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カーテンを揺らしながら、部屋の中に入ってきたそよ風が私の頬を撫でていく。一応一国の姫という立場ではあるが、防犯面にはどうかとも思うが、見張りの人達も居るのでそのまま寝てしまう事もあって今回もまた例外では無かった。
「うぅん……むね……胸にも……」
私の横には、眉に小さなシワを寄せたアリシアが下着姿で寝ていた。小さく手をキュッと握り、もしアリシアが起きていたら驚きの仕草と悲しみの表情に私も気付けたかもしれない。しかし、寝ている今は起こすのも悪いと感じてしまいそのままにしておいた。きっと昨晩の楽しかったお風呂の夢でも見ているのかもしれないと思ったからだ。
カーテンの隙間から外を見ると、まだ、外は薄暗く陽もまだ登ってない事が分かる。結局は昨晩3人ともそのまま私の部屋で寝てしまっていた。
部屋の端にある椅子にはメイド姿のままナナオが目を瞑って寝ているようだ。船など漕がずに微動だにしない。今にも目を覚まして、何事も無かったかの様に仕事をしそうな雰囲気をかもしていた。
「あ……このまま寝ちゃったんだっけ」
ベッドの横にある机の上を見ると、昨晩に書籍から拝借してきた周辺国の地図やら物語の本やらで、置いたままに散らかっていた。
結局は、自分たちの国よりも西の方で何かが起きるかして、もしかすれば神が関わった何かが起きますよ。もしくは、起きましたよと言う事だけだろうと言う結果になった。
その後は、眠くなるまで何気ない話をしていただけだった。巫女って日頃何をしているのかとか、昨日の見世物一座の話などだ。
「レーネもここに泊まっていったら?」
「駄目です!マリーナ様」
盲目の巫女であるレーネにそう聞いた私に、ナナオは即答で遮られた。何だか、妹姫様ならまだしも、巫女とはいえ部外者を寝所に止める事は禁止されているという。
危険とか、暗殺とか言われても、本人の前で言わなくても良いだろうに。ましてや、今までそういう危険が有ったようには思えなかったけれど。もしや、私達姉妹ってかなり過保護に育てられているんじゃなかろうか。
「……分かった……」
ナナオにそう言われたからか分らないが、レーネは素直に扉から出て行こうとした。
「ちょっと、ナナオ」
「……お休みなさいませ、マリーナ姫様」
レーネを呼び止める間もなく、彼女はお辞儀をすると扉から出ていき自分の間借りしている部屋に帰っていった様子だった。
妙に、去り際だけ滑らかに言葉が出ていた気がする。先ほどまでたどたどしい話し方の彼女が素だとすれば、あまりにも礼儀じみた返事だった。
「もう!これでレーネに嫌われたらナナオを恨むからね」
「ですが……」
「もう、良いわ。今から引きとめても気まずいし、明日も会えるかしら」
生まれ変わった姫の立場では親密な友人もおらず、14年で終わった前世の女の子の付き合い方を思い出しながら、レーネへの明日以降へのフォローを考える。何せ神託で報告に来ただけなのだから、明日には帰ってしまう可能性も高いからだ。
考えてみると、臣下の同年代の女子とか一人くらい友人候補に付けたりしないんだろうか?そうじゃないのかな竹馬の友ってやつ?やはり、親の過保護説が確信になりそうなので深く考えない様にして、先に寝てしまったアリシアはそのままに昨晩は私も寝てしまったのだった。
「うーん、お菓子作りなんて一緒にすれば、機嫌がなおるかな?あ、レーネって、目も見えないし形も適当になっちゃうだろうから。んー飾り付けが一番楽しいんだけどなあ」
もうすでに、頭の中ではレーネとの親睦会に何をするかが、頭の中を占めていた。神託の事など、絵本や物語を読んだ後のスパイス程度にしか感じて無かったからだ。
結局は、自分の為の好奇心が大半だった。
呆然と、親睦会の事を考えていると、急に扉の外でわずかに護衛兵たちの騒ぎ声が聞こえる。何だろう、まだ日も明けてないのにこんな事は珍しい。
特に厳重な警備の城内に不審者でも出たのかなと、有り得ない事を考えてしまうが、本来確認するはずのナナオは、外の物音にもまだ起きる気配は無かった。
「どうかしましたか?」
「ひっ、姫様!起こしてしまい申し訳ありません!」
そっと、ナナオたちを起こさない様に部屋の扉を開けた為か、扉の前に居た女性の護衛兵が驚きの表情で振り返る。
