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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
首都訪問編
97/137

7

 バオに案内されたて歩を進めながら周囲を見渡す。キアーデの城門で他の客と別れた後、中央の広い道を進むかと思いきやバオはためらいも無く城壁沿いの路地へと入っていたのだ。

 路地と言っても、チラッと見る事の出来たメインストリートに比べればと言う話だ。メインストリートは馬車が4台横に並んでもすれ違う事が出来るほどの広さがあったが、今進んでいる路地は、精々2台がギリギリに通行できるかくらいあった。

 住宅街だろうか、2階の窓からは洗濯物が紐で対面の建物へと吊るされているのが見える。


「着いて早々ですが、このまま学術院へ行きましょう。予定よりも早く着いたのは幸いでした。まだ、先生が居られると思いますし」

「報告?ですか……俺は何を言えば良いのかさっぱり。先生と言うのは、バオさんの上司ですか?」

「ええ、先生は私の所属する所の方です」


 バオの簡単な説明に、大学や短期大学における専用の顧問に所属する学科か何か?ではないかと想像する。名前も学術院と言う事から似たような組織を形成しているのかも知れない。

 そうすると、バオの他にも顧問の先生のもとで研究している人が居るという事なのか?それとも、こっちの世界だと師弟の様に1対1で教示する体制で有るかも知れない。


「もうすぐそこです」

「結構、街の外側にあるんですね?もっと、こう中央の賑やかな所にあると思いましたけど。人通りも少ないみたいですし」


 住宅街を抜けバオの言う通り到着ももうすぐだと言う理由がわかる。すぐ横には3m程の石壁が続き、その向こうには樹木の上部が見え何かの建物が有る事が想像出来た。

 入り口と思われる門に着くと、警備らしい人物も閉じれるような門も無い事に気付く。石壁が重厚だったため、簡単に敷地内に入れる事に拍子抜けしてしまう。


「ここに特に盗まれて困るような物は有りませんよ。文字通り研究といっても昔の事を調査しているだけですからね」

「そんなものですか?貴重な資料とか有っても可笑しくないと思いますけど」

「なかなか価値のある本と言うのは、そうそう無いのですよ。書かれた内容の信憑性を調査するのも私達の仕事でもありますしね」


門を通り敷地内に入ると目の前に、3階建ての洋館が建っているのが見える。見栄えは学術院とは思えない様なたたずまいを感じさせていた。使わなくなった貴族の屋敷を買い取って使っているのだろうか。

 バオの先導で玄関を抜けエントランスホールにある階段を2階へ上がっていく。受付らしい物も無く、バオの実家と言われても違和感のない雰囲気だった。


「誰もいませんね」

「ああ、今は皆、それぞれの研究室(部屋)でしょう。食事か寝るかの時に出てくる時以外は会う事は有りませんよ」

「は、はぁ」


 バオだけが部屋に篭り読書をしていたのは、彼独特の習慣だった訳では無いようだ。きっと、学術院の人達はそれぞれの研究に部屋に篭っているに違いなかった。

 壁にも特に飾りや絵画も無く内装の下地がそのままに年期を感じさせている。床は玄関から続く灰色の絨毯が続き所々何かをこぼした様な染みが残っていた。

 そんな中を、バオは目指す場所が有るように進んで行く。どうも、この屋敷はロの様な中庭を持つ邸宅の様だった。左側にある窓からは、中庭の噴水が窓枠からチラチラと見えている。


「タモトさん、分かる範囲説明は私がしますので補足をお願いします」

「え?任せても良いんですか?」

「一応は調査の責任は私にも有りますので、それに、収集した情報をまとめてもいますから大丈夫です」


 それを聞くと、わずかばかりに肩の荷が降りたような気がする。どこから説明した物かとこの二日悩んでもいたのだ。崖が崩れた所からか?ゴブリンに襲われた所からの方が良いか?何せ色々あり過ぎて説明の順序もどうすればいいか全くわからなかった。

