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周囲の森は闇に隠れ、馬車を照らす焚き火の明かりだけが周囲を照らしていた。アロテアからキイア村に向かって一日目の夜、私とジーン先輩は馬上で就寝の準備をしている所だった。
「あの狼って本当に賢いのね。タモトさんの言ったとおりだわ」
「ジーン先輩、急に襲ってきませんよね?私達を油断させてとか嫌ですよ?」
確かに、私もタモトさんから白銀の毛を持つ狼が、峠を超える時に居るだろう事は聞いていた。でも、あんなに大きいなんて聞いてない。
小柄な私なんて数口で食べられてしまいそうだった。
私や御者をする男性だって、タモトさんに事情を聞いていたからこの程度で済んでいた。うら若い街の女子が狼を実際見るのとでは違っていたのだ。昨晩、太陽が沈みかける頃に、馬車の進行方法に現れ先導するように歩いては振り返り私達の馬車を確認するように進んでいた。
「でも、タモトさんのペットって話でしょう?」
「いや、そんな事無理ですって。ペットだとしても、それならタモトさんって何者なんですか!?」
初めは、その銀狼も私達の中にタモトさんが居ないのを見ると、不思議そうな視線を向けたが、すぐに興味が無くなったように歩き出したのを覚えている。もしかして、本当にタモトさんのペットなのかなと思ってしまう?
「そうねえ、でもタモトさんからは白い狼を見かけると思いますけど大丈夫ですからって言われたし、それにほらあんなにおとなしいじゃない」
そうジーンさんが言う通り、焚き火から少し離れた場所に丸まりっているのを見つめる。すると、聞こえたのか隻眼の顔をこちらに向けると視線が合った様に思えた。
「ひっぃ」
幌の隙間から覗いていたのがばれたかと思い毛布の中に顔を隠す。その様子を見てフフっと笑うジーンさんは、すでに寝る準備が終わってしまった様子だった。
ジーンさんって意外と肝が据わっていると言うか、信用し過ぎじゃないかと思うくらいの態度である。普通、一泊とはいえこんな夜の山道での宿泊に街娘の私達は寝れる訳は無いと思っていた。
今さらになって、実家においてきた果物ナイフなどの防衛手段が無いのが悔やまれる。それ以外の武器なんて持ったことも無いのだし。
「きっと大丈夫よ。逆にあれだけ大きな狼が近くに居れば、安心だって思わない?」
何てことを言ってくる。あぁ、私がジーンさんみたいになれる日は、かなりほど遠い気がしてくる。そんな考えを思いながら、また、時々狼の姿を見ながら確認する作業をしながら、知らない内に眠ってしまっていたのだ。
朝日がこんなに待ち遠しく、嬉しく気持ちの良い朝は無いと思った。でも、ちょっと視線を横に向ければ、すぐそこに銀狼が寝そべっているのだけれど。
私達が朝食をとる間も、その銀狼はどこからか狩ってきたのか何かの小動物を食べておられる様子で、私はそれをまじまじと直視する事などもちろん出来なかった。
「おとなしい者だったぜ?夜は獣の遠吠え一つ聞こえねえし。逆にこっちが襲われたら防ぎようなんて無いしよ。夜の番なんて、必要ないんじゃないかって思ったくらいだな」
「そんな!きちんと番をして下さいよ!」
「あぁ、した。した。ハイハイ」
大工のターナーは煙たがるように私の忠告を受け流す。何だろう私の外見が小さいからってあまりにも態度が違いすぎる。
「夜の番、ありがとうございました」
「いえ!こんな事で良ければ。一晩や二晩何ともないぜ!」
「ジーンさん、そんな気にしないで良いですよ」
それに、ジーンさんに対しての何かによって近づこようとしてくるし。ジーンさんを守れるのはこの場で私しかいないのだ。
なぜ守らなければならないかと言えば、自分でも良く分かっていない。何だろう、理想の女性だからこそ、立派な男性とお付き合いして欲しいと願っている様な感じだろうか。
立派な男性と言っても、私のタモトさんは譲れないんですけどね。
「この調子だと昼過ぎには着きそうですね」
「そうですか」
朝食を終え出発してからも、銀狼が先導し私達が付いていく姿勢は変わっていなかった。
時々、御者の男性に時間を聞くも同じ返答の内容だけで世間話の一つも無かったので、もっぱらジーンさんとだけ話をしていた。
他に気になったのは、山道で地面の凹凸の揺れが逆に気になったくらいである。
そう感じていると、1日しか経っていないのにアロテアの街が懐かしく思えるものだ。
「ところで、村に着いて私達は何処に泊まるんでしょう?宿屋無いんですよね?」
「あ、本当そうね。忘れてたわ」
本当に、仕事では優秀な先輩も肝心な部分では私がしっかりしないとって思ってしまう。こんなジーンさんだからこそ人気がある事は、私も知らなかった事だが気付くのはだいぶ後の事になる。
そんな、もっぱら私の心配事を話しながら、徐々にではあるがキイア村が近づいているのを実感していた。
「村に着いたぞ」
馬車の幌を捲って御者の男性が教えてくれたのもジーンさんと話をしている途中だった。大工のターナーは早々に馬車が出発してから寝ているので放っておいた。
「昨晩大変だったでしょうし、ゆっくりしてください」