「気にしないで、偶然起きただけだから」
「そうですか。いえ、護衛兵の中に治癒魔法を使える者を呼びに来ただけですのでご心配なく」
「治癒って、何かあったの?」
魔陣を使える者が少ない、私達の国であるラソルには、治癒魔法を使える者は貴重な存在だった。その為、大層な手傷を負った場合には、総出で招集される事が有ると言うのを習った事がある。
「あ、いえ……」
「バカ!」
もう一人隣にいた護衛兵が、不意に治癒魔法の件について話してしまった護衛兵の頭をボカッと殴っていた。いらぬ心配を掛けてしまったといった所だろう。
プレートの小手で殴れば、ガンって血が出そうだが、幸いにも皮製の小手みたいなので痛くは有るだろうが大丈夫そうだ。
「痛ぃー」
「マリーナ姫様ご心労おかけして申し訳ありません。夜間任務に就いていたものが、怪我をしましてその治癒の為にございます。どうぞ、ご心配なさらずお部屋の中に」
「そう?」
「姫様、どうかされましたか?」
「ナナオ、起きたのね」
騒々しさに起きてきた、ナナオが開いた扉から姿を見せる。一瞬護衛兵と話していた私達を見て不安そうな表情となるが、事情を護衛兵に聞き始めた。
「姫様、私が事情を調べてまいりますので。どうぞ、お部屋の中に、寝間着の姿のままにございます」
「そう?分かったわ」
それにしても、怪我をしてしまったと言う人には気の毒にとしかその時には思わなかった。ましてや、その怪我を負った人数が30人近くいた事実にも、その時は気付く方法も無く、護衛兵を問い詰める必要性さえ思いつかなかった。
その後は、朝早くに目覚めたほどで、起きる事は無く寝ていたアリシアの隣へと入り込んだ。
まだ、朝に近いとはいえ、覚醒させるほど十分に寝た訳では無かったし、帰ってくるのが早かったとはいえ街を見学してきたのには変わりなく、きっと午前中の授業でママル爺からは色々聞かれるだろう。その時に、寝不足では今後に考えている見学予定をお願いするのに支障があったのでは、金輪際見学は中止となる可能性だけは避けたかった。
そんな事を考え、怪我人の事はそれほど気にならず再び微睡の中に戻っていった。
朝、ナナオにいつものように起こされた私とアリシアは、身支度をする為にアリシアは一旦自分の部屋に戻っていった。
ナナオの表情に元気が無く、余分な事は話さず黙々と準備をしながら、朝からは何事か考えている様子も有った。きっと、夜に途中起きてしまった事や、怪我をした人の事情などを聞きに行った為かも知れないと思う事にする。そう考えると、早々に準備を済ませ私の居ない間くらい休んでもらいたい。
「じゃあ、行ってくるわね」
「いってらっしゃいませ」
廊下の途中まで、共に歩き(ナナオは後ろを付いて来て)途中でアリシアの部屋へ行く道で別れる。
今の時間は、父親も朝の会議を始めるために用意をしている頃だろう。母親(王妃)は、父親と同じく会議に参列する事もあるし、体が弱い為、静養の為に出てこない時が多い。
なぜこんなに元気な姫が生まれたのかと、言われる事が有るらしいが自分も健康で良かったと思う。せっかく転生して生まれ変われたのに、篭りっきりでは体よりも精神に悪い。
「んー今日はココ居ないなあ。夜に用事が有るって言ってたっけ?まだ寝てるのかな」
「あ、お姉さま。今、お部屋へ向かう所でした」
廊下の向かい側から、同じようにアリシアが駆けてくる。私が同じようにすればナナオが目くじらを立てるが、まだ、行儀を習っている途中のアリシアには大目に見られている。
「じゃあ、行こっか」
「はい」
「……マリーナ姫様っ!」
突然、後ろから名前を呼ばれ振り返ると、息を切らしたナナオが駆けて来ていた。何だろう、忘れ物もした覚えが無いけれど。
「マリーナ姫様。国王様がお呼びです!」
「え?お父様がどうして。ママル爺の授業は良いの?」
「ママル様も会議にご出席されているとの事で、急いでお伝えに……」
事情を聞くと、私と別れナナオも部屋へ戻っている最中に、伝令に呼び止められたと言う。アリシアの方は呼ばれているか分らないが、このまま一人部屋に返して良いのかさえ悩んでしまう。
しかし、もしレーネも会議に呼ばれているならば、もし今日戻るとしても会わせてあげたいと思い一緒に会議へと連れていく事にした。