しかし、バオが説明をしてくれるなら、俺が首都まで来る必要無かったんじゃないかと気付くのはもう少し後になる。

 俺の緊張が少し解れた時、バオはある部屋の前で歩を止めノックする。中からは何も返事は無かったが、バオは遠慮せず室内へと入っていく。俺も入ってはいけない訳では無いだろう。特に注意も言われていなかったし。


「サージェン先生、ただいま戻りました」

「ああ、シールズか……その方は?」


 室内に入るとアロテアのギルドマスターの執務室で見たような大きな机で何かの資料を見ていた男性に気付く。サージェン?て誰だっけ、どこかで聞いた気がする。

 その男性は、齢は40前後に見え書類や本よりも剣や防具の方が似合うほどに体格の大きな男性だった。灰がかったブロンドと整った顔立ちに、やや薄く蒼色の瞳に今は眼鏡を掛けていた。


「キイア村の事情を知る男性で……」

「タモト・タカと言います。どうも初めまして」

「こちらこそ、エカード・サージェンだ、よろしく頼む。まずは座ってもらって構わない」


 エカードと言う男性に簡単に自己紹介した後、執務の机の前にある長椅子を勧められる。

来客用の長椅子の様で、作られている綿や装飾もこの世界に来て初めて感じる柔らかさだった。


「ところで、詮索する様で申し訳ないが、タモトさんはキイア村とどの様な関係が?先日聞いた所によると盗賊に襲われたとか」


 俺を見る目には、アロテアの冒険者か村の事情を知る役人とでも思ったのかも知れない。確かに事情を知る人物というのも限られるだろうと思うからだ。


「ええ、村でアロテアギルドの担当を任される事になったもので、それで、今回の件に巻き込まれまして。盗賊の件は……」

「先生、これを」


 自分が村の経緯を話しても良いのかという困惑に、バオは的確に話を繋いでくれる。彼が差し出したのは数枚の紙であり恐らく分かる範囲での襲撃の事がまとめられているのだろう。

 エカードはそれに目を通し一息つく。


「そうか、死人は居なかったんだな?」

「ええ、ですよねタモトさん?」

「はい」

「そうか……良かった、それで……」


 エカードが話を続けようとした時、扉をノックして一人の女性が入ってきた。


「先生?昨日聞いた、地域性における魔素の差について何ですが……あら」

「ああ、クリス君。今来客中でね、また後にしてくれないか?」


 その女性はストレートの背中まであるプラチナブロンドをなびかせ、入ってくると長椅子に腰掛ける俺達を見ると少しばかり驚いた表情で立ち止まる。服装は白で統一された膝丈までのイブニングドレスに見える。同じ歳の20代前半の容姿で、スラリとした手足が印象的だった。

 クリスと呼ばれた女性が、本来のこの館の主の娘と言われても信用してしまう程に、ドレスが似合う女性だった。


「あら、バオ。戻ってたの?」

「ああ、さっきな」


 やや棘のある口調でクリスは髪をかきあげながら問いかけた。え?今髪の間から見えた耳って……。クリスの問いに対しても、珍しくバオは投げやりに返答した様にも思える。

 このやり取りに、仲でも悪いのだろうかと思ってしまった。


「先生、申し訳ありませんでした。時間を改めますわ」

「すまないな」

「それでは」


 クリスは先生と呼ぶエカードにお辞儀をすると、バオは無視して俺にも軽く会釈をして退室していく。また、会釈をする時にブロンドの髪が流れ特徴的な耳が見えた。


「タモトさん、彼女はエルフでね。珍しいとは思うが、あまり気にしないでくれたまえ」

「物好きな女でね。知識を求めて古い森を出た『はぐれ』だよ」

「そういう言い方は良くないよバオ。知識は万人に平等であるべきものだからね」


 そうバオに告げるエカードの言葉も半分しか聞こえなかった。異世界とは思っていたが、ゴブリンだけでは無かったからだ。エルフって小説の中だけじゃ無かったのか。あの特徴的に尖った耳が目に焼き付いて、再びエカードに尋ねられるまでボーっとしてしまっていた。


