました。では次に身分ですとか境遇を選択出来ます。
ごく普通の家庭から大金持ちの家庭、強大な権力者の家庭、
没落者、または出自不明、思いつくパターンは全て選択可能となります。」
これはまた難しい問題だな。
どれも魅力的に聞こえる。波乱万丈の人生も
ごく普通の人生も味わえるならきっと楽しい事だろう。
うーん、選択しなければならないのなら仕方が無いが
運に任せると言う選択肢は?
「勿論可能です。では23,000通りのパターンから
ランダムで選択と言う事でよろしいですか?」
よろしくお願いします。他には何か?
「そうですね、後は才能となります。
知識に教養、身体能力。加えてカリスマですね。
人を寄せ付けない、又は惹き付ける能力。
さらには限定的では有りますが、人間では持ち得ない能力ですとか。
ご希望で有れば超人にも哲人にもなる事が可能ですね。
歴史に名を残す大悪人にも聖人になる事も出来ます。」
これはまた難問だな。ごく普通の才能で普通の人生も
強大な力と言うのもとても魅力的だ。
一家庭の父親も救国の英雄も楽しそうだ。
うむむむ、これも運に任せると言う選択肢は?
「判りました。では少々お待ちを。」
男性はにっこり笑うと大きな鏡を何処からか取り出した。
鏡には星の姿が写っている。大陸と海が見え、
日の差さない部分には所々文明の明かりが見える。
「では、お手元のボタンを好みのタイミングで押してください。
容姿以外の全ての要素を決定出来ます。」
言われて手元を見れば何時の間にか押しボタンが。
押してみると星の中の一番大きな大陸の端に青い光が燈った。
「山田さんの次の生まれ変わり先は中ノ国となりました。
生まれも技能も才能も決定しましたが確認されますか?」
いや、それには及ばない。生まれてからの楽しみにさせて貰おう。
以上かな?
「はい。それでは以上の選択で問題無ければ右の赤い扉に進んでください。」
良いも悪いも無い。
未知の世界が待ってると思うとワクワクしてくる。
不思議と思い出せない生前の事は気にならなかった。
この白衣姿の男女が何者なのかもどうでも良く思える。
二人に礼を言うと赤い扉を開ける。
扉からこぼれた真っ白な光が全身を包み、
目を瞑った所で意識も消えた。あぁ、楽しみだ。
ゆっくりと閉じた赤い扉を見つめていた女が男を振り返った。
「所長、あの人は一体?」
テーブルに書類を広げかけていた男性はにこやかに笑った。
「助手君、彼が誰か気になる?」
所長と呼んだ男の意地の悪そうな笑みに助手と呼ばれた女は
抗議の声を上げた。
「忘却の回廊を渡って来て人の姿を保っているだけで
異例の事なのに普通に会話してましたよね?
しかも提示された凄まじい条件に全く興味を持ってませんでした。
気にならない筈が有りません。」
所長はそれもそうだねと呟くと、とある名前を口にした。
何処かで聞いた名前だと思案していた助手だったが
思い出したのか大声を上げた。
「その人って亡くなったのは地上の時間では大分前ですよね?
もしかして今の今まで回廊をさ迷ったんですか!?」
詰め寄る助手を手で制して所長は話を続ける。
「何の変哲も無い一般の家庭に生まれながら
知らぬ者のいない偉業を成し遂げた生きた伝説。
彼の偉業を薄めるのに今まで時間が掛かったんだ。
しかもあれ以上は不可能ときた。
本当に人間なのかと疑いたい気持ちだね。」
笑みを絶やさない所長に助手は疑いの表情を向ける。
「確かに規格外の人生を過ごされた人物でしたね。
じゃぁ、さっきの山田太郎さんと言うのは一体何だったんですか?」
「勿論、冗談さ。彼が何か覚えていたらこうもスンナリ話は進んでいない。
それこそ何日も掛けてじっくりと話し合って次の人生を決めなくちゃいけなかった。
正直な所、彼の存在はちょっと大き過ぎる。この辺で負の方向に進んで欲しかったんだよ。」
そう言うと所長は書類をテーブルに投げ出した。
手にとって中身を確認をした助手が所長を睨む。
「これはもしかして仕込みですか?」
「ご名答。容姿だけはご本人が選んでしまったが
他は入念に仕込んでおいた。これ以上無いって位にね。」
所長はにっこりと笑った。
飽きれた助手は書類の再度覗き込み、ため息をついた。
「しかし、これは負の方向と言うよりも生き延びる事も不可能なのでは?
