13
何だかこの街はピリピリしているって言うのが、私の感想だった。ちょっと声をかければアブロニアス王国では、少なからず笑顔を返してくれる。でも、何が違うの?と聞かれると、そう街の人達に余裕が少ないような気がするのだ。
今日は劇で着る冒険者の皮装備に身を包んでいた。前みたいにフリルの着いた妖精の服じゃないから、街の人にもしかして変人に見られていたりしないよね?っと自分の格好を眺めてみるが、結構気に入ってるんだけどな。
「見世物一座アークですー。珍獣から芝居まで楽しいよー。ぜひ来てくださいー」
「ありがとぅ、お姉ちゃん!」
今も横を通り過ぎる子供連れの親子に案内を渡す。うん、受け取ってはくれるんだよね。でも、それだけそれほど娯楽がいっぱいある感じに見えない街なんだけれどなぁ。
「キアそろそろ配り終わったか?」
「お兄ちゃん、自分と他の人のペースが同じだなんて思わないほうが良いよ」
「何だ?機嫌でも悪いのか?」
そう言いながら予定の半分程も残っている案内の束を見せ付ける。どうせ、お兄ちゃんのは、街の年頃の女の子が話し目当てに貰って行くから減りが早いのだ。そして、その客層が実際にも見に来てくれるから、私もシス姉も苦笑するしかなかった。
「お兄ちゃんこそ、終わった後に何かあるの?シス姉とデートとか?」
「ば、馬鹿。父さんが俺たちを呼んでいるらしい」
「えー?お仕事何かあったっけ?これ配り終わったら自由時間じゃないのー?」
「まあ、何か言い忘れただけなのかもしれないな」
「ふーん」
そう話しながら、残りの束を他の団員へお願いして、見世物の設営してあるテントへ戻る路の途中だった。
ドン!
「あ、すい・・・・・・ません」
正面を向いていたならきっと避けれていたと思う。でも、話しついでにお兄ちゃんの方を向いて後ろ向きに歩いていたのが不味かった。建物の角から出てきた人に背中からぶつかってしまったのだ。
「・・・・・・」
「ごめんなさい。余所見をしていて」
「すみません、お怪我はありませんか?」
ぶつかった相手も、不意に当たったせいだろう、よろけて尻餅をついた状態だった。謝りつつ姿を見ると、ローブを被ってはいるものの体格の細さから女性であることに気づく。
気を失うほど打ち付けた訳ではないと思うが、差し出した兄の手を見ている限りでは怪我もしていない様子だった。
「エル、さっさと行くぞ。立て」
「・・・・・・はい」
「ぁ、あのー大丈夫ですか?」
一度もこちらに視線を向けず、その女性は周囲を気にする風も無く、自ら立ち上がり連れだと思われる男性の後を追う。
「ぁ、あのー?」
「何か?」
呼び止めた訳ではなかったが、ぶつかった方としては気持ち悪く声を掛けてしまっただけだ。そうしてようやく、転ばせてしまった連れの男性が振り返り視線を向けてくる。
男性もまたローブを着ており、女性とは違い顔だけは見せていた。印象としては、何だろう。そう、呼び止められても私達に興味が全く無いような眼光だった。
「いえ、ぶつかって、すみません」
「あ、ああ。気をつけてくれ」
「は、はぃ」
そう言うと何事も無かったかのように、再び歩いていく。お兄ちゃんは、女性に差し出した手を無視されてショックなんだろうかと見てみると、歩き去ったその男性に視線を向けている。
「どうしたの?お兄ちゃん?」
「冒険者か?にしては、あの一瞬の警戒は何だ?」
ぶつぶつと何やら考えている様子だった。冒険者?確かに二人連れでローブ姿で街を歩いていたり、格好から大通りを出歩かない人もいるけれど。警戒?してたっけ?