 エカードは、クリスが扉から出て行ったのを見送ると、改めて、報告の話へ戻ろうとした。特に話を中断された事での苛立ちも見られず、温厚な笑顔の表情は変化が無かった。


「すみませんでしたね。それで……」

「先生、報告についてはこれを参考にして下さい」

「ああ、もうまとめていたのか」


 エカードは、バオより数枚の紙を受け取ると内容に目を通し始める。俺は、クリスと聞かされたエルフの事で頭がいっぱいになり、報告書をめくる音だけが部屋の中に伝わていた。


「うむ、心配していなかったがバオ君の報告書は簡潔で読みやすいな、必要な項目に抜けも無い」

「ありがとうございます」

「しかしだ、まとめる内容の順序に熟考と研鑽が必要だな」

「はぁ……」


 指摘を受けたバオは、何を指摘されているのか想像も付かない様子だった。横で聞いている俺でさえも、バオの完璧主義の性格から作られた報告書に不備な点が有る事に想像できなかった。


「いやなに、それ程考え込む事では無いよ。今回、キイア村の状況報告をお願いしたわけだが、確かに伝わっていたのは不思議な光と賊の襲撃にあったと言う事だった。そこへ依頼した事の報告で、魔陣と思われる光の考察が先にされていて襲撃の詳細が後になっているのは、順番が逆ではないかと思うのだよ」

「……」


 順番が逆?学術院が情報を欲していたのは、あの時上空に輝いた魔陣についてでは無かったのか?いや、それさえも欲していたとしてもあえて襲撃についての情報を優先したいって事は……。

沈黙と共に真剣に聞いているバオも気付いたように表情をしかめて聞いていた。


「授業の様になってしまうが、今回、不思議な光だけの現象であれば急ぐ必要は無かった。それを見たという人に事情を聞き、正確な詳細を時間を追って調査しただろう。しかし、今回は賊の襲撃による被害も同時に報告しなければならないとなると話は違ってくる。報告書を受け取った私や私に調査を依頼した所が欲していたのは、領民に生命の危機が無いか。襲撃を受けた後の被害への支援は必要かを判断しなければならないのだよ」


 エカードが何を言いたいのか、その言葉を聞いて明確に理解出来た。霧の掛かった道が晴れたような気付きだった。

 自分とバオが勘違いしたのは、学術院へ回ってきた調査依頼だと言う事からキイア村で起きた魔陣の調査だと決めつけてしまった事だ。おそらく、冒険者へ調査を依頼しても奇妙な魔陣についての知識も少ない者達からあげられる情報に限度があると判断されでもしたのかも知れないと思ってしまう。


「先生は、領民の命や援助の必要性を判断するために、調査報告に私を行かせたんですね?

「ああ、そうだ。君なら正確に情報をまとめる事ができると判断した。確かに、君の研究熱心さと知識もこの報告書からも伝わってくる。しかし、時間を使って調査すべき魔陣の考察よりも賊の襲撃に対して即断すべき情報が時として優先する事を君に学んでほしい」

「はい……」


 エカードの話を聞きながら、彼らが上部の組織から調査を依頼された事に気付く。それだけ、キイア村の盗賊の襲撃の件は首都まで伝わっていた様子だった。バオの書いた報告書が正しく判断され、キイア村への支援に繋がれば良いと思う。


「タモトさんの居る前で申し訳ありません。お恥ずかしい所をお見せしました」

「いえ、気にされないでください」

「ところで、タモトさんはキイア村とどういった経緯で関わられたんですか?」


 きっと、報告書の中にキイア村の事情を知る男性とでも書いてあったのだろうか。元々、バオからは情報の補足をお願いされてもいたので、エカードが一緒に連れてきた自分がキイア村の情報に詳しいと誰もが思うだろう。


「村との関わりですか?」

「タモトさん、エカード先生はキイア村の出身ですよ」

「そうなんですか!?」

「ええ、今は私の学術院の仕事でキアーデに居ますが、妻はキイア村で治療院をしています。互いに仕事のある身で、しょうがなく私だけ単身でキアーデに……」


 えっ?治療院と言えばユリアさんの事で……、エカードさんが夫?って事は、ユキアのお父さん?


