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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
王女マリーナ編
83/137

6

 幾重の城門を抜け、次第に馬車から見える景色は商店の街並みから城壁へと変わっていた。

 吊り上げの跳ね橋などが有る訳では無いが、進む門には騎士達とは違い門兵の姿が見えている。馬車の中まで覗かれ確認されることは無かったが、一旦停車しているのは、御者と門番の間で確認されているためだと気付いた。


「あーぁ、せっかくの外出が終わっちゃったね」

「姉さま、キアさん達は旅の劇団の方なのですか?次の劇もぜひ見せてもらいたいのです」

「そうよね。毎年街へ来てたのかしら、戻ったらココに聞いてみなくっちゃ」


 1つわざとらしく明るく普通に言っても、馬車の中の重い空気は変わらなかった。妹も話す話題は劇団の少女の話ばかりだが、無理に笑っているようにも見える。

確かに、もう安全になったとはわかっていても私でさえショックが大きい。いっそ、劇団の冗談でした。お嬢様方お気を付けくださいと言ってもらえたらどんなに気が楽だろう。


「次はいつになるんでしょう」

「そうよね。次かぁ」

「私、お父様にお願いしてみますね」


 そういうアリシアの笑顔は少しばかり期待に紅潮し始めていた。おそらく、今日か明日にでもお願いをしに行くに違いないだろう。しかし、今回のお忍びでの社会見学は、私がママル爺を説得して勝ち得た時間だった。要するに、遠まわしに外に出てもいいでしょう?と講義の中で質問攻めにしたのだ。決定打は、以前の中学生でも知っていた「百聞は一見に如かず」と前世の名言だった。


「はぁ、まさか初日にイベントがあるとは思わないでしょ」

「え?何ですのお姉さま」

「爺に笑われるのを思うとね」

「え?笑われるのですか?」

「きっと、ほぅ、だから私は言ったではないですか?世間は甘くなく怖いのです。どこに危険が潜んでいるかわからないのですよ?ホッホッホッ……ってね」

「フフフ、そうですわね」


 しかし、生粋の王族であるアリシアはともかく、半分庶民としての記憶がある自分には、城以外の世界は俗にいう夢の世界なのだ。いくらこんなフェンタジーですよと言葉で伝えられても、城から自由に出られないしメイドや騎士達も貴族に属する者達に聞いてもピンと来なかった。

 それ故に、今日の社会見学がどんなに楽しみだったか。感動のあまり劇中も鼻の穴が広がりまくりだったのに。あのチンピラめ、一気に楽しい思い出が書き換えられてしまった。

私が、あのチンピラを裁けるのなら市中引き回しの末に磔の刑にするのにと脳内で、前世の某TV時代劇のセリフを思い出しながら憤慨する。


「私も変装でもして抜け出そうかしら?確か、め組って火消しよね?こっちだと何なのかしら」

「お姉さま、楽しそうですわね?」

「あ、声に出てた?」

「ええ、不機嫌かと思い心配していましたわ」


 できた妹である。普通の世間であれば気遣いなどしないだろう。実の妹だとしても「何笑ってるの?気持ち悪い」で終わりなのだ、心配のひとかけらも無い。

 妹の微笑を浮かべる頭を撫でながら、たわいもない話をしている内に馬車はその歩みを止めた。窓の外を見ると見慣れた石壁が見える。


「着いたみたい」

「お父様に会えるかしら」


 さっそく次回のお願いに行くつもりだろうか。妹は御者の開けた馬車の扉から駆けて出ていく。その後ろ姿はいささか平民には見えない。変装はしているのだが、妹も素顔から美少女である。おそらくボロを来ていたとしても、周囲へ与える雰囲気は横を通り過ぎた人を嫌悪とは違った視線で振り返らせるだろう。


「ほお、これはどうした事か!」


 大仰な声色で、地面に降り立った私を迎えた人物が居た。声のした方を向くと、額に手を当て嘆くように頭を抱えた男性の姿があった。


「お久しぶりでございます。叔父様」

「あぁぁ、マリーナ!この様なみすぼらしい格好でどうしたのか」

「今日は、街の方を見学に行っていたのです。それで、服装を変えております」

「王族ともあろう者が、市民に扮するなど嘆かわしい。堂々としておれば良いのだ」

「あまり派手に参りますと、市民に要らぬ緊張を強いますので」

「権威を誇示する事にも慣れねばならぬぞ。まったく、弟の奴は何も言わなかったのか。まったく、そこの所がまだまだ詰めが甘いな」


 本当は、私がこの格好で外に出たいと願ったのだが、父親を批判する叔父の言葉を訂正する事も出来ない。何かにつけて比較を言うのは今に始まった事では無かった。叔父は、弟である私の父に王位が決まった後、創造主を崇める神殿の高位の神官となった。その為、今の服装も金糸の刺繍に白地のローブをまとっている。しかし、普通の神官と違うのは指が足らない程に宝石の指輪を着けており、文字通り権力を誇示していた。