中ノ国の犯罪窟に捨て子として生を受けるなんて
1日だって生きていられるとは思えないのですが。」
「そう思うかね?ではちょっと確認してみようか。」
所長はそう言うとテーブルを指先でつつく。
するとテーブルの中央に巨大な鏡が現れた。
鏡はゴミゴミとした廃屋の並ぶ通りを映し出す。
「写っているのは中ノ国の犯罪者の巣窟、別名は暗黒街だ。
山田さんは既に生まれている。ここで人生最初の転機が訪れる筈だ。」
助手が鏡を覗き込むのと何者かが通りに走る込んでくるのが同時だった。
通りに駆け込んで来たのは軍服を着込んだ30代に見える男。
争いの渦中なのか右肩から尋常で無い出血が見られる。
普段は優しげに見えるだろう意思の強そうな顔は今は鬼のような形相だ。
辺りを伺った男は抱えていた包みを覗き込む。
一瞬鬼の形相を消した男は安堵の息をつき、包みを通りの角の廃屋の影に隠した。
包みを隠した男が立ち上がるのと同時に手に手に曲刀を持った
黒装束の5人組の男が駆け込んで来た。
声は聞こえないが激しいやり取りの後、戦闘が始まる。
傷を負った男は右腕が動かないのか左手に持つ曲刀だけで5人組みに挑みかかる。
「あの包みの中身が山田さんのようですね。」
鏡の向こうの光景に釘付けの助手に所長はそう説明する。
戦いは男の勝利に終わったが腹を切られたのか男は血を吐き膝を付く。
なんとか立ち上がろうとする男をさらに数を増した武装集団が取り囲む。
が、仲間の亡骸を目にして怒りを顕にしながらも男に襲い掛かろうとはしない。
程なくして囲みが割れ、蹲る男と同じ軍服を着込んだ男が
立ちあがろうとする男の前に立った。
手には武器らしい武器を持っていない。
怒りと絶望に染まった目で怪我を負った男は立ち上がり曲刀を構えた。
刀を向けられた男は余裕の笑みを浮かべている。
「何喋ってるのかさっぱりですね。山田さんは一体どう言う状況なんですか?」
「山田さんはどうやら命の危機のようですね。怪我してる佐藤さんが、
多分、追っ手の鈴木さん達と黒幕ぽい谷口さんに追いつかれたと言った所ですか。」
あんまりな説明に抗議しようとした助手に所長は鏡を指差す。
再び助手が鏡を覗くと戦いは終わっていた。
渾身の突きを繰り出したらしい佐藤さんの攻撃はかわされ、
谷口さんの手刀が佐藤さんの腹部に深々とめり込んでいた。
崩れ落ちた佐藤さんを仰向けに転がした谷口さんが顔をしかめる。
何事かを命じると鈴木さん達は四方に散っていった。
血溜まりに沈み、ぴくりとも動かない佐藤さんに何事かを語り掛け、
止めを差そうとした谷口さんの動きが止まる。
視線は包みを隠した廃屋の影に。
「あー、山田さんが泣いちゃったのかな?」
余裕たっぷりに呟く所長。文句を言おうにも鏡から目が離せない助手。
廃屋から包みを拾い上げ、中身を確認した谷口さん。
そこに動かなくなった筈の佐藤さんが襲い掛かった。
頬を切り裂かれた谷口さんの手刀は佐藤さんの喉を貫いていた。
再び崩れ落ちた佐藤さんは今度こそ動かなくなった。
佐藤さんを見下ろしていた谷口さんが抱えていた包みに目を向ける。
戦いの最中にも表情を変えなかった谷口さんの表情が初めて変わった。
「凄いな山田さん・・・」
「ど、どうしたんですか?」
所長は頬杖を付くとテーブルを指でつつき始める。
「谷口さんは山田さんの魅了に取り込まれてしまいました。
生まれて直ぐだってのに生命の危機に際して微笑み一つで
性別関係無しに人を虜にするなんて凄いですね。」
散った筈の鈴木さん達の一人が戻って来た。
谷口さんの抱える包みと事切れた佐藤さんを見て
得心が行ったのか谷口さんから包みを預かろうとする。
谷口さんの手刀が一閃、鈴木さんの首が飛んだ。
ポカンとした表情の鈴木さんの首が地面に転がる。
谷口さんは包みを抱えなおし、倒れた佐藤さんを暫し見つめた後、
通りから姿を消した。谷口さんが姿を消すのに合せて鏡が何も写さなくなった。
「いやぁ、流石は山田さんだ。追っ手を味方に付けてしまうとは!」
楽しそうに笑いながら手を叩く所長。こうなるのが判っていたようだ。