「ユリアさんの旦那さん?ですか!?」

「おお!ご存知でしたか」

「はい。怪我をして治療してもらった事が何度か」


 自分が女神像の所で倒れていた事は話さず、怪我を治療してもらえた事。治療後に仕事を村長にしたいと頼み込んだ後、村のギルドマスターとして仕事を貰った事を簡単に説明した。

 なるほど、間借りしていたあの部屋はこの人の書斎だったのか。そう言われれば、この部屋も本棚や長椅子とどことなく雰囲気が同じ印象の様に思えてくる。今思えば本棚から魔陣の書籍でミレイと一緒に訓練した日が懐かしい。


「村にギルドを?確かに有れば便利だとは思いますが」

「まだ、建物も有りませんし、具体的な仕事もまだですから、仮契約みたいなものだと思っています」

「ふむ、まあギルドの話はこれからと言う事で。なるほど、それでキイア村に居る時に賊の襲撃に襲われたと……」


 報告書を書いたバオにも、独立遊撃騎獣部隊である『アーク一座』の事は伝えていなかった。ハント達が国の特別な部隊らしい事と、介入情報の口止めを襲撃の後に言われていたからだ。


「ここには、上空に輝いた魔陣の光は魔宝石と精霊の力によるものと書いてあるが?」

「ええ、事実です」


 エカードの質問にバオが頷き俺へと視線を向ける。キアーデまでの馬車上で事前に相談していた事だった。俺がキイア村の状況を説明し、村の上空に輝いた魔陣の件については魔宝石も通常の宝石に変わってしまい。水の精霊であるミレイを、直接見せるしか報告に信憑性を持たせる方法は無いだろうと話していたのだ。


『ミレイ?起きてるか』

『……』

「すみません、寝ていますが……」


 そう言い訳しながら、確認の為に見せるくらいであれば大丈夫だろうと思い腰のポシェットよりミレイの入った小瓶を取り出す。良かった、寝てはいても姿は消していなかったようだ。

 それにしても、起きている時間が極端に少ない。やはり、精霊に詳しい人を紹介してもらいたいと思いながら、俺はミレイの入った小瓶を目の前のテーブルへと置いた。


「精霊か・・・・・・、魔宝石は無くなってしまったんだったな。確かに、報告と伝わってきた噂とも食い違う所は無いか」


 エカードは、特に疑う様子も無くミレイの眠る小瓶を眺めていた。


「だが、精霊が上空に魔陣を描いたのか?精霊にその様な知識は無かったと思うが?」

「それは・・・・・・」

「先生。それで、タモトさんに首都へ来て頂いたのは、目撃者というだけではなくその魔陣を描いた当事者として同行して頂いたんです」


 俺が返答に困ると、バオが補うように説明をしてくれる。


「ほう、そうだったのか?と言うとタモトさんは、魔陣を織れる方でしたか。なるほど、そうか、精霊を付き従えた魔陣の織り手が魔宝石を使った、という事がバオ君の調査結果という事だね?」

「はい、先生。ですが、もうひとつ報告したいことが」


 そう言うとバオは、こちらのほうを向いてエカードへ伝えても良いかを目線で聞いてくる。彼が何を言いたいのかは、大体分かっていた。なぜ自分が急ぎ学術院へ連れて来られた原因の半分がその事だろうと思っていたからだ。

