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「神の遊戯か……」
「ああ、巫女の幾人かの報告内容をつなぎ合わせたものだ。まだ、幾つか文節が有るが意味を成しているのは今の報告までだ」
報告を終えた巫女はそれ以上黙したまま数歩下がった。いや、何故か顔だけは私の方を向いている気がする。でも、眼は布で覆われている為、もしかしたら叔父を見ているのかもしれない。
「そうだな、悩んでも仕方がない。ママルに知恵を借りるしかないか。巫女の神託も疎かに出来そうにないな」
「それが良いだろう。巫女達が何かを感じたのは間違いないからな」
お父様は頷くと、円卓に置いてあった呼び鈴を鳴らす。会議や用事のある時に廊下に待機する衛兵を呼ぶための鈴だ。すると直ぐに後ろの入り口の扉が開き近衛騎士が一人ノックをした後入ってきた。
「お呼びでしょうか?」
「ママルに酉の一刻(17時過ぎ)に知恵を借りたいと伝えてくれ。場所はこの場に来るように伝えよ。あと、我が国と周辺国の地図を用意しておけ」
「はっ、了解しました」
騎士は直立と踵をカンと打ち鳴らし退室していく。酉って言うとあと1時間後か。神々とかお伽話で聞いたくらいなので、いつもの知りたい好奇心がムクムクと湧いてくる。
「お父様、私もその話し合いを聞いてもよろしいですか?」
「お姉さま?」
「……いつもの病気か。今回の話は事情が違う、それに話がいつ終わるか分らないからな。我慢するんだ」
「では、私の方で勝手に想像するのは良いですね?」
「あ、あぁ」
私の言う想像の中は、自室で地図を広げ参考となる本を紐解いて勝手に考える事を言う。
ただ、一つ問題なのは詳細な周辺国の地図がそれ程多くないのが問題だ。お父様は、半分しょうがないと言う風に頬杖をついてため息なんぞ吐かれている。
「マリーナ……お主そんな気質だったか?」
「叔父様、私も1日1日勉学に励んでおりますので、自ら考えるだけですわ」
「そ、そうか」
「それでは、お父様、叔父様失礼いたします。アリシア行きましょ?」
「レーネお前も下がっていいぞ。話し合いにも参加せずともよい。マリーナ、すまぬが案内してやってくれ」
そう言う叔父の言葉で、初めて巫女の名前がレーネという事がわかる。案内と言っても客室に案内するくらいだろう。
「湯を使ってもよろしいですか?」
「あぁ、レーネが良いのであれば構わん」
巫女に神殿での生活の規律が有るのかどうか分らなかったから聞いたのだ。特に問題が無ければ、聞いても彼女が断るだろうと思った。
「じゃあ、行きましょ」
私は、アリシアとレーネを連れて会議室を出ていく。いざ湯浴みに行くとなっても手順は色々と掛かるのだ。侍女のナナオに伝えたり。湯を用意してもらったり。まあ、唯一地下から温泉を引いてある事が嬉しい事だが、時間が掛かっても30分もあれば準備出来ると思う。
「アリシアは一旦部屋に戻るでしょう?」
「はい」
「では、1刻後に迎えに行くわね。レーネさんは……着替えは無いわよね」
レーネはコクンと頷く。ほんと叔父様って人の事は全然構わないんだから。日帰りするつもりだったのかしら。
アリシアはさっそく自分の部屋へ向かい。私とレーネの二人だけになる。
「ナナオに聞いてみようかな、っとその前にちょっと寄り道するわね?」
再びコクンと返事をして、レーネは私の後をついてくるのだった。
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「……ぁっ。……ぃや」
「動かないで」
私の目の前に身悶えるレーネの姿があった。私が決して変な事をしている訳では無い。部屋に戻った後、ナナオによる身体のハンドマジックによる採寸中なのだ。
私が彼女の着換えの件をナナオにお願いした結果が、今目の前で繰り広げられている理由だった。ここまで厳密に採寸しなくても良い気がするが。ナナオの何かこだわりが簡単に済ます事を許さないのだろう。
レーネが寡黙な人物である事は分かったが、その彼女が耳を真っ赤にしながら動くに動けず身悶えている姿は、女の私でもやや恥ずかしい。
「……もぅ、たす、けて」
「ふう、このくらいで良いでしょう」
ナナオはやり遂げた汗を輝かせ満面の笑みで私を振り返る。その途端、レーネはヘナヘナと絨毯にお尻を付いた。