「説明をお願い出来ますか?と言うか今後の展開とか
山田さんと谷口さんはどうなるのかとか。」
不機嫌さを増す助手に笑いを収めた所長が表情を改める。
「君が先程言ったように犯罪窟に捨て子として生を受けるなんて
シチュエーションだと先ず助からないと思うのが普通だろう。
普通と言うかそれが当たり前だね。
それが山田さんに掛かるとこんな大活劇に変わってしまう。」
「確かに生前の山田さんの人生を思えば不思議でもないような気がしますけど・・・」
「そうそう、多分捨て子して育てられるんだ。
経緯はどうなるかは別にしてね。
大立ち回りを見てる間に谷口さんの資料が届いたけど
山田さんの事なんか書いてなかった。
人の一生が書かれている筈の資料が目の前で覆されてしまったんだよ。」
所長が頬杖を解き、助手を見つめる。
「助手君、山田さんの資料をもう一度見てみて。」
助手は手に持ったままだった資料に視線を落とし、目を見開いた。
「あの、記述が変わってるんですが・・・」
真剣だった所長の目つきが再度意地の悪そうな目つきに変わる。
「油断がならないとはこの事ですね。
さぁ、助手君。暫くは退屈せずに済みそうですよ。
折角の暗黒街ですから山田さんにはそっち方面の人生を歩んで頂かないといけません。
彼が正しく暗黒面に突き進むように導いてあげてください。
資料は役に立ちません。貴方が神のごとく彼の人生に干渉するんです。
お願いしますよ?貴方を彼の専任にしますから。」
「あの、」
「大丈夫。専任と言いましたから現在兼任している業務については
心配は要りません。新人を補充しますのでコチラの心配も要りません。
貴方は心行くまで山田さんの人生に関わって下さい。」
事態が飲み込めていない助手を一気に畳み掛けると
所長はにっこりと笑った。
「実を言えば私も山田さんの人生に一度関わっています。
まさに予想の斜め上、大どんでん返しとか驚天動地とか
もう本当に目が離せない面白さです。
飽きる事など無いって事だけは保障しますよ?」
所長が手を振ると新たなテーブルと椅子が部屋に現れた。
テーブルの上の鏡には追われる身となり、追っ手と激しい戦いを繰り広げる
谷口さんの姿と胸に抱えられる山田さんが写っている。
「あの、所長?」
なんとか辞退の言葉を捜そうする助手に再び所長は笑いかけた。
「ほら、谷口さんが追っ手を振り切って飛び込んだ場所が何処だか判るかい?
暗黒街最強の武闘集団の屋敷だ。
さっさと干渉しないと山田さんが頭目に気に入られて
男坂を登っちゃうかも知れないよ?
あ、それと新しい助手は君の後輩だからねー。
君が失敗したら追い越されちゃうかも知れないね。」
悲鳴を上げてテーブルに飛びついた助手が鏡に向って必死に干渉を始める。
が、直ぐに情けない顔を所長に向けた。
「所長・・・頭目をけし掛けて谷口さんごと山田さんを追い出そうとしたんですけど
谷口さん鬼みたいに強いです。しかも佐藤さんの分まで山田さんを守るとか
無茶苦茶な事言って頭目に気に入られちゃいました・・・
これ、私には手に余りそうなんですが。」
「頑張れ。」
「追っ手が武闘集団と谷口さんに壊滅させられました。」
「が、頑張れ。」
「あ、頭目の孫娘が山田さんと急接近です。」
「・・・」
「所長ー!なんとか言ってください!」
「じゃ、僕は次の山田花子さんの相手しなきゃいけないから頑張って!」
そそくさと逃げ出す所長を追いかける事も出来ず、
半泣きの助手の目の前で鏡に写るのは少し成長した山田さん。
頭目の孫娘に手を引かれ、よちよちと歩いている。
「・・・暗黒街の抗争発動。規模は暗黒街壊滅レベル。
山田さんは対抗組織の奴隷の身になって貰いましょう。
あー、でももうちょっとだけ山田さんの監視をしようかな。」
成功するとは思えないが打てる手は打たないと待っているのは灰色の未来だ。
しかし、それでもよちよち歩く山田さんの可愛らしさに初っ端から手を緩めてしまう。
山田さんと助手君の未来はどうなってしまうのか?
それはまだ誰も知らない。