 実は、権力を誇示する叔父のそういう所は私はあまり好きではない。


「叔父様は今日はどの様な御用でしたか?」

「おお、そうだな。近頃、神殿の巫女達が奇妙な事を言い出したからの。何ぶん間違いとも言い切れず来たのよ」


 そう言われた叔父の後ろを見ると、白い衣の神殿の巫女装束を来た女の子が立っているのが見える。彼女の特徴は、両目の瞼を布で覆いわざと視界を奪っている様にも見える。

その布の隙間から髪が垂れ落ち、背格好から見ても妹よりもわずかに年上だろうか。右手には輪管の付いた錫杖の様な物を握り立っていた。


「彼女が巫女なのですか?」

「そうだ。直接報告してもらうために連れてきた」


 すると、私が向けた視線を感じたのか、視界を奪われている盲目の巫女はわずかに会釈し私の方へ挨拶をした。


「見えるの?」

「いや、人の魔力を見ておるのよ。そういう風に育てられておる」

「それで、父上に急ぎの内容とは何なのですか?」


 急に興味が湧いてきた。前の世界でも盲目になった人が、努力をして他の残された感覚を研ぎ澄ませる人が居たのは知っている。しかし、故意に感覚を奪い育てられたと言う巫女が一体何を報告しようと言うのだろう。


「ここでは言えぬ。そうだマリーナ、お前も来なさい。杞憂で有って欲しいが、将来の国に関わる事かも知れぬゆえ」

「わかりました」


 言えないと言われれば引き下がったのだが、付いて来いと言われれば断る理由も無かった。それに、先にアリシアは父上の所へ行ったはずである。それを迎えに行くにも、どうせ同じ廊下を歩いていく事になるのだ。

 歩き出した叔父の後ろを、巫女の女の子と同じく隣に並び歩いていく。彼女は誰かに手引きされる訳でもなく、錫杖を付きリンと音を鳴らしながら壁を曲がり階段を上がっていく。


「本当に見えて無いの?」

「……音の流れが教えてくれるのです……」


 期待していなかった呟くように尋ねた言葉に、微かな声で答えたきり彼女は何も言わなかった。そして、廊下は石畳を抜け内装は王宮と呼ぶにふさわしい白壁と絨毯へと変わっていった。



 扉の前で護衛する騎士に取次ぎを頼み、暫くして案内された部屋は謁見の間では無く円卓の会議室だった。しかし、席は空席で会議が有っていた訳では無い事がわかる。奥にある隣の執務室の扉が開き、父上がアリシアの手を握りながら出てくるところだった。


「父上、ただいま帰りました」

「あぁ、マリーナお帰り。アリシアから話を聞いていた所だよ。凄く楽しかったみたいだね」

「ごほん!ギレウス、その話は後にしてもらえないか?」

「兄上、これまた急にどうされたのです?」

「我々の所の巫女が、気になる事を言いだしてな。何ぶん手紙にしたためる訳にもいかず、巫女自身から報告させようと思ったのよ」


 何を叔父が迷っているか分らないが、普通に難題であれば会議が行われるはずでもあり、私が居て良い場所でもない。私が同席を勧められたのも、将来が云々よりも証人という立場じゃないかとさえ思ってくる。


「そうですか。わかりました」


 そう言うと父は一つ椅子を引き腰かける。アリシアは、何が有ったかはわからないが頬を膨らませやや不機嫌な表情で私の隣へときた。何だろう、2回目の外出の説得でも失敗したのかなと思い浮かぶ。


「さあ、報告しろ」


 叔父に促されるように巫女は一歩前へ出る。


「……はい」


『西の夕日に落ちた雨の滴は、嵐の前触れ。微睡まどろみの中の神々は、その雨音に瞼を開く。その手に握るは、傷付きし駒達。遊戯を見ては笑いし嘆く』


 歌うでも無く、淡々と話す語り部の様に巫女は話した。


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