 俺は、バオの言いたい事に何も口を挟むことは出来ない。神痣シュメリアに気付く人のほうが少ないのだ。アロテアの街でギルドの仕事中でさえ額の傷痕くらいにしか思われなかったからだ。


「タモトさんは、おそらく神痣シュメリアを授かっています」

「本当か!?」


 エカードは、先ほどの報告の時とは違って声をあげて驚く様子を見せる。


「本当ですか!?タモトさん」

「ええ、まあ、本当です・・・・・・」


 俺の躊躇気味な肯定に、聞いてきた二人の視線が俺へと向けられる。確信を持っているバオはともかく、ここまでの村の騒ぎになったのなら隠しておく必要も無いように思った。特に、ユキアのお父さんだったからという事も本当の事を伝えようと思った理由だった。


「なんて事だ!・・・・・・君は神に会ったのか?いつ授かったんだね?何か言われたのか?それとも、生まれつきかもしれないが・・・・・・ん?君はキイア村の出身ではないだろう?どこの生まれなのだね?どこで魔陣を教わったのかね?君の師匠は?神痣シュメリアの事を知っているのか?」

「せ、先生!気持ちは分かりますが、落ち着いてください!」


 驚きから半身身を乗り出したエカードが、矢継ぎ早に質問してくる。珍しく、バオも興奮したエカードを抑えるのに躊躇った様子だった。いつの間にか、興奮のあまり君と言われることにも気にする余裕も無かった。


「あ、あぁ。すまない」

「エカードさん、女神は自分の事をユルキイアと、もう一人は確か・・・・・・フレイラと名乗って教えてくれました」

「はあ?神は一神いっしんではなく二神にしんだと?」


 エカードは驚きを通り越して、呆然と呟く様に尋ねる。


「先生、ユルキイア神と言うのは、確かキイア村周辺の慈母神でしたか?しかし、フレイラ神は確か破壊神の分類では?」

「ああ、タモトさんの言うことが本当ならば、正確にはフレイラ神は火を司る女神だ。破壊と誕生を司り、水と慈愛を司るユルキイア神とは幾度と無く争った記録を残した書物があったはずだ。しかしだ、なぜ二人の女神が同時に・・・・・・」

「先生?」


 考え込んでしまったエカードをバオが引き戻すように尋ねる。

 自分でさえも神痣シュメリアを授かる事になった理由については完全に理解しているつもりでもなかった。そこに説明を求められてもうまく伝える自信が無かった。


「先生、ともかくキイア村の経緯の報告は以上でよろしいですか?」

「そ、そうだな。大丈夫だろう。もう半刻も経ったのか、ゆっくり話を聞きたいところだが、この後に宮廷に呼ばれていてね。時間が無いのが口惜しい。バオ君、タモトさんはいつまで首都へ居られるのかな?ぜひ、話の続きを聞きたいのだが」

「タモトさん、どうされますか?私はご一緒できませんが首都を観光されても良いですが?」

「そうですね、首都の冒険者ギルドへ行って見ては?とも言われましたし。今晩は、護衛してもらった人から食事に誘われてますから、2・3日は首都へ留まろうかと思ってます」