「気にしすぎじゃない?絡まれなかっただけラッキーだったけど」
「いや、振り返る瞬間、手で剣を確認した?のか」
「まあ、良いじゃない。帰ろっ?」
「あぁ」
何がそれほど気になるのか分からないが、それからお兄ちゃんはずーっと考え込んでしまっていた。もう、普段からシス姉にもそんな真面目な感じでいれば良いのに。
「ねぇ、早く帰ろう?お父さんの用件をさっさと聞いて貴重な自由時間が減っちゃう」
そう言いながら、裏路地を抜けもうすでに一座のテントが見えるところまで来ていた。そして、裏口のテントの天幕を通る頃にはぶつかった相手の事もほとんど気にしなくなっていた。
「お帰りキア、団長は奥にいるわ。ハントもお帰り」
「ただいまシス姉。うん、分かった。用事って何か知ってる?」
「さあ、分からないわ。ここにずっと居たから」
シス姉は、そう言いながらケージに入れられた小動物に餌をやりながら面倒を見ていた様子だった。なんだろう、シス姉も平常通りの自分の役割をしているし、私達兄妹だけ呼んだのって本当に小間使いの用事だけだったりして。
「そっかー、じゃあ行って来るね」
「はーい」
奥に居るといわれたけれど、お父さんは直ぐに見つけることができた。それは、いつもの場所でデスクワークをしていたからだ。
「お父さん、ただいま!」
「ああ、ハント、キア、帰ったか」
「父さん、用事があると聞きましたが?」
「そうだな。まず腰掛けなさい」
何だろう、長話になるのだろうか?さっさと用事を済ませてしまいたい思いを押し込めて言われるままに来客用のソファーに腰掛ける。
「ハントには伝えていたが、今回の巡業の目的は覚えているか?」
「ええ、表向きはアブロニアス王国からの娯楽の提供をしつつ、両国の情勢の情報交換でしたか。確かそれも先日終わったと聞いてますが」
先日のキイア村の事件の後、お兄ちゃんやお父さんも、私達家族の本業である(独立遊撃騎獣部隊)の話をする際には、なるべく私を同席させてくれるようになった。今回の巡業の目的は聞いてなかったけれど、二つの国がらみで何かあるだろうなって事は、この前の演劇中の襲撃事件からは確信に変わっている。
何だ、小間使いの用事で無かった分、真剣に聞くことに気分を切り替えた。
「そうだ。予定では数回の公演後に首都に帰る予定だったのだが、今朝、ラソルの方から伝令が来た」
そう言いながらお父さんは、渡されたであろう書面をお兄ちゃんへ渡す。
「内容は、近いうちにアブロニアス王国へ親書を持った人物が伺うこと。そして、その人物達と言ったほうが良いか、この国の第1と第2皇女、そして創生主神である光の神殿からの神官を護衛して欲しいとの伝達があった」
「え?そんな大切な人達を私達が護衛って話が変じゃないの?」
「確かに、何故私達にその話が?」
本来ならば、ラソル国の騎士や馬車でアブロニアス王国へ向かうのが普通じゃないだろうか?普段から反感を言葉にしないお兄ちゃんでさえ、腑に落ちない表情でお父さんの話を聞いている。
「私もそう質問したのだよ。その伝令は明確には言わなかったが、今朝、私の方にはそれらしい理由となる情報は届いている」
「理由、ですか?」
「昨晩、ラソルは国の重要な施設を他勢力に襲撃されたらしい。その際に、大勢の近衛兵の犠牲者が出たと聞いている。恐らくそれが理由だろう」
「今、大仰にアブロニアスへ向かうと途中で皇女方が襲われると?」
「そうだろうな。だがラソルとしては今後他勢力に警戒を厳しくされれば、余計に身動きができなくなると考えたのだろう」
「それで、今しかタイミングは無いと?そして、都合よく我々がラソルに居たと言う事ですか」
「だろうな。ラソルもそれだけ追い詰められていると考えて良いだろう」
なるほど、キイア村の一軒以来、大きな仕事も無かったけれど。今回は、皇女を匿いつつアブロニアスへ送り届ける事が役目って事か。それで、話は伝達だけで終わりだろうか?
「ハント、今後の公演は中止として明日には撤収準備を行う。今夜にでもアブロニアス王国へ飛び親書と皇女方の迎え入れる件を伝えてくれ」
「分かりました」
「お父さん、伝令なら私のほうが早くない?」
「キア、ハントと一緒に呼んだのはきちんと役目をあげるから安心しなさい。それとも、国のお偉方に直接報告する役目の方が好きなのかい?」
「うっ・・・・・・ハントお兄ちゃん、お願い」
返事の変わりにお兄ちゃんから頭を撫でられる。お偉方って、きっとお城に住んでいる偉い人達の事だよね。一回も行った事ないし、なんて言って入れば良いのかさえ分からない。それは、お兄ちゃんと一緒の今後の機会にしたい。
そして、私の役目は次の日の夜にやる事が回ってきた。
私を背に乗せた飛竜のアルクは暗闇の空を飛んでいた。上空に輝いているはずの双月は、雲に覆われより一層の闇の色を濃くしていた。
「アルク、もう少し向こう」
キュイ
私に任された役目は指定された場所に向かう運搬役だった。その為、普段は単騎の鞍を変えて二人乗れるようにしている。皇女方をお連れするのに少なくても3往復はする必要があるだろう。
「ぁ、あそこ」
一部松明で闇夜を照らしている場所を見つける。音を出さず無言で松明を揺らしている人が居るので間違いないだろう。今、城壁を超えても矢の一本も射られる事は無い。警備兵が寝ている訳では無いだろう。きちんと伝達されているのだ。
次第に、松明を振る衛兵の近くに数人の人影が居る事に気付く。そうすると、目の前に着陸する訳にもいかず、少し手前に着陸し膝を付くのが礼儀だとシス姉から教えられた作法を思い出す。
「アルク、あそこに降りて」
キュイッ!
言った位置へ降り立ち、膝を付き頭を落とす。あっそういえば、皇女って何歳だったっけ。意地悪じゃないといいなぁ。
「わぁ、お姉さま!レーネさん、竜ですわ!」
「・・・・・・竜違う・・・・・・飛竜」
「ふふ」
近づいて来たのか声が聞こえる位置まで来た様子だった。ん?声だけだと思ったほど年齢若くない?
「頭を上げてください。これから、よろしくお願いします」
「はい、私はアブロニアス王国独立遊撃騎獣部隊所属、キアと申します!」
舌を噛まずに言えた満面の笑みで、言われた通り顔を上げる。シス姉!キアはやれたよ!もうこれ以上出し尽くした礼儀作法で相手(皇女)の顔を見る。
「あっ、貴方は・・・・・・」
「へっ?何で?」
後々に聞いた話だと、ずいぶん間抜けな顔をしていたと笑い話になる。これが、私と皇女様達との2度目の出会いだった。
第4章 王女マリーナ編 終了