そう言ったジーンさんの言葉通り寝てしまったのだ。いや、寝るのは全然良いんだけど。ジーンさんの勧めたとおり横になるってどうよ?きっとタモトさんなら、遠慮しつつも話に付き合ってくれるか、座ったまま寝てくれるわよねきっと。
「本当ですか!」
教えてくれた通り、幌から顔を出し前方を見ると村の入り口らしき場所が見えてくる。人影も見えるので本当に着いた事を実感出来た。
「先輩、着きましたよ」
「ええ、本当ね」
「あっ、狼ってこのまま村に入っていきますけど?大丈夫なんでしょうか」
先導する狼は、気にした様子でも無く村の入り口へ進んで行く。門番らしい人影が馬車にも気付いた様子でこちらに歩いてくるのが見えた。
その隣を銀狼が通り過ぎるも、特に警戒したりしない様子に呆気にとられていた。逆にご苦労様と挨拶をしている様にも見えた。
「おーい、ご苦労さん。代表者は向こうで記帳してくれ」
御者の男性が返答し、そのまま馬車を進めていく。次第に建物が多くなり、両側に建物が並ぶメインストリート?と思える場所を通るようになった。
すると前方に子供達数人が道の端で遊んでいるのを見つける。さすがに、銀狼の先導に怯えるんじゃないかと思た途端だった。
「きゃあぁ!!スノウ!!」
「スノウだ!」
逆に逃げ出すとは違う方向へ駆け出してくる子供達の姿があった。あっという間に、もみくちゃに足に子供をまとわりつかせ歩けなくなる銀狼がそこに居た。
「わぁ、人気者さんね」
「……」
ジーンさんの呟きも、私は衝撃の光景に絶句するしか無かった。
馬車は元宿屋が有った場所と思われる所に来ていた。なぜそれが分かったかと言うと、焼けた木材は片付けられた様子は有っても、焼けた一面の地面はそのままだったからだ。
「本当、大変だったのね」
「そうですね」
ジーンさんもすでに馬車を降り、御者の男性とターナーは荷解きをしていた。
「おお、貴方達ですかギルドから派遣されて来てくれた方達と言うのは」
先ほどまで御者の男性と話をしていた老人がこちらへ来て声を掛ける。事情を御者の男性からでも聞いたのだろう。満面の笑みで尋ねられた。
「アロテアギルドから参りました。ジーン・カウールです」
「同じくアイナ・ハーリンです」
「おぉ、おぉ、ようこそいらっしゃいました。私が村長のギタニーですじゃ」
私達の急な訪問に村長という老人の対応が早かったのも、避難している人達の集まっている所へ直接来れた事が理由だったようだ。
周囲を見ると先程と同じく銀狼は足に子供がしがみつきながらも、時には口でその子供を引きはがしている様子だった。痛くは無いだろうかと子供を心配したが、逆に喜ぶ様子に、もう深く考える事は止めようと思う事にした。
「この場所で申し訳ないですが、しばらくの間仮住まいとしてくれませんかな?」
「いえ、こちらこそ急に訪問してしまい申し訳ありません」
閉店した店舗と住宅が繋がっている様な長屋状態の建物に案内される。特に汚れている所も無く空き家と言っても埃が貯まっている感じでも無かった。
「今回の一件で、店終いをした店舗ですじゃ。使用する分に問題が無いとは思いますが、遠慮せず使ってください」
「ありがとうございます」
私達が預かっていたタモトさんの手紙は、すでに御者の男性から警備の男性を通じて村長の手元に届いていた様子だった。それゆえの店舗付き長屋を貸してもらう事が出来たのではないかと思う。
大工のターナーは、別に建築で依頼に来ている男性達の長屋の方へ案内されていった。そうすると、この以前店舗の場所が仮のギルド支店になるのかと思いながら住宅部分の方へ荷物を運んでいった。
「あのー?すみません」
アロテアギルドから持ってきた新品の帳簿や記録物をジーンさんが、私は店舗側の掃除をしている時にその女性はやって来た。
銀色の髪とスカートのクリーム色のワンピースを着た。整った顔立ちの女性だった。女の子とはさすがに言えない、自分よりも10㎝以上は身長が高かったのだから。
「はい?何かご用でしょうか?」
「お忙しい所すみません。私、村の治療院をやっている所のユキアと言いますが。タモトさんは?」
「あっ、ユキアさん?」
カウンターに帳簿を収納していたジーンさんが気付き声を掛けてくる。ジーンさんの顔見知りだろうか?それなら納得がいった。きっと以前に依頼をしに来た人なんだろうと思えた。
「はい、あっその節はお世話になりました」
「いえ、こちらこそ。それで何か御用でしたか?」
「アロテアから馬車が来たと聞いて、タモトさんはご一緒では無かったんですか?」
「それが、タモトさんの方に事情が出来まして、急に首都に向かう事になってしまい。私達とは別にキイア村へ帰ってくる事になってしまいました」
「えっ?首都にですか」
急な話にショックを受けた様子に、ぼう然とした表情をしてしまっているユキアという女性を見つめる。その横顔を見た時、私は確信したのだ。このユキアと言う女性もまたタモトさんへ好意を寄せている事に。
「そうなんですよ。せっかくタモトさんと一緒に仕事が出来ると思ったのに。残念です」
その時、私の胸の中にほんのりと灯った思いが何なのか、私はまだ気づかなかった。