「おお、そうですか!それならば、明日!明日は是非に家に泊まってください。村の話や先ほどの話を、お聞かせ願いたい」

「ご迷惑でなければ。明日、また、こちらへ伺えばよろしいですか?」


 エカードも出かける時間が迫っているのか立ち上がるのと同時に、俺は立ち上がり尋ねる。バオもまた、持参し机に広げた資料をまとめて立ち上がっていた。


「迷惑だなんて、とんでもない」

「そうですか?それでは、明日お伺いします」


 お待ちしていますなどの別れを告げ、俺とバオはエカードの部屋を出て行く。入るときに躊躇った気持ちは、綺麗に無くなっていた。

 エカードに見送られ扉から廊下へ出ると、どこからか持ってきた木製の丸椅子に腰掛けメモ帳ほどの大きさの本を読んでいる先ほどのクリスというエルフの女性が腰掛けていた。


「待っていたのか。残念だな。先生は今から出かけられるらしいぞ?」


 バオは彼女を見つけると、わずかに笑みを浮かべた表情でクリスへ告げていた。


「そう・・・・・・・」


 バオに目を向けることも無く、クリスは読んでいた本を閉じると、落ちていた前髪をかき上げると、俺達、いやバオには関心が無いかのように丸椅子を持ち廊下を去っていった。


「ふん、さて、私はこれで自分の部屋(研究室)へ戻ります。タモトさんとは、ここでお別れですね。やはり、首都へ来ていただいて私の手間も省けました。クックク」

「いえ・・・・・・」


 どういたしまして。と言うべきか、バオには無理やり首都行きを急がれた反面、首都に居るエカード達もまたキイア村への支援の必要性を重視してくれていた結果だったと思うことが出来ていた為、バオだけのせいとは思えなくなっていた。


「あ、そうそう。タモトさんもし私の実験に付き合ってくださるのなら、いつでも声をかけて下さいね?神痣シュメリアを授かったタモトさんならば、きっと良い結果が出そうですよねぇ?ククク・・・・・・・」


 一人笑いを噛み締めながら、バオはそう言い残して自らの部屋に去っていった。

 バオは、悪い人物ではないと思うが、自分に正直すぎるのだろう。それが、美点でもあり欠点でもあるのだろうと、この数日の付き合いの内に理解してきていた。

 俺は、尋ねてきた時とは逆に来た廊下を戻りながら、1階への階段を下りている時にその声は掛けられた。


「貴方。ちょっと待ちなさい」


 呼び止められ、振り返ると階段の上から呼び止めた人物は、エルフの耳が先端だけ髪の間から出たクリスがこちらを見下ろしていた。


「貴方。ちょっと待ちなさい」


 呼び止められ、振り返ると階段の上から呼び止めた人物は、エルフの耳が先端だけ髪の間から出たクリスがこちらを見下ろしていた。


「ずいぶんと先生との話が長かったのね。途中、えらく先生の声が廊下まで聞こえてたけど?それほど興味深い話だったのかしら?」


 階段を一段下りるたびにストレートに伸びたブロンドの髪が、肩からはらりと落ちる。手すりに手を添えながら近づいてくる。身に着けている服も、また、イブニングドレス風と言う所が、この学術院(屋敷)の雰囲気に合っていた。