「湯から上がられるまでには、最適な服をご用意できます」
「私は、このままで、良い」
「まあまあ、せっかくですから」
ナナオは笑みを浮かべ、レーネの拒否も聞く耳を持たず、今度は私の着換えを準備し始める。湯上りは特別に作ってもらったゆったりとした上下服をいつもお願いしていた。
「お嬢様?あちらの本は何でございますか?」
「あれね、久しぶりにお伽話でも読みなおそうと思ってね」
「そうでございますか。では、あのままで宜しいですか?」
「うん、後で眠気覚ましのお茶でも用意しておいて」
「あまり夜更かしなさいませんように」
「はーい」
そうしている内に、アリシアを迎えに行く時間になり向かう事にする。レーネも何とか後ろをついて来ているので大丈夫そうだった。
廊下を歩く間も、近衛兵の姿が少ない事に気付く。まだ、ココ達は事情聴取をしているのかもしれない。そう言えば、劇団員の人達の事も聞きたかったんだった。昼間から色々有ってすっかり忘れていた。
「王女、様」
「ん?マリーナで良いわよ?」
「マリーナ、様。その傷……」
「あ、わかるの?」
コクンと頷き、私の脇腹を視ているのがわかる。
「生まれつきらしいよ。傷と言うよりも痣かな」
「そう……」
服を着ていても分るレーネにさほど驚かなくなっていた。巫女さんだからそういうものかなと思ってしまっていた。
アリシアの部屋に着くまでは、それ以上話は無く、それ程距離が離れている訳でもない為、聞きたかったことを聞いたんだろうなとしか思わなかった。
「マリーナ様、ただいまお取次ぎ致します。お待ちください」
アリシアの部屋の前に待機していた衛兵が扉をノックし、アリシアの侍女が姿を見せるのを待つ。しかし、すぐに扉を開けて出てきたのはアリシア本人だった。
「あぁ、お嬢様、私が……」
「お姉さま、お待ちしておりました」
アリシアの後ろで40歳代の侍女が慌てて追いつく。きっと侍女が対応するよりも早く扉に駆け寄ったんだろう。
合流した私達3人は、浴場へ向かって歩き出す。小さい頃は確かに体を洗う専門の侍女達が居た。しかし、前世との入浴習慣に違和感が強く、今は重要な式典などの時以外は遠慮してもらっている。本当は、ゆっくり湯船に入りたいと言うのが本音だった。
向かう浴場は、城の一階にあるため階段を降りる。浴場の前には、すでに準備が出来ているのか女性の衛兵が入り口を守っているのが見えた。
「お姉さまと一緒のお風呂は久しぶりですわ」
「本当ね、せっかく広いのに皆あまりいい顔をしないよね」
「そうですわ。ご一緒するのもですけど、走っちゃいけません、泳いではいけませんとか言われますの」
「あー、私も言われたなあ」
姉妹共に笑い合いながら、着ている服を脱いでいく。擬装用の市民の服なので直ぐに脱ぐ事ができる。心配なのは、レーネの頭に巻いている目隠しなのだけれど、外しちゃいけないとかないよね?
「レーネ?巻いている目隠し外しても大丈夫?規則で外しちゃ駄目とか?」
「心配、ない……これ、飾り」
はぁ、飾りなのね。その割には幾重にも巻いてあって、それが見る者への巫女の象徴を暗示しているのかもしれないと思う。
レーネはそう言うと、巻いている細長く刺繍された布を解いていく。布の隙間から見えた髪は黒く、すこし羨ましいなと思ってしまう。やはり、赤毛だと今は慣れてしまったが、小さい頃は違和感を感じたものだ。
「お姉さま……3つしか歳が違いませんのに、私のも大きく育つでしょうか」
私がレーネの黒髪を羨ましがっている間に、アリシアは私の胸を羨ましがっていた。服を脱いだ自らの胸に手を当て、その妹の手にすっぽりと膨らみは収まっていた。
いや、アリシアは身長が155㎝位である。今くらいの大きさで丁度良いと思うのだが、細身でも有るので、大きすぎても違和感しかないと思う。
「アリシアも、これから背も伸びるし胸も大きくなると思うよ?ね?レーネだってほら、アリシアと同じくらぃ……」
「そうでしょうか?」
姉妹二人でレーネを振り返った時、彼女はローブを脱ぎ胸にも巻いた布を解いていた。そこには自己主張をする二つの果実があった。
「……そこにも巻いていたの?」
「……規則、だから」
ふと横に居たアリシアを見ると、アリシアは脱衣所の隅の方でレーネが脱ぎ終わるまで床にしゃがみ込んでいじけていた。