スゲエ、ハリウッド女優の映画のワンシーンかよ。

 切れ長な瞼と金色の瞳の輝きに何も言えずただ見つめてしまう。改めて、エルフという存在に人間とは違った存在感を感じてしまった。


「聞こえてる?あいつは何でそんなに先生の興味を得たのかしら?」

「あいつってバオさんの事ですか?」


 しかし、なぜ声を掛けてきたかと思えば、俺達の話していた内容に興味を持った様子だった。このクリスというエルフは見かけよりも、好奇心が強い性格なのだろうと思う。

 気になったら聞かずにおれない、特に関係の悪いバオが持ってきた内容に興味が沸いたのだろう。直接バオに聞きたくないため、俺を呼び止める程にだ。


「そっ、報告だけに半刻って長すぎじゃない?おかげで私の研究が止まっちゃったわ。その分の情報を私に教えてくださらない?」

「いや、本当に報告だけですよ。自分も当事者として補足を頼まれただけですし。

ええっと、クリス?さん」

「クリス・マリアンよ」


 二人エントランスで向かい合う形になり、おかげでクリスが自分と同じほどの身長である事に気づく。しかし、彼女の表情はあきらめた様子を見せていなかった。


「ふぅーん・・・・・・ねえ、貴方って何者?」

「え?」


 彼女が俺の村の役割ギルドマスターを知る訳も無く、ましてやそれ以外の自分自身を聞かれても答えようが無かった。

 即答でキイア村の住人ですよ、とかましてや異世界人ですとも言えないだろう。


「ハハ、そうだったわね、田舎から来たんだっけ。私みたいなエルフに会うのは始めて?」

「え?ええ、始めてです」

「そうよね。初めての人はほとんどの人がこの耳を凝視するわね。貴方みたいに」


 クリスは指で自分の耳に触れると、俺の視線も自然と耳に向けられるのを見つけられると軽く微笑まれる。


「私、ううん、エルフってね人とは違って微かな魔力を感じる事が出来るのよ。それでね、貴方から感じる魔力が二つ・・・・・・そこに何か入れてるの?」


 彼女が指差す先は、ミレイの休んでいる小瓶を入れているポシェットの位置を指し示していた。

 どうしよう、それじゃあと通してくれそうに無い雰囲気で尋ねられ返答に困ってしまう。エカードの場合は、報告という建前もありユキアの父親でもあって信用して見せたが、クリスにも説明してすんなりと開放してくれるだろうか。


「魔宝石?・・・・・・違うわね。何かしら」


 きっと当てるまで通してもらえそうに無い様子に、先に根をあげたのは俺のほうだった。

 彼女もまた学術院の研究者だろうと、割り切りミレイの事を教える事にした。

結局は、バオに精霊に詳しい人物を紹介してもらうのを忘れてしまっていた事も、彼女ならもしかしてと淡い期待から話しても良いだろうと思えた要因だった。


「今は休んでいるので、あまり他の人に見せたくないんですが」

「あら、もう教えてくれるの?面白くないわね」


 何だろう、見せて欲しかったんじゃないのだろうか?クリスにとっては楽しい謎々くらいにしか思ってなかったのかも知れない。

 俺は、ミレイの入った小瓶を入れているポシェットのボタンを外し取り出した。


『うぅん』


 ミレイから伝わる声に、少し起きかけたのかもしれないと思う。

 内心、起こしてゴメンと謝りながら、クリスの見える位置まで小瓶を掲げた。


「ふぅーん、精霊ね。水の子か・・・・・・貴方、この子に何かした?」


 クリスは先ほどまでの楽しげな口調とは違い、真剣な表情で尋ねてくる。

 何か気に障る事でも合ったのだろうか?精霊を小瓶に閉じ込めるのが駄目だったとか?


「いえ、あっ小瓶に入れてるのは、そうした方が楽だと言うんで閉じ込めてる訳では」

「違うわ。そもそも精霊を瓶に閉じ込めるなんて出来ないし。そうじゃなくて、何で?この子寝てるのよ?」

「え?疲れたから寝るって言ってましたけど」

「ハハ、精霊ってもともと魔素の高いところに居るのよ?それが私達みたいに疲れるって?しかも、姿を現して寝てるって何の冗談よ。疲れるにしても貴方の魔力が足りてない訳でも無さそうだし。逆に十分そうだけど」


 そう言われても、最近よく寝てるなーと思ってはいたが、確かに指摘を受けて始めの頃は姿を消していた事が多かった気がする。

 逆に俺は、クリスの精霊への詳しさに軽く驚いていた。やはり、エルフだと精霊とも会う機会や仲が良いのだろうか。


「特に何かした覚えが無いんですけど」

「そんなはずは無いわ!いいわ、こうなった経緯を教えなさい!貴方、今から時間空いてる?」

「今から冒険者の人達と用事があって、何時終わるか・・・・・・」


 嫌だと言わせない口調で事情聴取を始められそうになり、俺はとっさに返答を返す。


「しょうがないわね。明日は?」

「エカードさんの家に呼ばれてまして・・・・・・」

「そう!その時にしましょう!私も先生の家に行きます。良いわね?」

「はぁ」


 エカードの許可は要らないんだろうか?きっと彼女の予定はすでに決まってしまい。満面の笑みで明日の決定事項を確認されたのだった。

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